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【連載:世界一の品質を取り戻す48】

検証・日本の品質力
国際水ビジネスでも激突する日韓メーカー
−総合力でリードする欧州企業に挑むアジア企業−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

韓国サムスングループが国際水ビジネスに本格参入することが明らかとなった。9月下旬、韓国プサン市で開催された展示会で水処理の中核となる水処理膜を披露し、正式に表明した。サムスンGは子会社で韓国南部のヨスに膜製造工場を建設、早ければ2013年4月から、製品の供給を開始する方針。同グループは水ビジネスの強化を進めている韓国政府の支援を受けて、開発から3年余で事業化にこぎつけたことになる。
経済産業省の試算によると、国際水ビジネス市場において2025年には新興国の急激に拡大する水需要を中心に新たに80兆円の新規需要が生まれると予想している。
サムスンGが参入するのは日本メーカーが最も得意とする排水や下水を浄化する水処理膜の分野。調査会社・富士経済のレポートによると、世界市場での日本の水処理膜シェアは40%強。特に米国市場では50%のシェアを誇っている。旭化成が世界シェア20%を占めており、東レなどがそれに続く。三菱レイヨンは愛知県豊橋市に下水処理設備の小型化・省エネ化の技術開発を進めており、新興国への進出に今後注力する方針。また、農業機械で中国進出を進めているクボタも、三菱レイヨン同様、中国を中心とした海外展開を進めている。日本が最も得意とする海水淡水化に使用する高度水処理膜では東レや日東電工が高い世界シェアを保持し、そのシェアは60%以上と推定されている。
サムスンGは国の支援(補助金・税制優遇など)とウォン安によるコスト安で家電同様、日本メーカー追撃の方針を前面に打ち出している。新興国、発展途上国でのインフラ投資が今後急激に活発化する。その中で水ビジネス市場でも日韓が激突することになる。

1.激化する水資源争奪戦

国際連合によると、地球上の水の97.5%は海水で、淡水は2.5%。淡水の内で人間が利用できる水は0.01%にとどまっている。世界人口は現在70億人だが、飲料水(生活用水を含む)が得られない人が10億人弱(うちアジア5億人)、衛生設備(下廃水・し尿処理)がない環境に置かれている人が約26億人(うちアジア人20億人弱)と推定されている。今後ますます人口増や経済成長などによる飲用・工業用水需要の増加のほか、温暖化による砂漠化などで水不足が深刻化、世界人口の1割以上の約9億人が安全な飲料水を継続して確保・利用できない事態が続くと警告している。
国連の下部機関であるIWMIは深刻化する世界の水不足状況を示しながら次の3点について警鐘を鳴らす。(1)水問題はCO2炭酸ガス問題と同列に扱うべき世界的課題である。(2)飲料水の衛生設備のない人口を半減させるという国連の目標が未達である。(3)水問題は食糧問題、エネルギー問題と一体化して解決すべき世界的課題である―と。
世界の人口は今世紀半ばには100億人を突破する。経済的発展とともに水需要は飛躍的に増大する。かつて、メコン川下流域(東南アジア)は豊富な水の恩恵を受ける水田地帯だったが、中国上流地域にダムが多く造られ、下流域に水が供給されなくなり国際紛争になりかけている。今後、地球上のいたるところで水争奪戦が繰り広げられることが懸念される。その解消に現在のところ最も有益なのが膜技術による造水である。現在、水処理膜市場でトップを走るのが日本(シェア60〜70%)、それに欧米メーカーが続き、近年中国、韓国が相次いで参入してきた。今後、技術革新と併せ、シェア争いも熾烈を極めることになり、目が離せない。また国際水ビジネスは膜技術だけでなく、施設の建設、全体の維持・管理など運営技術全てを包含した総合力の勝負の側面を持つ。その総合力で一日の長があるのが欧州の「水メジャー」である。国際水ビジネス市場での勝負は国の多面的支援も欠かせない。

2.水処理技術と日本の膜技術の強さ

水処理の技術は19世紀初頭の緩速濾過法から始まった。20世紀に入り微生物処理、急速濾過法、蒸発法などが開発され、現在では膜処理技術が主流となっている。海水淡水化プロセスのエネルギー消費量を比較すると膜処理法は蒸発法の5分の1(炭酸ガス排出量換算)で、現在のところ品質、処理速度、省エネ等どの角度から見ても今世紀必須の技術となっている。
では水処理膜の種類にはどんなものがあるのか。分離できる物質の粒子の大きさから順に高度なものまでを並べると、MF(精密濾過)→UF(限外濾過)→NF(ナノ濾過)→RO(逆浸透)となる。
どのような用途で使われるかというと、病原性微生物の除去、下廃水処理、海水淡水の前処理としてMF膜、UF膜が硬水の軟水化、有害物質の除去にはNF膜が、そして超純水の製造、海水の淡水化、廃水の再利用にはRO膜が使われている。
世界の水処理膜のメーカーを見ると、海外勢ではダウ社(米)、Koch(米)、ゼネラルエレクトリック(GE=米)、シーメンス(独)、ノーリット(蘭)、ウンジン化学(韓国)、MOTIMO(中国)などがある。一方これに対抗する日本のメーカーは、主な企業に東レ、日東電工、三菱レーヨン、東洋紡、クボタ、旭化成、ダイセル化学、フラレアクアなどがある。
その中で膜製品別の高いシェアを持つ企業を見ると、MF膜では旭化成とシーメンス、UF膜はGE、NF膜は日東電工、ダウ、RO膜は東レ、日東電工、ダウなどが挙げられる。その発展過程を概観すると欧米メーカーと日本勢には明らかな相違が見られる。それは海外膜メーカーがM&Aによる無機的な成長をしてきたのに対し、日本勢は独自技術を積み上げることによる有機的成長を遂げてきたことが分かる。なお、膜技術によって水とその他物質を分離した後処理の下廃水処理(MBR)装置はほとんどの膜メーカーは手掛けている。

3.東レの水ビジネス海外戦略

前述した通り、膜技術の種類には4種類あるが、後処理装置・MBRまでの5種類をフルラインで展開しているのは世界中で東レの1社である。
現在の同社の売上高は海外が80%を占める。2000年初めグローバル・セールス・チーム(GST)を編成、世界戦略をスタートさせた。特に新興国市場が大きく拡大、拠点数は2006年から飛躍的に増大した(60%増)。世界市場を5つに分け、本社(東レ)が日本、東アジア、豪州を対象エリアとし、(TAS社=シンガポール)がアジアパシフィック全般を、TBMC社(北京)が中国を、TMUS社(サンディエゴ)が北南米全域を、そしてTMEU社(ドバイ)が欧州、中東、アフリカ全域をカバーしている。現在の世界の主な拠点は大型案件では複数会社が分担して事業を推進するので、各々に対する営業活動が必要となる。例えば2009年に稼動したサウジアラビアのシェアバイ海水淡水化プロジェクト(日量15万立方米)では(1)技術アドバイザー(UAE)、(2)事業会社及び運転委託会社(サウジアラビア=KSA社)、(3)投資会社(サウジアラビア=KSA社)、(4)プラント設計・建設(韓国・米国=ドサングループ)など、関係企業は世界にまたがっている。
次に中国における社の水処理事業を紹介する。中国政府は現在、「節能減排」(省エネ・排出削減)「零排放」(ゼロ・エミッション)運動を強力に展開している。これを実現するため温家宝首相は藍星集団(国営)に対して「国家級水処理会社を確立することが急務と指示、この施策から全ての水処理膜を自主開発している東レに合弁会社設立の打診があった。同社はこの要請に応じたもので2009年8月、北京市に藍青東麗膜科技有限公司(TBMC社)を設立した。
中国の水処理市場はRO膜だけでも年率20%以上の成長が見込める巨大マーケット。TBMC社はRO膜を中心に水処理膜のフル生産ラインを確立する。資本金は約35億円(東レ40.1%、東レ子会社の東麗投資有限公司10%、中国藍星集団49.9%)。まず約75億円を投じて北京市郊外にRO膜の製造工場を建設、2011年1月から稼動を開始している。
東レの中国での水処理事業での主な受注案件を見ると、RO海水淡水化が遼寧庄河(日量1万2700トン)、曹妃甸(同5万トン)、河北滄州(同1万8000トン)、青島(同10万トン)、舟山群島(同3万1850トン)、浙江(同3万4600トン)、の6件、RO下廃水再利用が天津TEDA(同3万トン)、天津東郊(同1万2000トン)、広東東莞(同2万5000トン)、寧夏(同10万トン)、の4件、ROかん水淡水化が天津(同1万8000トン)、上海(同1万2000トン)、山西(同2万トン)、山東(同1万2000トン)、雲南東(同2万4000トン)、UF・MF(河川水浄化)が遼寧(同1万4400トン)、承徳(同1万6500トン)の2件などとなっている。
同社の海水淡水化用RO膜の性能は過去5年間でフラックスが1.5倍に、またホウ素除去率が90%から95%(透過率は半減)へ進化している。品質とコスト面では性能向上と量産化効果によってこの10年間造水量で2倍、膜コストは50%減を達成している。
こうした性能(品質)、コスト半減(生産性向上)改善努力が評価され、近年世界各地で受注が相次いでいる。近年受注した大型海水淡水化プラントの上位5件を見てみると、(1)アルジェリア(日量50万トン=2012年3月稼動)、(2)シンガポール(同31万8500トン=2013年予定)、(3)バーレーン(同21万8000トン=2011年稼動)、(4)アルジェリア(同20万トン=2008年稼動)、(5)サウジアラビア(同15万トン=2009年稼動)などとなっている。
わが国は今、国家プロジェクトとして海水淡水化日量100万トンのメガトンプロジェクトを進めているが、同社はこれに対応、また効率的な維持・管理を含む統合型水ビジネスを進めるため、水道機構を自社内に設立、サウジアラビア(合弁)でそのマネジメント力を磨いている。そして2015年には水ビジネス事業の売り上げを1000億円規模に拡大させたい考え。
海水淡水化用逆浸透膜で東レとシェア世界一を争っている日東電工は昨年5月、濾過水量を1.5倍に、塩分除去率で世界最高水準の99.8%を達成した新製品「SWC6 MAX」を市場投入した。逆浸透膜は1960年代に米国で発明されたものだが、同社は70年代から研究を初め、ポリアミド膜に直径5〜6オングストローム(1オングストローム=100億分の1メートル)の穴を開けることに成功、海水の場合3.5%の塩分濃度を0.0075%まで下げられるようにした。同社は90年代から欧米、中東、アジアへの輸出を開始、現在では世界各国で日量570万トン(生活用水2800万トン)を造り出している。新製品は早速、豪州での導入が決まっている。

4.包括水ビジネスで強みを発揮するのが欧米勢

水処理膜技術では圧倒的シェア(60〜70%)を持つ日本勢だが、水道事業や水リサイクルなど総合的水ビジネスで強みを発揮するのが欧米勢だ。
世界の水ビジネス市場は水処理膜など素材が約8000億円、プラント建設が約7兆円、管理・運営が65兆円の合計約73兆円(2010年)となっている。国連などのデータによると、2025年にはこれが素材などが約1兆円、プラント建設が10兆円、管理・運営が100兆円の合計111兆円に拡大すると推定される。圧倒的にウエイトが高いのが維持・管理・運営部門で、この分野は欧米州勢の独壇場である。欧州は古くから自治体が細分化され、そこに貴族が私企業を設立し、水道業に参入してきた歴史があり、加えて植民地の水事業を展開、ノウハウを磨き世界に展開してきた。
こうした中からビッグビジネスが生まれ、現在では「水メジャー」と呼ばれている。その代表的企業が仏のヴェオリアウォーター、同じくスエズ社、英のテムズ社などである。
水メジャーは水道業のほか、下水処理し、その再生水を工業用水に利用、更に浄水し自然に戻す水リサイクルのノウハウ、水道料金の課金から徴収のノウハウ、水道管のメンテナンスノウハウ等々を積み重ね、これを武器にアメリカ、アジア、アフリカに進出している。またこれらのネットワーク化とあらゆるサービスメニューを開発、総合的に行うビジネスに強みを持っており、その結果コスト的にも優位に立っている。
2009年2月、千葉県発注の下水処理場の運営委託入札で日本の荏原製作所グループは水メジャーのヴェオリアに競り負けた。応札価額は荏原Gはヴェオリアよりも安かった。敗因はコスト削減効果や保守管理の技術、環境対策など、県が示した12項目の合格点で下回った結果だった。ヴェオリアの案は電圧など日々のデータ管理を、ノートへの手書きではなく、携帯情報端末(PDA)で行い、精度向上と人員削減を両立させるなど、きめ細かい。荏原の担当者は「発注者の要求を正確につかみ、必要な機能を提案、無駄なことは行わない交渉力はすごい」と敗戦の因を語る。こうした総合力でヴェオリア社は世界64カ国で水事業を展開している。
水メジャーが管理・運営のノウハウを武器に広く世界の市場を席巻してきたのに対し、日本は2002年施行の改正水道法で民間委託が認められるまで、自治体が運営ノウハウを独占してきた。この規制緩和を機に和製水メジャー構想が動き出している。膜技術では世界一の強みに自治体のノウハウの蓄積をどう活かすかその成否がかかっている。


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