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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (16)】

グローバル企業のマネジメント
〜組織をずば抜けたシステムとして機能させる〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
「VW・スズキ提携、3つの誤算」(日経産業新聞、2011.9.13)と報じていた。スズキが同社に19.9%出資している独フォルクスワーゲンとの業務提携と相互資本関係の解消をすると発表したという記事である。両者の思惑の違いがこのような事態に発展したということであるが、自国内で収まらない課題であり経済活動が世界的になったからこそ大きな話題になったともいえる。世界的な規模で経済も政治も不安定である中、復興と成長を掲げる私たちは、企業経営のグローバル化についてあらためて考えておくべきであると考える。

■変貌を遂げた多国籍企業

ドラッカーは、「これまでの多国籍企業は、海外子会社をもつ国内企業だった」(注1)という。これまでとは、第二次世界大戦までの世界を指している。戦後は、一国では制御できない世界的な経済活動が、それまでの多国籍企業を新しいマネジメントを行うべき企業体、すなわちグローバル企業へと変貌させてきたというのである。
多国籍企業の特徴は、自国のマネジメント方法のクローン(元の形に似せたコピー)を他国に設立したに過ぎない。例えば、他国に設立したクローン企業の経営者および管理職は、自国の海外赴任者で占めており、マニュアルも自国語のものを単純に翻訳したものを使い、自国とほとんど変わらない仕様・設計による製品を販売するというマネジメントである。もちろん、設立した他国の法律や習慣には、マネジメントに支障の無い範囲で合わせることも含まれている。一方、戦後の世界的な経済環境の変化、特に欧米を中心とした自由主義経済圏における市場は、医療、教育、ラジオ、テレビ、映画、口紅、キャンディ、ソフトドリンク等などの世界共通の需要となって現れた。このことをドラッカーは「グローバルなショッピングセンターになった」と言った(注2)。このような背景から、グローバル企業の製品は、他国の地域企業がつくる製品と自由市場における競争にさらされることになった。多国籍企業は、消費者の支持を得るために、製品の仕様のみならずマネジメントそのものを見直さざるを得なくなり、自国や他国という視点ではなく国家を超えた視点でのマネジメントへと変貌せざるを得なくなったのである。

■グローバル企業の姿

「グローバル企業は、明確に理解した路線を、把握した原則に従って進むのではなく、自らの道を自ら模索し、臨機に応変し、実験実証して進まなければならないことを意味する。」とドラッカーは言う(注3)。グローバル企業とは、多文化、多国籍、多市場、多マネジメントたらざるをえない存在であるといい、その例として、ユニリーバが2つの本社(英国、オランダ)をもち、地域別、国別、事業別の調整委員会を設置してトップマネジメント・チームを運営していることを挙げている(注4)。また、人事管理は、国籍とは関係の無い機会均等でなければならないこと、明日のグローバル企業は、自らの組織に各国の異なる慣行を包含しえなければならず、多様なニーズのバランスが重要であると述べている(注5)
ところでグローバル企業とは、大企業だけを指すものではない。パナソニックやソニー、トヨタ自動車にしても最初からグローバル企業であった訳ではない。中小企業からスタートしてグローバル企業になった企業である。ドラッカーは、グローバル企業として成功している中小企業について「小規模なグローバル企業のほうが、大規模なグローバル企業よりも速い成長を遂げ、よりよい成績を収めているかもしれないくらいである。」(注6)と述べている。

■IKEAの例

ここで、スウェーデンが生んだ世界的な家具メーカーIKEAを見てみよう(注7)。例えばその直営店舗で買い物をする場合。入店して驚くのは見通しの良い、広大な店舗空間である。目立つのは広々としたカフェテリア風の食事スペースと子供が自由に遊べる遊戯広場である。買い物をするには、商品が展示してあるショールームに入る。そこでは、用意されたメモ用紙と鉛筆を持ち、ライフスタイルや趣味趣向によって演出されたショールームを次々と歩きながら商品を選択する。商品を選択し終わると、巨大な倉庫でダンボールのまま積まれている商品を、自分でカートに載せるが、もちろん手伝ってもくれる。代金の精算は、地元のスーパーで買い物する時と同じセルフ方式である。購入した商品を自分の車に積む時にあらためて気づくのだが、商品は組み立て方式であるためパーツに分解されてはいるが、フラットパック(嵩張らないように設計された荷姿)に梱包されているため物流効率が良い。IKEAで買い物をすると趣味に没頭したときのように時間を忘れてしまう。従業員も親切で良く教育されていることを実感する。さらに工夫がある。ショールームと隣接している広大な食事エリアでは、前菜からメインディッシュ、デザート、ドリンクバー、スウェーデン料理まで比較的安く楽しむことができる。おそらくこれを目当てに地元の住人までが食事を目的に来店するに違いない。食事目的に来店した人も顧客になってしまう魅力が店舗にはある。主要な顧客拠点と店舗間には、無料送迎バスが定時運行している。乗り込んでみると解るが、乗客は遠足にいく小学生のように楽しげに会話をしている。家具店に買い物に行くという雰囲気とは違う何かを感じる。IKEAの競合は、家具販売業を営む企業ではなく、ディズニーランドのようなアミューズメントパークなのである。これらの全体のマネジメント方法を支えているのは、「誰にでも楽しみながら買い物をして欲しい」というコンセプトからはじまり、合理的効率的な業務プロセスとそれを支える情報システム、従業員の教育システムがあることは間違いない。グローバル化で成功するには、ズバ抜けたマネジメントができるかできないかにかかっていると、ドラッカーも言っている。(注8)

■グローバル経営で成功するために

自社を取り巻く経営環境を見てみよう。すでに何年も前から日本企業は、中国製や韓国製だけでなくアジア製品との競合にさらされている。もはや日本国内の市場を相手にしていたとしても、グローバル企業との競争で優位に立つことが生き残る条件でさえある。
「吸塵力が落ちない只一つの掃除機」としてブランド価値を確立したダイソン社の創業者は、「新製品を開発するときには、まず日本の利用者のことを考えている。」と言う(日経産業新聞。2011.9.2)。それは、日本の利用者が製品の品質について求める基準が高く、それを満たせば他の国でも通用するからだと言うのである。さらに、この掃除機のコア技術であるサイクロン技術の開発と製品化については、試作品が5000を超えたという。日本のものつくりについては、「売上げを急いで求めてはならない」と忠告もしてくれている。実際にグローバル経営で成功するためには、第一に、グローバル人材の育成に資源を投入すること、第二に、販売、アフターサービス、広報、法務を現地で行うこと、第三に、経営戦略、研究開発、部品調達、生産、マーケティング、価格決定、財務、マネジメント(人事、投資、イノベーション)はグローバル市場を考えて行うこと、などが成功の条件である。さらにIKEAやダイソンの例もあげたが、グローバル企業として成功するには、マーケティングとイノベーションに強く、業務活動は全社のどこをとっても合理的かつその生産性はズバ抜けており、高い顧客満足度を維持するというマネジメントができるかどうかにかかっていることを確認しておきたい。

■MOTリーダーの役割

グローバルな企業間競争で生き残っていくためには、MOTリーダーも仕事に取組む基本姿勢から変えなければならないだろう。「あらゆるところで問題が起こっているのは、人に問題があるからではない。システムに問題があるからである」とドラッカーは述べている(注9)。どのような職場であろうと、顧客の購買プロセスに行き交う情報の流れに沿って仕事を設計し直すことが求められているのである。経営が上手くいかない、職場の成果が出ない原因について「誰が悪いのか?」などと犯人探しをしている場合ではない。
<注の説明>
(注1)〜(注6)(1)59章.
(注7)(2)pp176-179.
(注8)(3)p71.
(注9)(4)p166.
<参考文献>
(1)「マネジメント」1973年。
(2)「図解ドラッカー入門」2011年。森岡謙仁著、中経出版。
(3)「明日を支配するもの」1999年。
(4)「ネクストソサエティ」2002年。
※(1)、(3)、(4)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



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