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【連載:世界一の品質を取り戻す17】

検証・日本の品質力
強味を生かし世界展開が始まった日本の水ビジネス
−今こそ日本版「ブルー・ニューディール」の再構築を−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

21世紀はエネルギー危機よりも先に水危機が来るといわれている。国内の水事情だけを見ると差し迫った危機感はないように思えるが、「バーチャル・ウォーター」で検証すると、すでに日本は水危機の渦中にあるといっても過言ではない。現実は「日本は水の少ない国」と言ってもよい。また世界にとっては緊急の課題でもある。08年には政府による「水の安全保障」に関する報告書がまとめられ、先のG8洞爺湖サミットに向け「緊急提言」が出されている。また世界各地で水の国際会議や水に関する展示会が数多く最近では開催されるようになった。
「水メジャー」という言葉が最近よく目にされるようになった。グローバルでの水ビジネスの争いが正念場を迎えようとしている。水の浄化技術では世界のトップクラスにある日本だが、水ビジネス全般をとらえると極めて弱い立場にある。迫り来るウォータークライシスにあって、ピンチをチャンスに変えるにはどういった戦略が必要か。「水の安全保障」研究会の最終報告書や今年6月、シンガポールで開催された水の国際会議などを参考に、わが国の今後の水の国際戦略の方向性を探ってみた。

1.日本の高い水処理技術を生かし世界市場に挑戦

現在の水ビジネスの世界的規模を概観すると、水処理膜など素材分野が6000億円、プラント建設が約6兆円、管理・運営ビジネス分野が約60兆円の66.6兆円と推定されている。それがインドなどを例にとると、今後10年間で3倍以上に水需要が拡大するなど、BRICsなどエマージング地域を中心に水需要が急拡大、2028年には素材1兆円、プラント建設10兆円、管理・運営100兆円の合計111兆円規模に急拡大すると推定されている。
この大きなビジネスチャンスを目指して各国で水に関するフォーラム、技術・マネジメント展示会が花盛りだ。今年6月下旬、シンガポールで世界26ヶ国・地域の400社以上の企業が水に関する技術や製品を紹介する国際会議「国際水週間」が開催された。最近、水ストレスという言葉が喧伝されるようになっている。世界各地に発生している水不足から来る国・地域間の水争奪戦から出た言葉だ。世界各地で水ストレス、水争いが深刻化する中、アジア・中東では排水の再利用や海水の淡水化など水ビジネスへの関心が高まっている。このシンガポールで開かれた水ビジネスの見本市では世界最高水準といわれる日本の水処理技術への注目が集まった。
中東での海水淡水化技術などで定評のある東レは、この見本市の期間中に会場でシンガポールの南洋工科大学内に今年8月、水処理技術の研究開発(R&D)センターを設置することを発表している。現場で最新技術を開発し、アジアでの水処理事業の売上増を図る拠点にするのが狙い。2010年には水の浄化に使う水処理膜のシェアを世界一にすることを目標にするほか、現在、400億円の水処理ビジネスの売上高を15年度には1000億円以上に増やす計画である。
一方最近、中国市場で河川や湖水での浄化技術で存在感を増しているライバルの旭化成は、同期間中にアジア最大級となるフィリピンの水処理設備に、同社の水処理膜が採用されたことを公表している。同社は水処理事業の売上高を数年以内に現在の100億円から300億円に拡大させたい考え。
水処理ビジネスでは、東レ、旭化成、日東電工などが世界市場で先行している。水処理膜の分野だけに限れば日本企業のシェアは60%に達している。しかし、最近では中国の約100社、韓国の10社がこの分野に参入、競争が激しくなりつつある。

2.世界最先端の日本の「膜技術」

半導体製造分野の純水製造などで培われた技術が水処理分野に応用され、幅広い膜技術が世界の水浄化分野では日本が一歩二歩も世界をリードしている。その代表的なものを前述の「水の安全保障」報告書から紹介してみたい。
まずセラミック膜による濾過システム。全世界の水資源技術者が今、最も注目しているもので、外径180ミリ、全長15メートルのセラミックパイプで、これを数千本、数万本組み合わせてユニットにし、1ミクロン級から0.01ミクロン級までのゴミを濾過してしまおうというもの。しかも濾過工程でパイプの目詰まりはしにくく、一度に大量の水を処理でき、膜の寿命は10年以上、パイプの薬品洗浄も3年に一度で済むという低コスト、高効率という優れもの。
海水の淡水化技術でも日本独自の膜技術、つまり逆浸透膜とセラミック膜を組み合わせた技術が注目を集めている。諸外国ではポリ膜を使っているが、大型のセラミック膜を開発し、併用しているのは日本だけ。このセラミック膜はポリ膜に比較して堅牢で長寿命、淡水化コストが極めて安いのが特長。
このセラミック膜の応用技術として、その他注目されているものが2つ。ひとつは海洋深層水の塩分除去と、水のリサイクル技術。安いコストで汲み上げた深層水は水温が低く、これを淡水に変えると火力発電所のガスタービンの冷却用、原子力発電所の冷却水に極めて有用、電力コストの低下に役立つ。
また世界的水不足に水のリサイクルは今後ますます必要になる。この分野における投資はアジアを中心に2010年までに2兆8000億円が投じられると予想されている。日本の膜技術陣はセラミックだけでなく、多彩な膜メニューを持っている。セルロース系の膜、ポリスルホン、ポリビニルアルコールを使用した合成高分子系の膜などがそれ。それぞれの膜は一長一短の特質を持っているが、用途に合わせた使い方の工夫も経験も数多く積み重ねている。この技術を中核に世界の多様なニーズにキメ細かく対応することも可能だ。
世界各国は日本発のオゾンと生物活性炭を組み合わせた「高度浄水処理システム」にも注目している。このシステムを活用した浄水場は敷地面積が少なくてすむ上、複雑な水処理プロセスを必要としないという特長を持つ。すでに国内60ヵ所で稼働中。
先進的テクノロジーを持った「電池内蔵型電磁式水道メーター」も水道管理コストを引き下げるアイデア製品として注目を集めている。これまでの水道メーカーに比較して小型・軽量、どんな配管にも簡単に取り付けられ、1回の電池交換で8年間作動する。

3.日本の水処理技術は一流、しかし水ビジネスは三流

日本の優秀な膜技術、オゾン処理機器の性能の高さ、配管技術のキメ細かさ、検針機器の正確さ、高度汚泥処理技術、またそれらの施設の建設技術でも世界をリードしているといえる。
しかし、部品や機器は「メイド・イン・ジャパン」を使用するが、上下水道や浄水施設の管理・運営は欧米の水道マネジメント会社と契約する。このような国や都市がアジアでも増加傾向にある。前述した水ビジネスの3分野でも素材では日本メーカーが強いがプラント建設では三菱重工やクボタが一部手掛ける程度で海外勢が優勢。管理・運営では仏のベオリア・ウォーター社、同じく仏のスエズ社など、いわゆる欧米の「水メジャー」の独壇場となっている。この水ビジネス分野においても「ガラパゴス化現象」が明確だ。
世界最大の水道会社、ベオリア・ウォーター社(仏)は、上下水道ビジネスを中国の上海、成都両市と契約、他にもドイツのベルリン市、チェコのプラハ市、米国のインディアナポリス市、タンパベイ市、モロッコのタンジール市とも契約し、高い収益を上げている。同社は下水道事業単体でも工事から運転、管理までビジネス化し、韓国の仁川市、ベルギーのブリュッセル市などで業務委託を受け、営業活動を繰り広げている。そして常時、約700名の水専門のスタッフが世界各国にとび研究開発、契約受注に積極的な活動を展開している。
ドイツのシーメンス社は膜技術、活性炭関連技術、イオン交換技術、殺菌消毒技術などに特徴を持ち、日本と同様、技術オリエンテッドのところがあったが、最近ではそれにソフト面を充実させ特に旧東ヨーロッパ各国に攻勢をかけ、売上げの50%以上をヨーロッパと米国から上げるほど存在感を増しつつある。近頃はその勢いをかってシンガポールや中国などのアジア各国へ積極的な売り込みを図っている。特にシンガポールでは「アジア水センター」構想を前面に押し出し同国政府と共同で調査を開始、前述の水の見本市でもPRに特に熱心で、アジアでの市場拡大を狙っていることを明確に示していた。
また水メジャーのひとつ、ハイフラックス社(米)は全体をまとめる水事業運営会社から日本の強味である廃水淡水化事業に参入、見本市では女性CEOを送り込んで積極的にPRしていた。
その点日本は水ビジネスをトータルで構築し売り込むノウハウが浅い。それは上下水道事業が地方自治体に任されており、各自治体が相互に競争する意識が低くマネジメント力を磨く努力を怠ってきた。
また水事業はビジネス視点で捉えるのではなく、ODA(政府開発援助)として、最貧国などからの要望に応える形でしか捉えられてこなかった。

4.和製「水メジャー」始動

日本は最貧国への水事業をODAの形で質・量とも世界一の規模で展開してきたが、その積み重ねた経験を生かし水不足、水ストレスが増しつつある地域にようやく進出しようとしている。
例えば旭化成は廃水の浄化システムでは中空系膜技術で高い実績と評価を得ているが、今後は「膜を売る」から「水のクリーニングのサービスを売る」、つまりテクノロジーとサービス(ハードとソフト)を組み合わせた営業戦略でアジア各国へ攻勢をかける。
また官・民連携して海外の水道事業に取り組もうという動きも出始めている。シンガポールの水の見本市では、大阪水道局と関西経済連合会が共同で展示ブースを出し日本の水道技術の高さをアピールしていた。
しかし、水道事業は公共性が高い故に投資を回収するまで永い期間を必要とする。それ故に厳密な計画の上に立った資金調達計画、ファイナンス戦略が必要不可欠となる。国家戦略として海外に市場を求める場合、官民の幅広の連携が必要になるとの指摘の声も強い。
そこで、今年7月発足した官民ファンド「産業革新機構」(905億円の出資)はその活動の中核事業の1つとして「水メジャー」の育成を目指す方針を打ち出している。当面、水処理膜を生産する繊維メーカー、プラントを建設するゼネコン、事業を展開する商社、マネジメントの経験が厚い自治体などに呼びかけ、人材・技術・ノウハウを集合し新会社を設立することにしている。当面はインフラがまだ未整備な東南アジアに焦点を絞って売り込みを図る考えだ。これまで個別の技術の売り込み、施設の施工など「点」の売込みでしかなかった日本の水ビジネス。これを線に、面に、さらに時間の管理のビジネスに繋げトータルビジネスにして世界に打って出ようという戦略だ。
水飢饉が目前に迫ろうとしている今、内外とも「ニューウォーター計画」の再構築が緊急の課題。110兆円を上回るという水ビジネスをめぐる世界市場の争奪戦は今後、ますます熱くなりそうだ。


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