前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【短期連載 「技術の社会化」試論】

「技術の社会化」試論
 U.―理念を実践するための事例―

放送大学大学院選科生 山城 隆  
 

1.大企業テクノクラシーと中小企業の重層構造の突破

我が国の政治体制が重層構造※¹になっているといわれてから半世紀、更に産業社会でも大企業テクノクラシー※²と中小企業は、重層構造であることは、周知の事実です。
  1. 一例として大企業の経営者団体が、政治に影響力を与えていることと
  2. 中小企業のプレッシャーグループは、皆無に等しい戦後60年。
(1)と(2)は、いま取沙汰されている格差問題が発生する予兆を日本の資本主義の発展過程で既に示しております。新自由主義によって大企業と中小企業の格差は、ますます打開困難な様相を呈しています。
現政権は、労働諸法を改訂して、労働者側から格差是正を試みようとしていますが、根本的に重層構造を突破しなければ、日本の中小企業は、大企業の下積みを担わされる体制に変化はないでしょう。
せめてホワイトカラーの範疇に属する技術者が、中小企業の技術者との間で技術者としての連帯関係(例えば技術士として)があれば、企業と企業の枠組みを超えて、技術革新の担い手としての自覚が芽生えるでしょう。
もっと大胆にいえば、技術者約240万人のアイデンティテーが、薄弱なことによって、大企業の技術者と中小企業の技術者との間に企業対企業の利害関係が顕在化し、双方で技術者の交流が殆どありません。
科学者は、日本学術会議を支えている79万人によって活動しています。技術者には、有資格者約5万人中一万数千人の会員で活動している(社)日本技術士会が存在します。当会は、日本唯一の技術者団体です。※³(技術を20部門に分け全技術者が受験できる技術士試験に合格した登録者)国家試験による資格「技術士」の意義を考えると、技術士は、技術者から発信する公益性ある「技術の社会化」を推進する役割を担っているとの私見です。
当会には、技術者の公益性をビジョンとすることによって、技術者の企業間格差を是正するためのオピニオンリーダーになることを期待しています。当会が、公益性ある地道な活動をすることによって、技術者の社会的地位の向上に繋がると確信します。
(日本技術士会のURL http://www.engineer.or.jp

2.中小企業の地域性とそのブランド化

中小企業の地域性の代表的事例として数地域を挙げれば、東京都大田区に約六千企業、大阪府東大阪市に約一千数百企業、新潟県燕市・三条市に約七百企業、岐阜県関市等技術集約型企業に代表されます。
これらの地域でそれぞれの特色ある製品、半製品を作るためのインフラが完備しているのは、日本の中小企業の強みです。
我が国の中小企業が持つ技術力は、大企業に対抗して活かせるにも関わらず、個別の中小企業が、大企業の下請に個別企業として利用されている実態です。いま社会問題となっているフリーターが、都合のよいときに低賃金で使われているのと同じように、各地域に集結した技術者は、フリーターの社会的需給関係のように中小企業を置き換えた構図です。
アメリカは、職能組合がブルーカラーを下支えしており、ドイツでは、マイスターが技能者を支えている制度に加えて、ホワイトカラーの技術者は、主体性を発揮できる契約関係が成立しています。日本の技術者は、正社員の範疇として枠組みに入れられて、技術革新の担い手としての有為な人材が、中小企業で埋没しています。正社員なる枠組みで開発して特許を取り、その特許を自社で活かせないで、その特許から付加価値を生み出せない実態は、中小企業の開発に掛けたコスト高が、大企業よりも一人当りの経常利益の少ないことで(中小企業庁のデータ)推定できます。中小企業の技術者は、個人レベルで、優秀であっても、その能力を活かされないのは、前回「コモンズの悲劇」で指摘したように、各大企業テクノクラシーによって、基幹技術の「囲い込み」がグローバルに進行していることとおおいに関係があるからです。中小企業の枠組みで、特許を取得しても、コモンズの悲劇の如く囲い込まれた狭い土地で‘特許’なる‘子羊’から付加価値を得られるスケールメリットがないでしょう。中小企業の技術戦略が問われています。
技術開発しても特許を取らずに、技術公開して、その技術が、当業界16社と関連メーカーに活かされ、社会貢献した事例があります。金沢市の消防車メーカー長野ポンプ(株)は、昭和42年自動揚水装置を、従来トラブルの多い機械的クラッチから電磁的クラッチへ技術開発したとき、特許を取らずに、技術公開しました。長野会長曰く、「消防車の放水トラブルの解消は、社会貢献として最重要課題であるために、技術公開した」とのこと、長野会長の方針は、当技術が公共財(当誌3月号)であることを実践しています。長野ポンプは、無償で公開したのですが、大田区等地域性のあるところでは、その地域の知的財産として登録制度を設けることによって、MADE IN OHTAの全体の評価になれば、その地域の中小企業全体のブランド化が可能になると思います。ブランドのいまの常識は、商品です。
しかし農業では、一つの産物だけで商品としてブランド化できないので、地域ブランド化が進んでいます。工業製品も大田区のMADE IN OHTAをブランド化することによって、大企業テクノクラシーの囲い込みの枠外に、約六千企業がテクノ集団を形成し、大企業に対抗できると思います。地域ブランド化は、当該製品、半製品の品質保証機関の検査を条件として一地域ごとに、登録検査制度が必要です。

3.技術の社会化を理念とすれば解決可能な事例

昨今 本屋・図書館で書籍、雑誌、特に漫画書籍、雑誌の盗難が社会問題になっております。この対策をめぐって、本屋、流通、出版社、図書館等の利害が一致しない状態で、日本出版インフラセンターが平成14年に設立されました。そのホームベージをみると、ICタグを書籍、雑誌に仕掛けるシステムとして技術的には、解決しています。
ところが、全国的展開となると関係4団体は、システムの費用分担で、合理的解決に苦慮していますが、一部の図書館、本屋で目下実験段階です。
「技術の社会化」の理念から考えると、ICタグは、現在特許で私的財産になっているとしても要素技術ですから、私見によると公共財・混合財(当誌3月号参照)を兼ね備えています。ICタグを全国の本屋と図書館のネットワークに活かすことです。4団体の利害が盗難防止で一致しなくても、出版文化を健全に日本に定着させるために、盗難防止のシステム構築から始めることが、当初の目的から考えると必然的です。
ところが本来ICタグは、盗難防止のために開発されたのではなく、ユビキタスネットワークの基幹技術です。ユビキタスネットワークは、「技術の社会化」の典型的事例といえます。ことの起りは、盗難防止ですが、そこで利害関係で争わないで、本来のユビキタスネットワークとしての機能を前面に出せば、盗難防止は、副次的効果となります。出版文化の振興にユビキタスネットワークのシステムを構築すれば、政府も援助することを検討するでしょう。
(次号につづく)

※¹ 重層構造=権力行使が組織内で拡散しており権力の焦点が複数体制。
※² テクノクラシー=技術の所有が社会の意思決定に影響する権力形態。
※³ 故土光敏夫氏の言葉(当時経団連名誉会長)
「学理を開発した学者には博士という称号が与えられる。これに対し技術を産業界に応用する能力を有すると認められた技術者には技術士という称号が与えられる」


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト