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【連載:ユダヤ人の発想に学ぶ15】 〜イスラム世界を理解する〜
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我々はイスラムについてどれだけ知っているだろうか。十字軍をエルサレムから撃退したイスラム軍の総大将サラディンの侍医は、ユダヤ人医師で法学者のマイモニデスである。彼は言う、「アラブ人たちは異教徒ではない。偶像崇拝は、はるか昔に彼等の言葉からも心からも払拭されている。彼等は、神が唯一であることを正しく認めている。今日モスクで礼拝する者たちは、彼等の心を一直線にひたすら天に向けている」と。 1.世界の中のイスラム教徒とその信仰イスラム教徒は、現在約12億人、世界人口の約19%をしめている。その殆どがアフリカとアジアに住んでいる。宗教区分では、世界人口の33%を占めるキリスト教徒19億人に次いでイスラム教徒が多い。世界で3番目に多いのはヒンズー教徒で8億人もいる。4番目が仏教徒の3億6千万人である。イスラム教は大別すると主流のスンニー派と少数のシーア派に分かれる。しかし、彼等はイスラムの正義のためには、いつでも大同団結する。というのは、両者の間に教義の面でのそれほど極端な差違がないからだ。 シーア派はイラン国民6000万人を中心に、イラク400万人、アゼルバイジャン700万人など、湾岸諸国、レバノンなどに散らばっている。全部で約7300万人といわれている。シーア派は、マホメットの死後、後継者争いの中で、4代目カリフに就任し暗殺されたマホメットの甥で女婿もあったアリを支持する一派が、権力争いに敗れ7世紀末にイランへ亡命したことに始まる。1300年以上も経た今日でもシーア派の信者はメッカ奪還の機会をうかがっている。スンニー派とシーア派の対立は、いわばイスラムの本家争いなのである。 イスラム教は何を信じているか。イスラム教はアッラーを信じ、マホメットを信じている。 しかし「アッラー」という名前の神を信じているのではない。幾度も申し上げることだが、アッラーというアラビア語は、固有名詞ではなく普通名詞(アル・イッラー、The God)である。アッラーとは「神様」という意味である。この神は、ユダヤ教・キリスト教に現われた神であり、マホメットはその神が遣わした最後の、つまり唯一正統な預言者なのである。 あるときエルサレムの神殿跡にそびえる黄金のイスラム礼拝堂(モスク)を友人たちと見学した。そのとき入り口を見張っているイスラム教徒の番人から、「お前は何物だ?」ときかれた。私は「ヤバーニ(日本人)だ」とうっかりヘブライ語で答えた。すると彼は嫌疑な目で、「ではなぜお前はヘブライ語を話すのだ? ユダヤ人ではないか?」と追及された。とっさに私は、「ラ・イッラー・イララー、モハッンマッド・ラスールー・アッラー」と言った。たちまち彼は表情をやわらげ、見学OKの許可をくれた。これは、「アッラーの他に神は無し、マホメットはアッラーの預言者なり」というイスラム教の信仰告白であるが、初対面同士の挨拶にもつかう。異民族のヤバーニだが、アッラーとマホメットに敬意を表してくれた。それなら、ヘブライ語の件は大目に見ようという次第であった。 2.イスラム教徒の生活イスラム教徒は1日5回メッカの方向を向いて礼拝する。彼等はユダヤ人が食べないエビ、カニ、イカ、タコ、貝類、馬、ラクダなど何でも食べる。ヨルダンで、その理由をオマル・ドフガン元大臣に尋ねたところ、「食料が少ない砂漠で生きるためには、入手可能なものは、何でも食べなきゃ仕方がなかったからさ。但し、アッラーが禁じられた豚肉と死肉だけは食べてはいけない」との返事であった。イスラムとかアラブとか聞くと、とかく日本人は文明の遅れた国であるように連想する。しかし、実際はその逆である。中世はアラビア文化が最も栄え、その恩恵を受けてヨーロッパのルネッサンスが始まった。 アラブ世界の食事は、いまも豊富な食材をつかう。調味料が日本人の好みと異なるため、一般の日本人観光客にはアラブ料理は敬遠されがちだ。しかし、その調味料の良さや味の深さがわかるようになると、アラブ料理はフランス料理以上に美味珍味に変わる。ケーキに至っては、おどろくほど豊富な種類がある。それらが西欧経由で、一部がさらに日本にも伝来した。たとえば、コーヒー、ティー、シュガー、シロップ、シャーベット、ジャスミン、レモン。 今日我々が享受している西欧文明も中東に多くの起源を負うている。マガジン、アルコール、アルカリ、ガーゼ、アルジェブラ(算術)、アラベスク(唐草模様)。コンピュータに欠かせないゼロとアラビア数字。アラビア文明がなかったら、今日の世界文明はもっとちがった形態になっていたかもしれない。ちなみに、英語の cat もたぶんアラビア語からの由来であろう。アラビア語で猫はキットである。 3.さまざまのイスラム教イスラム教はコーランを聖典とし、コーランに準拠するイスラム法(シャーリア)を生活の基本とする社会である。しかしながら、国々によって生活様式はずいぶんと違う。たとえば、パキスタン北部の都市ペシャワールは、パキスタン北西辺境州の州都である。同州では、98年からイスラム法が全面的に復活し、犯罪者は罪の度合に応じて笞打ち、手足の切断、首切りとなる。姦通罪の女性は石打ち刑で殺される。 タリバンの支配下地域では、8歳以上の女性は学校に行けないし、黒ずくめの布で頭から足先まで覆わねばならない。男は強制的にヒゲを伸ばさせられる。 こういうイスラム法の厳守は、サウジアラビとても同様である。女性は車の運転を認められず、女性だけの旅行も許されない。しかし、サウジでは人々は自宅に衛星放送受信アンテナをつけ、欧米のテレビ番組を眺める者も少なくない。クリスマスシーズンには、商店はクリスマス風の飾りつけをし、アラビア語でデザインしたカードさえ売られている。 エジプトやヨルダンでは、マクドナルドのハンバーガーに若者が群がり、深夜まで遊んでいる。酒屋にはワインをはじめ、ウィスキーやアラックといったアルコール度の高い酒類もそろっている。レバノンやイラク産のアラックには極上品が多い。 イランでは、当時のハタミ大統領の下で始まった自由化勢力と、現アフマディネド大統領を支持する保守化勢力との抗争が深まっている。なにしろイラン革命で市民法を廃止したために、経済混乱はいまなお続き、経済的利権は聖職たちが作ったさまざまな慈善団体が独占できるる構造になってしまっている。予算も決算も税金も払わない宗教法人コングリマットが横行し、国家の再建を困難にしている。 イスラム人口の半分以上はパキスタン、バングラデッシュ、マレーシア、インドネシア、フィリピンなど東アジアに住んでいる。人口の1億4000万人のパキスタンは、もともとインド的官能の伝統は女性が薄地の布を身にまとうことをもって美としている。イスラムの戒律が厳しいとはいえ、パキスタンでも女性の薄着は歓迎なのである。 バングラデッシュではイスラム法は施行されていない。女性はベールをかぶらなくてもいい。女性の社会進出は大いに推奨されている。この国の輸出35億ドルの70%は、繊維産業で働く約130万人の女性たちの労働のたまものなのである。 マレーシアでは、イスラム教徒の女性は頭にスカーフをかぶらなければならない。ここでもイスラム原理主義は影響力を伸ばしつつある。世界最大のイスラム教国はインドネシアである。ここは人口の80%、約1億7000万人がイスラム教徒である。しかも1万3千以上の島々に散らばって生活している。悪魔払いの祈祷や精霊供養などの祭りをいまも行なう点で、インドネシアのイスラム教徒は、ヒンズー教や原始宗教の痕跡を多分に残している。 フィリッピンは人口7000万人中キリスト教徒が93%と多数をしめており、残りの7%がほぼ全員イスラム教徒である。イスラム教徒が多いモロ島で、島の分離独立を唱えるのはイスラム教徒集団である。 アフリカ大陸では、キリスト教徒はエチオピア、エリトリア、スーダンなど東北部の住民の3〜4割である。しかしイスラム教徒はアラビア海から地中海、大西洋沿岸までアフリカ大陸の北半分の地域で政治経済の実権を掌握している。エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコは比較的政情が安定しているとはいえ、イスラム原理主義運動は活発である。それは貧富の格差が大きいという証拠でもある。 大西洋沿岸北部のモーリタニア、西サハラでは、今日も奴隷制度が残っている。奴隷には人権が認められず、女性でも上半身裸で労働させられている。東部のスーダンやソマリアにも奴隷制度が残っている。 アフリカのイスラム諸国に限らず、イスラム世界では総じて貧富の格差が烈しい。そのため、奴隷とはいわないまでも、イスラム諸国においては金持ちが貧乏な雇人に過酷な労働を要求したり、ときには女性を私物化し、性的に玩弄する傾向が現代でも絶えない。一方、貧乏な男性は花嫁の父親へ贈る結納料が払えず、いつまでも独身を余儀なくさせられる。そういう貧しい不満の中から、原理主義運動に賛同し、さらにはテロの志願兵が続出してくるのである。 4.文明の衝突は回避できるか現在タリバンなどのイスラム過激派は、ユダヤ人のシオニズムと欧米のキリスト教に対抗して聖戦連合を結成している。両陣営の間に和解は難しいのか。筆者は、決して不可能なことではないと考える。コーランは言う。「まことに信仰ある人(イスラム教徒)、ユダヤ教を奉じる人々、キリスト教徒、サバ教徒など、誰であれアッラーを信仰し、最後の日を信じ、正しいことを行なう者は、やがて主からご褒美を頂戴するであろう」(「コーラン」牝牛篇59)。イスラム教は元来、ユダヤ教、キリスト教など「啓典の民」と呼ばれる人々との共存を理想としてきた。 1187年十字軍を破ったのはエジプト王サラディンであった、その侍医をつとめていたのは、同時代最大のユダヤ法学者とあおがれたマイモニデス)である。彼はイスラム教徒の純一な信仰心を尊敬していた。それゆえにこそ、イスラム教の君主の信頼をも得ていたのである。 21世紀が文明の衝突の時代であるかのように喧伝されている。だが、衝突は回避されねばならない。外見ではなく、相手の心と態度を見て尊敬しあう。そこから異文化、異宗教間であっても信頼が生まれる。文明の衝突は、文明相互の尊敬によってのみ回避可能なのである。 |


