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【連載:世界一の品質を取り戻す52】

検証・日本の品質力
成長の鍵を握る半導体開発力
−衰退の要因から見えてくる次の一手−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

日本の半導体産業は2013年(暦年ベース)総売上高で対前年比3%強の増加を達成したが、これは円安効果によるもの、低落傾向に歯止めがかかったとはいえない状況にある。
その証拠に日の丸半導体の中核企業と再結成(2010年ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスが経営統合)したルネサスエレクトロニクスがこのほど第4次のリストラ案を発表、依然苦境が続いていることが明らかとなった。同社はこれまで8期連続の最終赤字が続いており、12年末に政府系ファンドの産業革新機構、トヨタ自動車、パナソニックなど大口顧客8社を引き受け先とする第三者割当増資を実施、産業革新機構が主導して再建を目指している。しかし採算はいまだ好転せず15年末までに5400名の追加リストラを実施せざるを得ない苦境にあえいでいる。
同社はピーク時世界で4万8000名の従業員が存在したが、4度のリストラで約1万5000名まで削減されることになる。一方DRAMに特化した半導体会社として設立されたエルピーダメモリは韓国勢にシェアを奪われ経営悪化。昨年米半導体大手のマイクロン・テクノロジーの出資を受けて完全子会社として再生の道を歩んでいる。マイクロン社は今年2月末にエルピーダの社名を「マイクロンメモリジャパン」に変更。広島工場をモバイルDRAMの先端工場と位置付け、携帯電話用DRAMで首位を独走するサムスン電子を追撃する体制を日米共同して整える方針を打ち出している。DRAMの世界シェア(米国IHSグローバル調べ)はサムスン電子(韓国)が36.9%で首位、2位がSKハイニックス(韓国)で27.8%、第3位がマイクロン(米・エルピーダ含む)で27.5%、第4位が南亜科技(台湾)の3.8%と続いている。マイクロンは14年8月期、前年比2倍の約3200億円の大胆な設備投資を計画、その半分を日本と台湾のエルピーダに投入。特に微細加工に優れた広島工場では回路の線幅20ナノメートルのメモリーの量産化に投資する。技術的には現在25ナノメートルが最高微細。サムスンは20ナノメートル台前半が最新、エルピーダはこれを上回ることになる。また微細化で1枚のウエハーから取れるメモリーの数は20%以上増加する。メモリーの消費電力を10%改善する。スマホ端末メーカーにとって電池の長持ちは焦点のひとつ。エルピーダはこの最先端DRAMを競争力を高める。DRAM市場は現在、スマホとタブレット端末が牽引、価格はこの1年間で2倍に上昇、需給が逼迫している。エルピーダは技術と円安効果でシェア奪取を目論む。併せて記憶素子を何層も重ねて記憶容量を飛躍的に増やした3次元のNAND型メモリーの量産化も今年中に開始する計画を打ち出している。
一方、フラッシュメモリー(データの読み書きが高速でできる半導体)で世界シェア2位の東芝は主力生産拠点である四日市工場(三重県)の生産能力を今年約1000億円かけて増強する。電機大手のこうした大型投資は久方振りで注目を集めそうだ。このメモリーは3次元半導体と呼ばれるもので、従来の半導体は板状一層だったが、複数の層を積み重ねることで記憶容量を飛躍的に向上させることができる。先行するサムスン電子しかりSKハイニックスなど韓国勢もこの3次元半導体の量産技術は確立していない。
従来縮み指向だった日本の半導体産業は、最近の円安効果もあってまだまだ模様ながら好転の兆しが見え始めている。ここをチャンスと捕らえ反転攻勢に出るかはその戦略次第だが、ここではなぜ日本の半導体産業が衰退の一途をたどったのか、その要因と今後の復活の処方箋の一端を探ってみることにする。

1.日本の半導体産業衰退の3つの構造的要因

半導体は“産業の米”といわれ、日本の半導体技術は1980年代末まで世界をリードしてきた。特に電機、電子機器に大量に使われるDRAMはシリコンサイクルと呼ばれ、2〜3年の間隔で集積度を増してきた。この倍々ゲームの開発と量産技術(品質力向上)を両面から支えたのが日本の技術力であった。しかし1990年代に入って集積度もギガの時代となりピークを向かえ韓国、台湾などのメーカーのキャッチアップが可能となり、日本の優位性が消滅してしまった。同時に発生したのが急激な円高。特に世界の優秀な製造装置を買い揃えた韓国勢はウォン安の追い風もあって次々と日本勢をシェアで追い抜いていった。90年代後半になると日本勢はシェア低下、円高で巨額の赤字を抱えるようになる。
この結果日本の半導体メーカーはDRAMからの撤退を決断し、システムLSIへと経営の舵を切った。しかしシステムLSIに経営リソースを傾斜投入していながらシステムLSI事業は不振が続き、売上縮小、収益悪化、リストラの繰り返し、いわゆる「負のスパイラル」で衰退の道を転げ落ちていった。
ではなぜ1社だけでなく日本の半導体メーカー全てが歩調を揃えるように衰退の道を歩んでしまったのか、その要因を探るといくつかの戦略・構造的欠陥、失敗が見えてくる。
その第一が企画・開発・設計専門で、生産は他に依頼するファブレス会社と、製造専業のファウンドリーメーカーの台頭による設計と製造の分業化に対応できなかったことに起因する。分業を可能にしたのがアナログからデジタルへのパラダイムシフトである。日本のメーカーはタッチの差で乗り遅れた。アナログでは設計と製造に微妙な差が出るためチューニングが不可欠となり、両者の摺り合わせの連携が必要となる。
デジタル化ではその必要がなくなり、設計と製造の分業化を急速に促した。日本のメーカーはアナログ型の摺り合わせ技術で世界シェアダントツ(ピーク時80%以上)、世界最高品質、世界最先端の技術維持を実現してきた。そのためにはIDM(Integrated Device Manufacture)型企業、つまり設計と製造部門を併せ持つ統合型企業として発展せざるを得なかった。デジタル時代の今日ではIDM型経営よりも、ファブレス、ファウンドリーメーカー型経営の方が優れたビジネスモデルであるというのが定説になっている。
1990年代から雨後の筍の様に誕生したファブレス企業(代表例:クアルコム、ブロードコム、メディアテック、NVIDIA社など)や積極投資で名を馳せたファウンドリーメーカーのTSMC社などにIMD型日本半導体メーカーを次々とシェアを奪われていった。米国でも同様の現象が起きている。一時名を馳せたIDM型のインテル、TIなどはファブレスに侵食され存在感を薄くしている。
デジタル化の進展はSOC(System or a Chip)業界の産業構造をモジュラー型に変化させた。1990年代、LSIの性能向上によって画像データをデジタル処理出来る様になり、モジュラー型の急転を見せた。その結果分業を急速に促した。世界的な分業化の波はSOC市場においてASIC(Application Specific IC)からASSP(Application Specific Standard Product)へのシフトも引き起こした。マーケットが大きくASSPにシフトしているにもかかわらず、日本メーカーはASIC型開発体制からASSP開発体制へのスムーズな移行が出来ず大きく遅れを取ったことも衰退の要因となっている。
これら分業化、モジュラー化への対応の遅れの根本原因を日本産業全体の自前主義に求める声が強い。グループ企業、古くからの取引先(顧客)、下請構造など濃密な関係を生かして摺り合わせの技術を磨いてきたが、世界に目を向けた場合フレキシブルで大胆な構造転換が必要になる。たとえば半導体メーカーがアプリケーション開発する場合、セットメーカーからの要望に従い、開発費を負担してもらいながら開発を進める。そうするとこのプロジェクトに集中することになり、グローバルの開発動向、市場動向へのチェックがおろそかになるという欠点も露呈することになる。こうしたことが積み重なりパラダイムシフトへの転換の遅れにつながったのではないか。
もう1点、日本のマーケティング力の弱さを指摘しておきたい。日本では営業マンがマーヶターの役割を兼任するのが一般的だが、マーケティング本来の機能は市場、顧客のニーズを深く理解し、早くスムーズに製品・サービスに組み込みアウトプットするのに繋げるのが役割。サムスン電子には1000人規模の戦略マーケティング部門があり、約250名の専任マーケターが世界各地に赴任し地道な動向探査を行っている。
米ハーバード大ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏の著書に「イノベーションのジレンマ」がある。人も地域社会も企業も産業も、そして国さえも“変化”を嫌う。イノベーションのジレンマとは世界のトップ企業が既存顧客の要求に忠実に応えるあまり、機能、性能、品質は劣るが、「安い、小さい、使いやすい、丈夫」などの基本的特徴を持った破壊的技術に瞬く間に駆逐される現象のことである。それを求めるコンシューマーが新興国のボリュームゾーンの人たちであった。マーケットは絶えず変化している。また大小を問わずパラダイムシフトに早く安く対応しなければどんな世界トップ企業でも転落していくのである。

2.生き残りの鍵を握る3つのターゲット

苦境にあえぐ日本の半導体産業ではあるが、まだ強い競争力を残している機能に製造領域、高度な摺り合わせ(インテグレーション)技術、持続的技術向上が求められる領域の3分野がある。ここでは先行き技術的向上の余地が存在する産業領域について3分野に焦点を絞って検証してみたい。
薄型テレビ、スマホ、パソコンなどIT機器は技術的ピークに近づいているが、まだ持続的技術向上が要求される産業領域(アプリケーション)に自動車産業、医療機器産業、ロボット産業、省エネ産業などがある。あるシンクタンクの予測によると、車載用半導体市場は世界で230億ドル程度だが、今後2015年には300億ドル弱、2020年には400億ドル強と順調に拡大していくと見ている。車産業は今後人口増による拡大ばかりでなく、車本体のIT化が著しく普及すると見ているからである。車搭載の半導体個数は増加の一途を辿っており、車載用マイコンは普通車で10個以上、ミドルクラスから高級車で40〜50個に拡大しており、メーカーによってはタブレット端末クラスのタッチパネルを搭載した車も普及し始めている。今後ハイブリット車、電気自動車、燃料電池車(2015年本格量産開始)の普及、高度安全対策車(障害物に対する自動停止装置など)への取り組み等により、マイコンの搭載個数の増大、センサー半導体技術の向上、パワー半導体もモーターやECVの搭載数増加により市場が急拡大している。加えてガソリン車では搭載されていない高耐圧パワーモジュールも搭載が進んでいる。
今後の急拡大が見込める成長産業の代表例に医療機器産業がある。世界の医療機器市場の規模は2012年で約3000億ドル強と推定されている。今後の人口増加や先進国の高齢化、新興国の医療施設の高度化などの需要増から今後も当面年率5%強以上で進展するものと見込まれている。日本にはオリンパスの内視鏡など世界的シェアを誇る製品をはじめ、CT、MRIなど高度医療機器の普及で、日本の医療機器産業は世界トップクラスの国際競争力があるとイメージされているが、医療機器全体の貿易収支(2012年)を見ると約5800億円の赤字となっている。医療品と同様医療機器でも米国の後塵を排しているのが現状だ。
医療機器産業の現在の市場規模は30兆円。医療産業全体では20年以内に150兆円に達すると予想され、現在のIT産業全体の120兆円を軽く凌駕する。ソニーはこのほどオリンパスに500億円出資することを決めた。今後同社は画像処理と無線通信の技術を生かし、より小型のカプセル型内視鏡の技術開発を進めるものと思われている。先端部分にLEDが付いており全体を制御するためにマイコンやASICも搭載されている。体内撮影のためにCMOSセンサーも採用されている。つまりカプセル型内視鏡は半導体そのものであるということになる。ソニーは最先端CMOSセンサーの分野でトップシェアにある。これに有機ELという新型ディスプレイの技術を活用し、この内視鏡をメディカル分野の成長エンジンに据えようとし、加えてこれをモノづくり復活の柱と位置付けている。
世界の電機産業は踊り場を迎えている。パナソニックも東芝も、キヤノン、エプソン、日立、三菱電機など日本を代表するエレクトロニクスメーカーが雪崩れを打ってメディカル機器産業に参入、今後経営リソースを大幅に投入することは間違いない。国もこのたび日本NIH(国立衛生研究所)を設立、今年度中に「国立医療研究機構」を官民300名規模の研究スタッフで、先行する米国の医療技術のキャッチアップに努める方針。高度機器開発のキーデバイスとなるのが半導体であることは間違いない。
ロボットと医療機器は密接に融合している。2000年初め、R3(アールキューブ)の研究が進み、遠隔操作医療ロボットの研究が進んだ。産業用ロボットでは技術、普及度ではトップクラスにあるが、災害用ロボットやヒューマノイドでは激しい競争を繰り返している。災害大国・日本が災害時の人命救助や福祉ロボットの開発で世界をリードしなければならない。

3.日の丸半導体復活の新技術

日本の半導体産業は変化対応の遅れから量的(シェア拡大)には失敗したが質的に劣っているわけではない。その証拠となるのが半導体製造装置メーカーの活躍である。露光装置、ドライエッチング、洗浄乾燥装置、ウエハー検査装置、スパッタリング、コータデベロッパー、CMD、そして最終検査装置までどの分野をとっても日本の製造装置が世界で活躍している。
半導体はすでに小型化する技術は限界に達しつつある。反面消費電力は増大している。日本は従来の省エネ技術を生かし、消費電力は少ない上にデータを何度書き込んでも壊れにくい特徴を持つ半導体の開発に注力している。そして今後開発される新型半導体は従来とは違う技術によって日本は再び競争優位に立てるはずである。


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