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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (30)】

マネジメントのスキルとは
〜技術部門、製造部門の職場管理者がもつべき技能〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
MOTリーダーを育成するには、財務管理をはじめとする経営管理手法を教えることが、一般的に用いられる。これ自体は、間違いではない。経営分析や財務分析、マーケティングや生産管理、品質保証に関する技能(それに必要な知識を含む)も当然必要とされることは言うまでもない。しかし、MOTの示す「M」がManagementを示す「M」であることを忘れてはならない。ドラッカーは、『現代の経営』(1954年)、『マネジメント』(1973年)を通じて、マネジメントを体系的に整理し学習可能な「働き方(規範)」とした。

■マネジメントの4つの技能分野

成功した経営者をどう分析するか。生まれながらの天才も中にはいる。ドラッカーは、マネジメントは、生まれつきというよりは、後天的に身に付けることが出来る技能の実践によって造られるものだと説いた。そうしてマネジメントが身につけるべき4つの技能分野を挙げた。それは、1)効果的な意志決定、2)組織内外のコミュニケーション、3)測定と管理手段の使い方、4)分析ツールなど経営科学(マネジメント・サイエンス)である。下図を見て欲しい。

■意志決定の技能

『マネジメント』の中で、マネジメントが行うことは多数あるが、意志決定を行うのはマネジメントだけであるという。(注1)ここで、ドラッカーは日本の意志決定を体系的な方法論として紹介している。欧米では、意志決定を問題に対する答えに集中するのに対して、日本では、問題を明らかにすることに重きが置かれており、コンセンサスの形成に努力を注ぐという。いわゆる「根回し」と呼ぶものの一つの姿である。こうして決定された組織の意志は、決定後すみやかに実行されることが多い。これに対して、欧米の意志決定の場合は、決定後にその決定を売り込み実行させなければならないという。ドラッカーは、日本流の意志決定の要点を以下のように述べている。
  1. 何についての決定か、答えを出すことでなく問題を明確にすることに集中する。
  2. 異なる意見を出させる。コンセンサスを得るまで、答えについての議論はしない。
  3. 正しい解決策ではなく、複数の代替案に焦点を置く。
  4. 何の地位の誰が信頼できる意志決定を行うべきかに焦点を置く。
  5. 意志決定の売込みをなくす。意志決定プロセスの中に有効な施策を組み込んでおく。
注目すべきは、この日本流の意志決定プロセスが、効果的な意志決定の本質(essentials)だと述べている。(注2)

■コミュニケーションの技能

多くの人はコミュニケーションとは、相手の理解と説得に使う人間関係の道具であると、考えているのではないだろうか。つまりコミュニケーションを発する側に焦点を当てている。しかし、ドラッカーは逆である。仏教の禅僧にも伝わる教えとして「無人の山中で木が倒れたとき音はするか」との問いがある。答えは「否」であるというのだ。(注3)人が聞かなければただの「音波」があるだけであり、人が聞く「音」、人が知覚しなければ「音」ではないというのである。コミュニケーションは、受け手がむしろ主体である。そして、ドラッカーは、コミュニケーションの特質を以下のように説くのである。(注4)
  1. コミュニケーションとは「知覚」(perception)である。
    人は知覚できるものしか知覚できないし、知覚の範囲を超えるものは知覚できない。従ってコミュニケーションを成立させるには、受け手に何が見え、それは何故であるかを知らなければならないという。
  2. コミュニケーションとは「期待」(expectation)である。
    我々は期待しているものを見、期待しているものを聞くという。期待していないものに対して反発する。さらに、期待していないものを知覚すること、期待するものを知覚できないことには反発するという。
  3. コミュニケーションとは「要求」(demand)である。
    コミュニケーションは常に宣伝であるという。コミュニケーションを発する者は受け手に何かを伝えようとし、何かを要求する。この要求が受け手の価値観、欲求、目的に合致したときには強力になるが、合致しないときにはまったく受け入れられないか抵抗される。
  4. コミュニケーションと「情報」(information)とは異なる。
    コミュニケーションと情報とは別のものだが、互いに依存関係にあるとドラッカーはいう。情報はコミュニケーションなくして存在しない、情報とは記号であるという。コミュニケーションの成立には、記号の意味が事前に互いに認識されていなければならない。
ドラッカーのコミュニケーションについての考え方は、あくまで「受け手」に焦点が当たっている。受け手から発するコミュニケーションこそ組織造りの基本であることを再認識させられる。そのためのやり方が、自己目標管理(注5)だというのである。

■管理手段の技能

ドラッカーは「マネジメント=(イコール)PDCAである」という立場はとらない。多くの人がいわゆる「PDCA」を「管理」と誤解しているのは残念なことである。ドラッカーの説いたマネジメントは、「マネージャーの5つの基本的な仕事」(注6)にあるように、(1)目標を決める(Objectives)、(2)組織する(Organize)、(3)動機付け(Motivate)、(4)測定する(Measurement)、(5)人材開発(相互成長)する(Develop)であり、英語の頭文字をとると「OOMMD」となる。誰でも人間は機械と同じだとは思っていないはずだが、何故か、管理を口にすると人間を機械と同じように見て、機械を動かすように人間を働かせようとする、その典型例が「部下をPDCAで回す」という決まり文句になる。
ドラッカーは人間を機械と同じだとは思っていない。「管理手段を用いた方向付けは、一人ひとりの人間の動機づけにつながらなければならない。」(注7)としたが故に、自己目標管理のように部下の自発的・自主的な目標設定の方法や「マネージャーの5つの基本的な仕事」をマネジメントの体系に組み込んだのである。その中で、管理手段の3つの特徴を以下のように挙げた。(注8)
  1. 管理手段は客観的にも中立にもなり得ない。
    複雑な知覚の世界である人間組織のデータをとる行為は、主観的であり偏りが生じてしまう。データをとるという行為が何らかの価値を生み出し他人に影響を及ぼすことになるからである。従って、何のデータをとるかが大事になるとドラッカーは云う。
  2. 管理手段は成果に焦点を合わせなければならない。
    組織の内部にはコストが存在しているに過ぎず、企業に利益をもたらす顧客が存在する外部のデータを得ることが重要である。外部のデータとは、その組織が外部に提供した結果であり、何らかの価値である。管理手段はこの結果が受け手の期待する価値と合致したか、つまり成果に成り得たかに焦点を当てることが大事であるとドラッカーは述べている。
  3. 管理手段は定量化できるものだけではなく定量化できないものにも必要である。
    人材育成に関するデータや優秀な人材をつなぎとめたりするためのデータは、定量化できにくいことがわかっている。ドラッカーは減価償却のように観念的なものでも測定が可能であるという。むしろデータ化できないものを考えることが大事であるとまで云うのである。欠勤率、病欠率、離職率、事故件数なども組織と人の状況を知る手がかりになる。

■経営科学(マネジメント・サイエンス)の技能

経営活動を行う場合、闇雲に行動して良い結果が得られるはずもない。行動した結果を客観的に分析して、次回のより良い経営活動につなげることは、職業人としての働く基本姿勢である。ドラッカーは、イタリアのルネサンス期に複式簿記を発明した人物が、経営科学の世界最初の人だと云う。(注9)経営科学という言葉が生まれたのは第二次世界大戦後のことであり、コンピュータがマネジメントを不要にすると信じられていたように、自分たちがマネジメントの意志決定を行うと考えていたのが経営科学者だったという。現代では、コンピュータが経営上の意志決定を行い、財務分析などの経営分析データに基づいて経営をすれば良いなどと考える人を探すのは困難である。結局、経営科学は道具(ツール)の一つに過ぎない。MOTリーダーの分野では、品質管理の7つ道具が代表的なものであると言えよう。品質管理の7つ道具で得られる科学的分析データで行うことができる意志決定は、経営上のほん一部分に過ぎない。
ドラッカーは、「企業とは、共同の事業に対して自らの知識、スキル、心身を投ずる人たちからなる高度のシステムだということである。」(注10)経営科学が役に立たないなどと言っているのではなく、「マネジメントが経営科学を活用するという責任を果たしていない」のであり、「経営科学の強みは問題を提起することにあり、解答を出すべきなのはマネジメントである」と述べている。(注11)

■MOTリーダーの役割

財務管理など経営管理手法は、ドラッカーが云う「測定と管理手段」「マネジメント・サイエンス」はある程度、机上でも習得可能である。しかし、「意志決定」や「コミュニケーション」も含めて4つの技能は、マネジメントとしての実践を通じて修得するべきだとドラッカーは述べている。
<注の説明>
(注1)(1)pp113-121.
(注2)(2)p470.
(注3)(2)p142.
(注4)(2)pp140-157.
(注5)(2)p156.
(注6)(2)pp26-29.
(注7)(2)p158.
(注8)(2)pp159-164.
(注9)(2)p175.
(注10)(2)p178.
(注11)(2)pp186-189.
<参考文献>
(1)『マネジメント』(中)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)『Management: Tasks, Responsibilities, Practices』(Peter F. Drucker. Harper & Row, Publishers Inc.)



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