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【新連載:世界一の品質を取り戻す12】

検証・日本の品質力
対応が急がれる化学物質管理
−EUの「REACH」対応とわが国「化審法」改正−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

健康や環境に悪影響を与える恐れのある化学物質の製造や輸入量を登録し、管理する規制に「化学物質審査規制法」(化審法)があるが、政府は2010年度にもこの制度を強化、化学物質を扱う企業に対し、すべての化学物質の、製造・輸入量・用途について年1回の報告を義務付ける新たな規制を制定する方針を固めた。この所管官庁である経済産業、厚生労働、環境の3省は合同委員会を開催、化審法の改正に向けた報告書をまとめ、通常国会に改正案を提出、2010年度の運用を目指す。
現在の化審法はポリ塩化ビフェニール(PCB)による健康被害が発生したカネミ油症事件をきっかけに1973年に制定されたもので、監視対象は有害性が判明している約1100種の化学物質に限られていた。これを新規制では、有害な影響を最小化する「予防原則」の考え方が採用され、監視対象を約2万種あると言われているすべての化学物質に拡大しているのが特徴。国は企業から国内の製造量や輸入量、用途の情報を定期的に収集、総量を把握する。その上で環境中への排出の多いものや、長期的な安全性などが確認されていない物質を「優先評価化学物質」に指定して絞り込み、さらに詳細な安全性評価を求めるという内容になっている。
この有害化学物質の総合的管理体制の確立は世界公約になっており、1992年、ブラジルのリオデジャネイロ市で開催された地球サミットで具体的に示され、97年の国連環境開発特別総会(地球サミット+5)で進捗状況をレビュー、「アジェンダ21実行計画」(南アフリカ)で2020年までに全世界の化学物質管理の仕組みづくりを完了させることが採択されている。それらが2006年に策定された「国際的な化学物質管理の戦略的アプローチ」(SAICM)につながり、これを機に先進国の「化学物質の分類と表示に関する世界調和のシステム」(GHS)の取り組みが一斉にスタートしている。先頭を切ったのが欧州連合(EU)のREACH規制。日本ばかりでなく「アジェンダ21」を源とする法規制はアメリカ、中国、韓国などでも改正作業が始まっている。ここではその現状と、影響、各社の対応状況などについて紹介する。

1.新規制では2万種以上の化学物質が対象に

現行の化審法(最新版は04年改正)では、同法が制定された1973年以降に作られた化学物質を対象に有害性などのデータ提出を企業に義務付けて安全性を審査している。例えば、有機ELなどが代表例で、材料物質のデータを提出、安全性審査を経て、認可を受けているが、その数は1100種程度にとどまっている。73年以前からあるエチレンやプロピレンなどの既存化学物質2万種以上(地球上には5万種〜10万種の化学物質が流通していると言われる)は対象外だった。しかし、新規制ではこの既存物質も含め2万種以上の化学物質全体が対象となる。同法が施行されると企業は年間製造量や輸入量、用途、有害情報など関連情報の国への報告が義務付けられることになる。国は各企業の報告をまとめて化学物質の総量を把握し、環境や国民の健康に悪影響を与えないよう管理、監視、予防に努める義務を負う。その中で国が「環境や健康への危険性が低いとは言えない」と判断した物質については、「優先的評価物質」としてデータを公表、さらに詳細な情報提供を求め危険性がないか精査することを求めている。
改正法が施行されると、企業は担当者を配置して製造、輸入量や用途を記録し、それを毎年度末に報告書として作成するといった対応が求められる。対象は化学メーカーや商社だけでなく、自動車や電機なども含まれ、その数は1万社以上になると推定される。EUのREACH規制では、年間に1万トン以上製造、輸入する化学物質について、当局への登録と安全性の評価を義務付けているが、これに対し日本の新規制ではまず製造、輸入量の報告を付ける。経済産業省ではさらに有害性が認められる化学物質354種について、使用する全過程を管理する法律の政令を改正し、対象を462種に拡大した上で監視を強化する方針を打ち出している。有害物質は製造だけでなく取引先から調達して使用する過程、つまりサプライチェーン全体まで管理を厳格化することで安全性を確保する方針だ。

2.REACH規制の全体像

REACHとは「Registration、Evaluation、Authorization and Restriction of Chemicals」の頭文字をとったもので、化学物質の総合的な登録、評価、認可、制限の制度ということになる。人の健康と環境の保護およびEU各国の化学産業の競争力の維持・向上を目的とし、安全性の評価を企業はもちろんのことEUへ製品等を輸出する世界の企業、加えてその製品の製造にかかわる下請け企業にも規定が及ぶ。その対象となる企業は年間1トン以上の化学物質を製造または輸入する企業であり、当局にその化学物質に関する情報を登録すること、また年間10トン以上の場合は化学物質安全性評価書の提出が義務付けられていることがポイント。
REACH規制は、2007年6月1日発効、08年6月1日に登録、データ共有、川下産業、評価、認可、情報の骨子部分である本格運用が開始されている。そして09年6月1日からは制限条項の適用が開始され全面運用、開始となる。
REACH規制が制定されるまで域内には約40の規制がバラバラで存在しており、その不都合を是正するため欧州委員会は01年2月の会合で「将来の化学物質対策のための戦略白書」を策定、次の問題点を指摘した。
  1. 化学物質は「既存化学物質」と「新規化学物質」の2種類に区別され、異なる規制がとられている。
  2. 化学産業はEUの産業の大きな柱の一つであるが、化学産業により生産される10万種類以上の既存化学物質(1981年以前に市場に存在していた化学物質)は、市場に流通している化学物質の99%を占めているにもかかわらず、十分なリスク評価やその内容・用途が十分に把握されておらず新規化学物質のような試験の義務が負わされていない。
  3. 既存物質の安全性が、製造者ではなく所管当局によって証明されなければならないため、規制対象となっている化学物質のうち、リスク評価が行われているのはごくわずか。
  4. 化学物質の製造者、輸入者に、その物質が分類され安全性データシート(SDS)の情報を物質と一緒に提供することを義務付けていたが、物質の用途に関する情報の提供は義務付けていない。物質の用途に関する情報は入手が難しく、通常は川下での使用に伴う暴露の情報は不足していた。
  5. 新規化学物質は年間上市量10キログラム超の場合、届出と試験が義務付けられている。このことが新規化学物質への取り組みの妨げとなり、EU化学産業の競争力や革新力促進の障害となっている。
こうした現状・課題を打破する目的で域内40の規則が統合され、REACH規則が構築。5年間の紆余曲折を経て発効までこぎつけた。
REACH規制は人の健康や環境に有害な影響を及ぼさないことを担保するため、企業には潜在的なリスクをマネジメントすること、当局には企業の義務の遵守を管理することを求めたものである。
規則の概要は次のとおり。
  1. 登録(Registration):製造者・輸入者は既存化学物質・新規化学物質を問わず、年間1トン以上を製造・輸入するすべての物質に関する性状および特定される用途等のデータとして技術書類一式を当局に提出すること。10トン未満の場合は主要な用途と暴露情報を提出すること。10トン以上の物質については用途ごとに暴露シナリオを作成して化学物質安全性報告書(CSR)を追加提出する。既存物質の登録に関しては企業ごとの製造・輸入量の程度に応じて、段階的な登録期間が設定されている。
  2. 評価(Evaluation):本規則を所管するのは欧州化学品庁(07年6月ヘルシンキに設立)。同庁は提出された技術書類一式の審査を実施し、必要に応じて追加の提出や追加試験の実施を企業に要求する。高懸念物質(SVHC)で暴露があり、企業ごとに年間100トン以上の物質に対しては、優先的に規制当局に登録されたデータを分析し、物質ごとにさらに評価や試験が必要かどうかを判断する。
  3. 認可(Authorization):発がん性・変異原性・生殖毒性などのある物質(CMR)、難分解性・生物蓄積性で有毒性のある物質(PBT)や極めて難分解性で高い生物蓄積性のある物質(vPvB)など認可の対象となる物質を使用する場合は、物質個々の用途ごとに企業は化学品庁に申請して認可を受ける必要がある。欧州委員会は製造者・輸入者が申請した物質の使用によるリスクを適切に管理していること、あるいは代替物質の可能性を検討し、社会的経済的便宜がそのリスクに勝ることが製造者・輸入者により証明された場合にのみ認可する。認可を有する企業は、市場に出す製品等に認可番号を記載する必要がある。
  4. 制限(Restriction):許容できないリスクを及ぼすと認められる物質に対しては製造、上市、使用の制限を行う。なお、この中で高懸念物質については川上企業の義務として川下産業への情報の伝達、消費までへのトレーサビリティシステムの構築も求めている。またREACH規則の運用や提出文書等の作成のために各種のITツール(REACH−IT)が欧州委員会によって開発、08年6月から運用されている。また、化学品庁はREACH規則の義務をどのように果たしていけばよいかを示す各種ガイダンスを実施プロジェクトで作成しウェブサイト上(http://echa.europa.eu)で公開している。

3.電機メーカー各社の対応

REACH規則は健康への影響が懸念される物質を含んだ製品を販売する場合、販売先や消費者に使用量などの詳細データを明示することを義務付けているが、使用の届け出、認可が必要な物質だけでも1500種に及ぶとみられる。違反した場合は加盟各国の国内法によって罰せられる。
家電やパソコンなどを欧州で販売している電機メーカー各社はその対応に大わらわ。管理体制の整備・強化を進めている。NECは海外市場で販売する全製品を対象にREACH規則の対象となる1500の化学物質を管理するシステムを4月までに構築する。部品などの供給メーカーが同システムにアクセスし、使用する化学物質の種類や量など必要な情報を入力する。システムに対応できない中小零細部品メーカーにはメールやファクスでの報告にも自動的に対応できる仕組みとする方針で販売先や消費者から詳細データを求められた場合にスピーディーに情報開示できるよう体制を整える。
三菱電機は現在、欧州向け製品に含まれる化学物質の情報把握を進めているが、まず、塗料や合金などの素材メーカーに対し、化学物質の情報の提供を求め、集約した上で次に5月末までに部品メーカーからの情報提供を求める。これを系統的に体系化し、サプライチェーン全体の対応システムの構築を進める方針。また同社が独自に策定した認定制度を関係各社に趣旨説明、その取得を進める。パナソニックは既存システムの拡充を図り、管理対象物質を従来の400種から1500種に増やしたREACH対応システムを5月までに立ち上げる計画を現在進めている。
キヤノンは現在、製品に使用している部品などの含有物質を前もって調査し1500物質のうちから管理が必要な物質を最大700物質に絞り込む考え。調達先のデータ収集業務を可能な限り軽減するのが狙い。
ソニーは今夏を目処に400物質を選定し、含有情報のシステム構築を進めるとともに、従業員教育を実施、併せて生産ラインの状況などの監査項目を設け、部品メーカーの管理体制を定期的に監査する制度を設け、体制強化を図っている。
また、日立製作所は調達・生産・出荷などサプライチェーン全体でREACHに対応できるシステムを数億円かけて構築、すでに運用を開始している。これは国内の化学物質規制にも活用できるシステムになっている。
REACHや国内の改正化審法に対応させていくことは「目に見えるコストが発生する」ことではあるが、これをチャンスととらえれば「目に見えないリターン」を獲得することにつながる。
法規制順守の取り組みの基準づくりはデューデリシェンスと言われる。企業のデューデリシェンスに顧客の信頼感を醸成すること、企業イメージを高める、ブランドを守り、高めることでもあることを肝に銘じるべきである。


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