前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【新連載:世界一の品質を取り戻す5】

検証・日本の品質力
日本のモノづくり中小企業の強さの秘密を再考する
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.日本ブランドの源泉は中小企業の現場力

低空飛行ながら、いざなぎ景気を超える6年に及ぶ長期経済成長が続いている背景で、3年前から企業倒産件数が急増している。今年の第1四半期もその勢いは衰えていない(負債1千万以上の1月当たり倒産件数は1000以上。4月は1200件を突破)。 背景には輸出や設備投資が景気を牽引している裏での消費停滞が挙げられる。
経済アナリストはその要因を「地方」「中小零細」「円需型」と3つのキーワードでくくっているが、最近ではそれに3つの改正された規制強化の法律、つまり建築基準法、貸金業法、金融商品取引法の「新3K」が拍車をかけているといわれている。後期高齢者医療制度をはじめとする健康保険制度を加え「新4K」を唱える人もいる。
だが、最近懸念されているのが、大丈夫といわれていた製造業にじわりとその陰が及び始めていることである。特に創業30年以上の社歴の古い、ある程度評価の定まっていた企業の間に…。米国の景気停滞やチャイナリスク、原材料高など、景気の下振れ懸念の中で新タイプのスタグフレーション(不況下の物価高)、大倒産時代到来を危惧する声も上がり始めている。
国税庁が把握している日本の法人数(株式会社)は255万社(その他の法人、休眠会社等を含めると430万社といわれる)。そのうち資本金1億円以上の企業は3万3000社、全体の1.2%に過ぎない。
だが日本の産業の特徴はこの狭い国土に、“ない業種はない”と言われるほどくまなくあらゆる産業が網羅されていることである。そして、その個々の企業が高い技術とサービスで大企業を力強く下支えしている点にある。現場積み上げによるその統合力が日本ブランドの評価を高めていることになる。

2.日本製造業の特色

有史以来、日本は先行するあらゆるものに「追いつけ、追い越せ」を合言葉に「洋才」を積極的に導入し、その技術にチャレンジしてきた。そしてただ単に取り入れるだけでなく、「和魂」を加味し独自のモノづくり文化を育み、世界一流のものに育て上げてきた。
その代表例に戦国時代に上陸した鉄砲製造技術がある。種子島に流れ着いた鉄砲、我国は25年という短期間で世界一の質・量を誇る鉄砲大国になった。その背景には極限にまで磨き上げられた力鍛冶の卓越した技術があった。
そして資源小国の日本の産業技術は明治期に欧米から導入した技術と在来の技術が巧みに融合され、独自の発展を遂げてきた。加えてその融合技術は特定の企業にとどまることなく中小・零細企業、地方にまであまねく伝播して行ったことである。以来120年間重層的に技術を積み重ね、世界でも特異なモノづくり文化、風土を培ってきた。それが近年の日本ブランドとなって世界の賞賛を浴びる要因になっている。その評価のポイントを挙げると次の5点になる。
  1. 国内に存在する産業の幅が広く奥行きが深い。世界に存在する産業はないカテゴリーはないほど多様化した産業群が活躍の場を確保しており、しかもその群の中に世界ナンバーワンの企業が数多く入っている。つまり競争に敗れて捨て去った産業は少なく、例えばオイルショックや急激な円高等で打撃を受けても、創意工夫で何とか生き延びるよう不断の再生の努力をしてきた


  2. 保有している技術の水準が高く、幅も広い。内輪という注釈つきだが、技術者は技術論好きだ。海外の情報収集に熱心なのに加えて、彼我の差をベンチマーキングする場合、その比較の対象はベストプラクティスだ。新素材からバイオ、ナノテクまで最先端技術から製造技術まで多彩である。比較相手の国はある部分では日本を凌駕しているとしても、その他の分野では産業を有していないケースが多い。狭い国土にこれだけの幅広い技術、産業を抱えている国は類を見ない。よって個々の分野で最強・最先端の国・企業が存在したとしても、統合力では日本のほうが上となる。スイスの国際経営開発研究所(IMD)の国際競争力ランキングは確かに24位と低迷している(07年報告)が、産業基盤となる技術力評価は常にトップ3に入っている


  3. しかもその技術を活用して最終商品を消費者の厳しい目に晒して合格できる水準まで引き上げ、仕上げることが出来る。さらに消費者の目が肥えて、需要と供給サイドがうまく作用しスパイラルアップしてきた。こうした日本製品が持つ「最終仕上げ」の見事さは未だ世界に追随する国がない。日本の技術力(ブランド力)は目の肥えたうるさい国内消費者に育てられたと言っても過言ではない。最近の米国等から入ってきた経営革新手法、例えばマルコムボルドリッジ国家品質賞やバランススコアカード等には必ず「顧客の視点」というのが入っている。これを評価基準の起点として、PDCAを回す考え方は日本で生まれたものをアレンジしたものである。


  4. 産業基盤を支えた1つの大きな要素に高い教育水準があった。特に基礎教育のレベルの高さが国民の知的レベルの引き上げに貢献した。島国で海外に対する知的好奇心が強かったのも幸いした。また勤勉な国民は世界に多く存在するが、そのロイヤリティの源泉を収入のみにこだわらず、自らの仕事に対するこだわりが強く、長く持続させる力を持っているのも特徴だ。


  5. 宗教の縛りが少なく、タブーがないのも品質機能向上に大きく寄与している。多様化をよしとする価値観と文化を育んだ上に、「官」を尊びながらそれを何時も斜めに見る余裕があって江戸時代から奥行きのある民間経済が存在した。その中で技術から製品販売方法に至るまで国内で競ってきた。またモノづくりに遊びの精神が組み込まれており、匠の域まで高めているのも日本の製造業の特色となっている。

3.元気なモノづくり中小企業12の秘密

日本の製造業は広い裾野の産業構造で大企業を支えるピラミッドになっているのが特徴だが、バブル経済崩壊後、日産のゴーン革命に代表されるように、下請けの選別が進み技術が狭い鋭角化の度合いを強めている。生き残るためにはオンリーワンの技術開発力を持つことが第一だが、製品を構成するQ(品質)、C(コスト)、D(納期)、サービスにスピードとフレキシビリティを加えた6つの要素で卓越化させる必要がある。そこで日本の元気な中小製造業に共通する強さのポイントを12の視点から探ってみたい。
  1. 経営者自らが現場好きで現場から発想する。加工、組立、設計などの出身者が多く、心底モノづくりが好き。新技術開発やブレークスルーのためには仕事のオン・オフの境なく没頭する。ところが2代目3代目となると海外でMBAなどを修得した経営者となると機械油の臭いのする現場を嫌う傾向がみられる。創業者のような現場好きの後継者が育っていればよいが、それがないと最前線の現場が劣化し先細りとなるきらいがある。


  2. 元気印モノづくり中小企業の第一の特徴はまずオンリーワンの技術・製品の開発に成功した企業であると言える。この連載の第一回で報告したが、日本には世界に誇れる技術が1000以上あるといわれ、経済産業省はその中から世界ナンバーワンのシェアを持つ企業500社を選び、纏めたものを事例紹介した経緯がある。下請けから脱却し独り立ちした企業もあればその技術を生かして世界の企業を相手に部品・製品を供給している企業もある。


  3. そしてその高度な自社技術を世の中にアピールしている点も共通している。例えば米国NASAのスペースシャトル計画には日本の中小企業の技術が搭載されており、その技術なくして計画が成り立たないとも言われているほど。また最近ではIT化が進展したことで、中小企業でもグローバルに情報発信し、海外企業を幅広く取引することも難しくなっている。


  4. ローテクとハイテクの融合で強みを発揮する。2つの概念は相反するものするものではなく、相互関連するものとして発想すると、新しい概念が生まれてくる。同様にアナログとデジタル、重厚長大と軽薄短小なども同様である。またドラフターで描く設計の基本を知悉した上で三次元CADを活用する方がミスがなく発想の幅と奥行きが深くなる。


  5. 事業分野の選択と集中。キヤノンの御手洗社長が社長就任手始め施策としてデジタルを中心に事業を集約、カメラ、複写複合機、PC周辺機で現在の隆盛を極めたが、資源(人、物、金、情報)の少ない中小企業ほど、選択と集中が良く似合う。バブル経済崩壊後の90年代にコア・コンピタンスが話題になったが、中核技術、つまり得意分野を伸ばす戦略が、中小企業を元気にする第一歩といえる。


  6. 難しい注文でも断らないで挑戦し続ける体質を持つ。その背景には腕に自信を持つ経営者や中核技術者の存在がある。スキルの定評があるため、ハードルの高い注文でも断れない。大企業でもホンダには二階に上げて梯子をはずすという技術者スピリット養成の企業風土があり、トヨタでも「なぜを5回繰り返す」という言葉があるほど真因究明、問題解決まで考え続ける文化が醸成されている。


  7. コンサルタント、技術顧問的機能を持つ。卓越した技術を持つ技術者の下には人も集まれば情報も集まる。大企業が相談に来たという情報が集まると、評判を呼んで相乗効果を発揮するケースが多い。よって技術情報は広く深く蓄積されることになる。


  8. 外部ネットワークの活用。1980年代から官・民の施策として異業種交流、融合、産業集積、インキュベーション事業が全国各地で立ち上げられてきたが、ようやくその施策が実を結びつつあることを現している。優れた技術を持つ経営者、技術者ほどこうした集まりへの参画意識が強い。またマーケティングや販売、広告宣伝、インフォメーションなどの異業種と交流することは自らの技術の可能を広げることにつながっている。


  9. 顧客のささやきに耳を傾けて、ニーズを吸い上げている。大企業にとって消費者やユーザーからのクレームは品質、機能向上の最善の薬だが、もっと欲しいのは消費者の本音のつぶやきである声なき声。その点中小企業や町工場はユーザーとの距離が極めて近い。そのため「こんな技術があったら」などの本音のささやきが直接聞けるというメリットがある。それに(6)のチャレンジ精神が加わることで望外の技術、商品を生み出すことも出来る。


  10. 開発から設計・製造まで1人の技術者が一貫して行う。痛くない注射針の開発企業で名を馳せた岡野工業の岡野雅行社長は「金型屋が図面を描いたら部品は外注に出す。加工屋は図面の通りの寸法でそれを作るが、図面には必ず公差がある。それが10工程の中に入っていたら最後には合わなくなってしまう。当社が可能にしたのは1人の人間が金型のベースからダイセットまで全部やるから出来たもの。外注に出したら絶対に出来なかった。」―この風土は次のアイデアの創出、柔軟な対応、社員のモチベーションの向上という相乗効果を生む源泉にもなっている。こうしたことを大企が応用したのが、多能工の養成であり、セル生産による多品種少量生産に対応している。


  11. 人材育成に熱心。匠の技を持つ技術者は教え好きであり、また教え上手でもある。徒弟制度同様、これと決めた人材に対し、マンツーマンで自らの技の伝承に熱心に取り組む。魂の入った技術の伝承はロイヤリティの強化にもつながり組織のDNAとなる。


  12. 元気印の中小企業技術者は、製造技術、設備、治具、工具の開発、アイデア付加にも熱心。自ら使う道具には愛着を持ち、大企業が組織的に行っている5SやTPMは自ずと身につくようになっている。そして使う道具や設備は使いやすいように工夫し、設備メーカーにも提案するケースが多い。使いやすい設備・装置を改善することはより質の高い製品を生み出す源泉にもなっている。

4.中小企業の技を活かす次の戦略

資源小国日本の中小企業には、技術・技能においても脈々と「もったいない」精神が息づいている。資源大国や大企業の経営者であれば活用できないと判断した技術は捨てたり、リセットしてしまっても大きな影響はないかもしれないが、中小企業はこの技術が何とかいかせないものかと保有し続け、ビジネス化のチャンスを探る。絶えず研鑽の重ね、卓越した技・アートの領域まで高める。ここでは最近のトレンドから2つの事例を紹介する。
1つは大企業が事業再編などで手放した技術(特許)を中小企業が譲り受け、これに自らのノウハウを加味し事業家に成功したケース。特許流通の活用である。電子部品のミスズ工業(長野県)はセイコーエプソンが開発を中止した医療用マイクロポンプの特許を継承、事業を拡大させている。またマツダの樹脂を使ったプレス機械の修復法を譲り受けた、しのはらプレスサービス(千葉県)は、この特殊技術サービスを武器に急速に業容を拡大させている。こうしたケースは全国で見られるようになってきた。大企業が国際競争を勝ち抜くために放棄せざるを得なかった「埋もれた技術」を小企業がこれを生き返らせ、商機を見出した事例である。
もう1つが世界で5000万台の大ヒットになったアップル社のiPODの例。この背面には新潟県の金属化工業、東陽理化学研究所の鏡面加工技術が活かされている。日本の伝統の匠の技がアートとして知識と合体し、付加価値を生み出した例である。
日本のモノづくり企画者の頭の中にはまだ「モノづくりイコール、コストダウン、機能強化」の発想がこびりついており、その発想から抜け切れていない。「デザインは機能が決め、優先する」という考え方が根強く、デザイナーの権限・発言力は弱い。 日本の伝統的なモノづくりの精神をいかにアートプロダクトに結び付けるか、現代経営者に求められるのは知識をデザインすることであり、デザインを創造経営の方法論にどう組み入れるか、これもイノベーションの1つの方向である。

前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト