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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (27)】

「新しい現実」に相応しい意識改革(2)
〜時代を生き抜くチェンジ・リーダー〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
日本社会の少子高齢化が進む中、定年が65歳に延びる社会が目前に到来した。経済と社会構造の「新しい現実」は確実に起きている。若者だけではなく自分の出番がますます減少すると反発する人々も増えそうだが、ドラッカーは、「急激な構造変化の時代にあっては、生き残れるのは、自ら変化の担い手、チェンジ・リーダーとなる者だけである」(注1)。と云い、その現実的な方法について述べると共にマネジメントを拡充した。

■IT機械が人の仕事を奪う

人が人に仕事を奪われるだけではない。機械によって人は仕事を奪われ、ITを組み込んだ機械によって機械も仕事が奪われる。銀行では1960年代の企業相手から個人相手の市場に事業を拡大する過程において、現金の預け払いという窓口業務を機械化したいという経営課題が明らかになるとともにコンピュータ活用と結びつく。1970年代に登場した銀行のATM(現金自動預け払い機、Automated Teller Machine)は、「新しい現実」に淘汰されることなく未来を切り開いたと云っても良い。21世紀の今日では、店舗を持たない銀行もあるが、このATMとコンピュータネットワークによるオンライン技術が無ければ成立しないビジネスモデルである。生活と社会に根付いたATMのようなITが組み込まれた機械が一般社会に出現したのは、わずか数十年前に過ぎない。

■ファナックから学ぶ「人ができないことをIT機械が行なう」

IT機械すなわち「機械にITを組み込み仕事をさせる」ことは、1950年代から始まった。作業者の技能のバラツキが製作物の品質のバラツキを発生させるのを防ぐためである。コンピュータに機械を数値制御させるNC(Computerized-Numerical-Control)加工が始まったのが、1950年代だと云われている。日本では、ファナック(山梨県)が1956年に民間企業で最初にNC機械を開発したといわれる。同社は、NC機械の開発からスタートし、1974年に自社向けの産業用ロボットを開発した。その後、GM(ゼネラルモーターズ)と合弁会社(GMファナック・ロボテクス、1992年にはファナックの100%子会社となる)を設立、世界最大のロボットメーカーに成長した(注2)。経営成果も目覚しい。24年3月期の連結業績(平成24年3月期決算短信[日本基準](連結)、同社HP)を見ると売上高約5380億円、営業利益約2218億円(売上高対営業利益率41.2%)、経常利益2286億円(同経常利益率42.5%)、また総資産当期純利益率12.3%であり極めて高水準である。
研究開発を経営の中心に置く同社は、従業員の3分の1が研究開発に従事するという。ただひたすら研究開発をしているから同社の業績が伸びたのではない。ファナック学校を運営することで、顧客を育てると同時に教える側の従業員をも育成している。「教えることで最も学ぶ」とは、ドラッカーの言葉である。こうして顧客と従業員の相互教育の場を提供している。さらに、売りっぱなしではない。売った後については、会員制ではあるもののCS24システムと呼ばれる保守技術サービスがある。夜間祝日を含む24時間電話による熟練エンジニアによるサポートであり、装置トラブルや技術相談が受けられる仕組みである。同社の社是にある、創業者の稲葉清右衛門名誉会長(工学博士)による研究開発の基本姿勢には学ぶべきことが書かれている。「技術には歴史がある。しかし、技術者には過去はない、ただ創造あるのみ」は、ドラッカーのマネジメントに通じるところがある。

■コマツが見せるイノベーション

「コマツは自動運転ができる建設機械を開発した。センサー技術などを使い、数センチ単位の精度で掘削、整地といった作業をこなし人の操作を支援する。」(日本経済新聞、2012年7月3日)と報じられた。建設機械で世界2位のコマツは、世界で稼働する26万台の建機にGPS(全地球測位システム)を組込みその稼働状況を遠隔管理するシステムを運用している。同社は、2001年に、この世界初の建機の遠隔管理システムを導入したことで知られている。また2008年には、鉱山での無人走行トラックの実用化に成功している。重機械のショベルカーやブルドーザーを運転するには、高度な技術と熟練が要る。その重機をコンピュータ制御で動かすことで運転する者の熟練が問われない場合や、無人に近い現場も出てくる。そこには、最低限の管理者が居れば良いことになる。

■人の仕事はなくなるのか?

ATMの社会への浸透は、銀行の窓口出納業務という人の仕事を奪ったかに見える。その一方で窓口出納業務のミスをなくし、効率化に貢献し、無店舗での銀行業という新しいビジネスモデルをつくる基盤となった。また、従来の銀行では出来なかった新たな雇用も生み出した。
ファナックのNC加工機、産業用ロボットは、人の仕事を奪った面もある。しかし、銀行のATMと同様に人による従来の仕事の精度や品質をあげることに成功し、新たな職種(研究開発、営業、コンサル、ITサービス、技術サービス、教育など)のニーズがあることを人に知らせる効果がある。コマツの場合、ITを組み込んだ建機などシステムの操作や動作確認用のセンサーの配置など、通常の建機とは違うノウハウについての教育や支援を行なう。さらに、建機の自動操作に必要な無線LANの情報通信環境の構築までも請負うという。ここに新たな職種が生まれると同時に、新たな雇用が生まれている。
このようなITを組み込んだ機械が従来の仕事を奪いつつ、新たな仕事と新たな雇用を生み出す傾向は21世紀も変わらないものと思われる。

■チェンジ・リーダーになるために

ドラッカーは、マネジメントの本であると述べた「明日を支配するもの」の中で、チェンジ・リーダーの条件として以下を挙げている。下の図を見て欲しい。

  1. 体系的に廃棄をすること:あらゆる製品、サービス、プロセス、市場、流通チャネル、顧客、最終用途を点検すること。そのとき、「すでにそのことを行っていなかった場合、今、これを始めるか」を問えという。そして「その答えが、ノーであれば、廃棄に向けて行動せよ」というのである。またこの廃棄については、「今までのやり方を変える」「行っている方法の廃棄」も含めて検討することが大切である。
  2. 継続的に改善をすること:あらゆる製品、サービス、マーケティング、アフターサービス、技術、教育訓練、情報の全ての改善を継続的に目標をきめて行うことが必要である。「継続的改善は、積み重ねによって、活動のすべてを根本的に変える。」とドラッカーは云う(注3)
  3. 成功を追及すること:ドラッカーは、同書の中で月例報告の新しいスタイルを提案している。それは、月例報告の第一ページの前に新しいページを加えて、そこには、「予想以上に上がった成果を列挙せよ」というのである。深刻な問題は真剣にとりあげる必要があるが、あくまで機会に焦点を当てることを強調するのである。さらに、成功の追及を確実に行うには、「一方では機会を列挙し、一方で有能な実力のある人材を列挙し、機会の重要な順に、それらの有能な人材を割り当てていけば良い」とまで書いている。
  4. 体系的なイノベーションを行うこと:組織が必要とするチェンジ・リーダーは一人だけではいけない。組織全体が継続的にイノベーションを行うことができるように体系的かつ組織的に行うことが大切であるという。これには、以下の「7つのイノベーションのきっかけ」に沿って、製品、サービス、プロセス、市場、技術、流通チャネルについてイノベーションにつながるものを探すのである。(1)自組織や競争相手の予期せぬ成功と失敗、(2)生産、流通におけるプロセスや価値観のギャップ、(3)プロセスの課題やニーズ、(4)産業構造や市場構造の変化、(5)人口構造の変化、(6)認識の変化(原発の安全神話が崩れるなどの)、(7)新しい知識の獲得(IPS細胞の発見など)である。
ドラッカーの云うチェンジ・リーダーとは、イノベーションを行う個人と組織を指しているのである(注4)

■MOTリーダーの役割

職場には、さまざまな要求がある。定年延長やメンタルヘルス対策のような労務課題、生産性や品質課題のような業務課題は代表的なものである。ドラッカー「マネジメント」は、PDCAだけでは動かない部下のモチベーションを高め、個人の強みを発揮させることができる上司の働き方を示した。労務課題も業務課題もIT活用にドラッカーのマネジメント哲学を加えることで、新しい解決策を提示してくれるものだと思う。

<注の説明>
(注1)(1)p82.
(注2)ファナックの代表的製品であるスポット溶接用ロボットは、三菱自動車、日産自動車、本田技研工業、スズキ、ルノーなどの自動車メーカーだけでも多くの納入実績を有する。
(注3)(1)p92.
(注4)「変化はコントロールできない。できることは、その先頭にたつことだけである」(1)p82.
<参考文献>
(1)「明日を支配するもの」(1999年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。)



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