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【連載:世界一の品質を取り戻す13】

検証・日本の品質力
炭素繊維の技術的優位性を生かすために
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

わが国先端技術の中で、圧倒的競争優位の位置にありながら市場開発が思いの外、進んでいない分野に「炭素繊維」技術がある。他の素材に比較して、その優位性が古くから喧伝され、その開発力、製造技術でも他国を圧倒しながら普及が進んでいない背景には、素材メーカーが7社(国内のみ)と少ないのに加えて、高コスト、難リサイクル性などが言われている。加えて同技術は戦略物資という位置付けにあり、技術内容が一部ブラックボックス化している。未曾有の経済危機の今、この日本が得意とするこの分野にもう一度強い光を当てる必要がある。そこで炭素繊維の今後と、ブレークスルーをいかに進めたら良いか、その一端をレポートしてみたい。

1.炭素繊維の特性と市場規模

炭素繊維の応用法は古くから存在し、著名なものとしては1879年エジソンが白熱電球用に木綿や竹を焼いて炭素繊維を製造したのが知られる。現在の技術が確立したのは1959年、通商産業省工業技術院大阪工業試験所(現在の産業技術統合研究所)の進藤昭男博士がPAN系(ポリアクリルニトリル=アクリル系)炭素繊維の基本特許を出願したのに始まる。ほぼ同じ時期の1960年、米国ユニオン・カーバイド社がビスコースレーヨンからの製造方法を開発している。
1960年代に入ると、進藤博士は東レをはじめ多くの企業に技術を移転したことから製品化が進み70年代以降、優れた強度を持つ特性から強化プラスチックの補強材や複合材料の素材として普及が加速することになった。
現在、トップメーカーの東レは1960年に進藤博士とその共同研究を開始、67年には同繊維の物性を飛躍的に向上させるアクリル共重合成分を開発、69年に高性能化に適した焼成技術を独自開発、71年には進藤博士の実施許諾を受けPAN系炭素繊維の本格的商業生産を開始している。
炭素繊維はその原料から前述のPAN(パン)系とPITCH(ピッチ)系に大別される。ピッチ系はその名の通り、石油、石炭、コールタールなどの副生成物を原料にこれを高温で炭化して作った繊維。現在の市場での割合はPAN系90%、PITCH系10%と推定されている。
炭素繊維の特徴は、鉄に比較して重さは40分の1(比重1.8でアルミの3分の2)、強度は10倍。そのほか、耐摩耗性、耐熱性、熱伸縮性、耐酸性、電気伝導性、耐引張力、耐薬品性、錆びない、寸法安定性など多くの特性を持つ反面、短所としては難加工性、製造コスト高(鉄の30〜40倍)、リサイクルの難しさなどが指摘されている。
炭素繊維の性能を評価する尺度は2つに分類される。その2つとは強度(T)と弾性率(M)。技術の進展は強度がT300からT1000まで、弾性率がM30からM65まで(数字が大きいほど高性能)。製品への応用は、それぞれ特徴に合わせてマトリックスにして活用する。
炭素繊維が先端複合材料として評価が定着したのは1970年代、エポキシなどの樹脂と組み合わせたCFRP(炭素繊維強化樹脂)技術が確立されてからである。炭素繊維は長繊維として生成されるが、製品化のためには、その目的に沿っていくつかの成型法が確立されている。
まず、圧力容器などにする場合は長繊維をそのままフィラメントワインディング方式で固め成形する。自動車・自転車・船舶などに応用する場合には炭素繊維をクロス状にし、ハンドレイアップ、RTM(レジントランスファーモールディング)、プルトリュージョンなどの成型法を使って製品化する。航空機に応用する場合はまずプリプレグ(炭素繊維にエポキシ樹脂を含浸したシート)状にし、オートクレーブ成型法で製品化する。ゴルフシャフトなどにする場合は同じくプリプレグをシートワインディング方式で製品化、またパソコン筐体に活用する場合には、まずチョップド化し、コンパウンド方式で成形する。また樹脂類の応用でも、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂をその特性に合わせてマトリックス樹脂(マトリックスに用いるプラスチック)として使い分けている。

2.追随を許さない日本の製造プロセス技術

前述した強度、弾性率ともハイエンド商品は日本の独壇場と言える。それを支えるのが製造プロセスにおける極限追求のための要素技術である。その流れを、PAN系炭素繊維を例にとると、まずポリアクリルニトリル重合の製系を作るところから始まり、それを200〜300℃で耐炎化、次に1000〜3000℃で炭化(黒鉛化)し、次工程でサイジング、直径7ミクロン、長さ数キロの炭素繊維が出来上がる。各工程における要素技術を拾ってみると、まず耐炎化工程では欠陥生成抑制、繊維延伸(スピード・時間)・配向技術が、また炭化、黒鉛化工程では黒鉛結晶抑制(サイズ・配向)技術が成否を決める。そして一連の技術がすべてうまく連携して初めてゴミ、汚れ、キズのない均質な炭素繊維が焼成されるのである。ここにも日本の技術の特徴である個別技術のブラッシュアップ、目配り、気配りの効いた全体最適の積み上げの良さが光っている。

3.用途拡大と時代の風に乗るために

新素材としての炭素繊維が世に出て約40年が経過しようとしているがその間用途開発は急速に拡大した。その主なものを見てみると、
  1. スポーツ関連用途:テニスラケット、ゴルフシャフト。釣竿、剣道の竹刀、弓道の弓、ソフトボール用バット、ホッケースティック、自転車など。
  2. 航空宇宙用途:大型ジェット機の一次/二次構造材、人工衛星、ロケットなど。
  3. 産業用途:自動車関連(ボンネットフード、スポイラー、プロペラシャフト、ラジエーターコアサポート、ボディパネル、F1マシン各部品など)、船舶(ボート、ヨットなど)、土木建築、補修補強用(橋脚補強、デッキ補強、ビル柱補強、鉄道用高欄など)、エネルギー関連(燃料電池、ウラン濃縮回転胴、海底油田掘削関連など)、圧力容器関連(圧縮天然ガスタンク、水素タンク、呼吸器用酸素タンクなど)、機械部品・医療機器、IT関連(パソコン筐体、ロールパイプ、液晶板搬送用ロボットフォーク、ドクターブレード、X線天板など)
その他、新規用途として、ロボット部品、列車ボディ、電線ケーブルコア、チューブトレーラー用タンクなどの開発が進んでいる。図1は導入期から飛躍的拡大期までの変遷を表したものである。
図1 炭素繊維市場の変遷


4.日本の世界シェアは70%

図2 炭素繊維の世界生産シェア(2007年)
炭素繊維メーカーは、わが国ではPAN系が東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンの3社、PITCH系では三菱化学産資、クレハ、大阪ガスケミカル、日本グラファイトファイバーの4社の合計7社しかなく、世界に目を向けても米国のヘキセル社、サイテック社、台湾の台湾プラスチック社のほか、イギリス、ドイツ、中国などに数社散見される程度で、08年の年間生産高は合計約4万トン、日本のPAN系3社で世界市場の70%と圧倒的シェアを獲得している(図2参照)。
なかでもトップメーカーの東レ(世界シェア34%)は川下メーカーとの共同研究、提携に熱心で、06年、機体の大部分に利用する世界初の旅客機開発のため、米国ボーイング社と材料供給を柱とする7000億円の大型契約を締結、注目を集めた。また昨年末には独の車用炭素繊維複合材料の部品設計、金型製作技術を有するアドバンスト・コンポジット・エンジニアリング(ACE)社に出資、欧州における自動車用途拡大の足がかりをつかんだ。
また同社は、国内においては今後、量的拡大が望める車用複合材料開発には特に熱心で、樹脂応用開発センター、オートモーティブセンター(昨年開所)、アドバンストコンポジットセンター(今年4月開所予定)などを相次いで開設、自動車メーカーと連携し、革新的融合技術、ソリューションの拠点構想を急ピッチで進めている。
ネックとなっていた価格もミドルレンジ品で1キログラム10万円以上していたものが最近では同5000円以下に下がってきており、直近の大不況で伸び率が急鈍化しているが、景気が持ち直せば年率10〜20%増が望める分野だけに量的拡大、成型時間の短縮などが進めば大幅なコストダウンにつながることが期待される分野としては大きく3つの分野の用途開発に力を注ぐ方針。
その3分野とは(1)排出ガス規制の強化や省エネ意識の高まりからくる地球温暖化対応、(2)燃費効率の改善、代替燃料への移行ニーズからくる原油価格高騰対応、(3)高機能素材へのニーズなどである。
その中でクリーンエネルギー対応では風力発電、天然ガス分野、省エネ対応では航空機、自動車などの軽量化用途、エネルギー多様化では原子力発電(ウラン濃縮)、深海油田掘削構造体、高機能素材対応では耐腐食性、高剛性、X線透過性、電磁波シールドなどの特色を生かした高度医療機器、パソコン筐体などへの製品化拡大が期待されている。

5.狙われる日本の製造技術

応用分野が広く深いだけに世界が日本に向ける視線は熱い。特に中国やインドなどエマージング国からの日本への要求は最近とみに強くなっている。中国も独自開発でミドルレンジまで(T600程度)は開発が進んでいるが、ハイエンドまでの道のりはまだ遠いようだ。そこで筆者のもとへも、中国企業からの日本企業への仲介を希望する案件が相次いでいるが、炭素繊維は戦略物資に指定されており、国家の許可なく中国への技術輸出は禁止〈旧ココム違反〉。つまり現行の輸出管理令別表第一の中欄に掲げるリスト規制貨物に該当する(破ると外為法違反)。輸出する場合には経済産業省からの輸出許可を取得する必要がある。また炭素繊維を原料として使用した製品もリスト規制貨物に該当する場合もあるので注意が必要だ。
今後の世界的普及のためには、ネックとなっていたリサイクル技術の開発(やっと緒についたばかりだが着実に成果をあげつつある)の問題と合わせ、技術流出と市場拡大を同バランスさせるか、炭素繊維の課題は期待ともに大きい。


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