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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (22)】

イノベーションできる組織、できない組織(1)
〜新しい価値を生み出せなければ潰れる〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
残念な記事が紙面に踊った。130年の歴史を持つ映像機器大手メーカーのイーストマン・コダックが、ニューヨークの連邦地裁に破産申請を行った。写真フィルムで一時代を築いた老舗企業は、デジタルカメラが普及する市場変化に対応できず、業績の低迷から抜け出せなかったためだと報じている。(日本経済新聞、2012.1.20)

■コダックの失敗

同紙は、さらに業績低迷から抜け出せなかった原因として、20世紀型の米国企業特有の知的財産保護を武器に競争相手(日本企業など)を提訴することでライバル業に重圧をかけるという80年代から90年代にかけての強い米国企業の必勝パターンから抜け出せなかったからだと分析している。つまり自らの経営スタイルを変革(イノベーション)できなかったというのである。世界的に経営環境が厳しい中では、20世紀において一時代を築いた製品やサービスが、21世紀においても安定した経営基盤には成り得ないことを証明して見せた。コダックも典型的な例だといえる。

■イノベーションの定義(その1)

ドラッカーはイノベーションをいくつかの視点から説明している。その一つは、「マネージャーは、社会のニーズを収益が伴う事業機会に変えなければならない。これは、イノベーションの定義でもある。」(注1)というものである。ドラッカーのマネジメントは、経済学や社会学の一面を持っている。経済や社会を発展させる原動力としてのイノベーションを第一の意味としている。これは「創造的破壊」を説いた経済学者シュンペーター(注2)と同じ意見である。ドラッカーの最大の特徴は、イノベーションを生み出す組織に注目して、マネジメントを体系化することに成功したことだ。マネジメントは、事業を顧客の創造に向けて機能させる。と同時にイノベーションを通じて、より良い社会づくりに貢献するのが事業であり、企業の役割である。

■マーケティングがイノベーションを具体化する

ドラッカーは企業家的(事業を新たに起こす社長のつもりになるという)マネジメントのもっとも重要な機能として、マーケティングとイノベーションの二つを挙げている。イノベーションを行うにも、どの分野で、何をもってイノベーションを行うかから検討することになる。これは企業の外部との関係におけるマーケティングである。これだけでは、イノベーションは実現しない。誰が、どのように、何を使って、いつまでにイノベーションを行うかという、企業の内部におけるマーケティングと連携をとって初めてイノベーションが具体化することは、言うまでも無いことだ。マーケティングを行って、仕事の結果の受け手を知り、受け手が価値とするものを知り、受け手が進んで購入する方法によって、製品やサービスや情報を提供する。顧客に相当する受け手は、組織の外部にも内部にもいるのである。

■イノベーションの7つの機会

それでは、マーケティングの視点に立ち、いかにしてイノベーションのきっかけを知ることができるだろうか。ドラッカーは、イノベーションの7つのきっかけを挙げている。(注3)
  1. 予期せぬ成功と失敗:予想や期待を上回った成功、下回った失敗には、イノベーションのきっかけがあるという。プロジェクトが終結したときにレビューを行い、成功と失敗の教訓をまとめるという作業を行うことで、プロジェクトの成功の確率を改善することができるのはこのためである。
  2. ギャップの存在:これには、業績に代表される定量的なものと、認識や価値観、仕事の手順やプロセスなどの定性的なものがある。いずれ場合も、あるべき状態と現実とのギャップ(乖離)や不一致があるとき。これらのギャップや不一致を解消することを考えるときに、イノベーションが生まれやすい。
  3. ニーズの存在:プロセスの不都合、労働力不足、知識不足などが明らかであれば、それを解決するために、プロセスの改善、労働力の補充や強化、従業員の教育やアウトソーシングによる知識の補完などもイノベーションである。
  4. 産業構造の変化:建設業と製造業の就業者数が減りサービス業やその他産業の就業者数の割合が増加している(平成22年国勢調査の結果)など。
  5. 人口構造の変化:例えば少子高齢化の進展(同じ国勢調査の結果から)、日本の65歳以上の人口は、357万4千人(平成17年比13.9%増)、人口に占める割合は、23%であり世界第一位である。
  6. 認識の変化:コップに半分の水が入っている場合、これを「半分入っている」と表現すれば普通のとらえ方だが、「半分空である」と表現すればイノベーションのきっかけをつかむことができると、ドラッカーはいう。原発事故により自然エネルギーへの関心が急増したことは、我が国の国民の認識が変化したからに他ならない。
  7. 新しい知識の利用:新しいことを学びそれを新製品開発に活用する。産学協同研究プロジェクトによる新技術の開発など。

■イノベーションできる組織の特徴

またイノベーションを行う企業として、ドラッカーは、プロクター・アンド・ギャンブル、IBM、3Mなどを挙げており、これらの組織に共通する特徴を説明している。(注4) 下図を見て欲しい。
  1. イノベーションの意味を知っている:変化を機会として受入れる社風ができている。化学や技術そのものではなく価値であり、組織の中ではなく、イノベーションとは組織の外にもたらす変化であることが組織に周知されている。
  2. イノベーションの力学を理解している:イノベーションは、単にアイデアや運によるものではなく、いかなる種類のイノベーションが製品、プロセス、事業、市場となるか、また、成果をもたらしてくれる分野を体系的に探す方法を知っているという。
  3. イノベーションの戦略をもっている:特に成果を生まなくなったものを定期的に体系的な廃棄を行っており、イノベーションの目標を高く持って取組んでいる。
  4. イノベーションのための目標と基準をもっている:イノベーションの活動は、日常の仕事とは別扱いにすることで、イノベーション戦略の3つの要素、機会、リスク、コストを評価できること。またイノベーションの成功率は10%程度であると述べている。
  5. トップマネジメントの果たす役割と姿勢が違う:イノベーションを行う組織となるには、トップマネジメント自身がイノベーションの推進役となる必要がある。
  6. イノベーションのための活動を、日常のマネジメントのための活動から独立させて組織している:イノベーションは、機能とてではなく事業として取組むこと、組織構造は、チーム型組織であることを述べている。

■イノベーションの定義(その2)

注意したいことは、ドラッカーが言うイノベーションは、事業を起こすことだけを言っているわけではない。イノベーションとは、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことにある。(注5)と述べている。この定義に従えば、トヨタ自動車の成功によって欧米に日本企業の経営革新能力として広まった“カイゼン”もイノベーションである。現場における業務改善や創意工夫を積み重ねているからこそ、グローバル経営でも成果を出しているのである。またドラッカーは、イノベーションを行う組織が、これからの時代において主役になると主張してもいる。

■MOTリーダーの役割

イノベーションのうち、業務改善は、職場単位でも取組むことができる。また職場を超え、部門を超えたプロジェクトチームのメンバーやリーダーとして活動することもある。定型化された日常業務で満足していてはいけない。意識して組織の成果とより良い社会づくりに直結するイノベーション活動に取組む必要がある。

<注の説明>
(注1)(1)p67.
(注2)シュンペーター、1883年2月8日、オーストリア・ハンガリー帝国で生まれる。経済学者、企業家のイノベーションによる経済発展を説いた。著書「経済発展の理論」(1912年)が有名、1950年死去の前、彼の病床にドラッカーは父と一緒に見舞いに訪れたことがある。
(注3)(2)pp8-150.
(注4)(3)pp263-296.
(注5)(4)p82.
<参考文献>
(1)「Management:Tasks, Responsibilities, Practices」P. F. Drucker, Harper & Row, Publishers, Inc.
(2)「イノベーションと企業家精神」(1985年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(3)「マネジメント:課題、責任、実践」(1973年)(下)同上。
(4)同上(上)。


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