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【連載:ユダヤ人の発想に学ぶ14】

イスラエル・パレスチナ・ヨルダン
手島 佑郎  
(ギルボア研究所所長・ヘブライ学博士)  
 
筆者は1963年のエルサレム・ヘブライ大学留学以来、ユダヤ人の間だけでなく、パレスチナ人の間にも幾人も友人を得、今も交友が続いている。45年以上にわたる彼らとの友情を通して、今回は直近の中東の姿をご紹介しよう。


1.イスラエル人とパレスチナ人の問題

いまイスラエルが直面している問題は何か。
結論から申すと、第1にイスラエルのユダヤ人の中で少数派であった宗教家たちの政治参入化、第2に、ロシアからの移民たちのタカ派化、第3に、これまで大多数でハト派であった一般市民が最近は政治に無関心になっている。
シオニズムの理想に燃えていた40年前は、一般市民が政治を支えていた。宗教家は政治に無関心であった。それ逆転し、いわばイスラエルもユダヤ教原理主義者が猛威を振るいはじめたのである。
政治に無関心になった市民の多くは、安息日になると車でレジャーに出かける。テルアビブの海岸などは終日どころか夜を徹して六本木なみの大賑わいである。エルサレム近郊のパレスチナ人のアブゴーシュ村などは、アラブ料理店が軒を連ね、ユダヤ人のレジャー客と車で大混雑である。もはや一般的ユダヤ人の関心はイスラエル国家の存続よりも、現在の享楽の存続である。
じっさい、大部分のユダヤ人はレジャーを楽しめるだけの経済的繁栄と余裕の生活をしている。そのユダヤ人を相手に商売をし利益を蓄積するのが、一部のパレスチナ人富裕層である。対照的に、建設作業やウェイター等もっぱら3Kの仕事をこなすのは、パレスチナ人もしくはタイなどからの出稼ぎ労働者である。
それでも、「イスラエル国内のパレスチナ人」の失業率は7%前後で、ユダヤ人の10%よりはましである。というよりも、ユダヤ人のように職の善し悪しを問わないで仕事するので、パレスチナ人のほうが就業率が高いのである。
問題は、「パレスチナ自治区のパレスチナ人」である。現在パレスチナ自治区の貿易輸出、というよりも外貨獲得手段は、その78%がイスラエルへの出稼ぎに依存している。周辺のアラブ諸国への輸出は20%にも満たない。自治区内での経済といえば、ほとんど物々交換に近い。彼らから見ると、ユダヤ人と共存できているイスラエル国内のパレスチナ人さえも妬ましい。
こうした貧富の4重構造的隔差:富めるユダヤ人とパレスチナ人、貧しいユダヤ人、貧しいが職のあるパレスチナ人、そして職もないパレスチナ人、この4グループの葛藤がパレスチナ・イスラエル問題をいっそう複雑にしているのである。

2.手際よい爆発物処理

先般、イスラエル滞在中に、ちょっとした爆弾事件に遭遇した。といっても結果的に、誰にも何も被害はなかった。
3月19日の夕方、エルサレムの中心部を歩いていると、けたたましく2台の警察ジープが駆け込み、あっと言う間もなく目の前の道路4車線を封鎖し、通行人も車も排除した。そこへ3台目の車が到着し、すぐに爆弾処理班とおぼしきチームが街路樹のかげに入っていった。2〜3分後に大音響とともに街路樹の向こうで爆弾が炸裂した。それで終わりであった。すぐに通行は再開された。人々は何事もなかったかのように、通行再開していた。
街路樹の蔭まで近寄ってみると、不審なトランク2個が放置されており、その1個が爆弾処理班によって爆破されていた。物見高くトランクを見に行ったのは筆者だけであった。手ぎわよい爆発物処理にあっけなかった。あのトランクは、ただの放置物だったのかもしれない。あるいはゴミとして捨てられていたのかもしれない。だが、そういう不審物があると、すぐに誰かが通報し、すぐに処理してしまう体制が、あの国には出来ている。イスラエルはある面では常に危険と背中あわせで過ごしている。こういう国ならではの危機管理の迅速な対応の一面を見学できた。

3.ユダヤ人の士気低下

とはいえ、パレスチナ人とユダヤ人との抗争は、表面的な鎮静化と裏腹に、内部では対立が激化するばかりである。例えば、自治区内のヘブロンの入植ユダヤ人80人を守るために、警備兵2000人を配置するという有り様である。
解決のきざしが見えない抗争に、いささかイスラエルのユダヤ人たちも士気低下をきたしていた。強気のユダヤ人たちにも消極的な発言が目立ってくる。
先月、エルサレムから北部のベテシャン国境を越えヨルダンに入ろうとした。ふつうはヨルダン渓谷のハイウェイを通って北へむかう。するとユダヤ人の友人が警告してきた。あのハイウェイは自治区に沿っているから危ない。西のテルアビブ経由で遠回りをすべきだと。
この警告を筆者のタクシー運転手アフマッドに伝えた。彼はパレスチナ人である。筆者はいつもエルサレム滞在中は彼に運転を頼む。彼と一緒だと、パレスチナ地区にも安心して立ち入れるからである。アフマッドはこう答えた。「私だって自分が危険なところには行こうと思わない。だが、今のところ渓谷沿いのハイウェイに危険が予想されるとは聞いていない。大丈夫ですよ。渓谷を通って北へ行きましょう」
我々はヨルダン渓谷に沿って北上し、ヨルダンとの国境通過ゲートがあるベテシャンまで行った。何事もなかった。
怯えはじめると枯れ尾花さえも幽霊に見えてくる。そして不必要に疑心暗鬼しはじめる。こういう時は、少数派とはいえ動じていない者の意見を聞くほうが、客観的でしかも確かなのである。

4.ヨルダンにて

ヨルダン滞在の4日間に最も強く感じたのは、失業率がかれこれ50%だというのに、この国は非常に活気に満ちていることであった。産業活動の点ではとうていイスラエルに及ばないのだが、人々の活気という点では、イスラエルよりまさっていたかもしれない。
一つには、目下イスラエルよりも治安が良いせいかもしれない。失業率が高いから、人々は真剣に生活手段を探し、確保しようとしている。そこに活気の源泉がある。
ヨルダン訪問はすでに5回目。ようやくこの国に馴れてきた。この国の人々との交際の仕方も幾分わかってきた。まだ筆者のアラビア語は十分でないので、もっぱら英語での会話である。
何か物事を頼むと、すぐに「No problem! 問題ない、大丈夫だ」という返事が戻ってくる。それでいて、詳細にわたって詰めると、ずさんそのもの。殆ど何も出来ていない。場当たり式に解決していくケースが多い。大雑把が原則、それで最後に満足できれば可とするという考えなのである。
当然のことながら、一般に時間もそれほど厳格でない。役所や銀行は別として、通常の約束だと30分前後の遅延は許容範囲内である。イスラエルでは5〜10分の遅刻はしょっちゅうであるのに、逆に人々はせっかちである。だがヨルダンでは1時間以上遅れても、まず遅刻にならない。悠々せまらず、何事も「シュワイヤ・シュワイヤ、ゆっくり・ゆっくり」進める。おかげで、最近は筆者もすこし気長になったようだ。

5.ヨルダンにおける貧富の差

ヨルダンは国民の半数以上がパレスチナ人である。失業率は50%という国である。それなのに、それでも近隣の国々よりは生活水準が高い面もあると見えて、イラクやシリアからヨルダンに出稼ぎに来ている者がいる。とりわけアンマンへの出稼ぎ者が多い。
ヨルダンでまあまあ普通の生活の家庭の月収が200〜300ディナール、日本円で約4〜6万円。貧しい家庭では月収が150ディナールにも届かない。ちなみに、イスラエル国内のパレスチナ人の月収も日本円で約4〜6万円である。だが自治区のパレスチナ人の月収はずっと低い。
ヨルダン国民でも地方の人々はアンマンへの就職を強く希望する。アンマンには金持ちが大勢住んでおり、仕事のみならず、栄達のチャンスもあるからである。
アンマンの特権階級や金持ちの家には車が2〜3台、それにプールがある。水が貴重品のヨルダンでは、プールを所有することこそ富の最大の象徴なのである。庶民の家庭では水道が1日おきに断水するというのにである。
メルセデスベンツが勲章代わりに贈与されるのも、アラブ諸国の共通文化である。旅行会社社長のアリ氏は、ヨルダンとイスラエルの観光促進に功績があったという理由で、故フセイン国王からベンツを貰った。筆者の友人でパレスチナ出身の元国会議員ハムド氏は、なんとフセイン国王からも、アラファト議長からもベンツを貰っていた。だが本人は高級車を乗り回すのは不本意だといって、ベンツは2台とも路上駐車のまま、本人は韓国製の現代に乗っている。
外国からの援助に頼っているPLOやヨルダンである。きっと援助金の一部がこうした物品による人心掌握術に化けているに相違ない。

6.アラブ諸国の問題

根本的には解決されない貧富の差。これがアラブ諸国各国の現状なのである。
この現状は幾世紀も続いてきた。石油が出るようになって、いっそう拡大した。そこに蓄積されるのは富でなくて、貧しい民衆の不満である。
そうした民衆の不満はイスラム原理主義に救いと解放を求める。イラン革命はこれによって成功した。だが、今度はイスラム聖職者という特権階級を生み出し、また堂々巡りしはじめている。
イスラム原理主義がアフガン、パキスタンだけでなく、エジプト、アルジェリア、レバノン、パレスチナでも勢力を誇っているのも、それだけ貧富の隔差と政治的不安の証拠なのである。
アラブ諸国は、持ち回りでアラブ首脳会議を開催しているが、結局のところ、毎回、行動力をともなう全会一致の決定を何も出せない。その背景には、各国の国内事情の脆弱さがある。外交的に格好がいい発言をする前に、まずそれぞれ自国の安定と治安維持のほうが優先なのだ。


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