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【連載:世界一の品質を取り戻す32】

検証・日本の品質力
世界が期待する日本の原子力発電技術
−壁は「オールジャパン」体制と外交総合力−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

政府は2020年までの今後10年間で、日本の成長に寄与する約330項目に及ぶ施策を盛り込んだ「新成長戦略」を策定した。その新たな需要効果は130兆円超。雇用効果は500万人弱と見込んでいる。主な新成長戦略の分野は(1)環境・エネルギー、(2)健康(医療・介護)、(3)アジア・新興国経済、(4)観光立国・地域活性化、(5)科学・技術立国――の5分野。その中で最大の有望分野はアジア・新興国に対する市場開拓で、その中心がインフラ輸出。市場規模は約20兆円と推定されている。
そこで期待が大きいインフラ輸出(先進国・新興国向け)だが、これまで高速鉄道(新幹線)システム、水ビジネスなどについて紹介してきたが、今回は原子力ビジネスの技術・市場の現状と将来展望をレポートしてみたい。

1.国際受注競争に打ち勝つための官民合同の新会社が発足

原子力発電、高速鉄道、水産業など、世界のいわゆるインフラ需要は2020年までに41兆ドル(約3600億円)に達すると推定されている。その中の発電需要は今後ますます高まるばかりだが、水力、火力(石油、石炭、天燃ガス)は資源の枯渇、地域環境保護などの観点から限界があり、代わって注目を浴びているのが原子力と自然エネルギー(太陽光、風力、波力、地熱など)だが、自然エネルギーはまだ電力量は小さく期待はできない。そこで浮上してくるのが原子力発電。2020年代半ばまでに世界が計画している原子力発電計画は判明しているものだけで150基にのぼるとされており、世界の原子力メーカーが受注に鎬を削っている。日本が狙っている主な案件は英国、フィンランド、カザフスタン、トルコ、ヨルダン、インド、ベトナム(第2期以降)などがある。
数年前からすでに世界の有力メーカーの受注合戦は始まっており、初戦のベトナム第1期(2基分)はロシアに、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビの原発計画は韓国に敗れている。そこで日本は受注体制の立て直しを図り、昨年10月電力会や官民合同の投資ファンドが出資した原発受注専門企業「国際原子力開発」を設立、トップセールスを含めた政府支援を強力に推進する態勢を固めた。新興国における巨大プロジェクトは政府の発言力が強くなる。日本勢は国際的に高い評価の技術力を保有しているものの、政府の後押しが無く、それが敗因になったと分析されている。アジアではそのほか、インドネシア、タイ、マレーシアには原発建設の計画があるといわれている。
新発足した国際原子力開発は電力会社9社のほか、原発メーカーの東芝、日立製作所、三菱重工業の3社,、それに産業革新機構を加えた合計13社が参加している。出資割合は20%出資の東京電力を筆頭株主に、他の電力会社8社、および原発メーカー3社は5〜15%、産業革新機構が10%となっている。
ベトナム第一期原発受注合戦にロシアに敗れた背景には、ロシアから潜水艦6隻の引渡し、総額32億ドルの武器輸出があったとされている(ロシア誌の報道)。西沙諸島の領有権争いに悩むベトナムの事情(中国海軍の増強に対抗策が必要)にロシアが応えた形。UAEアブダビでの受注に日本が韓国に敗れた背景には、韓国側が60年という超長期の運転保証や低コスト戦略、政府裏保証による金融機関の融資などに対抗できなかったことが挙げられる。
経済産業省が主導して新会社設立に動いたのも、官民一体となった韓国やロシアの動きに触発されたためと説明できる。だが、日本勢は両国のように収益を度外視した超長期の運転保証や軍事協力はできない。その代わり国際協力銀行などの支援を受けて、相手国の原発建設に必要な資金を低金利融資するなど、政官挙げて支援策を講じる方針だ。
だが、後述する国内調整の課題や韓国、UAEの事例に見られるように、長期運転保証などの発注国側から厳しい条件を突きつけてくることも予想され、加えて為替変動や地政学的リスクへのヘッジなど、多くの課題が残されている。日本の官民挙げた新体制の進化が問われるのはこれからだ。

2.国際連携が進んだ日本の原発メーカー3社

世界の原子力産業界の構図は、東芝が米国の老舗原子力プラント会社、ウェスチングハウス社(WH)を買収したことで様相が一変した。東芝はIHIと原発部材製造の共同出資会社を持っており、その他にWHと古河電気工業、住友電気工業の3社出資による燃料供給会社、原子燃料工業を有し、これらと東芝・WH連合体を形成している。
日立製作所は2007年、米国ゼネラル・エレクトリック社(GE)と原子力事業を事実上統合。両者共同出資の燃料会社、グローバル・ニュークリア・フューエル、原子炉開発の日立GEニュークリア・エナジーなどを有しGE・日立連合を形成している。
3番目が三菱重工業と欧州最大の原発メーカーである仏のアレヴァ社が組んだ三菱重工・アレヴァ連合。両者は三菱マテリアルを加えた3社で燃料会社、三菱原子燃料を運営、中型炉「アトメア1」を共同開発している(共同開発会社「アトメア」を運営)。このように両者は中型炉と燃料事業では提携関係にあるが、大型炉では競合関係にある。
現在、原発の主流は軽水炉が主流で、その炉型も沸騰水型水炉(BWR)と加圧水型軽水炉(PWR)の2つに大別される。日立・GE連合はBWR陣営。世界の電力会社の選択を見ると、PWRの方が優勢に立っている。世界の原発メーカーを概観すると、この3つの連合に続くのがロシアの国営原発企業「ロスアトム」、それに韓国勢、カナダ勢と続いている。
ここでは日本の3連合の中で、日立・GEグループの戦略を見てみることにする。日立の原子力事業はこれまで国内で20基近い原子力プラントの機器納入、建設実績で高い信頼性を勝ち得てきた。暗転したのが2006年に発生した中部電力浜岡原子力発電所で発生したタービン事故。これにより日立の原子力事業の品質ブランドに大きな傷跡を残した。復旧費用は全額日立が負担、さらに現在、中部電力は運転停止による逸失利益が発生したとして、損害賠償を求めており、交渉が続けられている。
事故を機に日立は品質体制を徹底的に強化、併せて米GEと事業の統合戦略を打ち出し米電力会社大手と連合を組み、日本ですでに運転実績のある改良型の沸騰水型軽水炉(ABWR)で、世界市場に打って出た。それが前述のUAEアブダビでの韓国勢との受注合戦。韓国連合は政府の強いバックアップがあり、60年間の運営・保守費用負担、受注価格も日立・GE連合より40%安いという低価格戦略に敗れ去った。出鼻をくじかれた格好である。
そこで日立・GEグループは事業建て直しを急ピッチで進めている。次世代の切り札としていた出力が既存炉より大きい新型の「ESBWR」事業を中断(米国でこの炉の採用を取りやめるケースも出ている)。ABWRを中心に据えた戦略に転換した。現在、日立単独での原子力事業規模は2100億円。2025年までに世界の原子力市場は150基の新型需要があると見込まれることから、同グループはそのうち38基以上(一部機器のみの供給も含む)の受注を狙う戦略を展開している。営業活動を強化するため、GEと共同で海外に営業拠点を設けことにしたが、このまま受注競争で劣勢が続けば事業の枠組みの抜本的な見直しも迫られることになる。
一方で、原子力事業は国の事業でもあるという側面から経済産業省は昨秋、官民共同で検討していた次世代の原子力発電所の基本仕様を発表した。それによると発電出力を従来の30%増、世界最大となる170〜180万キロワットに引き上げ、稼働率も世界最高の97%に高める。2015年までに550億円をかけて基本設計や部材の開発などを進め、国内で2030年の運転開始を目指す方針。同時に海外への売込みにも注力する。
このプロジェクトは日本の原子力事業が運転開始から60年を越え、現在40基余りが稼動しており、欧米でも230基が稼動、その多くが30〜50年を経て、建て替え期に来ていることから、その需要と今後を見込んで03年から官民で研究を進めていたもの。開発費用は経産省のほか、日立、東芝、三菱重工の原発メーカー各社などが負担する。タービンを高効率化したり、燃料のウランを大きくしたりして出力を高め、国内で稼動している130万キロワット、米国などで計画されている170万キロワットを超える水準を目指し、世界の原子力をリードする考え。

3.日本の高い原子力技術水準を支える企業群

経済開発協力機構(OECD)によると2030年には原子力発電量が現在の2倍になると予測されている。原子力発電は地球温暖化防止に向けてクリーンエネルギーとして脚光を浴びている反面、放射能漏れなどマイナス面も強く懸念されている。そこで日本の安全面など確かな原子力技術が重要になってくる。中越地震の被害状況を視察した国際原子力機関(IAEA)の査察員はその規模の大きさに比較して、原子力発電所の被害の小ささに驚いたというほど、日本の原子力施設の耐震技術、保安技術は高く、世界が注目している。
総合力で高い評価を受けている日本の原子力技術、それを支える広い裾野の企業群も忘れてはならない。その主な各社を紹介する。
この企業なくして原子力発電は不可能といえるほど重要な地位を占めるのが日本製鋼所。原子炉には超高温、超圧力に耐えなければならない圧力容器が使われている。この圧力容器の耐久性が高くなければ万が一の場合、放射能漏れを起こし、周辺は大変な事態になりかねない。技術力や信頼性が求められる製品である。この圧力容器をはじめ、原子力発電に欠かせない蒸気発生器、加圧器など耐高温・高圧の一次系製品で世界の80%のシェアを誇るのが日本精鋼所の圧力容器であり、世界から高い信頼を得ている。当面、中国などを中心に石炭火力発電が首位の地位を占めるが、その火力発電用蒸気タービン回転軸でも同社の製品が世界の市場をほぼ独占している。
そのほか、原子力向け高温・高圧バルブで業界首位の東亜バルブエンジニアリング、ポンプ・バルブ分野で強みを発揮している岡野バルブ製造、無漏洩ポンプ最大手で世界シェア40%の帝国電機製作所など目白押しで高い技術を支えている。
また今後、使用済み核燃料の廃棄やリサイクルも大きなテーマとして浮上している。その管理や輸送には専用機が必要で、これらを総称して「キャスク」と呼んでいる。この分野で評価が高いのが日立造船と木村化工機の両社。そのほか使用済み核燃料の周囲に冷却材を循環させて崩壊熱を取り出す前述の日本精鋼所の圧力容器、原子炉浄水系の水処理プラントに強いオルガノの技術なども高い評価を受けている。以上は株式上場を果たしている大企業だが、それを下支えしている関連・下請け企業群の技術力も忘れてはならない。この重層的な産業構造を構成しているが日本の特徴でもある。

4.成果が出始めた日本の原発外交

原発輸出などいわゆるインフラビジネスはB to B(対企業)、B to C(対一般消費者)に続く第3のビジネスB to G(対政府)といえるもの。ロシアの対ベトナム原発第1期受注の例も見るまでもなく、外交、安全保障と表裏一体を為す面が強い。また今後の課題である資源外交とも切り離して考えることはできなくなっている。そのためインフラ輸出は“オールジャパン”で取り組まなければならなくなっている。日本のその体制が整いつつある。
国際原子力開発の組織化は、ベトナム第1期、アブダビ受注合戦に敗れた反省から誕生したもの。政府の強い支援もあって、最近、その成果の芽が出始めている。
その第一弾がベトナム第2期以降の原発受注が内定したことである。その前段として原子力協定を締結しなければならない壁があった。
原子力協定とは、2国間もしくは多国間で原子力関連資機材や技術の移転を円滑に行えるようにするため、平和利用を保障する法的枠組みのこと。日本は米、英、加、豪、仏、中国の6カ国と、EU加盟国で構成する欧州原子力共同体(EURATOM)との間ですでに協定を締結。ロシア、カザフスタン、ヨルダンの3カ国とは締結に向けて、その前段階の署名まで進んでいる。
日本はベトナムと原子力協定をこのほど締結、原子力関連プラントや技術輸出が可能となり、ほぼ内定した。ベトナムは2030年までに14基を建設する計画で、うち4基を14年を目処に稼動させる考え。うち2基はロシアが受注、残り2基を日本、ロシア、仏、韓国の4カ国で競っていた今後はPWRにするか、BWRにするか国内調整、ベトナムとの交渉が重要になる。
また、インドとは昨年秋、シン首相が訪日した際、日印経済連携協定(EPA)に正式合意、同時に日印原子力協定の締結にも強い意欲を示した。日本はインドが再び核実験に踏み切れば協定を白紙化する文言を盛り込むことで協定締結を進める方針。インドは日本の原発技術やクリーン火力発電に強い関心と期待を持っており、協定締結に至れば原発輸出は大きく前進することになる。


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