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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (18)】

ネクスト・ソサエティ(次の社会)をつくる
〜自ら変化をつくりだすマネジメント〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
2012年の幕が開いた。昨年、国内においては、東日本大震災、原発事故などによって甚大な被害を被った。その復旧や復興には、数十年単位の時間を要するに違いない。
一方、世界経済は低迷し、主要な先進工業国では多少の差こそあれ、財政危機、少子高齢化、高失業率、環境問題などの共通課題を抱えている。1909年にウィーンで生まれたドラッカーは、第一次世界大戦、第二次世界大戦の最中に成長した。この間、1929年の世界大恐慌もあった。今日の状況は、ドラッカーが成長しマネジメントを体系化した時代とよく似ていることに気づく。

■マネジメントは「復旧・復興」の原動力

ドラッカーは世界大戦中にありながら、戦後復興の希望をその当時の米国に見ていた。それは、世界が戦後の社会を築きあげていくための組織社会や企業を中心とした産業社会が、当時の米国において出現していたからである。ドラッカーは、GMの調査を通じて「企業とは何か」(1946年)を表すが、この中で、「一人ひとりの人間の欲求と行動を社会的に意味のあるものとしなければならない。… 人間社会はともに働くことを基盤とする。」(注1)そのためには、マネジメントが的確に働かなければならないことを発見した。(注2)その後、ドラッカーは、マネジメントを研究し続け『現代の経営』(1954年)を著すが、この本でマネジメントの全体像を示すことに成功する。この中では、「マネジメントは、経済的資源の組織化によって、人類の生活を向上させられるという信念の具現である。それは、経済的変化が、人類の福祉と社会正義のための強力な原動力になるという信念の具現でもある」(注3)と言い切るまでになった。マネジメントとは、単に企業に儲けをもたらす術ではなく、より良い組織と社会をつくる原動力になり得ることを説いたのである。

■ドラッカーが述べた「未来組織」

ドラッカーは自らが目指したより良い社会について、「生きがいのある社会(livable society)」(注4)と解りやすく表現した。21世紀に入りながらも過去の成功体験に縛られがちである。2012年の新年を迎えて、災禍の復旧・復興を機会ととらえ未来のためにビジョンを描くことは、意義のあることだと思う。ドラッカーは、晩年の著「ネクスト・ソサエティ」(2002年)で、近い将来やってくるに違いない次の社会について述べた。また、次の社会をより良い社会にするために検討すべきこと、実践すべきことを説いた。
企業だけでなく、非営利組織、大学においても次のような変化に備えておくべきだと述べている。それは、企業の組織構造の変化、企業と企業の業務提携の変化、人事管理の変化、情報マネジメントの変化についてである。

■企業の組織構造の変化

第一に、企業を取り巻く市場にインターネットが普及したことで、顧客は製品やサービスの提供者以上に関連情報を得ることが可能になった。このことは顧客が事業の定義をするのであって、その事業の定義を最低限満たすことができない企業は存続できなくなったということである。例えば、ある会社を指して「技術の○○会社」だと顧客が定義したとすれば、その期待に応えられなくなった企業は生き残れないことを意味する。
第二に、生産手段が製造設備だけではなく、知識が生産手段になったということである。今日、上場市場に占める新興市場の企業数の比率が増していること、プロ野球のオーナー企業におけるIT関係の企業が増加している傾向がこれを物語っている。
これらを受けて企業構造は、情報(知識を含む)を中心としたフラットな組織構造に変化せざるを得なくなる。また、企業は自分の強みに経営資源を集中させるために業務提携やプロセスを共有する連合体に変化していき、新たなビジネスモデルに変化するとドラッカーは言っている。(注5)

■人事管理の変化

知識労働者が多数を占め情報(知識を含む)を中心としたフラットな組織構造においては、当然のこと、人事管理も変わらなければならない。ドラッカーは、主な人事管理の変化の方向として以下の2つを挙げている。(注6)
第一に、事業のために働く全ての人について、雇用関係に関わらず人事管理を確立すること。いろいろな意味で必要性が増している。知識労働の業務プロセスのムダをとったり、コンプライアンスのためにも必須である。
第二に、定年に達した人、契約社員など非正社員を惹きつけ留めて活躍してもらうこと。
知識労働においては、年齢、性別、国籍の意味は薄れている。雇用形態もますます多様化する。年金支給年齢の引き上げの問題もある。

■情報マネジメントの変化

ドラッカーはIT革命によって大きな変化が起こるのはこれからだという。いまだに、IT関連企業がその恩恵を受けている傾向にあるが、電気自動車やスマートシティ構想などは、次の社会(ネクスト・サソエティ)の入り口にあるように思われる。ドラッカーは、今後ますます進むIT革命がもたらす社会の変化に備えるために必要な情報マネジメントについて、主に以下の3つのことを言っている。(注7)
第一に、知識労働者は情報リテラシーが必須である。単にコンピュータ(タブレット型、スマートフォンなどの携帯情報端末を含む)が操作できるだけでなく、情報を活用して仕事を改善したり、情報の流れに沿って職務を再設計する能力が求められる。
第二に、外部情報の活用が企業の存続を決める。顧客を知り市場を知るだけでなく、非顧客の情報こそ必要である。社会ネットワーキングと呼ばれるツイッター、フェイスブック、ブログなどを利用して、外部情報を経営の意思決定に利用することも一般的になっていくと思われる。第三に、経営者や従業員には情報責任がある。ドラッカーは、経営者や従業員には、リコール情報隠し、決算情報の改ざんだけでなく、それぞれ自分が必要な情報、他社へ提供すべき情報について、いつまでに、どのような形でかの要求をまとめ、IT専門家に要求することも情報責任としている。

■変化をマネジメントする

下の図を見て欲しい。ドラッカーは、「ネクスト・ソサエティをネクスト・ソサエティたらしめるものは、これまでの歴史が常にそうであったように、新たな制度、新たな理念、新たなイデオロギー、そして新たな問題である」(注8)という。このような社会環境の変化に対応できない企業、組織は生き残ることはできないことは目に見えている。また、「変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである」(注9)と述べており、その要諦として以下の4つを挙げている。
  1. 成功していないものは、組織的に全て廃棄する。
  2. 製品・サービス・プロセスの全てを組織的かつ継続的に改善する。
  3. 成功を追及する、特に予期せぬ成功、計画外の成功を追及する。
  4. 業務の仕組みシステムをイノベーション(変革)する。
これらを実行する組織をチェンジ・エージェント(変革機関としての組織)とドラッカーはいう。現在、日本は、明治維新、戦後復興に次いで第3次改革期に入っている。組織で働く一人ひとりが、このような変化をチャンスと認識できる意識変革が望まれている。

■MOTリーダーの役割

MOTリーダーとしては、職場において自ら変化をつくりだし、チェンジ・エージェントになることが望まれる。これは同時に、部下の一人ひとりに「変化をチャンスと認識できる意識変革」を促すことになる。このようにマネジメントすることが、企業全体を新たな成長の道に歩ませ、日本や世界の未来により良い社会を築くことになるに違いない。

<注の説明>
(注1)(1)pp224-225.
(注2)「マネジメントは神学ではない。臨床的な体系である。マネジメントの値打ちは、医療と同じように、科学性によってではなく患者の回復によって判断しなければならない。」と述べている。(1)p270.
(注3)(3)p3.
(注4)「本書はユートピアを書いている書物ではない。全編を通じて理想的な社会を狙っているのではなく、現代の住みよい社会を狙っているのである」(2)p398.また、原著の“livable”には、「生きがいのある」という意味もある。
(注5)(4)pp38-53.
(注6)(4)p61.
(注7)(4)pp104-119.
(注8)(4)p67.
(注9)(4)p63.
<参考文献>
(1)「企業とは何か」(1946年)
(2)「新しい社会と新しい経営」(1950年)P.F.ドラッカー著、現代経営研究会訳、ダイヤモンド社。
(3)「現代の経営」(1954年)
(4)「ネクスト・ソサエティ」(2002年)
※(1)、(3)、(4)は、P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



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