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【連載:MOTリーダーの条件 〜情報マネジメントが開く経営者の世界〜6】

経営成果を上げる/内部統制をチャンスに変える
「もうひとつの技術」

〜経営成果を生むMOTリーダーの新たな役割〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
上司が部下に対して「いつまでに成果を出してくれるのか」と聞くには、相当な覚悟が必要になるのが一般的です。相手が自分よりも年上で職歴も学歴もあるということになれば、かなり覚悟しないと口に出せない一言かもしれません。しかし、この一言が言えない上司と部下の関係に代表される職場環境を、経営者が喜ぶはずはありません。MOTリーダーには、このような職場環境を改善する新しい役割が求められています。

■技術者の成果をどのように評価するのか

上司から部下の技術者を見ると、つい愛想がなくて自己中心に見えてしまう場合が多いのではないでしょうか。このような状況に出会ったとき、ただちにその技術者が不満を持っている、あるいはモチベーション(仕事のやる気)を失っていることを示すものと受け取っていては、MOTリーダーとして合格とはいえません。
部下の能力を引き出しチームとして経営成果をあげようとすれば、まず「部下である技術者は仕事への意欲を持っている」と信じることが大切です。人と接するとき、不信感を持って接すれば、相手にもすぐに解ってしまいます。その結果、部下は上司の指示や方針に反発するか、そうしないまでも仕事をしている振りをするだけで能力を発揮することを躊躇するかもしれません。最悪は、職場の人間関係まで壊れてしまう場合もあるのです。 技術者に代表される知識労働者の能力を引き出すには、どのように技術者を評価すれば良いのかを考えることが大切です。マネジメントを体系化したピーター・ドラッカーは、知識労働者に聞く三つの質問(注1)でそのヒントを示しています。
それは上司から部下の技術者に対して、以下の三つの質問をすることだと彼は説きます。第一の質問は、「貴方の強みは何か、どのような強みを発揮してくれますか」、第二は「貴方に何(成果や貢献)を期待して良いか、いつまでに結果を出してくれますか」、第三に「そのためには、どのような情報が必要か、また貴方は、どのような情報を出してくれますか」ということです。
このような質問をされた技術者は、仕事に取り組む姿勢や心構えを変えるに違いありませんし、私も経験からそう思います。その結果、MOTリーダーの期待した方向と水準に近いものを達成しようとする技術者のモチベーションは高まります。少なくても技術者の自己ベストは引き出しやすいはずです。

■内部統制とは何か

次に経営の視点に立ってみます。経営成果を阻害する不祥事の防止を図る内部統制(注2)が話題になっています。特に粉飾決算をなくすなど財務報告の信頼性を確保することで、投資家保護を図る金融商品取引法による内部統制制度(注3)の適用が始まりました。
この内部統制の準備に何億円という費用をつぎ込んで体制を整備した企業も多く存在しています。この制度は決算書を作成するだけでなく、内部統制の仕組みを構築し自ら評価した結果を報告書として作成し、監査人による監査を毎期受けなければならないという制度です。経営者に対する罰則も決して軽くはありません。
次の図をご覧ください。
金融商品取引法の実施基準(注4)には、内部統制は何のために行うのか、つまり「内部統制の目的」を明確にしています。第1に業務の有効性と効率性、第2に財務報告の信頼性の確保、第3に法令遵守、第4に資産(有形なものだけでなく営業機密や個人情報などの無形なものも含む)の保全となっています。
さらにこれらの統制目的を実現する組織になるためには、内部統制の構成要素が適切な状態で整備され運用されていることが前提になります。すなわち、(1)統制環境、(2)リスクの評価と対応、(3)統制活動、(4)情報と伝達、(5)モニタリング、(6)ITへの対応、という6つの構成要素の組織的な整備と運用が前提となっているのです。
この内部統制については、企業負担が大きく余計なものであるとの企業側の見方も依然、強く残っているようです。しかし、経営革新の好機と捉えることが大切だと思います。

■経営成果をあげる「もうひとつの技術」

現行の内部統制制度は、金融商品取引法がいう財務報告の信頼性の確保が優先されています。しかし企業は、財務諸表の信頼性を確保しただけでは、赤字続きや資金繰りに行き詰まり倒産することもあります。継続企業として社会的責任を果たすには、イノベーションなどの経営成果を出し続けることが、大切であることは言うまでもありません。
そこで金融商品取引法では優先度が低いとされていますが、「業務の有効性と効率性」という内部統制目的をとりあげます。「ものつくりの技術」を経営成果に結びつけるためには、この「業務の有効性と効率性」という内部統制目的を掲げて取り組むことが効果的だと考えられるのです。
内部統制目的を達成するには、6つの構成要素を整備しその的確な運用が前提になります。これを製造業の場合を想定して以下に解説します。
  1. 統制環境;製造企業として業務の継続的な改善が定着できる組織としての価値基準、人事・職務制度、組織の気質や社風(社長や幹部社員の意向や仕事姿勢を反映したものであることが多い)を維持できる環境を整備し維持する。
  2. リスクの評価と対応;「ものつくりの技術」を経営成果に結びつけることを阻害する要因(部材在庫の欠品、不確かな受注、市場ニーズと合っていない新製品、品質要求を満たさない技術、技術者のモチベーションの低下、技術者の不適材不適所、予算を超える製造原価など。)をリスクとして識別し、それを分析、評価し、適切な対応策を実施するプロセスを整備し運用する。
  3. 統制活動;「ものつくりの技術」を経営成果に結びつけるために必要な文書化した手続き、全社的な職務規定など、経営者の命令や指示が適切かつ確実に実行されるために定める方針や手続きを整備し運用する。
  4. 情報と伝達;「ものつくりの技術」を経営成果に結びつけるための情報を識別し、日常的に把握および処理し、組織内外および関係者相互に正しく確実に伝達するプロセスを整備し運用する。
  5. モニタリング;内部統制の構成要素が的確に活動している状態を監視し、その結果を統制活動に結び付けるプロセスを整備し運用する。
  6. ITへの対応;製造業としてITを有効に活用するため、および内部統制の他の構成要素が有効に機能するためにITを有効かつ効率的に利用する環境とプロセスを整備し運用する。例えば、業務マニュアルの共有、技術情報の共有、技術情報の機密保護、新製品開発の管理システム、生産管理システム、顧客との関係性管理システム、製品ライフサイクル管理システム等を整備し運用する。
これらの構成要素を整備し運用するのが内部統制ではあっても、「ものつくりの技術」を経営成果に結び付けるという目的のためにこれを行うなら、その経営活動は、情報マネジメントというべき「もうひとつの技術」なのです。
MOTリーダーは、積極的に「ものつくりの技術」を経営成果に結び付けなければなりません。そのためには、内部統制という社会的・法的要求事項を満たす情報マネジメント力を身につけ、新しい役割に応えることが求められているのです。

<注の説明>
(注1) あらゆる知識労働者に三つのことを聞かなければならない。として、本文に記述した3つの質問をあげている。(p93「ネクスト・ソサエティ」P,F,ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注2) 内部統制;ここでは会社法に決められた株式会社において取締役に義務付けられた内部統制制度の整備をさしています。(会社法348条)
(注3) 金融商品取引法(平成18年6月)の施行によって、2009年3月末までに内部統制を有効にする、とされた。
(注4) 財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに内部統制に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(平成19年2月15日企業会計審議会)

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