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【新連載:世界一の品質を取り戻す10】

検証・日本の品質力
直面する危機克服のための3つの提言
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 
「100年に1度というべき経済危機が日本襲来」―今回の事態は日本経済が戦後経験した、2度のオイルショック、金融危機(貸ししぶり、貸しはがし)に輸出減少という3つの危機が一度に襲来、今まで経験したことの無い新しいタイプの不況に陥ろうとしている。しかも、21世紀の経済危機はより問題を深刻化している。それがグローバリズムだ。それは一国の金融・財政政策が極めて短期限定的効果で終わってしまうという点にある。そこで求められているのが今まで以上に大胆な政策(金額と対象領域の広さ)、つまり国際協調ということになるが国家財政が緊迫化し、国際協調も先進国と途上国とで態度が異なり、即効性のある対策は現状、望むべくもない。特に今回の危機が深刻度を増しているのが、近年の日本経済を引っ張ってきた米国への輸出、中国の台頭だった。米国の消費大幅減退、中国の景気スローダウン。貿易立国ニッポンの根底が崩れようとしている今、内需拡大を叫んでも、硬直化した構造もあって一朝一夕には出来ない。今まで内需拡大のための構造改革、規制緩和に手をこまねいてきたツケが回っている点も指摘できるが今、国がやれることは限られている。国内にあっては日本の力の源泉である中小企業(中でも中小零細製造業)の保護であり、国民生活のセーフティネットを張ること。外に向けては最近目立ち始めてきた保護主義の台頭を国際協調で抑制していく努力、次がエリア連携ではないだろうか。そして、国内産業の自立、成長を促す施策をキメ細かく実施、成果をあげていく地道な努力しかない。
長期的視野に立てば、人口減少社会に移行した日本では内需では大きな成長は望めない。資源小国ニッポンは貿易立国の宿命を背負っている。この2点を踏まえて、今手を打っておいた方がよい、3つの施策を提言してみたい。

1.5Sの経営全領域への応用と「見える化」

「失われた10年」で多くの企業が苦境にあえいでいる時、戦略性の高い企業は次の成長のスタートダッシュのため、次のような対策を打っていた。
  • ムダの排除
  • 効率化の追求
  • 世界の変化の見極めとその対応
  • それまでの企業体質の改革
つまり、それまでの壁を取り払い、ボトルネックの解消に努め、次の時代の目を養う努力をしてきた。その備えに怠りなくやってきた企業が02年から始まった“いざなぎ景気”を超える長期安定成長の波に乗れたことになる。日本企業の多くの経営者は嵐が来ると首をすくめて、通り過ぎるのを待つ傾向が強い。また削ることに注力し、縮小して均衡させようとする。縮小では均衡しない。負のスパイラルに陥り必要なものまでカットさせざるを得なくなる。
ハーバード大学の経済学者、ジョン・クエルチ教授は「不況になると首をすくめて様子見に陥る経営者がいるが、トップが先頭に立って行動を起こさせないと企業の発展にはつながらない」とし、すぐにでも次の5つの行動を起こすべきだと主張している(「日経ビジネス」08年10月23日号)。
  1. 顧客との対話を増やす:消費者の心理やニーズを直接探る。
  2. 家族をイメージする:不況になると消費が減り、家族的な支出が増える。そこに焦点を当て、開発、営業努力をする。
  3. 製品群の総点検を実施する:品質・機能・性能、品揃え、価格、ブランド展開など、自社の強さを再度明確にし、再構築する。
  4. 市場シェアを高める:円高メリットを生かしたM&Aなどは今まさに好機。顧客獲得のコストを下げる努力をする。
  5. 自社の本業を明確にする:不況時に戦える事業こそ自社の本業と心得、その強みにまずリソースを集中する。
そこで筆者は常日頃から困ったときの原点回帰、原理原則から発想すべきと主張している。製造業の原理原則は「商品の質を高め、合理的な価格で、それを必要としている顧客(消費者)に正確に届ける」ことにある。そのためにまず何をすべきか。そこで第一に日本の製造現場では定着している5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)の経営全般への応用を推奨したい。
製造業であればR&D→製品計画(企画)→仕様決定/部品評価→外観設計→人力設計→ハードウェア設計→ソフトウェア設計→製造→検査→品質コントロール→ロジスティクス/アフターサービス→販売/マーケティングなどの流れがあり、経営全般から見ればヒト(人材配置、教育など)、モノ(原材料、製品、土地、建物、装置装備、機器、消耗品など)、カネ(財務、会計、税務など)、サービス(システム、情報提供、ピーアールなど)、ステークホルダー全体との交流など多岐にわたるが、これら全てを5Sの視点で見直し、制度化することにある。経営5Sが常態化すると経営資源すべての不適性、停滞、アカ、ニゴリ、業務間の3ム(ムリ、ムラ、ムダ)などが顕在化し、整(清)流となって業務が遂行される。しかも企業評価も高まる。
次のステップとしてこれら全般を「見える化」することである。つまり「ビジュアル・マネジメント」(VM=経営の見える化)である。
人間がかかわる以上、問題点、不祥事、不良品、ミスなどはとかく隠したがる傾向に陥る。5SとVMの融合化はこれらの負の部分を「暗いところから明るいところに引っ張り出す」仕組みづくりの意味合いを持つ。
5SとVMが融合しインテグリティ(完全に整った状態)が実現すれば売上げアップ、利益向上、コスト削減、品詞・生産性向上などの定性的成果ばかりでなく、社員の意識改革、モラールアップのほか、ステークホルダー全体からの強い支持が得られることに直結する。

2.グローバル・マーケティング力の強化

最近、モバイル(携帯電話)の世界で米国アップル社の「i Phone」、世界ナンバーワンの端末、フィンランドのノキアが相次いで日本上陸を表明した。携帯鎖国ニッポンに風穴が空くと話題になっているが、彼らの真の狙いは、世界で一番厳しいといわれる日本市場において、世界の次のニーズがどこにあるかを日本市場において実験的に探ることにあるのではないだろうか。その証拠にすでに市場投入されたiPhoneは当初の話題ほど売れ行きを伸ばしていない。日本の消費者は高い品質、多くの機能、高い性能に加えて、アプリケーションが豊富などその商品にプレミアム、付加価値が豊富でないと満足しない。前記2社は日本市場で次の品質、機能、性能がどこにあるか学ぶことにある。
一方、技術力、モノづくり力は強いが、日本の弱点と言われているのがマーケティング力だ。前述したように、眼前の経済危機に対し内需拡大(構造改革を含めた)は最大のテーマであるが、永続的成長のためには限界も見えている。
今後も貿易立国を目指さなければ日本の存在意義はない。しかも従来のようなすでに定まった市場である米国一辺倒ではなく世界の隅々まで目の行き届いた市場戦略を構築することが、日本製造業の生き残る道である。
幸い日本には、中・低級品から超ハイエンド商品までフレキシブルに対応できるユニバーサル・マニュファクチャリング体制が整っている。最近、PC分野で台湾や米国の水平分業(ファブレス化)による低価格商品に日本製PCが押しまくられ、苦戦しているが、他の方法を使っても同様の物を作れるはず。単機能(品質)/低コスト、中機能/ローコスト、最高機能/高価格など、その国の市場ニーズに合わせたモノづくりは可能である。そのためのマーケティング力(商法を含めた)を磨く必要がある。そして、少なくとも、G7(米、英、仏、伊、加、日)プラスBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)あるいはVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、タイ、オーストラリア)、G20位まではマーケティングネットワークは張っておくべきである。そして、もうひとついまやっておくべき戦略が成長セクターに対するボトルネック解消のための援助。つまり、技術、文化、情報、環境などを提供、人、物、金、情報を流通させる支援体制を確立させることによって、共にさらなる成長を目指すことで、共同体を構築することである。

3.「源流改善」から「源流強化」へ

東大流モノづくりでは、製造業は設計思想の転写のプロセスであると規定している。最上流がきちんとしていれば良品が作られ市場投入されるという考え方である。
「源流改善」とは、ホンダが古くから活用している用語で、デミングサイクルのPDCAのA(アクション)に相当するもの。ISO9001を導入した企業が、その投入費(人・物・時間)の割りに効果が目に見えないとぼやく理由に、表面的な是正処置、継続的改善にとどまっている点が上げられる。つまりP(計画=手順の策定)、D(実施)、C(チェック=記録)で止まっている。その結果、同じようなミスが出てしまう。いくつかの要因が重なってミスが出る場合でも、全ての阻害要因を潰し、二度とミスが出ないよう真因を探し出し、その歯止め策を立てるのが本当の意味のA(改善対策)ということになる。確かにISO9001の「8.5.2 是正処置」で「再発防止のための不適合の原因の除去」を謳っているが、真因の究明、その対策の確立に至っていないケースが多いのも確か。トヨタ自動車の現場に「ナゼを5回繰り返す」という言葉があるが、通り一遍の改善では再発の危険性が存在することを戒めたものである。つまり、本物の再発防止策の構築のためには、知恵と手間と時間がかかるもの。モノでない場合には、仕事の流れや仕組み(システム面)、仕事のやり方(プロセス面)のソフトの領域まで踏み込んで改革しなければならない。
「源流改善から源流強化へ」とは、究極的にはそこに携わる人間の知識・技術力・開発力・スキル全ての面での人間力を総合的に強化することを意味する。そこに企業として出来うる限りの資源を投入しようと言う考え方である。
米国は04年末、21世紀冒頭での国家産業戦略を、企業経営者等約400名を集めて文書化した。それが「パルミサーノ・レポート」(IBMのCEO、パルミサーノ氏が議長)である。その中核をなす考え方が「イノベーションの連鎖」だった。それを実現するためにはPDLSIサイクルを構築する必要があると提案している。つまり、P(計画)−D(実行)−L(ラーニング=教育)−S(ストラテジー=新しい戦略)−I(イノベーション=変革)のサイクルでスパイラルアップを図るべきであるとしている。イノベーション創出は「人づくり」だ。
そして21世紀の経営は、フェア(公正)・オープン(自由で開かれた)・ロジカル(理に叶う)であらねばならないことも付け加えておきたい。


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