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【連載:ユダヤ人の発想に学ぶ18】 〜「聖書と暗号」〜
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とかくどこの国でも、多少の教養と教育を受けたインテリにかぎって、大仕掛けのペテンの罠にかかってしまう。特に知的演出されたフィクションを、ノンフィクションだと信じてしまいがちである。今回は、その例を2つご紹介しよう。 1.『聖書の暗号』2002年に『聖書の暗号』という本が話題になった。ユダヤ人ジャーナリストと自称するドロズニンという人物の著書である。彼によると、聖書には世界の存在以前から暗号の遺伝子が組み込まれている。1995年のラビン首相暗殺も、2001年9月11日の同時多発テロへの予言がかくされており、その謎を彼はコンピュータによって解読したという。 なるほどユダヤ教では、天地創造以前に天界で聖書が造られていたと教える。だが、聖書は、じっさいには紀元前10世紀頃から前6世紀頃までの長い時間をかけて様々の文書や資料が編纂され、今日の形になったのである。 したがって、聖書に世界創造以前からの暗号が秘められているとするドロズニンの説は、その根底から学術的に無理がある。 『聖書の暗号』がもっともらしく見えた理由の1つは、資料として掲げてあるヘブライ文字の一覧表が、門外漢には意味不明だからである。2つめは、コンピュータで解析した結果だと装おって、いかにも科学的であるかのように思わせているからである。 だが、コンピュータ処理の結果がすべて科学的であるというわけではない。データを意図的に加工し、コンピュータ処理をすれば、作為的な結果を得ることは、いつでも可能だ。 2003年1月、東京での記者会見の席、聖書にはアルカエダの日本攻撃の可能性を示唆している予言もあると彼は語った。そのとき記者会見の席で配付した資料を、わたしは聖書と照合した。それは、レビ記、民数記、申命記から数行ずつ切り取って、単語と単語の間の空白も全て無視し、ヘブライ文字を人為的につなぎ、一種の乱数表に仕立ててあった。 私はじっさいにヘブライ語聖書で彼の作業を検証した。それは句読点も単語の間の間隔も無視して、人為的に聖書のテキストを無意味な乱数表に仕立て、その上で約11,000文字毎に任意の文字を拾って、それを単語に仕立てるというものであった。そこには、聖書本来の意味も文章も無視されていた。 そもそも暗号とは、自分が伝えたいメッセージを別の文書の中に隠しこむ技術である。だが、紀元前10世紀には「アルカエダ」という団体も「日本」という国もなかった。もちろんそのような名前もなかった。だから、アルカエダや日本の名を、聖書時代の編集者が暗号化することさえ有りえないはずである。そこにドロズニンのペテンがある。 ドロズニンは、聖書に暗号があったという結論を先に設定し、それに合うように暗号化を演出した一種の詐欺である。 彼は、あの当時、聖書にはユダヤ暦5766年(西暦2006年)に原爆で人類滅亡のホロコーストが起きるという予言があると述べていた。だが、現実にはそれは起きなかった。彼と一緒になって聖書に暗号があると騒いだ人々は、いまどのように反省しているのだろうか。 2.666旧約聖書にも、新約聖書にも暗号はない。ただし、旧約聖書のダニエル書と新約聖書のヨハネ黙示録に記されている2つの謎めいた数字は、とかく誤解を招いている。ダニエル書は、ペルシャ時代のダニエルという人物を主人公に設定し、紀元前2世紀前半にユダヤに圧政をしたシリア王アンティオコス・エピファネスへの怨嗟を綴ったフィクションである。その12章に出てくる数字「1335日」とは、エピファネスの圧政終了とユダヤ教の礼拝再開までになお3年半ほどの時間が必要だという意味である。 ヨハネ黙示録は、紀元後1世紀にキリスト教を迫害したネロ皇帝への呪いとキリスト教の最終勝利を予言風に記した寓話である。そこに出てくる「666」という数字は、直接ネロを名指しする危険を避け、数字暗喩(ギメトリア)で表現したのであった。これは暗号でも予見でもない。単に暗語だったのである。 3.『フラクタル・タイム』に騙されるな今アメリカで『フラクタル・タイム』という本が話題になっている。著者グレッグ・ブレイデンは、油田探査や国防総省の防衛システム構築にかかわり、その後インターネットのシステム構築などを経験し、現在は科学とスピリチュアルの融合分野の研究をし、『イザヤ効果』、『神の暗号』等々の本を出版している。今回の本の副題は「現在の世界は紀元前3114年に始まり、2012年に終る」となっている。そもそも「フラクタル」とは、断片的なものの連続が1つの相似形を形成していることである。雪の結晶の断片の一郭ごとに同じ形であったり、羊歯の葉のギザギザが、じつは類似の形の連続であったり、海岸線や、山の形、枝分かれした樹木の形など、大まかにみると曲線で描けるが、細部を詳細に調べると、類似の形の断片の連続になっていることを指す。 ブレイデンはこれに着目して、時間にもフラクタル性があるということを提唱しはじめた。ひとたび何かある歴史的な事件が起こると、その事件が歴史的事件の発端(種子、シード)となって、特有のパターンが形成され、同じような事件を何度も繰り返すサイクルのような構造を形成する。これをブレイデンは、「フラクタル・タイム」と呼ぶ。彼によると、例えば、1840年に選出されたハリソン第9代大統領の病死をシードタイムとして、「“0”の付く年に就任した大統領」が、任期中に暗殺、または病死するというユニークなサイクルを形成しているという。 同書によると、*1840年大統領選挙に当選のハリソン。 *1860年当選のリンカーン。*1880年当選のガーフィールド。*1900年当選のマッキンリー。*1920年当選のハーディング。*1940年当選のルーズベルト。*1960年当選のケネディ。 これと同じ歴史的事件反復パターンが、2001年9月11日の同時多発テロにも見られるという。同時多発テロは、時間に生じたフラクタルな繰り返し構造の結果であり、そのシードとなったのは1941年12月7日のパールハーバーであったという。彼によれば、テロは1984年8月、2001年6月にも可能性があった。次のテロが発生する時期は2010年6月である。むろん、この年にテロが発生するかどうかは分からない。ただ、テロがいつ起こってもおかしくない状況だと彼はいう。 著者ブレイデンは自信に満ちた口調で、次のように宣言している。「我々は時間の終りに生きているのだ、世界の終りではない。5,125年を1周とする世界的時代の時間の終りである。これは、インドのマハバラタ経、アメリカインディアンの口伝や聖書の黙示録などで伝えられてきたことである。そして、この現在の周期は西暦前3114年にはじまり、西暦2012年12月21日に終了する」という。 (残念ながら、私は、マハバラタ経にも黙示碌にも、5125年周期の根拠を全く見出さなかった。) それにしても、こういうスケールの巨大な話は、とかく人々の冷静な眼識を欺く高等詐欺である。2002年に『聖書の暗号』という本が話題になったときもそうであった。自称ユダヤ人ジャーナリストのドロズニンという人物が、聖書には世界の存在以前から暗号が組み込まれており、1995年のラビン首相暗殺、2001年9月11日の同時多発テロへの予言、さらに西暦2006年に原爆で人類滅亡のホロコーストが起きるという予言があると述べていた。だが、現実にはそれは起きなかった。 4.ブライデン説の矛盾その点、今回のブレイデンは、無用な混乱を起させないために、言葉遣いに微妙な注意を払っている。「世界の終りではない。5,125年を1周とする世界的時間の終りである」と。しかしながら、ブライデンの説には幾つか疑問がある。リンカーンはなるほど1860年に初当選しているが、暗殺されたのは再選された1864年のことである。マッキンリー は1896年に初当選し、暗殺されたのは再選後の1901年である。ルーズベルトも初当選は1932年で、病死は3選後の1945年である。もしブライデンがフラクタル説を徹底するのであれば、「0年」に関係なく、再選された大統領は任期途中で死ぬ確率が高いと言うべきであった。 ところで、ジェファーソンが大統領に当選した1800年は、ゼロのつく年だが、なぜフラクタルのシードにならないのか? 凶事だけが反復され、目出度いことや吉事が反復パターンにならないのは何故か? 彼は自分の主張に都合の悪いことについては沈黙のままだ さらにまた、1941年12月7日の日本軍による真珠湾攻撃を「戦争」ではなくて、ブライデンは、米国への「テロ」攻撃の原型として捉えるという歴史の歪曲さえも公然と行なっている。 ブライデンの致命的な誤りは、「5,125年を1周とする時間周期が西暦前3114年に始まり、西暦2012年12月21日に終了する」という結論である。なぜならば、西洋の暦は、B.C.1年からが紀元前で、A.D.1年から紀元後である。「西暦ゼロ年」というものは存在しないのである。したがって、3114+2012の合計は5126となる。もし彼の歴史がBC3114年に始まり、彼が5125年周期に準拠するのであれば、周期末は来年2011年でなければならないのである。何と言う誤算! 5.論理的分析すればペテンは見抜ける私は聖書や古典書などの中に、現代人への深い教訓が含まれていることは承知している。しかし現代への予言や暗号が隠されているとは思わない。スピリチュアルなどと称して、科学性のカムフラージュのかげに非論理的な神託まがいのことばで人々を欺くペテン師も悪いが、自分でその仕掛けを暴きもせず、鵜呑みに信じる読者のほうがもっと無責任である。それは、事実とデータと論理を照合する手間を省くからである。しかも、こういうペテンにひっかかるのは、自称インテリという教養人に多い。 冷静に読めば、ペテン師の道具とその論理構築、ならびに矛盾は見えてくるものなのである。 |


