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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (12)】

技術をマネジメントする
〜テクノロジー・モニタリングが仕事と社会をより良くする〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
ベテランの技術者から「枯れた技術を使え」と教えられたという、新人技術者のK君の話を聞いた。「もっと最先端の技術を勉強したいが、そういう仕事をやらせてもらえない。」と不満を言っていた。最先端の技術を仕事で学ぶ機会を持てるのは、研究所ならまだしも製造現場や現場の近くで働く技術者にとっては、容易に叶う現状は少ない。

■技術とは、その有効性とは。

ある意味でK君の不満は当然である。知識労働者であれば、誰でも最先端の技術に憧れる。第二の石工の視点である。(注1)ドラッカーはこれを否定しない。むしろ3年から4年ごとに新しい分野を研究することを奨励さえする。そして、技術を磨くために仕事をするのではなく、「教会を立てるために仕事をする」という意識を持って働く第三の石工がマネジメントの視点であるというのである。
また技術と熟練とは違う。手に職をつけた第二の石工が熟練を修得しても、それだけでは技術とは呼べない。作業や動作を客観的に分析し熟練工だけの神業から、一定の基礎を学んだ誰でもが学び得るように体系化されたものが技術である。体系化には、自然科学や数学、物理学、化学などの科学が必要となる場合が少なくない。ドラッカーによれば、「技術は、科学によって得た知識と人間の行動を結びつける」と言う。(注2)従ってある技術が有効であると評価されるのは、仕事の改善だけではなく新製品や新サービスが、イノベーションという成果として組織の外、すなわち顧客から評価されたときである。ところが、組織が社会に及ぼす影響は、社会をより良く発展させる場合もあれば、社会にマイナスの影響を及ぼすこともある。

■イノベーションの手順

ドラッカーはイノベーションの手順について4つの手順を述べる。(注3)第一に、技術的なニーズを予期し識別して、計画的に行動すること。社会にも職場にも問題や課題がある。それらの問題や課題を解決するためには、まず新しい知識を学ばなければならないことが多い。学んだことを自分なりに仕事で活用したとき、自ら固有の技術を生みだすことができる。現在日本は、3月11日の東日本大震災によって防災のあり方、原子力発電所のあり方、情報システムのあり方にとどまらず、経営のあり方や個人の生き方にまで見直しが迫られている状況である。まさに科学すべきときであり、その結果を行動に結びつける“技術の見直し”が社会的な要求事項である。最先端の技術をすぐに仕事を通じて学ぶことができなくても、ある程度の自己投資をすれば、社外にでも学ぶ場はいくらでもある。第二に、過去の成功体験に拘らず、昨日を体系的に廃棄すること。自分の職場の仕事を改善するには、意識的かつ定期的に既存のやり方を見直し、結果として既存のやり方を組織的に棄てるということが大切である。この震災の前後では、原子力発電を推し進めてきた日本のエネルギー政策や企業の経営政策を体系的に見直し、太陽光や風力などの人災リスクが比較的少ない自然エネルギーの比率を増やしていくべきだと、指摘する識者が増加したように思う。第三に、イノベーションに対して経営政策を持つこと。イノベーションは、失敗も多い。それ故に成功したときは、大きな期待を実現して欲しいと誰もが思うはずだ。失敗をマイナス評価しないかわりに、成功を評価する基準を高くしておくことが組織として大切である。第四に、イノベーションのための仕事は、日常の仕事とは別に組織して行うこと。日常の仕事とイノベーションの仕事の評価基準が違うことから、組織的に互いに離れていることが、無用な摩擦をなくすことにつながるのである。
日本が復旧と復興を考える今、これらのドラッカーの教えを参考にしたい。原子力エネルギーの一定割合に替わるべき新エネルギーの開発については、試行錯誤があり得る。これを推進する政府や企業の政策を後押しする日本社会をつくっていくことは、私たち一人ひとりの課題である。またこのような政策を推進する組織機構のあり方については、既存の官僚組織や政党政治の枠組みにとらわれないことが理想だと思われる。

■新しい技術を評価するのは極めて難しい

技術評価(テクノロジー・アセスメント)は、技術者の憧れのテーマかもしれない。研究開発部で開発している研究者が、ノーベル賞を受賞する可能性もある。だからこそ金銭に関わらずに、研究に没頭している研究者がいるし、生産設備を最先端にしようと没頭する技術者の姿がある。新しい技術は、常に好奇心をそそり研究者や技術者の多くの人にとって魅力的である。魅力的なものに飛びつくには一定の評価や判断が伴う。
ドラッカーは、「テクノロジー・アセスメントは、間違った技術を推進し、必要な技術を抑制するおそれが大きい。」(注4)として、いくつかの事例を挙げている。
一つは、第二次世界大戦中に開発されたDDTである。もともと熱帯の戦地で戦う兵士を害虫から守るために開発されたものであるが、一般の市民を害虫から守るために使うことを考えた科学者もいた。しかし、この化学物質の開発者の中には、穀物や森林、家畜を害虫から守るために使うことを考えた者は一人もいなかったとドラッカーはいう。残念ながらこの化学物質は、開発者の意図と違って技術評価されたがために、環境破壊の道具として使われてしまったのである。
また、コンピュータの発明を例に挙げて、新技術の影響を予測することの難しさを説く。1940年代に開発されたコンピュータは、当時、誰もが科学計算と軍事目的に使われると予測していた。しかし、企業や政府機関で使用されることになり、世の中にコンピュータが一気に浸透していった。さらにコンピュータが給与計算に使われるようになったとき、「ハーバード・ビジネス・レビュー」までもが、社長と課長の間には誰もいなくなりミドル(中間管理職)は時代遅れだとの論文を掲載したが、現実に起こったことは、まったく逆でミドルの数も仕事も急速に膨張したというのである。

■テクノロジー・モニタリングが大事

技術をマネジメントするということは、技術という「科学によって得た知識と人間の行動を結びつけるという力」をより良い社会のために役立てることだといえる。一方、テクノロジー・アセスメントは、技術の予測も含めてかなり難しい。だとすれば、より良い社会のために技術を役立たせるには、何ができ、何をすべきなのか。これに対しドラッカーは、「発展途上の技術についてはモニタリングが必要である。つまり観察し、評価し、判定していかなければならない」(注5)と説いた。今後必要とされる技術を、ある程度予測することは可能であるが、個々の技術が及ぼす社会的な影響を予測することは難しい。そこには人知を超えた部分があることを否定できないからだ。
従って、新しい技術が社会に対して与える影響をよく観察することが、技術をマネジメントするためには不可欠であるということになる。
新技術が社会に及ぼす影響を1年から2年で評価できる場合もあれば、DDTのように開発から10年後に世界中の農業、林業、畜産業で使われるようになってから、その社会的な影響が問題になった例もある。現在わが国では、福島第一原発のように営業運転40年が経過して安全神話が一気に崩壊するという、社会的な影響を体験している最中である。私たちは、ドラッカーの言うように観察するだけでなく、評価し、判定する必要があるし、これまでの知見はもとより、今後の科学から得られる知見をも総動員して、より良い社会をつくっていくことが大切である。

■MOTリーダーの心得

下の図を見て欲しい。社会や業務の問題を解決する意欲があれば、新しい技術を予期することができる。これは最前線の現場にいるMOTリーダーこそ、技術をマネジメントする主役になり得ることを意味している。現在手にしている技術テーマだけではなく新しい分野にも自己研鑽の幅を広げたい。さらに、自己研鑽で得た知見を現実の仕事の中で活用(イノベーション)することで、固有技術を開発し修得していくことを習慣としたい。そのためには、テクノロジー・モニタリングを行い、一定期間ごとに社会への影響を測定・評価および判定を行い、その新しい技術の役立て方を見直す決断から逃げてはならない。これもドラッカーが説いた“誠実さ(インテグリティ)”である。
冒頭の「枯れた技術を使え」の意味は、奥深そうである。この一言を部下や後輩に対して言えるMOTリーダーになるには、日頃から技術をマネジメントしておく必要がある。
<注の説明>
(注1)(1)p70,3人の石工の話。
(注2)(2)p54.
(注3)(2)pp140-141.
(注4)(2)p143.
(注5)(2)p147
<参考文献>
(1)「マネジメント(中)」P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)「テクノロジストの条件」(同)


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