前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:世界一の品質を取り戻す15】

検証・日本の品質力
深刻化するメーカーのデータ偽装問題
−ツケがあまりに大きいコンプライアンス違反−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

「100年に一度」といわれる未曾有の大不況の中で企業の倒産件数が年1万5000件と高水準が続いている。現在ではその要因の多くを占めるのは販売不振による業績悪化、資金繰り悪化などだが、06年ごろから始まった3K(建築基準法、貸金業法、金融商品取引法)ともいわれる規制強化によるコンプライアンス不況があった。さらに懸念されるのが近く施行される改正割賦販売法が加わって4K不況が加速されるのではないかとの声も聞かれる。コンプライアンス違反で最近目に付くのが食品業界の各種偽装だが、製造業においてもデータ改ざんなどの例が目立ち始めている。これは製造業にとっての生命線。この偽装があっては業績に直結する。なぜこのような事例が頻発するのか。その事例を挙げながら要因を分析、その歯止め策を検討してみたい。

1.後を絶たない性能偽装問題

データ改ざんが大きな社会問題となったのは3年前の耐震偽装問題。その結果、国は建築基準法を改正強化、審査を厳しくし、その影響で建築業界に倒産が相次いだことは耳新しい。しかしその後もデータ改ざんの事例は後を絶たない。
まず今年はじめに発覚した住宅の防火窓など耐火建材の偽装問題。この問題が発覚したのは07年のニチアス社の耐火材偽装にさかのぼる。国土交通省はこれを機に関連メーカー1788社にアンケート調査を実施。大部分が“問題なし”と回答したが、その中に今回発覚したエクセルシャノン、三協立山アルミ、新日軽、PSJ、そして外資のH・R・Dシンガポールの5社が含まれていたもの。5社は耐火試験の時だけ窓枠内の防火材を水増ししたり補強材を使用し「国交相認定」を受けていた。また認定試験では20分間の耐火時間が必要なのに偽装サッシは13分間しか持たなかったという。この問題の端緒となった07年10月に発覚したニチアスの軒裏建材などの性能偽装に続く耐火製品の主な不正が判明したケースを列挙してみると次のようになる(カッコ内は使われた棟数)。
  • 07年11月、東洋ゴム工業の断熱材の性能偽装(176棟)
  • 08年1月、イトーキの不正仕様のパーテーション(間仕切り壁)などの販売(239棟)
  • 08年1月、日本軽金属、YKKAPなどの不正仕様の内装材などの販売(786棟)
  • 09年1月、ミサワテクノの不正仕様の防火扉の販売(99棟)
今年1月国交省が公表した防火窓の性能偽装のケースでは根の深い問題を抱えていた。例えば樹脂サッシ大手のエクセルシャノンとその親会社トクヤマの説明によると、95年頃から耐火性を水増しした試験体を使って国の認定試験をパスしていたほか、96年頃からは認定仕様とは異なる製品を販売していたという。またその背景を「輸入品との価格競争で焦りがあった」と釈明、国交省からの製品チェックの支持を受けた際(07年)には「リコールをすれば膨大な費用がかかる」などとして「問題ない」と虚偽の報告、トップは昨年3月時点で不正を知っていたが、代替品の開発が終了するまで問題を隠蔽することを決めてしまった。三協立山アルミ、新日軽、PSJの3社は「不正は担当者レベルで行われ、耐火基準を満たしていないとの報告は経営陣に上がっていなかった」と説明している。偽装はいずれも業者サイドが高い耐火性を装って細工したサンプルを性能評価機関(ベターリビングなど)に持ち込む手口、「業者任せ」とも言うべき甘い体質、試験方式が偽装を許す遠因になったと指摘する声も強い。
今後、国交省では「持ち込みサンプルは信用できない」として、業者が提出する仕様書をもとに性能評価機関がサンプルを作る方式に改めるなど「これまでの性善説に基づく業者任せのシステムが通用しなくなった以上、違反業者には科す罰金の額を引き上げることも検討が必要」と厳しい意見も出始めている。
耐火製品の大規模な不正が発覚したメーカーは多額の費用をかけ、製品の交換改修をするなど大きなツケを払わされることになる。
ニチアスは4万棟以上の改修が必要と判断、国交相認定を再取得、約300億円以上の改修を進めている。エクセルシャノンもトクヤマの協力のもと約200億円をかけて改修を進めているが、特定できた消費者は70%にとどまっている。前途は多難だ。
製品不当表示も後を絶たない。最近の事例では、実際にはほとんど使用していないリサイクル原料を冷蔵庫に使用していたとし、製造工程でのCO2排出量を大幅に削減したように宣伝したなどとして、公正取引委員会は日立製作所の子会社、日立アプライアンスに景品表示法違反(優良誤認)で排除命令を出したケースがある。
日立アプライアンスは対象のエコ冷蔵庫のカタログ等に「業界で初めてリサイクル材を活用した真空断熱材の採用」「製品工程でCO2排出量を約47%削減」などと記載。だが実際にはリサイクルした原材料は対象9機種のうち、3機種の一部にしか使われていなかった。約47%の削減率についてもそれは4年前の製造工程との比較で、最新のものとの比較ではゼロないし数%の削減比でしかなかった。
近年環境志向の高まりからこうした商品は人気で同社の冷蔵庫もヒット商品となり半年間で15万台強(約300億円)を売り上げた。
つれてエコをうたい文句にした商品の中に偽装されたものもあることから、公正取引委員会では目を光らせており、最近では07年3月商品バッグについて、環境への配慮から「塩素素材樹脂を使用していない」を事実と異なる表示をした通販会社に排除命令を出したほか、09年4月には古紙の配合率を大幅に上回る表示をした大手製紙会社など8社に同じく排除命令を出している。しかし景品表示法に違反しても罰則規定はなく再発防止を命じるにとどまっている。日立の冷蔵庫の場合でも08年度の「省エネ大賞」の受賞については、これを返上したが、販売中止や交換の検討はしないとしている。
消費者からはこうした甘い対応に「課徴金を課すなど厳しい制度を設けないと企業側の目が覚めないのではないか」と言う声も強くなっている。
データの改ざんは毎年のように発覚しており、アトランダムに列挙してみると、中部電力の浜岡原発の配管データ改ざん(日立製作所と日立GEニュークリア・エナジー)、血液製剤の試験データの改ざん(田辺三菱製薬)、コンタクトレンズの材料成分を偽って販売していた事例(シード社)、鉄鋼メーカーによる鋼管の水圧試験データの捏造問題や、それから派生して、品質試験を行わず日本工業規格(JIS)の認定を受けていた(古河電気工業大阪事業部)製品がJIS認定を取り消されたケースなど相変わらず続いている。
これらはみなその後の対策に膨大なコストがかかっており、併せて企業イメージを大きく毀損させている。

2.最近の不正は現場発が多発

2000年以前のこうした企業の不祥事はその多くが経営トップ層が直接関与する経営中枢のモラル欠如、腐敗による反社会的行為が原因の主流を占めていた。だが最近のコンプライアンス違反はトップ層より「業務の現場による暴走」が主流となりつつある。
その背景には現場の人々の間にモラルの崩壊や規律の緩みが生じて、業務運営面における相互牽制の手抜きやチェック機能の形骸化などが挙げられる。また上下、内外からの要求(QCDその他)が強まり、やむにやまれず不正に手を貸してしまうケースが散見される。前述したようなケースは手間がかかる上、スピードが要求されることから問題解決がクリアできないままに次に進めたり、改善のタイミングを逸するなど不正に手を染め深刻な事態を招くなど、より問題を広げてしまったケースが多くなっている。
ではなぜこのような事態に陥ってしまうのかを分析してみると、次のような事情が見られる。
  1. 緊急異常事態が発生したのに経営上層部へ実情が迅速かつ正確に報告されていない。
  2. 内部告発により不正、違法実態が発覚してしまう。
  3. 現場では社内調査を実施するもののとかく隠そうとする企業体質が災いして正直に公表しない。
  4. 現場では不正行為の認識があるにもかかわらず見て見ぬふりをするなどしている間に本当の事件に発展してしまう。
  5. 業務遂行上の些細な変化や予兆を見逃しいつの間にか大事件に発展してしまう。
  6. 記者会見などの場で率直な説明と真摯な謝罪が遅れることなどからさらに企業イメージの急落を招いてしまう。
以上のことからわかることは、まず不正に手を染めない組織員全員の倫理感を熟成することが第一だが、起きてしまったらどれだけ早く対策を全社で講じるか、いかに小事のうちに手を打つかにかかっている。現在では臭いものにはフタは成立しないことは強く認識すべきである。最近の企業不祥事の90%以上は内部告発によるもの。必ず露見するものと覚悟して早め早めの対策をとることが企業の信用の毀損を最小限にとどめることにつながる。最近では現場の担当者のコンプライアンス違反を防ぐ手段として自社独自の「エシックス・カード」を携帯。何かあったときはそのエシックス・カードで絶えずセルフチェック出来るよう常時持たせている企業が多くなっている。

3.偽装を知ってしまったときの対処法

では偽装を知ってしまった時、どうすれば良いか。リスクコンサルタントはいくつかの対処法を提案している。
まずやるべきことは直属の上司に訴える(相談する)こと。その際に口頭だけでなく偽装の事実や改善策を文書にまとめて渡しておくこと。これには2つの意味があって、文書にしておくことで真面目に会社を心配していることが伝わる。また発覚したときの責任の回避にもつながる。また少しでも改善策、対策を打ってほしい時は「顧客からこんな電話があった」とか「偽装を当局に相談するメールが入った」とかの手を打つことも必要(ウソも方便)。
一人で訴えた時無視されかねない懸念がある場合には相談の席に仲間を2〜3人同席させることも有効だ。
また部下から偽装の相談や報告を受けた上司の場合はただちに社内調査をして一刻も早く公表するようトップに迫る。それが唯一会社を守り、事件化したときに自分を守る道に直結する。
また自ら偽装を指示する様な、あるいは隠蔽を指示するトップの場合には匿名に内部告発するしかないが、その相手先は役所ばかりとは限らない。労働組合がしっかりしていれば組合に相談するのもひとつの方法であり、あるいは当該の問題に熱心に取り組んでいるNPOやNGOがあればそこに相談を持ち込むのも方策のひとつだ。偽装が露見してからではすべてが後手後手に回って問題がより大きくなり複雑になり、コストもよりかさむことになる。何をやっても遅いと覚悟するべきである。
また、トップへのアドバイスとしてどの専門化も身近に気軽に相談できる弁護士あるいは法律にも詳しいコンサルタントを置いておきたいとしている。その際にあまり利害関係がなく、直言を言ってくれる人物でなければならないという。そうしておけばベストの対策が必ず導き出されることになる。


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト