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【新連載:ユダヤ人の発想に学ぶ3】 歴史はくりかえす
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よく「歴史はくりかえす」という1句が使われる。歴史の成長・発展・衰退のパターンは文明がちがっても共通している。だが、何をどのように目指すかによって、その発展の中身がちがってくる。最近の中国やインドの台頭の背後には何があるのか。2000年の民族離散にもかかわらず、したたかに生きてきたユダヤ人の秘密は何か。いまこそ歴史全体を俯瞰して日本は学ぶべきではなかろうか。 1.中国とインド、15年前このところ中国とインドの経済発展がめざましい。毎週、日本のメディアでも両国の躍進ぶりを記事として取り上げない週はない。15年前には、日本の殆どの新聞雑誌がこのような現実を予想していなかった。1993年から2年間、筆者は、ダイヤモンド社の雑誌『グローバル・ビジネス』のカバーストーリーを執筆していた。その打ち合わせのなかで、「21世紀以後の世界はどのように変るか」という議題が出た。筆者は、21世紀になるとまず中国が大々的に進出し、その後すぐにインドが追いかけていくと語った。 すると編集者たちは、なぜ中国やインドが伸びるのかと怪訝な顔をした。というのは、当時、中国は江沢民の下で改革解放政策を進めていた。国民総生産の伸び率12.8%の一方でインフレ率は10%。事実上、経済は混乱し、国営企業の多くも赤字で経済は混乱をきわめていた。インドでは84年のインディラ・ガンジー首相暗殺、91年のラジブ・ガンジー暗殺など、政権奪取をめぐって国内政党の対立が激化していた。 それにヒンズー教、シーク教、イスラム教の宗教対立もあり、一般にはとても速やかな国内の秩序回復は望めないと思われていたからである。 しかし筆者には、そうした混乱は成長期のまえの関節の痛みのようなものに映った。 中国が21世紀に伸びる理由は、第1に教育の普及とその水準の高さである。それに中国は海外の華僑との連携も可能であるから、いったん国内体制が落ち着くと急速に海外へも発展できる。それに加えて、11億人以上もの人口をかかえているから、勢い海外に進出するしかない。また、いったん解放を決めたら、その膨大な人口圧力のゆえに路線を逆戻りさせるわけにいかない。 インドが伸びる理由は、これまた教育である。当時、日本では殆ど知られていなかったことだが、インドでは99×99までの掛算を教えている。これはコンピュータのプログラム開発に大いに役立つ。それに英語が公用語であるから、時差を活用すれば、欧米企業のデータバックアップができる。これに加えて、安い賃金も欧米企業には魅力だ。9億という人口も、将来インド国内市場が有望なことを示唆している。 以上の理由で、21世紀前半は中国とインドが世界経済の舞台でヒーローになると、筆者は説明した。それでも、彼らは納得できないという表情であった。 2.トインビーの歴史観筆者はさらに説明を加えた。それは「歴史の衝動」というか、「文明の衝動」のことであった。英国の歴史家アーノルド・トインビーは世界の諸文明の興亡の歴史を観察して、その大著『歴史の研究』にまとめた。その結論は次のように要約できる。 「歴史は民族が固有しているエトス(国民性)の発動によって形成される。 わけても大文明帝国に屈従させられている辺境地域の中から、その圧迫をはねのけようとする民族の登場と挑戦が、次の文明の覇者を可能にする。 そうした挑戦と応戦のくりかえしが、次々と帝国の交替と文明の興亡を展開させる。 これは歴史自体の内に働く生命の衝動なのである。そして敗者は歴史の表舞台から降りていく」 3.歴史は辺境から始まるトインビーのこの結論を借りて、歴史の変遷を分析すると、歴史の発展の方向がよく分る。たとえば、中国の最初の王国・殷は黄河中流域の商を中心に形成された。次にその西方の鏑京から西周が起きる。春秋戦国の混乱を経て、さらに西方の咸陽を都とする秦が中原を統一する。 古代西洋の場合、まずエジプトとメソポタミアとにそれぞれ2大文明圏が出現する。 この両者が中東の覇権を争い、メソポタミアのアッシリアが紀元前7世紀にエジプトを降す。そのメソポタミアが背後のペルシャに襲われる。ところがペルシャは西から台頭したマケドニアに呑み込まれ、そのマケドニア帝国がさらに西のローマに吸収されてしまう。ローマ帝国が弱体化しはじめたとき、南東のアラビア半島から起こったイスラム教勢力が席巻し、ローマ帝国の南半分をサラセン帝国にする。残った北半分がビザンチン帝国である。その後、地中海地域の勢力が衰え、ルネサンスを経て順次ポルトガル、スペイン、フランス、英国が海外に植民地を作る。大英帝国が没落しはじめると植民地から独立した米国が徐々に影響力を拡大してきた。 つまり、西洋を起点として文明の変遷を考察してみると、原則として西回りなのである。 4.日本と韓国地球規模で政治経済の覇者が交替し、遅れて文明の主流とl相も変ってくる。それは歴史の大きなうねりである。人はだれもこの大きなうねりの力を止めることはできない。日本が1970年代から2000年にかけて繁栄してきたのは、その文明西漸の衝動の一端に乗っていたからである。日本の政治経済はいまや行き詰まっているが、日本を支えてきた文明の衝動はようやくヨーロッパにも到達し、マンガ、オタク、メイドカフェなど日本型民衆文化(ポップカルチャー)として若者のあいだで受容されはじめている。 韓国は日本よりも一足遅れて経済発展を遂げ、1990年代から大きく世界市場に進出した。これも文明西漸の衝動という歴史のうねりのひとつである。日本の軌跡と対比して考えると、韓国文化が世界的に広まるのは2020年代になってからであろうと読める。 5.中国・インドの後に来るもの筆者は物事を単純化し画一化するのは好きでない。しかしながら、メソポタミア→ペルシャ→マケドニア→ローマ→西欧→米国と文明が西方向へ大きく変遷してきたことは事実である。文明の西漸は、いわば北半球世界における生命の衝動なのである。したがって、今後この流れはアメリカ→中国→インドへと引き継がれていくものと考えられる。 中国、インドの次にどこが台頭するかについては今のところ予測は困難である。 しかし、筆者の推測では21世紀後半になってイランかトルコが台頭するのではないかと思われる。その理由は、民度の高さに加え、国民の均一性にある。国内に深刻な部族間対立がある場合、大きな文明圏を築くことは難しい。イランとトルコには、宗教的対立はあるにせよ、部族間対立がない。そうであれば、経済的発展という目的のために中国やインドが国内的にまとまったように、イランやトルコもまとまってくるのではないだろうか。 6.歴史はくりかえす「歴史はくり返す」という言葉は有名である。じつは、この言葉を最初に使ったのは、ユダヤ人である。 ユダヤ人は西暦70年にローマ軍によって国を滅ぼされ、以来2000年近く離散の生活を余儀無くされてきた。国民が散り散りになりながら、それでも民族の団結とアイデンティティを維持しきたのは、ユダヤ教を守ってきたからである。 それには聖書という聖典を保存してきたことも大きく寄与している。だが、それにもまさって、ユダヤ教の戒律や法律を克明に記録した膨大な法典「タルムード」を西暦3世紀に完成させていたことの意義が大きい。タルムードの記録のおかげで、ユダヤ人たちは世界中に散らばっても、同じ法律と同じ慣習を維持することができたのである。 その「タルムード」にしばしば登場する有名な学者に、ラビ・イシマエルという西暦2世紀に活躍していた人物がいる。「歴史はくり返す」というのは彼の言葉である。原典では、親がおこなった失敗を子もまたくり返すという意味で使われている。 現在でも、この言葉は、もっぱら同様な意味で使われている。とりわけ、大きな人災が再発した場合に、「歴史はくり返す」という。 7.日本に望まれることトインビーはこの言葉に着目した。はたして歴史はくり返すのか。彼は世界の民族の歴史をくまなく見直した。彼が辿り着いた結論は、歴史はくり返さないが、その生成と発展、興隆と衰亡のパターンには共通性があるということであった。すなわち、すでに紹介したように、栄華を誇っている文明圏の遠い裾野の辺境から次の覇者が登場するということである。 このことは、企業や組織の経営にとっても重要な教訓を含んでいる。 いま主軸となっている事業分野の周辺に次の発展の核がひそんでいるのだ。場合によっては、トップが顧みていないというか、疎んじている分野にこそ次世代の種子が隠れているのだ。それを速やかに探知し、発見し、うまく事業の中核へと育てていく。これは、組織を継続発展させるために必要な任務である。 現在世界全体でわずか1500万人、世界人口の0.2%しかいないユダヤ人は、辛うじてではあるが3000年以上にわたって民族の団結を保ち、独自の文化とアイデンティティを発展させてきた。その秘密を、ハンガリーのユダヤ人歴史家ナフマン・クロッチメルが次のように指摘している。 「ユダヤ文明の強さは、1時代が終わるや否や次の時代が始まる点にある。新しいアイデアが旧いものと入れ代わり、新しい力を発動し、たえまなく発展してきた」 韓国、中国、インドに取り残されないためにも、日本は失敗をくりかえさない態度を習慣づける必要がある。どのように新しいアイデアを自ら湧かし、刷新しつづけていくか。 企業の経営者にも、政府や自治体の長にも、21世紀後半を見据えた戦略が望まれる。 |


