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【連載:技術者倫理入門 (3)】

倫理的判断を求められる問題を解決する手法

安藤 正博  
技術士(機械/電気電子/総合技術監理部門)  
 
本連載の「技術者倫理入門(2)」で、わが国の工学系高等教育機関における「技術者倫理」の学習目的の一つには、技術者として有意義な人生を過ごすための学習であると述べました。有意義で、かつ楽しい人生を過ごすには技術者として倫理的判断を求められる問題を解決することが不可欠となります。そのなかの一つを今回の技術者倫理入門(3)で紹介します。先人が今までに経験した結果を整理し、取りまとめて定形化した解決法で、これには多様な手法がありますが、そのなかで最も典型的な三つの手法について解説します。

1.二者択一的な問題を解決する手法(二分法)

「善か悪か」「白か黒か」「大か小か」という二者択一で判断できる問題の解決手法を二分法または二分観と称しています。これらは互いに相対する概念で、図-1の上部に示すように、両者間では明らかに不連続です。この二分法は倫理的判断を求められる問題のなかで、法律的に深く関係する問題を解決する場合に有効な手法となります。例えば、「自身が経営者で会社の業績の良し悪しを公表する前に自社株を買うことはインサイダー取引になるか」といった判断を下すときは、二分法で解決することができます。しかし、同じ法律的に深く関係する問題であっても、独占禁止法における「談合問題」は、簡単に二分法で判断することが難しい場合があります。「こういうことを業者間で話し合うのは談合と受け取られることはないか」というように、業界の会合ひとつにしても、十分に確信を持って判断しにくい場合が数々あります。このように、ただちに「善か悪か」の判断できにくい問題が、つぎの手法「線引き問題」なのです。

図-1 二分観とスペクトル観(参考文献のP176)

2.線引き問題を解決する手法(決疑論)

倫理的判断を求める問題が1本のスペクトル上にあるとすると「正しい行為」と「不正な行為」が明確に二分される場合は二分法で解決することが可能で、これらは不連続な関係にあることは前述しました。しかし、自身が直面する問題解決に確信が持てず、明らかに正しいか、不正なのか判断できない問題もあります。
図−1、下部の連続スペクトル観は倫理的な善悪問題を白(善)から黒(悪)の間のいずれかにあることを示しています。一方の右端には明らかに正しい行為(白)があり、もう一左端には明らかに不正な行為(悪)があります。この両端に近いところの行為なら判断に悩むことはありません。しかし、自身の行為が中間にあって、正しいのか、不正なのか判断に確信が持てない場合が多くあります。こういったとき、確信を持って判断する解決法が「決疑論」で、古くから哲学の領域で知られている手法です。
この線引き問題を具体的事例により解説します。この事例は末尾に記載した参考文献の177ページの例をベースに引用しています。
「盗みをしてはならない」という規範の下、C1からC5までの疑問事例を記述します。
C1:店に押し入り、100万円の商品を持ち去る
C2:鍵をかけ忘れた自転車を持ち去る
C3:会社Aで開発した技術を、会社Bに移ってから使用する
C4:友人から借りた本を自分のものにする
C5:使いかけた消しゴムを借りたまま返さない
これらの事柄を図−1 下部のスペクトル上に置いてみると図−2に示すようになります。
「盗みをしてはならない」という前提をベースに、模範事例(C1とC5)を図−2の両端に置きます。その間に、疑問事例C2、C3、C4を模範事例と比較して図−2に配置し、その後、C2とC3の間に線(a)を引くか、C3とC4の間に線(b)を引くか、このどちらかを決めます。すなわち「線引き問題」を解決するには模範的な事例と比較し、判断することが最良とされています。

図-2 線引き問題を解決する決疑論の方法(参考文献のP176)
上記の事例では、議論の余地のない明らかに「盗み」ではない事例(肯定的な模範事例)を線引きの一方の端(図−2の右側)に置き、その反対側(図−2の左側)に議論の余地がなく、倫理的に許されない事例(否定的な模範事例)を置きます。その中間部は議論の余地がある疑問事例となります。
そこで、検論しようとする事例(図−2のC2、C3、C4)と模範事例とを比較し、どこに位置するかを判定します。これが決疑論です。
私たちは白黒、強弱、大小など二分法に親しんで育っています。「白」と「黒」の間には「灰色」の段階があるはずなのに「白か黒か」という問題提起をしたり、「白でなければ黒」という二者択一の判断をしがちです。事実に即して灰色の確認を観察する習慣を身につけなければ、白か黒かハッキリしない問題に直面すると、どのようにして解決してよいのか分らなくなります。また、技術者として会社などの組織に属していると、この灰色の事例が大半を占めていることが分ります。
したがって、「技術者倫理」を学習するなかで、スペクトル観と決疑論はあらゆる事象に濃淡の段階があるという見方を教えてくれます。
ここで、「線引き問題」の解決方法について整理してみます。この問題の解決には明らかに倫理的に問題となる事柄の一端と、逆に問題とされない事柄の一端から、徐々に二つの事柄が曖昧になるところまで比較検討し、その間、どこに倫理と非倫理の線引きを行うかを判断していく手法が最も有効となります。この典型的な方法として決疑論があり、目の前のテーマ(前提条件)に対して、参考にすべき事例と比較しながら、線引きの場所を決定していく方法です。

3.相反問題の解決法

売る人と買う人は、一方の利益が増えれば他方の利益が減るという利益が対立する関係にあります。すなわち、利益相反問題は二つの相反する行為の間で、どちらにするか天秤にかけて選択する方法です。利益相反問題を解決する手法としては功利主義(注1)という考え方があり、その方法として費用対便益分析(注2)があります。
広義な意味に捉えて換言すれば二つ以上で相反する倫理上の責務の間や、相反する行動の間で、いずれかに選択を迫られる場合、どのように対処すればよいのかという問題です。相反問題において、解決するいくつかの選択肢がある場合は線引き問題として解決できます。その関係を図−3に示します。

図-3 倫理問題の2つのタイプ(参考文献のP175)

相反問題は「板ばさみ」や「二律背反」の状況に追い込まれることで、利害の相反と責任の相反があります。相反とは利害が相反すること、すなわち、利害が同時に成立しない二律背反のトレードオフの関係で、どちらにウエイトを置くか、どちらに優先順位をつけるかという葛藤問題です。この解決方法は図−3に示すように多数の選択肢を列挙した上、線引き問題として段階的な比較判断による決疑論的な解決法、または、創造的中道法(注3)による解決法があります。

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月

注1 功利主義は、倫理問題を解決すると考えられる方法がいくつか見つかった場合、そのなかで最大多数の最大幸福を実現する方法を選択する考え方です。そのため、功利主義は福利主義とも呼ばれ、その方法として費用対便益があります。
注2 費用対便益は、まず、利用可能な選択肢を決めることから始まります。また、最大多数の最大幸福を考慮するため、対象者を決定しなければなりません。影響される対象が決まったら、それにかかる費用と効果を決定します。その結果をベースに、最大の利益をもたらす選択肢を決めます。
注3 創造的中道法は、二つの倫理的要求を同時に満足できないとき、二つの要求を入れて解決できるような「第3の道」すなわち「真ん中に道をつくる」ことで相反問題を解決する手法の一つです。

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