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【連載:MOTリーダーの仕事と責任 〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 (5)】

イノベーションをおこす「もうひとつの技術」
〜未来をつくるリーダーシップ〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
MOTリーダーの仕事は、イノベーションを起こすことだといっても過言ではない。それは営業部門が売上を確保し、IT部門が情報システムを維持し、物流部門が調達や出荷・配送物流で成果を上げているのと似ている。一般に技術部門は他の部門に比べて高学歴者が多数を占め博士号を持つ者もきわめて多い。また他部門が短期的な課題に追われがちであるのに対して、技術部門とりわけ研究開発部門は長期的な視野で取組むべき仕事をも担っている。

■イノベーションとは何か

かつて経済学者のシュンペーターが馬車に対する鉄道を例にイノベーションを説明したことは有名である(注1)。今日ではグーグルが仕掛けてIT業界で巻き起こっている「クラウドというビジネスモデル」(注2)は、イノベーションの例として今後の情報社会に大きな影響を与えるに違いない。その影響はひとつのIT企業に新たな市場をもたらすことに留まらない。人間の生活を変え社会を徐々に変えていく力をも持っている。
グーグルでは研究開発の技術者は「勤務時間の20%を新しいプロジェクトに使う」(注3)、など他の会社とは違う仕事の仕方が定着しているという。このような社内の仕事ぶりが生み出す成果が、これまでIT産業に無かった製品やビジネスモデルとして次々に世にでてくる。またこのように、新しい製品やサービスおよび、それを生み出した仕事のやり方の要因となった新しい知識もイノベーションの主要な分野である。

■イノベーションの芽を発見する

イノベーションは最初から大掛かりな仕掛けが一気に転換するように現れるのではなく、馬車から鉄道の社会に転換してきたことでも明らかなように、長い年月をかけて徐々に確実に転換していく。とすれば、誰でもイノベーションのきっかけに出会うことができるということである。
それでは、イノベーションの芽とどんなときに出会い発見することが出来るのだろうか。例えば、(1)期待した成果と現実の結果との乖離(ギャップ)、(2)予期せぬ顧客、(3)クラウドなど産業構造の変化、(4)少子高齢化などの人口構造の変化、(5)新たな要望、などが見られるとき、イノベーションの芽生えだと認識して良いと思う。これらは、マーケティング調査の段階で手に入れるべき情報であり、製品開発の前段階で行うのが一般的になっている。
またこれらは日常業務だけでなく日常生活にも見られる現象である。

■イノベーションの基本手順

イノベーションの芽を発見し認識したとしてもその後の活動が続かなければ、イノベーションを起こせないし経営成果に結び付かない。「ものつくりの技術」があってもイノベーションの手順という「もうひとつの技術」を活用しなければ、経営成果に結びつけることはできない。ここでイノベーションの基本手順について説明したい。
図を見て欲しい。
  1. イノベーションの芽を発見する
    日常業務や日常生活の中からイノベーションの芽を発見する。(前述)
  2. 目標を定める
    イノベーションの目標、例えば、作業時間を20%短縮させる業務プロセスを定めたり、製品機能の性能を30%向上させる、などの具体的な目標を立てる。
  3. 計画を立てる、4. 組織を定める
    イノベーションの目標を実現するために必要な資源(人員構成、設備などのモノ、予算の確保)を明確にし、推進の中核的な存在としてプロジェクトを編成し、関連部署にも役割を要求するなどの組織体制、プロジェクトの工程表、リスクの予測と対応策、プロジェクト予算、コミュニケーションや人的資源に関する計画、品質管理、実行管理の方法などを含むプロジェクト計画書を作成する。
  4. 実行及び監視・統制を行う
    プロジェクト計画に沿って実行するとともに進行状況を監視する。その際、品質の維持、コミュニケーションの維持、製品テストの実施と合格、市場導入などプロジェクトを実行する作業について的確な統制を行う。
  5. 評価を行う
    市場導入の一定期間後に、製品の市場での反応を評価する。このとき売上やシェア、顧客の声、研究開発、製造、マーケティング担当、営業担当などから評価情報を収集する。 またプロジェクトチームの運営の評価やプロジェクト計画の評価も含めること。
  6. 教育する
    研究部門や技術開発部門などのMOTリーダーは、前段の評価情報を分析し、自分のチームメンバーに必要な教育内容を定めるとともにスキルアップや能力向上のための教育を行う。

■製品イノベーション

イノベーションを実感しやすいのが製品イノベーションだ。「いつまでも吸塵力が落ちない掃除機」(ダイソン)、「ハイブリットカー」(自動車各社)、「iPOD」(アップルコンピュータ)、「ヒートテック」(ユニクロ)などは、これまで市場を占めていた製品の概念を大きく変えたばかりでなく、そのユーザーの生活を変え、多くの企業の製品開発に影響を及ぼしている。このイノベーションが成功するかどうかは、製品を生み出す「ものつくりの技術」が知識のイノベーションによって変革していること、イノベーションの実施プロセス(前述)という「もうひとつの技術」が機能していることにかかっている。

■業務イノベーション

業務(プロセス)イノベーションの例としては、前述したグーグルの「20%の勤務時間を新しいことに使う」というのが典型的である。業務はプロセスから成り立っており、成果を出すためには勤務時間という制約の中でどの業務にどれだけの時間を使うべきかという計画が先にあり、それを実行する組織が最低でも計画に従って機能することが必要である。次から次に新製品を市場投入できる某社の研究開発部門の業務管理システムでは、「工数の貸し借り」(注4)が日常業務として定着しているという。このような業務管理システムも、業務イノベーションと言える。

■知識イノベーション

もっともわかりにくいのがこの知識のイノベーションであるが、基本的に知識イノベーションはこれまでの知識と対立する形で現れることが多い。コペルニクスが地動説を公表してから50年経ったガリレオですら「それでも地球は回っている」と言わざるを得ないほど、知識のイノベーションは受け入れられ難い。テーラーが提唱した科学的管理法もデミングが提唱したQCも、最初はそれまで支配していた考え方と対立する現象ばかりが目立ち、受け入れられるまで何十年という期間を必要とする。しかし知識のイノベーションがなければ製品のイノベーションはないし、テーラーが示してくれた業務のイノベーションも起こり得ない。

■イノベーションの成功を主導し未来をつくるMOTリーダーの仕事

「誰かがやるだろう」では、いつまで待っても誰もやらない。このような閉塞状態を打ち破るのが「もうひとつの技術」である。現状打破し未来をつくる意欲と情熱があればイノベーションの芽を発見することができる。それを育てて経営成果に結びつけるためにはイノベーションの実施手順という「もうひとつの技術」が必要である。
MOTリーダーには、所属チームや自部門はもとより他部署と連携をとってイノベーションを主導する役割と責任がある。

<注の説明>
(注1) 経済学者シュンペーター(1883-1950)は「馬車を何台つなげても汽車にはならない」として「鉄道」を例に出しイノベーションを説明するとともに「創造的破壊」という言葉を用いた。
(注2) 営業支援システムを利用する場合に利用者は端末だけで利用できる。サーバなどのコンピュータ本体とソウトウェア、データまでも「クラウドビジネスモデル」を営むIT企業にアウトソーシングする。利用者は利用料金だけを支払えば良くシステム構築になどのIT投資は不要であるとされている。
(注3) テクノビジョン2009.02「MOTリーダーの条件;ヒット商品を生む「もうひとつの技術」」にグーグルの事例を掲載。
(注4) 「工数の貸し借り」とは、プロジェクトで必要な技術者を部門やチームを超えて時間単位(工数)でメンバーに登録でき、技術者の希望する仕事とのマッチングもしやすい工数を管理単位とした業務管理のやり方のこと。

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