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【新連載:世界一の品質を取り戻す3】

検証・日本の品質力
品質大国日本のアキレス腱「レアメタル・クライシス」
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.激化するレアメタル争奪戦

統計上は2002年から、かつての“いざなぎ景気”を上回る長期経済成長が持続されていることになっている。しかし、米国サブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)問題に端を発した金融不安、世界的信用収縮、米国の景気後退、株安、原油高、急激な円高、そしてチベット騒乱に連なるチャイナリスクなど、先行き不安要因が目白押しの状況に陥っている。そうした中で、日本の技術・品質を根底から揺るがす大問題が静かに進行している。
資源ナショナリズムの台頭である。BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の急激な経済成長による石油や鉄鉱石などの需要が高まり、諸資源(食料を含む)の買い取り競争が激化しているのに加えて、全世界の余裕資金が商品先物市場になだれ込み、価格を大幅に押し上げている現状がある。将来を見越しての資源囲い込み。産出国の持たざる需要国に対する蛇口が急速に絞られようとしている。高品質を維持し、世界のモノづくりをリードしてきた日本に対し、その攻勢が強まっており、特に深刻なのがレアメタルの涸渇である。鉄鋼やアルミなどのコモンメタルはまだ供給国が分散されているので、対策の余地はあるが、レアメタルは産出国が片寄っている。
日本はレアメタルの世界の世界最大消費国である。これが途絶えると技術最先端国の優位性は喪失する。ここでは中国の対日戦略の1つの武器として活用しようとしている姿を通して、レアメタル・クライシスの一端とその現状の対策の例を紹介してみたい。

2.輸出制限に動き出そうとしている中国のレアメタル

エコカーの代表格としてトヨタのハイブリッド車(HV)が世界の注目を集め、席捲している。HVのニッケル水素二次電池の電極にレアメタルのひとつであるレアアースが使われている。そのレアアースの世界の産出量の90%を占めるのが中国である。
毒入りギョーザ問題が噴出して以降、中国は意趣返し的にレアメタルの輸出制限を口にし始めている。
1990年代、中国は小平の改革開放政策のもとで、レアメタル輸出を外貨獲得の重要国策と位置づけ、輸出の免税制度を敷いた。ところが2000年前後からのITバブルでレアメタルの世界的需要が高まると「中東有石油、中国有希土」(中東には石油、中国にはレアメタルがある)のスローガンを打ち出し、それまでの免税を撤廃、06年には輸出関税10%を課し、08年1月には最大25%まで引き上げる措置を講じている。そしてさらに国内需要の高まりを口実に「輸出制限」を俎上に上らせ始めた。つまり、従来の「高く買え」ではなく「もう売らない」という最強硬手段に訴え始めたのである。 レアアースが手に入らないとHV車は動かなくなるのだ。
レアアースはそのほか、優れた磁気特性を持つことから携帯電話、パソコン用コンデンサー、フィルター、センサーなどのセラミック製品、永久磁石などの最先端技術分野で幅広く使われている。
通常、レアメタルとは鉄や銅、亜鉛、アルミニウムなど大量に生産される(鉄は年13億トン、銅は年1700万トン)コモンメタルに対して、天然に存在する量が極端に少なかったり(年数百トンから年数万トンまで)、あるいは抽出することが技術的・経済的に難しい31の鋼種をいう。代表的なものにプラチナ(Pt)、パラジウム(Pd)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、タングステン(W)、マンガン(Mn)などがある。
日本の自動車が世界的に高い評価を得ているのは、ボディなどの特殊鋼板にレアメタルを混合させた合金添加剤が使われており、強度や防錆性・加工性などを高めているからである。
そのほか、プラチナは自動車用排ガス浄化装置や燃料電池、コバルトは超合金材、カドミウムは電池や合金材料、インジウムは蛍光体や透明電極、タリウムは光学レンズ、シリコンは半導体ウエハー、チタンは航空機やミサイルの機体、ニオブは超耐熱性合金や高張力鋼、ベリリウムは電気絶縁体、ジルコニウムは原子力の炉心構造材などに使われており、自動車から航空機、デジタル家電、産業機械まで(特に日本が得意とする)あらゆる分野で必要不可欠なものとなっている。
よくレアメタルは「産業のビタミン剤」といわれるが、日本の高品質はこのレアメタルの特性を最大限に活かす不断の努力を続けてきた賜物に他ならない。
レアメタルは、コモンメタルの精錬の過程で抽出される副産物系のものと、独自に掘削・精錬するものとに大別されるが、独自掘削系レアメタルの主要埋蔵地域は現状、中国に偏っているのだ(因みに日本は、銅精錬の副産物であるセレンしか採れず、全量輸入に頼っている)。

3.レアメタル確保の5つの戦略

日本の世界に冠たる先端技術(高品質・高機能)は、レアメタルがないとたちまち立ち行かなくなるのは前述したとおりである。そこでレアメタルの永続的確保が大命題となる。ここでは5つの戦略を提示してみたい。
第1が備蓄戦略の再構築である。円高に振れた今がチャンスである。国は経済産業省・資源エネルギー庁が中心となって、代替困難で埋蔵地域の偏在性が高いニッケル、クロム、タングステン、コバルト、モリブデン、マンガン、バナジウムの7種を備蓄対象鋼種に指定し、国と民間合計で年間消費量の60日分備蓄する政策を採っている(割合は国が7に対し、民間3)。だがこれを喫緊に、対象品目を拡大させるとともに備蓄品目もより多くする必要がある。因みに米国はコバルト、クロム、タングステンなどは2年から4年分を備蓄するとともに、ニッケルの一大生産国であるカナダと連携し備蓄増強に努めている。
2、3、4番目の政策がレアメタルの3R政策である。つまり使用量の削減(Reduce),再利用(Reuse),再資源化(Recycle)の3つの施策であるが、この中には使用原単位をなるべく少なくする技術開発、同じ機能を他の鉱物に置き換える代替化技術の開発、それから長寿命化の技術開発などが含まれる。国においても、文部科学省の「元素戦略プロジェクト」や経済産業省の「希少金属代替材料プロジェクト」などが稼働し始めている。
次がいわゆる「都市鉱山」の開発である。最近では、金が日本全国で、世界の年間生産量を上回る膨大な量が家電製品や携帯電話などに使われ、出回っているとされている。都市埋蔵金である。その回収に力を入れ始めている。レアメタルも同様だ。使用される製品が多いだけに廃棄される製品の中に、尽きることのないレアメタルの大規模鉱脈が存在することになる。レアメタルの精錬・製造技術において日本は、世界のトップクラスの高い地位にある。この技術を活かして、回収技術ももっと高める必要がある。そのため日本独自のリサイクル・リユース工学を確立する必要に迫られている。
そして最後が中国、米国、南米大陸だけでなく、世界の隅々まで目を向けたレアメタル鉱山の開発、技術、援助戦略が必要だ。

4.「TICAD4」開催を機にレアメタル戦略の再構築を

レアメタル資源大国である中国は、旺盛な需要に対応するため、同資源で最近頭角を現してきたアフリカに、原油とともに獲得攻勢をかけている。この面で日本は大きく遅れをとっている。
北海道・洞爺湖サミットを7月に控えて、5月には横浜で第4回アフリカ開発会議(TICAD4)が開催される。TICADは日本で5年に1回、アフリカ53ヵ国の元首級リーダーを招いて開かれる超大型の国際会議である。日本にとってアフリカ諸国は、全体でも貿易・投資ともに地域別シェアで2%に満たない。それでも毎回、TICADには約1000名の参加者があるが多大な金と労力をかけてアフリカ連合の本部(エチオピアの首都アジスアベバ市)や国連ではなく日本で開催されているのには、大きな戦略があったからだ。創設されたのは1993年、当時の日本はODA(政府開発援助)世界総額の20%以上を1国で賄っており、世界最大の援助国だった。そこでODA世界化の一環として、また未開発の埋蔵資源の将来開発化を目指して手を打っておいたのがTICADだったのだ。だが日本の戦略とは裏腹に日本が財政悪化でODA予算を減らしていったのとは対照に、世界はODAを増額していった。そして前回の03年TICAD後、アフリカは急成長をはじめ、03年から06年までの平均成長率は17%強。その背景には原油価格で約3倍、金属資源価格で約4倍という資源高騰があったからに他ならない。
中国は06年末に「中国・アフリカ協力フォーラム」などを開催して資源獲得で派手な動きをしているが、実質的に牛耳っているのは多国籍の資源メジャーである。対アフリカFDI対外直接投資)ストック総額でみると、英国(34%)、米国(20%)、フランス(17%)と続き、日本のシェアは3.7%に過ぎない。日本からの進出例を見ると三菱商事がザイールのアルミ精錬会社「モザール」に資本参加し、最近の業績好調から規模拡大を計画している。住友商事はマダガスカルで大規模なニッケル事業に着手している。重機のコマツはアフリカ全土の鉱山開発企業の有力パートナーとして信頼を深めている。日立は南アフリカの発電所の大型受注に成功、同国でのトヨタの生産の倍増など、同地への投資を検討している日本企業は多いが、まだその足は遅い。
TICAD4に対するアフリカ諸国政府の最大の関心事および期待は、個別日本企業がどんな新しいアイディアや提案を出してくるか、日本政府がどんな投資促進策を提示してくれるかにかかっている。日本にとっては資源安全保障の上から、アフリカ諸国は今後、ますますウェイトを増す。特にレアメタル確保のための対アフリカ戦略の手腕が問われることになる。


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