前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (8)】

コミュニケーション下手からの脱出法
〜思いを伝える努力を空振りにさせてはいけない〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
「コミュニケーションが下手ですね」というと、「いやあ、参りましたね。ところで、この間の件ですが。企画書をお持ちいたしました。」とつかさず、プレゼンテーションに入る構えを見せる営業マンの姿はよく見かける。
一方、まったく別の反応をする人達がいる。「コミュニケーションが下手ですね。」と言おうものなら、「あんたに言われたくありません」とそっぽを向かれるか、「...」無言でしかも冷たい目で無視されるのが落ちだ。仕事上で、部下と同僚だけでなく上司ともコミュニケーションをしない日はない。リーダーは、コミュニケーション下手では済まされない。

■そもそもコミュニケーションとは?

ドラッカーは、「人がいない森で木が倒れたとき音はするか」という禅問答に似た喩えをもって説明する。音を認識するのは私たち人間であるから、森に人がいないのであれば、人が聞く音は存在しないことになる。よってこの答えは、「音はしない」となる。この喩えから、コミュニケーションの本質を知ることができる。それは、コミュニケーションは受け手によって成立するということである。勝手に木が倒れても、受け手である人が存在していなければ、音はしない。つまり、受け手が前提であり主導権を持っているのである。
コミュニケーションといえば、如何に上手く伝えるかということばかりに気が取られてしまいがちだが、受け手ありきで考え直してみる必要がある。
それでは、このコミュニケーションに上手くなるには、どのようにしたら良いのであろうか。ドラッカーのマネジメントに学んでみよう。(注1)次頁図を見て欲しい。

■受け手の知覚(perception)に合わせる

ドラッカーは、コミュニケーションは、知覚であるという。知覚とは人が五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)で感じることだけでなく、場の雰囲気や喜怒哀楽などの心象も含まれる。ここでコミュニケーションは受け手によって成立することから、受け手の知覚の範囲に収まるものしか、受け手は知覚できないということになる。簡単に言えば、日本の一般道で、ロシア人がロシア語で日本人に道を尋ねたとする。この日本人が受け手としてロシア語を解しない限り、この二人の間に言語によるコミュニケーションは成立しない。
従って、受け手の知覚に合わせてコミュニケーションを取ることが大切である。受け手の知らない言葉や知識を使って何かを伝えようとする努力ほど、空しいものはない。
そこで、受け手の知識や価値観、言葉や文化などをコミュニケーションの前に調べておくくらいの用意が必要になる場合もでてくるが、当然のことだといえる。
また、コミュニケーションしている最中に、受け手の意見と自分の意見が違うことが発見された場合、いらだってはいけない。受け手は自分と違うものを見ているか、同じものを見ていても知覚の内容が違っていることが判明したに過ぎない。受け手と自分とは別の知識や価値観を有しており、知覚の内容が違うという現実を冷静に受け止めることが必要なのである。

■受け手の期待(expectation)を考えて行う。

ドラッカーは、受け手は期待するものを見て、聞くという。受け手が期待していないものを伝えるとき、受け手は反発するのが普通であり、それどころか、伝えたいことは無視されるという。例えば、仕事のやり方を指示する場合などに、よく見られるコミュニケーションの状況がある。「この仕事だけど、これからはこんな風にしてくれないかな」と、唐突に部下に言った場合、素直に受け入れてもらえることが少ないのはこのためである。理由がどんなことであるにせよ、唐突に仕事の変更を言われることは、その仕事の現状を維持したいという受け手の期待に反することになるから、反発を受けることは必至であろう。
しかし、MOTリーダーは、部下の期待に敢えて反して、コミュニケーションを行う必要に迫られる場合がある。品質向上やコスト削減が理由で、ライン上の仕事を変更するような場合、あるいは特定の人の仕事を変える場合などもそうだ。この場合は、受け手の現状を維持したいという期待を断ち切るコミュニケーションを意識的に行う必要がでてくる。この場合、品質管理データやコストデータを本人に示し、関係者も参画させて新しいやり方を一緒に考えたという共通の体験(これもコミュニケーション)を事前に積むことによって、受け手の反発を和らげることができる。

■要求(demands)を受け入れてもらえる環境をつくる。

ドラッカーは、コミュニケーションは、受け手に何かを要求するという。「仕事の仕方をこのように変えて欲しい。」と上司が部下に言うときが典型である。「私も丁度、少し改善をした方が良いのではないかと思っていたところです。さっそく改善することにします。」という答えが受け手からあったとすれば、受け手の価値観や期待に沿っていることを要求したことになり弊害は少ないように思われる。
一方、部下の嫌がる小言をいつも繰り返していると、昼食の誘いにも乗ってこないという現象まで起こり得る。これはTVコマーシャルの宣伝文句のように、無視される可能性を高める空振りのコミュニケーションそのものである。理由は、受け手の期待に沿わないコミュニケーションは受け手から拒否されるからである。
また、受け手には何かをしたいという欲求があるともいう。だから、受け手が何をしたいかということを日頃から知覚しておくための観察やコミュニケーションが不可欠である。そうすれば、こちらが伝えたいことを受け手の期待の範囲で、受け手の言葉で話すことが出来やすくなるのである。発信者の伝えたいことが受け手に的確に伝わったとき、受け手の考え方を変えたり、行動を引き出すことに成功するのである。
このことから考えると、むしろ、受け手に伝えたいことを受け手が自分で言い出し、行動するという環境を作り出すことが、コミュニケーションを成功させる要諦なのではないだろうか。少なくても部下からの言葉の投げかけに対して誠実に答えることは、このような環境づくりの第一歩であるといえよう。部下からのメールや声掛けに対して、いい加減な対応をする上司を、部下はコミュニケーションの対象とはしないに違いない。

■相互依存関係(interdependent)にある情報を上手く使う。

ドラッカーは、コミュニケーションと情報とは別のものであるが、相互に依存関係があるという。情報の特徴は、数値で表すことであり論理(理屈)が通じる世界のものである。この点、コミュニケーションは知覚であり、どちらかというと、感性や心象、知覚の世界にあることから、正反対だといえる。しかし、ものを表現する場合には、両者が適度に混在して使われることで、発信者の伝えたいことが受け手に伝わりやすくなることは、絵画の構図(名画に見られる黄金比など)に明らかである。例えば、絵画の構図などという論理を受け手は知らなくても、良い絵画を知覚して素直に感動するのである。
また、仕事で情報を伝達しようとするとき、コミュニケーションの役割が飛躍的に増大する。例えば、「J10」という記号があるとき、その情報を作った発信者以外にそれを知る者はいない。仕事でこの情報を使おうとすれば、この意味を関係者に周知しておくというコミュニケーションが、事前に行われることが必要になることは言うまでもない。ITが使いこなせないと悩む組織では、情報の定義や意味づけが事前に充分にコミュニケーションされていないことが多い。その結果、情報がITから出力されても、受け手はその真意が理解できず何の役にも立たないということが起こっているのである。
一方で、コミュニケーションは、情報をいつも必要としない。共通の体験を持つことによって互いの価値観や思い、期待が通じ合うことがいくらでもある。やはりコミュニケーションは人間が行う知覚という行為なのである。

■コミュニケーションは下から上へ進める。

コミュニケーションは、受け手がいなければ成立しないことから、上から下へ向けては機能しないということを意味している。受け手の理解したいことや期待することを、まず発信者が理解することから、つまりコミュニケーションは下から上に向けて行われる必要がある。この仕組みが、ドラッカーが提唱した自己目標管理なのである。現在、行われている目標管理制度とはかなり違うので注意が必要である。(注2)
ドラッカーは、この自己目標管理と合わせて、業績評価や自己開発の進路相談は、仕事上のコミュニケーションの基礎であると述べている。(注3)とすれば、日本の新人教育で取り上げられる「報告・連絡・相談」(ホン・レン・ソウ)も、コミュニケーションの基礎だといえる。

■MOTリーダーの心得

発信者と受け手が、ある事実を別々に見ていることや考えていることが互いに違うということを知ることは、コミュニケーションの目的の一つである。間違ってもコミュニケーションを、自分の言いたいことや仕事上の指示を伝えるための手段だと思わないことが大切である。下から上に向けて気楽にコミュニケーションがとれるという組織作りこそ、MOTリーダーの役割であることを再認識したい。
<注の説明>
(注1) (1)pp140-157 (2)pp481-493
(注2) (1)pp69-87 (2)pp430-442 テクノビジョン(2009.03)「PDCAを経営成果に結び付ける『もうひとつの技術』〜自己目標管理で技術者の能力を120%引き出す〜」に詳しい。
(注3) (1)p157 (2)p493
※参考文献
(1)「マネジメント(中)」ドラッカー名著集、P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社
(2)「Management: Tasks, Responsibilities, Practices」Peter.F.Drucker./Harper Perennial.


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト