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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (24)】

マネジメントと社会的責任(1)
〜ISO26000の意義〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
原発事故についての東京電力の社会的責任は、まだ決着がついていない。長引く避難生活、職業を失った経済的苦痛だけではなく生活を破壊された損害は測り知れない。また放射線がおよぼす、現在だけでなく将来への人体や環境汚染に対する社会的な責任は、どうなるのであろうか。「故意であろうとなかろうと、自らが社会に与えるインパクトについては責任がある。これが第一の原則である」(注1)とドラッカーは云う。「想定外の事故であった」という言い訳は、どこまで通用するのであろうか。

■ユニオンカーバイド社のケース

ドラッカーは『マネジメント』(1973年)の中で、1950〜60年代にあった事例を挙げて、社会的責任の原則を説明する。米国の大手化学品メーカーのユニオンカーバイド社が、ビエナという小さな町の雇用対策を掲げて進出した工場をめぐる事例である。当時のトップマネジメントは、採算はギリギリであるが、雇用と云う社会的責任の観点から、ビエナに特殊鋼工場を建設することを決めた。エネルギーには露天掘りの石炭を大量に使用することから、工場設備には当時最新のものを導入し、煙突から出る飛灰を75%除去することで環境負荷の低減を図ったという。1951年に操業を始めた当初は、政治家、政府関係者、教育関係者から、社会的責任の見本かのように称賛を得た。ところが、その10年後、環境意識の高まりもあって、この町の住民は飛灰や煙の苦情を訴えるようになってしまった。1961年には、反公害を訴える市長が当選した。その10年後には、マスコミも手伝いビエナ工場の悪名は全米に広まった。経営陣は言い訳を続けながら操業を続けていたが、結局は工場閉鎖に追い込まれてしまったのである。
ドラッカーは、「不況地帯の慢性的な失業を解消するために経済性の悪い工場の建設を決定したことが、社会的責任に反する無責任な意思決定であった」(注2)と指摘する。徐々に公害問題に対する住民や政治家、社会問題化することに対して、公害対策に必要な設備更新などを行なう経済的な成果を出せなかったのである。その結果、場当たり的な環境対策しか行なうことが出来なかったのである。本業を損なってでも行なおうとした“雇用対策”という社会貢献は結果的に達成できず、環境汚染と云う社会悪を増大させてしまった。

■その後も重大事故を発生させた

ユニオンカーバイド社は、その後もさらに大きな社会的な不祥事を起こす。インドボパールに設立した合弁子会社でそれは起こった。そのボパールの殺虫剤工場から、1984年12月2日から3日の深夜に有毒ガスが漏洩し、地元住民20,000人以上の命を奪ったとされる。現在も訴訟が続いており未解決である。ビエナ工場での教訓は活かされなかったのか。適切な設備を欠き、杜撰な手順、作業が行われていた結果だという。そもそもこの企業のマネジメントは、社会的責任から見たとき、様々な問題を抱えていることは明確である。

■社会的責任なくしてマネジメントはない

ドラッカーが説くマネジメントは、4次元でとらえるところに大きな特徴がある。第一に、組織に特有の成果を挙げること。第二に、仕事を生産的にし、一人ひとりの強みを活かし成果を上げさせること。第三に、社会的な責任を果たしより良い社会づくりに貢献すること。第四に、時間軸で考えること、短期と中期のバランスをとることなどである。
『マネジメント』を書いた1960〜1970年代の初頭は、世界的にも公害問題や環境問題が無視できない社会問題になっていたという背景がある。特に第二次世界大戦後については、政府も人々も企業に社会的な課題を解決するリーダーシップを期待するようになったというのである。その背景としては、生活の質(Quality of Life)について心配できる状態になったことを挙げている。組織は、企業だけでなく、病院や学校などの非営利組織においても、そもそも社会に貢献することによってその存在が許されているというのがドラッカーの考え方である。

■ISO26000に見る社会的責任

組織の社会的責任といえば、2010年11月に発行したISO26000「社会的責任に関する手引」がある。この規格は、ISO9001(品質マネジメントシステム)のように認証を前提とするものではなく、あくまでも手引きでありガイドラインであるところに大きな特徴がある。この規格の目的は、「組織の持続可能な発展への貢献を助けることを意図している」とある。下図を見て欲しい。まず、社会的責任の7原則が目にとまる。

1.説明責任、2.透明性、3.倫理的な行動、4.ステークホルダーの利害の尊重、5.法の支配の尊重、6.国際行動規範の尊重、7.人権の尊重である。政府や行政機関を除く全ての組織を対象にしたこのガイドラインは、これらの7原則を、組織活動に反映させるための具体的な分野として、7つの中核課題(1.組織統治、2.人権、3.労働慣行、4.環境、5.公正な事業慣行、6.消費者課題、7.コミュニティへの参画及び開発)をあげ、組織として取り組むべきことを推奨している。これまで、多くの企業が毎年、CSRレポートや環境報告書を開示してきた。すでにこのガイドラインに沿って、社会的責任に対する自社の方針と活動実績を公開する動きが始まっているのである。


■ISO26000の特徴

この規格の特徴をいくつか挙げてみよう。第一に、マルチステークホルダー(99ヶ国、42機関、470名、経営者団体、商業ネットワーク、労働者団体、市民団体、オブザーバーが参加した)形式で約10年をかけて作成された。7つの中核課題(前述)をはじめとする文章内容については「良き妥協(good compromise)」によるものとされている。第二に、ステークホルダーを選択することから社会的責任に対する自社の仕組み(組織統治)を構築するとしている。第三に、認証を取得するのを前提としたものではなく、あくまでも手引書であり、ガイダンスである。第四に、国家の国際的義務を履行するという主権を行使する政府は、この規格の対象外である。第五に、社会的責任の歴史、関連する国際規格等、キーワード、事例の記述も含まれている。ISO26000は、これまでの社会的責任の歴史と、人が取り組むべき今後の社会的責任の課題が整理されたものとして、歴史的な意義は大きいと考える。

■職業人としての倫理と社会的責任

社会的責任の話は、経済性の論理を超えたモラルや道徳の視点からも語られる。ドラッカーは、古代ギリシャのヒポクラテスの誓い「知りながら害をなすな」を引用して、専門職業人の倫理の大切さを説いている。(注3)原発事故についても専門家の意見は少なくても2つある。原発は危険であるという意見と原発は安全であるという“安全神話”を唱える意見である。ISO26000では、社会的責任の7原則の一つに掲げた「3.倫理的な行動」のことであり、「正直(honesty)」「公平(equity)」「誠実(integrity)」を倫理的行動の価値観にすべきであると云っている。(注4)しかし、医療業界におけるヒポクラテスの誓いほどの厳格さに欠ける感は否めない。社会的責任とは、不祥事の言い訳に使われる言葉ではない。モラルの欠如も同様である。「社会的責任」や「モラル欠如」を唱えたところで、再発防止には、つながらない。大事なことは、ヒポクラテスの誓いが説く倫理観を組織の価値観の中核に据えた上で、社会的責任を経営活動の仕組みとして構築することである。ISO26000も使い方によっては、ドラッカーが目指したより良い組織、より良い社会をつくる道具になり得る。

■MOTリーダーの役割

これまでは、コンプライアンスにしても環境対策にしても、自社のあるいは業界のベストを考えればよかった。しかし、ISO26000が発行されたからには、現在の仕事を社会的責任の視点、それもグローバル基準で見直すべきときが来た。MOTリーダーが学ぶべき分野が、また一つ誕生した。

<注の説明>
(注1)(1)p371.
(注2)(1)p363.
(注3)(1)p430.
(注4)(2)p11.
<参考文献>
(1)「マネジメント」(上)(1973年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)ISO26000「Guidance on social responsibility」(社会的責任に関する手引)



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