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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (21)】

顧客創造のマーケティング戦略(2)
〜事業戦略の基本を考える〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
ドラッカーのマネジメントにおいては、事業戦略とマーケティングは一体として考えるところに大きな特徴がある。それは事業戦略の目的が顧客創造であること、マーケティングが常に顧客から発想することによるものである。成果は外に存在するところから、マネジメントの視点を外に向けることが必要であり、この意志力が企業家精神(アントレプレナーシップ)であるとドラッカーは言う。従って、顧客創造のためのマーケティング戦略は、企業家精神が発揮された事業戦略でもある。今回は、ドラッカーが述べた4つの顧客創造のマーケティング戦略のうち、事情戦略と価値戦略について解説する。

■事情戦略

「顧客が買うものはそれが何であれ彼らの事情に合ったものである。事情にあったものでなければ何の役にも立たない。」(注1)とドラッカーは言う。これを一言でいうと、顧客の事情に合わせて高価なものでも買えるという状況を提供する、ということである。
この事例としては、セブンイレブンを挙げよう。1973年、当時のイトーヨーカ堂が米国のある企業とライセンス契約を交わし日本で開業した。その時、消費者に発したメッセージは、「早朝から深夜まで営業する“開いてて良かった”」であり、小売業界に新業態をもたらした。丁度、高度成長期から安定成長期に入る時期であり、食生活は欧米化し、単身世帯が増え始め、長時間勤務が普通になった時代でもあった。このような消費者の生活事情に合ったのが、セブンイレブンが発したメッセージであった。早朝と夜には閉店している近所の小売店を尻目に、半径500メートルの地域住民から支持されたことは言うまでもない。その後は、品揃えや物流をはじめとする事業戦略(店舗システムの運営など)の改善を続けた。POSシステム導入による消費者の購買事情に合致した品揃え、通勤客、学生、店舗商圏に働きに来る勤労者の事情に合わせた、おにぎりや弁当類の販売である。その後は、銀行ATMサービス、各種チケット販売など、「開いててよかった」を超えた価値を提供し続けた。最近では、高齢者や買い物に行けない事情を抱えた人達向けの配達サービスがある。ローソン、ファミリーマートも追随するコンビニエンスストアの顧客創造は、まさに顧客の事情に合わせた事業戦略の成功例である。
もう一つ、私たちの身近な例を挙げよう。買い物の支払いに使用するクレジットカードである。一度に支払うことが出来ないあるいは好まない顧客に対して、ツケ払いや分割支払いというサービスを提供する仕組みである。分割支払いの方法も、ボーナス払い、リボルビング払いも選択でき、毎月の支払額を低減することが可能である。これも、顧客の経済的な事情に合わせた顧客創造の例である。提供側が、顧客の事情に合わせればモノが売れるということである。

■価値戦略

「顧客がどれだけ支払うかは顧客次第である。製品が顧客のためにできること次第である。顧客が価値とするもの次第である。単なる価格を超えたものとしての価値が必要である。」(注2)これを一言でいうと高くても購入したくなる価値を提供するという戦略である。事業戦略としては、顧客にとって真に価値があると認めるものを提供する、製品やサービスの価値を高めることに、経営資源を集中するのである。
この事例の代表的なものは、ディズニーである。1939年にアカデミー賞特別賞を受賞した「白雪姫」の製作、1955年に開業したディズニーランドの建設、これらの事業において徹底的に品質を高めることに拘ったのである。その目的は、「私たちは、全ての年齢層の人々のために、いずれの場所でも最高の娯楽を提供することによって、喜びを作り出します」と言った、ウォルト・ディズニーの言葉に表現されている。(注3)他のアミューズメント施設に比べてけっして安くは無い。妥協しない製品やサービスは、高い顧客満足度やリピート率をもたらしている。まさに質の高い価値を提供することによって、顧客創造していると言って良い。
また同様の事例は、ハーレー・ダビッドソン・ジャパンについても言える。自動二輪という縮小傾向にある市場において、高業績を維持している背景には、バイクだけでなくカスタマイズパーツを多種多彩に提供し、ユーザークラブを組織し、月刊誌を発刊するなど、ユーザーと販売店と一体になってライフスタイル文化を見事に形成している。クチコミと紹介による新規顧客獲得比率の高さは、“ライフスタイル価値”を提供するという同社の事業戦略が、顧客を創造していることを証明している。(注4)

■企業家はマーケティングとイノベーションを行う

これまで述べた顧客創造のマーケティング戦略や事業戦略を進めるには、製品やサービスをつくり出し市場に提供すること、一度購入した顧客を育成する仕組み、それらを担う従業員の育成が必要である。さらに、「企業の目的は顧客の創造である。したがって企業は二つの、ただ二つだけの企業家的な機能をもつ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。他のものはすべてコストである。」(注5)と、ドラッカーは言う。これほどまでに強烈に事業戦略のあり方を説いている言葉は無いだろう。企業家の基本能力である事業戦略は、顧客創造を目指すのであり、そのためにはマーケティングだけでなくイノベーションも合わせて重要である。製造現場などでは、コスト削減が至上とされる場面がある。例えコスト削減が目先の活動であったとしても、顧客創造に貢献できる製品やサービスを開発するマーケティング活動であり、イノベーション活動でありたい。

■マーケティングとイノベーションの連携

そこで、課題となるのは、マーケティングとイノベーョンの連携である。下図を見て欲しい。顧客ポジション(潜在顧客、見込み客、顧客、リピーター、ロイヤルカスタマー)ごとに、マーケティングとイノベーョンのそれぞれの役割をまとめたものである。マーケティング活動は、ノンカスタマーである潜在顧客を見つけそこに働きかけるところから始めるが、既存のやり方ではできない場合がある。その解決策の一つとして期待するが故に、インターネット上のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などに、ホームページや広告を出す企業が後を絶たない。マーケティングの働きかけによって潜在顧客が反応するが、その反応によっては見込み客となる。見込み客に顧客になってもらうには、新たな働きかけが必要になる。これも既存のやり方が通じない場合には、イノベーョンによって、働きかけそのものを変革する必要がある。押し売り的な営業活動を容易に受け入れる市場が過去のものとなった今日、ポジションでいえば「顧客」以上(顧客、リピーター、ロイヤルカスタマー)による紹介やクチ込みが効果的に働く場合も少なくない。とすれば、紹介やクチ込みを誘発できる仕組みづくりや働きかけを行うというイノベーョンが必要である。
このように潜在顧客から見込み客へ、見込み客から顧客へ、顧客からリピーターへ、リピーターからロイヤルカスタマーへと顧客創造するには、マーケティングとイノベーョンの連携はなくてはならない。

■MOTリーダーの役割

MOTリーダーは、職場のリーダーである限り、職場の明日を考える場合には、企業家としての事業戦略の発想が必要である。「社内外の顧客創造」がMOTリーダーの目的でありミッションであるといえよう。

<注の説明>
(注1)(1)p304.
(注2)(1)p306.
(注3)(3)p53.
(注4)テクノビジョン2009.12.連載―MOTリーダーの仕事と責任―「ハーレーダビッドソンの『顧客創造』に学ぶ技術者の仕事」〜を参照してください。
(注5)(2)p74.
<参考文献>
(1)「イノベーションと企業家精神」(1985年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)「マネジメント」(1973年)(上)同上。
(3)「ウォルト・ディズニーの成功ルール」(2005年)リッチ・ハミルトン著、箱田忠昭訳、あさ出版


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