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【特別寄稿】
「日本のモノづくり」に対して思うこと
−教育現場の視点から−
佐々木 義秀  
(東京都立科学技術高等学校科学技術科教諭)  
 
 原油価格が高騰し、ガソリン1リットルあたり180円強の販売価格の看板を見るたびにオイルショックの時を思い出す。
 第一次オイルショックの時には、トイレットペーパーが無くなる事態に家族総出でスーパーに並んだ。第二次では、ガソリン価格が高騰し1リットル当たり170円で購入した記憶がある。
 その当時、原動機付き自転車を所有していたが、利用する機会が少ないことや燃料消費率(いわゆる、燃費)が良いことなどから余り危機感を感じなかった。
 その後、数年でガソリン代は下がり120円台を推移する時代となり安定期に入り、バブルの時代が訪れる。輸出や個人消費が大きく伸び、この世の春を謳歌したことは記憶に新しい。
 高度成長期からバブルに至るまで生産技術の分野では、オイルショックなど難しい問題に直面しながらもコンピュータを利用し、技術者・技能者が協力しながら省エネ技術を確立したり、地道な研究の積み重ねによって解決してきた。この技術が基礎となり、世界に誇れる技術力を身につけ日本ブランドを確立してきた。
 しかし現在はどうであろうか。生産現場ではコンピュータ化が進められ、より効率的でコンパクトになり、コンピュータによるネットワーク化が作業の細分化を加速して各部門の独立性を高めこととなった。また、生産性の向上を図るためNC工作機械の導入も進みコンピュータを操作するオペレータの育成が急務となり力を注いだ。その結果、生産現場で、モノ作りを理解した技術者・技能者が不足することとなり、急速に変化する社会情勢へ迅速に対応する力が不足し遅れをとっている生産現場が多くみられることになった。
 このことについては、生産現場で取り組みが行われている事柄であるので今後のシステム構築に期待したい。

1.技術者・技能者について教育現場からの視点

 次に、このシステムで活躍が期待される技術者・技能者について教育現場の視点から感じていることについて述べたいと思う。
 初めに、生産技術・現場を引張ってきた多くの先人と現在活躍中およびこれから活躍が期待される技術者・技能者の違いを知っておくことが、これからの取り組みに大いに役立つと考えられる。中堅技術者・技能者から新規採用者が育った環境を専門教育の変遷を交えながら紹介したいと思う。
1)加工の実習や設計・製図の習得をしてきた世代
高度成長期に初等・中等教育(小学校、中学校、高等学校)を受けた技術者・技能者は受験戦争を戦い、学歴によって将来の進路が決定された世代である。現在40から50歳代となり、企業内では幹部であったり中間管理職であったりと仕事を進める上で中心となる人材である。
この年代の専門教育(工業、工学系)は、技を必要とする手仕上げや鋳造、鍛造などの実習、設計・製図などの理論をバランスよく習得してきた世代でもある。
この世代から、実習の中でコンピュータを活用やNCプログラム・NC工作機械による加工などを取り入れた授業(現在のCAD/CAM)が行われるようになった。
設計・製図においても加工を前提とした授業が進められるなど、モノ作りの流れが学べる環境となっていた。

2)コンピュータ利用技術の導入で基礎技術が削減された
バブル時代に初等・中等教育(小学校、中学校、高等学校)を受けた技術者・技能者は受験勉強や偏差値主義など比較評価される時代から個人や個性を尊重する教育に移り変わるか、または変った世代である。現在30後半から40歳前半ぐらいまでの世代となり、最前線で活躍する世代でもある。
このバブル世代は、コンピュータゲームやファミコン、さらにWindows95など、コンピュータと共に育ち大量消費によって青春を過ごしてきた世代である。また、就職に至っては売り手市場で労せずして職を獲得してきた世代でもある。
教育現場では、段階的に学校週休2日制が導入され完成年度には、16(時間/月)が削減された。この制度に対応すると共にコンピュータ利用技術、制御技術、家庭科の科目を導入するため、基本教科(国語、数学、理科、社会、英語など)及び専門教科(工業系)を削減することとなった。
専門教育では、実習とくに手仕上げ、鋳造・鍛造(製造工程で発生する騒音や排気される煙、悪臭が問題視され、実習を取りやめる施設が多くなった)など、基礎技術が削減対象となった。製図についても同様に時間が削減され、加工を前提とした授業から、JIS規格や写図による線の描き方の習得へと移った。このころから、図面を写すことができても、読み取ることができない(形状や寸法値が加工上どのような意味を持つのかが分らない)若者が増えてきた。
しかしながら、コンピュータやNC工作機械、CAD/CAMなど生産現場で必要とされる技術を先駆けて学んだ世代でもある。
この時代は、高等教育(高専、大学、大学院)の充実や企業での社内教育が維持されていたことで教育現場の変化が直接影響することは少なかったようである。

3)生産現場の細分化はモノづくりの意思疎通を難しくした
バブル崩壊後の就職氷河期時代に初等・中等教育(小学校、中学校、高等学校)を受けた技術者・技能者は、能力主義となり力のないものは就職ができない時代となった。現在20代後半から30代前半までの世代となる。この時代を境に企業も教育も変化をしていく。
企業では倒産やリストラ、採用の見送り、さらに金融機関の破たんが相次ぎ氷河期を迎える。日本では、能力の高い人材が技術職(設計・開発)として採用され、生産拠点を賃金の安い東南アジアや中国に移し生産を実施した。また、日本に残る企業は競争力を維持するために、派遣社員の導入や賃金の安い労働者をアジアから求め対応した。
その結果、生産現場は細分化され各分野が独立した形となり、モノづくりの流れが上流から下流、下流から上流への意思疎通が難しくなった。また、生産拠点を海外に移したことによって日本の技術が海外へ流出し海外メーカの台頭を招き海外競争力低下や、国内では賃金の安い労働者を採用することで生産品質向上の停滞などの問題が生じた。さらに派遣制度によって日本の労働力の停滞や経験不足が正社員への道を閉ざすこととなった。
教育現場では、詰め込み教育を改め創造性を重視した教育が検討され、いわゆる、ゆとり教育が進められた。

4)第一期ゆとり教育世代は図形・図面を描く授業が十分に行われていない
これから採用される20代前半までの世代は、第1期ゆとり教育世代となる。西暦2000年に学習指導要領の改訂が行われ学習単位の大幅な削減や学習指導内容の見直しなどが行われた。専門教育でも、時間の削減や内容の見直しなどが進められ教科書が薄くなったことは記憶に新しい。
先に述べた3つの世代と比較すると、初等教育において基礎科目(国語、算数・数学、理科)の内容が大幅に削減された。とくに、危惧するところでは算数・数学において図形や技術科において図面を描く授業が十分に行われていないことである。また、教わる姿勢から教えてもらうことに慣れているのか、指示された以外のことを行うのが苦手であると共に、気づくという訓練がされていないようである。
さらに、高等教育においても学力を問わない多様化した受験システムや基礎学力不足から、入学前及び入学後に不足している学力を補う講義を行うなど、本来学ぶべき内容の時間を削り対応した大学も少なくない。

2.技術教育は製図教育の重要性を認識すべき―専門教育の方向性

 ここからは、教育を通して経験したことを交えながら危惧すべき点、の専門教育の方向性につていて考えを述べたいと思う。

ここまで、4世代に渡り生産現場で活躍する技術者・技能者が育ってきた教育環境や社会情勢について述べてきた。
 この中で特に大きな課題となる就職氷河期以降の世代の事例を紹介しながら課題を見つけていきたいと思う。
 1997年から、CAD/CAMやFMSなどを重点的に教える施設で教鞭を執った。その時代は2次元から3次元CAD化が進んだ時代である。以前の2次元CADはドラフターに代わって図面を制作する上での道具として利用していたが、3次元CADになると、加工データや構造解析用のモデル制作へと変貌した。2次元CADと比較して、操作が簡単で制作しモデルの形が容易に理解できる。さらにJISに準拠した作図が必要ないことから受講生は休み時間も取らずに制作に没頭していた。さまざまな製品モデルが簡単にできることや、コンピュータの処理能力の高さから誰も制作したモデルを簡単に削りだせると思い込んでいた。3次元データをCAMを利用してカッターパスを作成すると、加工できないポケットや刃物が入らない窪み、直径1や2mmのボールエンドミルでしか削ることができない細かな凹凸やうねりなど、段取りや時間がかかる製品モデルが多数出来上がり唖然とした。
1)コンピュータは「絶対ではない」
ここで危惧すべき点は、コンピュータが出した解答は、「絶対に正しい」という思い込みである。この世代は、コンピュータの進化とともに育ってきた世代であり、コンピュータの恩恵を一番受け、コンピュータが空気のごとくそこにあって当たり前のように感じている。だから、コンピュータが表示するものは絶対であり間違えはあり得ないと思っているのである。

2)評価する知識や体験不足がミスをよぶ
さらに問題なのは、結果を評価する知識や体験が少ないことである。先の課題は、加工機の特性や加工方法、さらに工具特徴を習得していればモデル制作中に回避できることである。機械加工の経験や知識に乏しい設計者でも3次元CADを利用できれば設計はできる。しかし、コストがかさむ設計や加工を無視した加工図面をも3次元CADは作り出してしまう危惧がある。

3.事例紹介

 CADに関する検定問題を作成したときの事例を紹介する。
 3つの異なった半径を持つ円弧で構成された卵を、長軸で半分に分けた図形を描く問題を出題した時に次のような質問があった。
 「古いCADソフトウェアのため円弧を描く機能では描くことができなので描き方を教えてほしい」とのことであった。CADソフトの名前とバージョンを聞くと、私が問題を作成したものと同じでありCADソフトウェアの機能で十分対応できることを説明したが納得いただけなかった。そこで、小さい円弧に大きな円弧が内接す方法で描くことができることを伝えても理解できず、最後には接点の座標、中心の座標を教えることで納得していただいた。
1)CAD機能に頼りすぎの弊害
ここでの課題は、CADの機能に頼り過ぎたことと、図形の知識で対応できなかったことである。ちなみに、簡単に説明した図形の描き方は中学2・3年生の数学で学ぶ範囲である。
このことから、CADの機能を熟知すると共に、コンパスや定規など器具を利用した作図法を学ぶことの大切さを教えてくれるのである。

2)材料や寸法公差を考慮しない設計
この他にも、樹脂の収縮を考慮せずに型を設計制作し型から樹脂が抜けなくなったり、ベアリングを穴にはめ込む時に寸法公差を考慮しないために、がたがただったり、はまらなかったりなど様々な設計事例がある。

3)設計・製図の基礎・基本は手描きから
すべてに共通していることは、設計製図はCADに頼るのではなく、器具を用いて手描きによる図画法や、加工方法用途に合った機械・工具の選択や段取りなど体験しながら基礎・基本を習得する。また自ら設計製図を行って、それを基に製作作業を通して、モノ作りの流れを学ぶことが大切である。

4.結論

 生産現場では情報技術やCAD/CAMなどコンピュータを利用することが多くなり、モノづくりの実践的技術者からコンピュータをオペレートするオペレータの需要が多くなった。さらに、3次元CADやCAMの進歩と普及がオペレータの需要を伸ばし技術者の減少を助長した。
 その結果、効率のよいモノづくりのシステムが構築でき一見生産力が上がったように思えるが、デジタルデータで保存された生産技術は、価格の安い外国に流失し国際競争力を落とすこととなった。さらに、CADの作図機能に頼りすぎるため自由曲面や曲 線など予期せぬ形状が作成され加工が困難になったり、加工の段取りが増えて反って効率を悪くしコストを上げることになった。
 また、国内では付加価値の高い製品の製作へと変ろうしているが技術者の不足や分業化されたシステムに阻まれるなど課題を解決できない状況が多く見られる。
 この課題を解決するうえで、生産技術や知識が不足しているオペレータを技術者として育てることが不可欠である。特にCADの作図機能に頼りがちな若手のオペレータにたいして数学的な根拠に基づいた作図方法を身につけ製品の形状設計を行うことはミスや矛盾をいち早く見つけだし修正する事が可能となり生産効率を高めることとなる。
 今回制作したDVD「機械製図入門」は、若手のオペレータや技術者にターゲットを絞って、不足している数学的根拠に基づいた作図技術・方法に重点をおいて編集を行った。
 また、これまでの製図教材では見られなかった動画を利用してビジュアル的に作図方法を解説した。また、各巻ともにメニューを設け学習者の学習進度にあわせ各作図法を映し出すことができ、必要に応じて繰り返し見ることができる。
 この学習教材を通して、改めて三角定規やコンパスなどを手にし「線分の等分」「垂直線や直交線」「楕円や歯型曲線」などの基礎的な図形の描き方や「投影図の読み方や描き方」の演習問題に取り組むことで、技術者に要求される基本技術や基礎知識を習得する事を可能とした。
 この学習教材が、生産現場を支える、活躍できる技術者の育成に寄与する事を願っている。



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