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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (1)】

マネジメントとは何か
〜「モルモットが予算を決める」〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
技術者の多くは高学歴者である。物理学、数学、化学、生物学、医学、地質学、建築学、土木学、農学、機械工学、情報工学などを学んだ専門家である。学び舎から出て企業や民間の研究機関で働くようになって、利益や品質、コンプライアンスなどという言葉が自分の仕事をたびたび制約することに直面する。せっかく上手く行きそうなところでも上司からの指示があれば「中止」もある。日の目を見ない自分の才能を不憫に思う技術者も多いに違いない。

■技術者とマネジメント

「ひたすらに自分の仕事に打ち込んだ。部下や同僚を巻き込んでかなりの時間をかけた。残念なことにその仕事が壁にぶつかったとき、チームや組織の目標や課題を二の次にしていたことに気づいた。」(製造メーカーの技術開発部に勤務する中堅技術者)。
技術者は自分の研究には骨身を削って取組む人も珍しくはない。それだけ専門分野に対して情熱を持っているし、もともと豊富な知見が仕事を通じて増えることに楽しくならないはずがない。このような技術者と一緒にチームの目標を達成する責任を担っているMOTリーダーも一技術者として仕事をする場合がある。組織で働く技術者は技術者である前に組織人であるはずだが、そのことが自覚できないでいる技術者もいるという。畑は違うが営業の分野でもトップセールスマンが有能な営業部門の管理者になれるかは難しい。プロ野球でも一流プレーヤーが必ずしも名監督になれないのと同じだ。
チームで仕事をすることは自分だけで仕事をするのとは「全く違う性質の仕事」を学び実行する必要がある。しかもチームの規模は二人からである。

■予算は「モルモットが決める?」

ある製薬会社の新任経営者が研究開発責任者に研究開発予算を作成するように言ったところ、「研究開発に予算をつくれるわけがない。そもそも何をやるかさえ決定できない。モルモットや二十日ねずみに化学物質を注射したり、食べさせたりしたとき、どういう反応が出るかによって、その後の研究開発の方向が決まるのだ。」といって、研究開発責任者は研究開発予算を作成しなかった。これに対して新任経営者は、「何故、すぐに辞表を書いて、いちばん頭の良いモルモットを研究所長にしないのか。」と言ったという話がある。この話はマネジメントのケースとしてドラッカーが書いている。(注1)この例にもあるように技術者には人から管理されることを嫌う傾向があることを否めない。マネージャーはこのような部下にも組織の目的と目標を理解させ、予算を作成させる役割があるのは当然である。
とはいうものの、簡単ではない。長年一緒にやってきた部下にいきなり厳しい予算要求もしにくい。「憎まれることがマネジメントなのか」と誤解さえしかねない。ドラッカーは、専門家はマネージャーの部下ではないと言い、専門家はマネージャーをリードし育てる存在だと言う。このケースにどう考え、どう取組むかは次回以降の本連載で取り上げる。

■「マネジメント」は人が創った文化

ピラミッドやマヤ文明の遺跡、日本の奈良の大仏についても誰かが設計したものを複数の人々が協働して完成させたものと見るのが自然である。人類の歴史が延々と繋いできた思いと知の総合、「“人間の協働の力を方向付け、求める成果を実現する力”がマネジメントである」と思えるほどである。ドラッカーは経営学の父と呼ばれることがあるそうだが、ドラッカー自身は、フランソワ・フーリエ(1772〜1837年)(注2)やサン・シモン(1760〜1825年)(注3)がマネジメントを発見したと述べている。(注4)経営について勉強した人であれば、その他にもマネジメントを研究した学者等がいることを知っているはずだ。20世紀の初頭においてアンリ・フェヨール(注5)やフレデリック・W・テイラー(注6)、チェスター・I・バーナード(注7)等であり、管理や仕事、経営の視点から研究し、「マネジメントを仕事として客観視する基礎」をつくった先人たちである。それではドラッカーの偉大さはどこにあるのか。私は、「環境と共存する人間社会の質的な向上の機関としてのマネジメントを学習できる体系にした」ところに彼の偉大さの一つをみる。他にも経済学、政治学、哲学、社会学などにも彼の成果があるからである。

■ドラッカーが定義した「マネジメント」の役割

組織との関わりがある人が「ただ漠然と仕事を上手くやる」ということでは、期待した成果を出しにくい。最小規模の組織である二人のチームですら、目的の共有、目標設定、活動計画の策定、コミュニケーションについて、意識的かつ計画的に取組むことが不可欠である。感情に任せ漫然と一緒に動くだけでは期待通りの成果が実現するとは到底思えない。ドラッカーは「人間の協働の力を方向付け、求める成果を実現する力」を「マネジメント」として総合的な体系を定義した。またこれを人に意識させることで、より良い成果を出させようとする。すなわち彼はその著書「マネジメント」(注8)第4章;マネジメントの役割の中で以下の3つをあげている。
  1. 自らの組織に特有の目的とミッションを果たす。
    組織は皆、社会的な機能を果たす役割をもっており、企業について言えば経済的な成果を上げることである。非営利組織においては、それぞれの組織の目的とミッションを実現することがマネジメントの役割である、という。
  2. 仕事を生産的なものとし、働く人たちに成果を上げさせる
    目的とミッションを実現するためには働く人が成果を上げるように仕事をしてもらうことが必要である。そのためには人をして仕事を生産的にすることが重要である。
  3. 自らが社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会的な貢献を行う。
    企業は事業に優れているだけでは正当化されない。企業は消費者に対し財やサービスを供給するために存在するのだから、社会に害をおよぼして良い筈がない。
これらの3つの役割を「マネジメント」として定義した上で、実行する際には、時間の次元が重要であること、管理的な仕事と企業家的仕事(アントレプレナーシップ)の重要性を述べているが、これらについては次回以降の本連載で取り上げる。

■MOTリーダーの取組むべき課題

愛想が悪くてコミュニケーションが取りにくい技術者が貴方の部下に居ようが居まいが、マネージャーとしてドラッカーが定義した「マネジメント」(上述)に取組んでみたい。
  1. 自らの組織に特有の目的とミッションを果たす。
    例えば設計1部であれば、顧客の要求する電子回路の設計を決められた時間内で仕上げ技術2部に供給する、など。部門に期待された成果を実現するために与えられた資源(標準時間、コスト、人)も決められているはずであるからこれを最初に確認する必要がある。
    1年前の目標は陳腐化しているであろう。只今現在の目的とミッションを上長に確認しておくことはいうまでもないことだ。ここで求められるのは、目的を実現するという強い使命感と責任の自覚である。コミットメント(公約)するのはまさにこの場面だ。
  2. 仕事を生産的なものとし、働く人たちに成果を上げさせる。
    目的とミッションを明確にしてはじめて周到な業務計画を立案できるスタートラインに立つことができる。「仕事を生産的なものとする」には、様々な工夫が必要であるし、工夫するためには新しい知識を習得する必要がある。現実の仕事の問題点と課題を関係者間で共有したあとでなければ、あるべき姿を検討する足元がバラつくために共通目的が求心力を欠く産物に成りやすい。「働く人たちに成果を上げさせる」といっても、人のやる気をどう出させそれを維持したら良いのか。自分でやった方が早いという人がいるように、人を協働させ成果を上げることほど難しいことはないともいえる。その上、リーダーや管理者が計画を立てた後、PDCAで回せるほど人は単純ではない。
  3. 自らが社会に与えるインパクトを処理するとともに、社会的な貢献を行う。
    昨今国際化した品質問題も良い例である。技術者が検討して「技術的な欠陥は無い」といったものをユーザーは「ブレーキの効きが悪いという」。結局はリコールや自主回収せざるを得なかった。このことから、技術者は社会的なインパクトは技術の延長線上には無い、別次元の問題として捉えてはならない。かくいう技術者も消費者でありユーザーであるのだから。これは知覚の問題であり技術者も習得すべきではなかろうか。人と仕事をする場合、論理で何事も説明できないと思って接してこそ協働の成果に近づくことが出来るのではあるまいか。
これらのことをいとも簡単に一人で実現できるマネージャーはそういない。これらを現実のものとするには、「行動が必要であり」その前に「どう行動するか」を知らなければならない。このときにドラッカーが定義した「マネジメント」は、どう考えると良いのか、どう行動したら良いのかのヒントを与えてくれる。

■マネジメントの社会性

マネジメントは経済的な成果を求める企業を機能させるだけでなく、非営利組織の目的やミッションをより良く実現させようとする。「いまやコミュニティは組織に見出される。したがって、個人の価値と願望を組織のエネルギーと成果に転換させることこそ、マネジメントの仕事である。」(注9)かといってドラッカーが定義した「マネジメント」は、個人の思想や価値観、文化を変更するように強制しない。それは彼が体験したナチスの全体主義の台頭と末路をみた実体験(注10)によるものであろう。

<注の説明>
(注1) 「モルモット任せ」のケースとして、「状況への挑戦」pp201〜205、(P.ドラッカー著、久野桂・佐々木実智男・上田惇生訳、ダイヤモンド社)に詳しい。
(注2) フランソワ・フーリエ(1772〜1837年)フランスの空想的社会主義者。農村的協同組合社会の実現を目指した。
(注3) サン・シモン(1760〜1825年)フランスの空想的社会主義者。アメリカの独立戦争にも参加した。
(注4) 「マネジメント」(上)ドラッカー名著集、p20、(P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注5) アンリ・フェヨール(1841〜1925年)フランスの経営者、経営管理論を唱えた。
(注6) フレデリック・W・テイラー(1856〜1915年)科学的管理法の発明者。
(注7) チェスター・I・バーナード(1886〜1961年)経営組織論を唱えた。
(注8) (注4)の参考文献。
(注9) (注4)の参考文献、p39、(P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注10) 「ドラッカーわが軌跡」(P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)に詳しい。

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