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【連載:MOTリーダーの仕事と責任 〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 (3)】

ハーレーダビッドソンの「顧客創造」に学ぶ
技術者の仕事

〜「ものつくりの技術」をマーケティングに活かす仕組み〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
自社製品が売れないのは営業力が無いからだと研究開発部門や技術部門が答える例がある。基本的な営業力が無い点(接客態度が好ましくない、顧客の話を聞かない、約束を守らないなど)を指摘されたのでは反論の余地はない。しかし接客を主体にしたサービス業でない限り、営業部門の基本的な営業力が欠けていることが販売不振の大きな原因になっている例を筆者はあまり知らない。むしろ顧客が望む製品知識(技術も含む)を提供できない、購入後の技術面のフォローアップが見劣りするなど、営業部門の守備範囲を超えたところを含めて顧客の選択にさらされているのである。

■顧客創造とは

技術者が営業の販売活動に同行するのは顧客にとって有り難いことである。技術者が自社製品の技術的な特徴や使用方法を直接顧客に説明すれば、顧客の購買を促すことが可能となる。このように自社製品を知り購入してもらうというのは、最もわかりやすい顧客創造の例だ。さらに製品を気に入った顧客が再購買を繰り返しまったく製品と縁のなかった第3者に当該製品を紹介してくれたお陰で、営業担当者がコストを掛けないで新規顧客を獲得できる場合も顧客創造だ。そもそも「企業の目的は顧客創造である。」とはドラッカーの言葉である。(注1)

■ハーレーダビッドソンにみる顧客創造の仕組み

昨今の不況下でさえ比較的業績を維持している企業には、ユニクロ、ディズニー、リッツカールトンがあげられよう。縮小傾向にある日本のオートバイ市場で健闘しているハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)もその一つである。「24年間にわたり一度も前年実績を割ることなく成長を実現できている」(奥井俊史HDJ最高顧問)(注2)という会社の「顧客創造の仕組み」はどうなっているのだろうか。
下の図を見て欲しい。当社は、ライフスタイルマーケティングを経営戦略の一つにしており営業部門も技術部門もこの戦略に沿って活動をしている。

1.マーケティングコンセプトに合った製品の優位性
製品の初期購入がしやすいように免許取得補助や150回ローン販売などで販売促進をしているが、技術的な面も見逃せない。イベントや販売店で行っている製品技術の説明と試乗会、横倒しになったバイクを非力な人が簡単に引き起こせる方法を実演し試してもらうだけでなく小柄な人にはシートやハンドルバー、サスペンションのカスタム(顧客の要望に合わせる)パーツが揃っていることが女性客等のライダー獲得に寄与している。また価格帯80万円台からの製品シリーズや豊富なカスタムパーツを開発し提供している。
ライフスタイルマーケティングは「ハーレーライフ」(ハーレーと共にある生活)を顧客への提供価値と定義している。月刊誌「CLUB HARLEY」(CH)(注3)には、技術レクチャーやカスタム情報コーナー、自慢のカスタムコーナーなどが個性的な「ハーレーライフ」を刺激してやまない。HDJと販売店主催のイベント(年間1000回程度)は、カスタムバイクで乗り入れるユーザーや思い思いのファッションと家族連れで賑わい参加した誰もが主役になれるハーレーワールドと化す。このような顧客創造ができるのは「ハーレーライフ」を具現化するための製品およびカスタムパーツの研究と技術・開発力の裏づけがあってのことである。

2.技術教育の徹底
技術・開発力を支えているのは、「顧客の安全性の確保」だという(品質・信頼・技術サービス部門副社長)。(注4) 高い技術力については米国本社のハーレーダビッドソン大学において、自社の技術者が講師になって社員だけでなくディーラーの技術教育を行っていることでもわかる。本社の認定を受けた技術教育として日本ではハーレーダビッドソン専科をもつ専門学校(注5)がありその卒業生は正規ディーラーに就職できる体制があるほどだ。技術レベルは最高位のマスターオブテクノロジーから、マスターサービスメカニック、マスターサービスメカニックエキスパート、サービスメカニック、サービススタッフという「顧客の安全を確保」するための技術体系が確立している。新製品やパーツ改良に合わせた教育内容の改定は技術主導で随時行われている。
他社に比べてけっして安くない価格帯の製品を販売するための仕掛けとしてとしてではなく、「顧客の安全を確保するために」技術を磨きその教育を、社員だけでなく販売店の店員、メカニック、マネージャー、経営者に対して役割に応じた内容で技術教育を進めているのだ。製品の優位性と技術(サービス)提供が統合されて一人一人のハーレーライフを後押しし、その結果として顧客創造が実現するという仕組みが構築されているのだ。

3.リコール対策100%目標の推進
定期点検サービス制度や車検時の情報、カスタムパーツの情報はデータベースに蓄積される。もちろんユーザー単位で検索すれば使用している製品やパーツの型番など全てが分かるから、技術部門がテスト結果や不具合情報を、品質管理部門が品質チェツク情報やリコール情報を入力すれば、自動的に登録ユーザーにeメールとDMが届くという仕組みだ。さらにメール等に頼らず該当製品機種を有する一人ひとりに電話する。
ここでも技術部門が活躍する。どんなに小さなパーツでもその交換時間を詳細にリコール情報とともにユーザーに公開している。リコールを担当するメカニックに対して技術教育をするだけでなく作業標準を示すことが徹底しているのだ。
またユーザー情報や部品在庫情報は、米国本社の情報システムによって世界規模で管理されておりHDJと共有している。

4.顧客や販売店との“絆”づくりへの貢献
顧客創造は非顧客への情報発信から始まる。月刊誌CHや魅力的な販売店の店頭、イベントやユーザーの口コミなどで最初のHDの情報を得た人が購買しやすくするための支払い方法だけではない工夫(試乗や引き立てなどのデモンストレーションや体験)、「顧客の安全を確保するという信念」に基づいた製品開発とリコール対策100%目標の仕組みに納得して購買に至る。購買客はイベントに参加することで先輩ユーザーがそれぞれのハーレーライフを送る姿を見て触発され、ウェアやサイドバックなどグッズを購入する。定期点検や車検での保守メンテナンスの満足感からカスタムパーツを購入して自分だけの鉄馬(ハーレーオーナーがバイクをこう呼ぶ)を作ることで愛着を持つようになる。
やがてイベントにも積極的かつ主人公のつもりになって参加するようになる。その雄姿が月刊誌CHで取りあげられもする。販売店が行うカスタムハーレーのレクチャーやコンテストもある。“絆”づくりの核はハーレー・オーナーズ・グループ(H・O・G)であり世界規模のコミュニティとして発展している。会員には走行距離に応じて特典が得られるマイレーズサービスやロードサービスもついている。

■「顧客創造」を支えている「統合的」技術力

当社の好業績を支えているのは営業努力を効果的に経営成果に結びつけるために技術者が仕事をしていることである。製品やカスタムパーツの研究・開発の技術者だけでなく、製造に携わる技術者、サービス技術者、IT部門の技術者がライフスタイルマーケティングの方針に沿って、営業部門と販売店スタッフ(経営者、販売員、メカニック等)と有機的な連携を構築し「統合的」技術力を顧客に提供しているのである。
また顧客情報、製品情報、イベント情報、販売店情報などと販売実績データとの関連性の分析にとどまらずメカニックの技術情報、営業部門と販売店スタッフの活動情報を情報システムの活用によって統合し「顧客創造」を実現するという情報マネジメント(注6)が確立していることは特筆すべきである。
<注の説明>
(注1) 「ドラッカー名著集マネジメント(上)」pp315〜329.(P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)この一言がメーカー発想を180度転換して顧客視点のマーケティングに変えた。
(注2) 「ハーレーダビッドソンがめざした顧客との『絆』づくり」p4.(奥井俊史著、株式会社ファーストプレス)。
(注3) 「CLUB HARLEY」えい出版社が発行・発売する月刊誌。
(注4) Harvard Business Review,December2002,p137
(注5) 東京工科専門学校、赤門自動車整備大学校など。
(注6) 情報マネジメントについは、「ヒット商品を生む『もうひとつの技術』〜経営成果をあげる情報マネジメント〜」テクノビジョン2月号に詳しい。

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