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【連載:世界一の品質を取り戻す25】

検証・日本の品質力
強みを生かしたクラウドコンピューティング政策を
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

世界的視野から見た日本の評価が最近、急速に落ち始めている。スイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表している「世界競争力年鑑」によると、日本の総合順位は前年の17位から27位に急落、台湾や韓国、中国にも抜かれてしまった。普通に考えればまだ日本の国際競争力は相対的に高い。トヨタやホンダ、ソニー、パナソニック、キヤノン、任天堂、コマツなど有料・高評価企業はその分野で世界を牽引しているといえる。中小企業まで含めて世界トップシェアの企業がキラ星の如く存在しているのも確かで、台湾、韓国や中国に技術面で負けているわけでは決してない。だが、いくら個別企業の競争力、評価が高くとも「日本や国民全体の総合力は惨憺たる状況にある」と世界の専門家から見られて仕方のない面があるのも確かだといえる。IMDは財政赤字の膨張、少子高齢化に伴う労働力人口の減少、デフレから脱却できない経済状況、成長力の低下などを問題視している。加えて現政権の「成長戦略がない」「経済政策が乏しい」といった評価がこれを後押しした格好だ。
本稿で前回まで水や次世代電力網など産業横断的ビジネスの「オール日本」での新興国、途上国向け輸出振興策の一端を紹介(その他のビジネスとして原子力、新幹線などが政策として挙がっている)したが、今回は内需拡大策として、有望視されているクラウドコンピューティングの内外動向を紹介してみたい。

1.遅れをとってしまったクラウドコンピューティング策

クラウドコンピューティングとはメール、ワード、表計算、顧客管理システム、ファイルや画像などのデータ保存システムなど多様なソフト類、関連する施設を自前で保有することなく、外部のリソースを利用することを可能とするコンピューター環境のことを指す。その環境づくり、サービスは進んでおり、現在の市場規模は4000億〜4500億円程度と推定されている。各種調査によれば2015年には国内市場規模が2兆円以上に拡大すると予想される。このICT(情報通信技術)の構造変化に向けて、その先進国といわれる米国、韓国、日本が官民挙げて先陣争いを繰り広げている。その中でICTのイノベーション競争に熱心な米国が大きく先行している。特にグーグルやマイクロソフト、ヤフーなどが中核となり、それを当局が後押しすることで各種のプロジェクトを推進している。現状、すでに米国は、55%がクラウド化されていると推定されている。
今年5月、東京・有明の東京ビッグサイトで関連企業、機関150社が参加した「クラウドコンピューティングEXPO2010」が開催された。会場では伊藤忠テクノソリューションズが近く、神奈川県横浜市に10000平方メートルのデータセンター開設の計画が披露されるなど各社各様のクラウド戦略が展示されていたが、日本企業のそれは米国企業に投資競争でも大きく遅れをとっている。米国では東京ドーム100個分位の広さのデータセンターが続々と開設されているのに比較して、日本のそれは最大の施設でも1個分程度。加えて日本では現状、建築基準法や消防法の壁があり、設置コストが大幅に上がってしまうデメリットが存在する。そのためNECや富士通など大手IT企業は国内を中心にデータセンターを構築しているが、この規制のためコストが嵩み、低価格サービスを打ち出し辛い事実に直面している。
そこで総務省はクラウド特区を指定し、国内最大のデータセンターを構築し、クラウドの普及に弾みをつける計画を打ち出した。候補地としては北海道か東北。大型データセンターは巨大コンピューターを必要とするため、冷却に必要なエネルギーが不可欠。これを節約できる両地区が候補に上ったもの。計画ではこのクラウド特区に国内外の事業者を誘致し、最大でサーバー約10万台分のデータセンターの構築を目指す方針で、ネックとなっている建築基準法や消防法の適用除外など規制を外し設置コストなどを軽減する。加えて来年度の税制改正で、サーバーや通信機器の法定適用年数の短縮も国に要望する方針。法定耐用年数が短くなれば、企業は減価償却で損金参入できる金額が増え、設備の更新がし易くなる。総投資額は最大で500億円程度と想定している。
米国ではグーグルやマイクロソフトが構造費や電力代が抑えられるサーバーを格納したコンテナを並べる方式をいち早く採用し、米国ばかりでなく欧州、アジアに次々とデータセンターを開設している。日本では、このコンテナ型サーバーは建築基準法の対象で、データセンターの建築・運営費用が米国に比較して2倍以上に上ってしまうと言う試算もある。総務省では、計画のクラウド特区ではこうした規制を緩和し、コンテナ型サーバーの誘致も推進する方針だ。
総務省のこのクラウド特区構想は国内での情報関連施設を増やす狙いに加え、機密保持の観点からも国内でのデータセンター構築が重要だと判断したことによるもの。クラウド化の進捗状況を概観すれば、日本は今が離陸期。参入の主な個別企業をみると、現在リード役を果たしているのがNTT、NTTデータ、NTTデータイントラマートのNTTグループ。この3社は向こう3年間で計450億円の投資を計画している。
セキュリティ分野ではトレンドマイクロやネットワンシステムズなどが注目されている。また、本格的なクラウド時代突入する前に、企業は準備が必要で“プレクラウドビジネス”が立ち上がりつつある。この分野への参入組が富士通、NEC、東芝、野村総合研究所、伊藤忠テクノソリューションズ、日本オラクル、オービック、住商情報システムなどが主ところ。
クラウド環境におけるサービス内容は、サーバーや外部記憶装置(ストレージ)、ソフトウェア開発環境を提供するインフラ提供事業者(PaaS=Platform as a Service)とソフトウェアアプリケーションをインターネット上で提供するソフトウェア事業者(SaaS=Software as a Service)に分類される。グーグルやアマゾンは保有する膨大なサーバー能力やストレージ容量を用い、主にPaaS事業を展開する一方、顧客管理ソフトで有名なセールスフォース・ドットコム社はSaaS事業で圧倒的な強さを持つ。
ITシステムはコンピュータや基本ソフト(OS)で構成されるプラットフォーム(IT基盤)と、その上で動くアプリケーションソフトで構成される。プラットフォームの領域はインターネットの進展によって標準化やオープン化が急速に進んできた。その過程では規模の経済が強く働く。グーグルやアマゾンが低料金でPaaSサービス提供できる秘密はこのスケールメリットにある。一方のアプリケーションソフトは用途やユーザの活用状況で異なるため、製品差別化の要素が残る。顧客情報管理ソフトで注目されているセールスフォース・ドットコムは、パッケージとはいえ、企業の事業に応じキメ細やかなカスタム化で定評があり、クラウド利用者の不満のひとつである「カスタマイズの自由度が低い」点の解消に努めている点にある。
よってクラウドコンピューティング化が進めば、プラットフォームとアプリケーションを一体で提供する日本の大手ITベンダー(システム開発企業)の競争力は急速に失われる可能性がある。これは総合型ITベンダーの最大手である米IBMも例外とはいえない。
そこで日本の大手ITベンダーは、あくまでシステムやデータはユーザーの自前だがシステム運用を分散処理や仮想化技術などを最適化する「プライベートクラウド」という新しいコンセプトを打ち出している。
ソニーはこのほど新しい映像・情報端末の開発で、米グーグルと提携することを発表したが、その狙いはグーグルのクラウド技術を活用することでデジタル家電市場で勝ち残りを図ることにある。まず今年秋、米国でインターネットテレビを発売する。グーグルのOS[アンドロイド]やウェブ閲覧ソフト「クローム」などを採用する。画面にはチャンネルの一覧やグーグルのウェブ検索サイトを並べて表示。見たいコンテンツを簡単に選べるほか、ネット経由で新しいコンテンツも追加できる。文字入力にはキーボード付のリモコンやスマートフォン(高機能携帯電話)などを使う計画もある。
また、製品開発面では、ソニー製品の心臓部に「アンドロイド」の技術を活用することで開発期間を短縮し、コスト削減の効果を狙う。
しかしグーグルは来年夏にはネットテレビの中核ソフトの技術仕様を無償公開する計画を持っており以降、どのメーカーでもグーグルのOSでテレビを開発できるようになる。ソニーは先行メリットをどれだけ発揮できるかがカギとなる。

2.激化するクラウドの国際標準化競争

日韓の両国は今年3月下旬、原口総務大臣と韓国放送通信委員会の崔時仲委員長が会談し、両国が共同し、主導して国際標準の策定を目指して連携することで合意した。事務レベル対話を早急にスタートさせ、今後1年をかけて日韓共同の研究開発などについて検討する方針。また日本政府は今年10月末、沖縄で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の電気通信・情報産業担当相会合でもクラウドサービスの研究、今後のあり方などを議題としながら同環境整備のリード役を果たそうとしている。
一方、台湾でも産官学が連携してクラウドコンピューティングの振興を目指す連合組織が発足している。経済部(日本の経済産業省に相当)が主導し、台湾の有力IT企業70社参加。クラウドに適したハードウェアの開発に加え、企業連合によるクラウドサービス市場の開拓を目指す方針。発足したのは「台湾雲端運算(クラウドコンピューティング)聨盟」。主要メンバーとしてパソコン世界2位のエイサー(宏碁)、電子製品の生産受託サービス(EMS)世界最大手の鴻海精密工業、台湾の通信最大手の中華電信などが参画、米国IT大手のマイクロソフト、IBMなども名を連ねている。台湾のIT産業はこれまでパソコンや携帯情報端末、サーバーなどハードの受託生産が中心だったが、今後はクラウド分野においても、データセンター開設、システム構築、保守などを合わせた総合的なサービスを顧客に提供する新たなビジネスに取り組まなければ生き残れないという先取り戦略の意味合いが強い。そして、クラウドコンピューティング産業を半導体産業、パソコン産業に続く1兆円台湾ドル(約3兆円)産業に育てるという政府方針でもある。また、クラウドを活用した電子政府化を推し進めるほか、教育や医療の現場への導入を促し,クラウド産業を側面から支援する方針を併せ表明している。

3.ICTは「保有する」からJITに「利用する」時代に

クラウドコンピューティングは活用する側にとってシステム構築のイニシャルコスト(初期費用)を低く抑えられるというメリットがある。中小企業にとってはIT投資の幅とスピードがあがり、大企業に追いつくチャンスにもつながる。だがその半面で情報漏れのリスクを指摘する声も強い。総務省の調査では、日本のネット経由の通信量の半分近くが海外のデータセンターを利用している。調査会社(IDCジャパン)によると、08年の国内のデータセンターの利用額は7612億円。これに相当する額が海外に流出している計算だ。日本の企業や官公庁の多くは「機密データはできるだけ国内の問題が生じた場合、外国法が適用されるなど、対処に時間や手間、コストがかかる可能性がある。今、政府が進めようとしているクラウド特区構想はこうしたリスクの解消と共に構築コストの低下により国内のデータセンター投資に弾みがつき低価格サービスの実現を目指すことにもなる。
ハード面などの技術では米国に遅れをとっている日本だが、日本の強みは世界最速のブロードバンドとモバイル環境を持っていることである。また顧客ニーズに合致したキメ細やかなサービス体制の構築でも強みを発揮している。問題はまだ規制が多く存在することによる参入障害や、それによる高コスト体質にある。まず、この解消に努めるほか、スピード感とフレキシビリティを強めて欲しい。
クラウド時代は従来の概念を一変させることにある。つまりICTは「保有する」事ではなく「利用する」事である。しかもジャストインタイムで。日本のこの分野の遅れは国内のニーズのみにとらわれ、国際競争時代に通用しない「労働集約型」のICT技術者を多く育ててしまったことにある。このままでは大手のITベンダーの技術者のみならず、インハウスの技術者も含めて国内ICT技術50万人が失業する事態にも陥りかねないと指摘する声も強い。
ICT技術者をただ存在しているだけの「人在」や、成長を阻害してしまう「人罪」にしてしまわないため、世界に通用するクラウドエンジニアを早急に育成しなければならない。
今後はICT教育も外部教育機関に任せるだけでなく、企業内ICT環境を熟知した上で、コスト感覚を持って最大限活用できる「高人質」の人材を育成する必要に今、迫られている。


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