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【新連載:世界一の品質を取り戻す6】

検証・日本の品質力
リコール・回収問題多発化の背景を探る
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.商品力を磨くことがブランディング

近年、リコール(無償修理・点検)、回収など製品トラブル、不祥事が相次いでいる。
商品力とは何か。社会全体が高度化、複雑化するとともに、ユーザー、消費者が個別商品に求める要求も高度化・複雑化している。商品力を構成する要素には多種多様なものがある。一般的によく言われるのがQ(品質)、C(価格)、D(納期)、プラスS(インフォメーションを含めたサービス)だ。
まずQにおいては安全安心に始まり、性能・機能があり、生活、人体へのフィット感、使いやすさ、加えてデザイン、耐久性などがその上に乗る。最近では省エネ、省資源、省スペース、リサイクル度などエコの要素も重要な購入の判断基準となっている。
次のCには2つの要素がある。イニシアルコストとライフサイクルコストだ。最近のユーザーは後者にも目を向けるようになっている。ユーザーが賢くなっている現在、トータルコストにまで気配りする必要がある。作っても売れない時代になり、製品の高度化、均質化が進む中で、優劣を決めるのが3番目の要素、Dだという声が高まっている。情報提供と併せ持ったジャスト・イン・タイム化とスピードが命となる。
そして最後のSも広くとらえる必要がある。まずその商品に関する情報を過不足なく正しくユーザーに届ける情報発信力(広報・PR・宣伝を含む)からサービスが始まる。取扱説明書や表示方法なども大きな要素だ。正しく分かりやすくユーザーに負担や不利益をかけない情報提供が大事になる。
次に販売時点におけるサービス、ここではコミュニケーション力が大きな要素だ。そしてアフターサービス、メンテナンスサービスなどの最後のSが来る。ここでのSにもQ・C・Dの3要素の競争優位が決め手となる。
ブランドとはこれら全ての要素を日々積み上げてきたトータル品質保証を言う。それぞれのテクノロジーを磨き、築き上げていく諸活動をブランディングと言う。その結果ユーザー、消費者の信頼を勝ち取り、リピーターになり、真の顧客となる。言い換えれば商品力をアップさせる活動は経営そのものということになる。逆に言えばこれらのどの要素の一角で崩れ、そごを来たせばブランドは崩壊し、経営を怪しくすることにもつながることを意味している。

2.多発するリコール問題

最近製品リコールが多発している。この原稿を書いている今日の新聞を見ても3件のリコールが報道されている。
三菱自動車は07年12月から08年5月までに生産した乗用車「ランサーエボリューション」3000台にギア部分の不具合があると国土交通省に届け出たもの。操作レバーを後退位置の「R」に入れても実際にはギアが後退部分に噛み合わないトラブルが生じるというのがトラブル要因。
三洋電機は子会社の三洋電機コンシューマエレクトロニクスが2000年6月から07年9月までに製造したオーブンレンジ約88万台を対象に過去3件の発火事故が発生していることから無償改修を行うというもの。3件の発火トラブルはいずれも03年製で中国メーカーから調達した電源コード内に接触不良があり、発熱してコードの覆いの冷却ファンが燃えたことが分かったと発表している。安全性を確認したものに取り換えると共に、冷却ファンを燃えにくい素材に取り換えるなど修理費用は20億弱になる見込みだという。
インターホン国内最大手のアイホンは、同社製のインターホンから煙の出る事故が起きていることからリコールを開始したと発表した。
これに食品関係の産地、原材料の偽装、消費、賞味期限の改ざん、表示ミス(アレルギー物質の表示欠落を含む)、異物混入などの商品トラブルを加えたら毎日のように品質に関る問題がマスコミを賑わせている。
リコール問題に関して潮目が変わったのは02年に遡る。
そもそもわが国のリコール制度は自動車を主体に1969年にスタートしている。自動車のリコール台数は当初10~30万台程度で推移していたが、2000年ごろから増え始め、02年には200万台を突破、03年から一挙に400万台、04年は史上最悪の700万台を記録、その後も500万台600万台と高止まり状態が続いている。
02年1月、横浜市で三菱自動車工場製のトレーラーのタイヤが突然外れ、歩道を歩いている母子3人を直撃、ベビーカーを押していた母親の命を奪うという事故が発生した。また同年10月同じく三菱自動車工場製の大型トラックが山口県内を走行中、ブレーキが突然制御不能になりトラックは歩道側のコンクリート壁に衝突し運転手が死亡した。どちらも当初は整備不良と説明されていたが、それ以前から同種の事故が発生しており、製品欠陥という結論に達し、リコール隠しが指摘された。この事故は刑事事件に発展した。ユーザーの不信も増幅された。
これを契機として、国としてもリコール制度の見直しを図らざるを得なくなり、02年に罰則強化の制度改正が実施された。
従来、リコールの届け出、回収実績報告は義務付けられていたが、改正法では行政による回収命令が可能となり、従わないメーカーには最高2億円の罰金が科されることとなった。その後も所管の国土交通省では監視体制の強化、情報収集の促進、技術的検証活動をさらに強めている。これに呼応して、ユーザーからの苦情、問い合わせが殺到、05年には5000件以上の情報が寄せられ、そのうち4500件が欠陥可能性のある不具合と判定されている。
この法改正を機に、供給制にも意識改革が図られ、後年に回るマイナス面より小さな不具合でも積極的に公表していこうという気運が生まれてきている。それが件数台数の増大につながっている。

3.製品トラブルは得てして「隙間」で起こりやすい

製品の欠陥や不具合の発生要因は千差万別だが、失敗学を提唱している東大名誉教授の畑村洋太郎氏は自動車リコール分析結果を例にとりトラブル発生の要因を大別して、(1) 人間は必ずミスをするという特質を持つ、(2) 自動車産業の成熟化、(3) 揺籃期の技術、(4) マーケットの拡大、(5) 国内生産から海外生産へのシフト―の5つの類型に分類している。
まず(1) に由来して言えば、繰り返しの手作業におけるヒューマンエラーと変更等に伴うヒューマンエラーは産業の一生を通じて起こりやすい。(2) の成熟化に関しては、設計基準、試験条件の不備、製造設備、工具の更新遅れやメンテナンス不良が起こる。当然ながらこうしたトラブルは成熟期から衰退期を迎えた大企業に起こりやすくなるのも事実である。(3) の揺籃期の技術に由来しては、未知の領域における試行錯誤に起因する不具合は避けられない。部品産業レベルで言えば、文字通りの揺籃期だが完成車を扱う大企業でも例えばハイブリッド車に関わる不具合はこの分類に該当する。(4) のマーケットの拡大に伴うものとしては国内における新しい用途や海外マーケットの現地では常識だが、日本人にとっては想定外の使用条件が原因となる不具合が発生しやすくなる。これらは基本的に成長期に起こりやすくなる。(5) の海外生産へのシフト場面では、モノづくり文化、風土の違いに起因する不具合や、国内工場の移転、組織の再編に起因する不具合が起こりやすくなる。これらのモノづくりの国境が薄らぎつつある現代では産業のライフサイクル上での時期を特定しかないとしている。
技術的トラブル多発の大きな要因として、技術開発の現場において人間と機械の分担領域が変わってきていることが挙げられると畑村氏は指摘している。
従来は「機械はここまで考えてある、人間はここまで考える」という役割分担が明確だったが、最近はエレクトロニクスや機械工学をベースとした制御技術の高度化で、機械が持つ領域が拡がり、ある部分安全性は高まったが、その過程で人間も機械も分担していない「隙間」の領域が生じ、その「隙間」でトラブルが起こるようになった。安全性を機械制御に任せたから大丈夫と技術者は安心してしまい、カバーし切れていない隙間を見落としてしまう。
また設計と設計の隙間、つなぎの部分、親会社と子会社の間、元請けと下請けの隙間、海外(中国など)部品生産や外国企業のアウトソーシングのモノづくりの隙間などに不具合、欠陥などが多発していることも見逃せない事実である。

4.消費者の声が強くなった

明治以来、資源小国であるわが国を近代化させるために国策として殖産興業、そして戦後も産業育成を最優先させてきた。国の組織も産業別縦割りになっており、互いに競わせると同時に、企業も創意工夫に全力投球でキャッチアップに努めてきた。しかし、先進諸国への仲間入りを果たし、世界をリードしていかなければならなくなったのは1970年代の公害問題からだが、1990年代末にPL(製造物責任)法が施行され、2000年以降繰り返された食品安全問題などを機に農林水産省は02年には「食品表示110番」を開設、03年に「消費者基本法」が制定されている。
雪印食品や日本ハムなどの偽装事件から食品に対する消費者の不信が高まり、例えば02年に実施された日本生活協同組合連合会の「食品表示」に関する消費者意識調査によると、「信用できない」と答えた人が82%にのぼる。21世紀入りを機に消費者の意識が完全に変わったのである。そして、従来は小さな不安や不信は声なき声として消費者の脳の中にあったが、それがストレートに表に出るようになった。それを後押ししたのがネット社会の発展である。
過当競争、格差社会はねたみ、そねみ、ひがみを助長する。時として正義を貫きづらくもしている。加えてネット社会という鬱憤晴らしの場が出来たことで不満を吐露することが可能となった。それが内部告発の多発につながっている。国民生活センターや製品評価技術基盤機構(NITE)など、製品情報の収集機関には、02年頃を境に提供情報が急増している(「食品表示110番」への報告は07年から激増)。相変わらず製品不具合や食品偽装などの品質トラブルのニュースがマスコミをにぎわしているが、その大半は内部告発によるものである。また内部告発者を保護する制度も創設されたことから、なお一層拍車がかかっている。
供給サイドも学習し、早目早目に公表し対策をとった方がキズ口を浅くすることからマスコミをにぎわすことにもつながっている。こうした消費者の目が厳しさを増していることに対して、従来の縦割り行政は一部機能不全に陥っている。これを是正するため、関連する法律を一括管理、施行する「消費者庁」構想が現内閣で進められている。
一方でISO9000シリーズやマルコム・ボルドリッジ賞(米国国家品質賞。日本では日本経営品質賞)、あるいはバランススコアカードなど品質や経営品質に関する国際的普及が著しいマネジメントシステムには必ず、顧客の視点が評価尺度に入っている。
もう一度、消費者、ユーザーを起点とした、経営システムになっているが総点検すると共に、不良品は絶対に外に出さない制度設計に心掛けなければ、不信の連鎖は止まらない。

  • 参考文献:畑村洋太郎/内崎巌著「実際の設計選書:リコールに学ぶ」(日刊工業新聞社刊)

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