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【新連載:古典に学ぶビジネスの要諦(2)】

情報は正しく把握、活用してこそ意味がある
       −項羽VS劉邦−

銀鈴舎 仲原一也  
 

 前回は「当たり前のことが当たり前に」できることの意味を解説した。トヨタ生の人づくりの根幹とも言える。今回は情報伝達の正確さを解説したい。トヨタ生産方式と言えばジャストインタイムとカンバン、それらを機能させるツールとして「目で見る管理」が挙げられる。今回は「目で見る」「音で聞く」情報の大切さを考える。

●ふるさとの歌が聞こえる

 「力は山を抜き」(権勢は山をも移動させるほど)と自らがいうほどの覇王・項羽が垓下(がいか・現在の中国安徽省蚌埠市固鎮県)に追い詰められたのは紀元前202年。西の覇王とも呼ばれ、皇帝の座も近いとされた項羽を天は見放したとも言える。武器も食糧も不足した項羽は物資、兵力ともに圧倒する敵に対して籠城作戦を取るしかなかった。
 包囲軍は後に漢の皇帝となる劉邦。その兵力30万に対してここまで従ってきた項羽軍は10万。知将であり、思慮深い劉邦は考える。「このまままともにぶつかれば、兵の損害は大きく、戦乱の結果、庶民の暮らしも破壊される」。
 農民出身の劉邦は兵の痛みも分かれば、占領されるつらさや戦乱による被害もわかっている。そこで、心理作戦に出た。夜になって、城を囲む自軍の兵に項羽のふるさとである楚の国の歌を歌わせたのである。
 これを城内で聞いた項羽率いる楚軍。自らを攻める兵にふるさとの出身者がいるということは、そこまで墜ちて敵の手に渡ったか・・・という思いに満たされた。当時は占領した地域の住民を奴隷や兵として徴用するのは当然であるから、この判断もあながち間違っているというものでもない。
 また、下級兵士は自らの意志で参戦しているのではない。無理やり連れて来られ、戦わされている状況である。勝ち戦であれば報償もあるが、現在の状況では命の保証さえない。敗戦の色濃くなれば軍規どころではなくなる。脱走や敵方への逃亡、故郷へ帰ってしまうものも現れている。厭戦気分は一度に広がり、歌により故郷への想いが募る。
 しかも、これに追い討ちをかけるように「降伏してきたものは許す。故郷へ帰るもよいし、わが軍に参加してもよい」と劉邦は触れ回らせた。武器を捨てた兵士が城門を出るのを劉邦軍は黙って通した。人心掌握術にたけていた劉邦のことだ。食うや食わずだった兵に一食くらい提供、「人の心が分かる人だ。この人をリーダーにしよう」と思わせたかもしれない。
 かたや項羽軍。城から出て行く兵士を止める術もなく、最後には800騎となってしまった。30万に対して800騎。項羽は強行突破するが、烏江(うこう)ほとりで自らの運命を悟り、旧知の兵にその首を上げさせる。

●情報の入れ方・見せ方に工夫を

 敗因の一つは戦力を低下させた「楚の歌」にある。
 いまではこの故事にならい、敵ばかり、味方をしてくれるはずのところまでが敵になっている状況を四面楚歌というが、これをビジネスの場に置き換えてみれば、情報の正しい取得方法を考える寓話だとも言える。もし、楚の歌が敵の術であると知っていれば・・・。もし、敵の情報を先に得て、降伏してきた兵士はその場で死刑にされてしまうから、絶対に出て行くなと周知徹底させていれば・・・。歴史に「もし」はないが、違う結果が出ていたのかもしれない。
 ビジネスでも同様、情報を正しく得るというのは非常に大切なのである。また、その情報を活用することも重要である。
 たとえば、ラインで部品供給が必要だ、何らかのトラブルが発生したという情報をどのように得るか。また、設計変更や仕様変更をいかにわかるように伝えていくか。
 「えー、聞いていなかった」「知らなかった」というミスや連絡の欠如によるロスがいかに多いことか。
 逆にそのシステムづくりがモノづくり、組織づくりをいかにスムーズに進めるかのポイントになる。
 劉邦は「歌」というきわめて伝達性の高い手段を用いている。歌ならば下級兵士にもよくわかる。農民が駆り出されているのであるから、難解な文書や格調高い漢詩の朗詠などはあまり意味がない。他方、歌はワンフレーズが聞こえればすべてが聞こえなくても、分かりやすい。
 総合アンドンによる進捗状況やパトライトによる状況把握や呼び出しなどは分かりやすさという点が「楚歌」と共通する。白線によるエリア明示や部品棚のロケーション管理、治工具や刃具管理など、「目で見てわかる」仕掛けはいくらでも現場で考えられる。
 また、チームビルディングの観点からは明確な目標やビジョン、それを分かりやすく表した図、徹底させるための標語などがそれに当たるだろう。プロジェクトチームでは求心力を高めることが必要であるから、ビジョンを共有化するための仕掛けが効力を発揮すれば、いいアウトプットが期待できる。
 最近、社訓や倫理規定を社員手帳やカードにして配布するところも増えてきたが、これも一つの情報発信の方法であり、「楚歌」であろう。

●情報は活用してこそ意味がある

 では、分かりやすければいいのかと言えば、そんなことはない。分かっただけでは何も変わらない。そこからのアクションが重要だ。アンドンが点灯した。リーダーが駆けつける。てきぱきと作業をし、何事もなかったかのように次の工程に流れる。この一連の動きが背景にあるから、情報が生きる。合図を出したのに何も変わらない、なんでそんなときに合図を出したのかと叱られるといった状況であっては情報を出さなくなってしまう。
 いくらロケーション管理をきっちりと作っても、使った後に元に戻す、あるいは指定された場所に納品することが守られなけば、ロケーション管理は機能しない。
 チームビルディングにおける情報発信も同様だ。情報を発信すると同時に、それが求心力を持つ、なんらかのアクションを伴うものでなければ意味はない。アクションとはモチベーションを高め、求心力を高めるだけではない。ロイヤリティを失わせないというのも一つのアクションと考えた方がいいだろう。項羽軍では求心力がなくなり、兵は次々に脱走していった。項羽が直情型のリーダーだったため、愛想が尽きたというのもあるが、きちんと現在の状況を伝え、こうしていきたいというビジョンを伝え切れなかったためでもある。
 情報――だれにでも分かりやすい形にした情報――を上手に活用することは組織を機能させる上でリーダーにとって不可欠な素養なのだ。ちなみに、劉邦はこの闘い以前に項羽軍の弓に射られ大怪我をしている。胸に当たる重症だった。当時はリーダーの生死でがらりと戦況が変わる。天がリーダーに味方していないとして、兵が敗走、ナンバー2では抑えられないケースも多々ある。敵方にその情報を知られれば動揺している陣中に攻め入られる可能性もある。
 ましてやカリスマのような劉邦である。彼がいないなら、戦闘をやめて帰ってしまおう、逃げ出そうという兵も多い。自分が大怪我をしたと軍中が知ってしまえば全軍崩壊の危険がある。劉邦はとっさに足をさすり、「奴め俺の指に当ておった」と言った。さらにその後がすごい。病床に伏せていたが、軍師である張良が劉邦を無理に立たせて軍中を回らせ、兵士の動揺を収めたという。これも情報操作と言えるだろう。

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「項羽と劉邦」上中下 司馬遼太郎(新潮文庫)700円、620円、620円
「小説 項羽と劉邦」童門冬二 (日本実業出版)1680円
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