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【連載:MOTリーダーの仕事と責任〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 1】

技術者が大きく仕事の能力を伸ばすとき
〜知るべきことを知り、成すべきことを行う〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
「責任は私がとるから思いきりやってくれ」という上司の言葉ほど技術者のやる気を引き出す言葉はない。この時、自分の仕事に無責任であってよいと思う技術者はいないはずだ。高度な専門知識を持ち優秀な技術者であっても「成すべきこと」を知っていなければ、投入した時間もコストも努力も成果につながることは難しい。思いがけない発見も目的意識をもって仕事をするときに初めて偶然現れるように見えるにすぎない。

■3人の石工の話

あるとき額に汗しながら働く一人の石工(いしく)に「君は何のためにその仕事をしているのか」と尋ねた。その石工は「生活の糧を得るためだ」と答えた。同じ質問を別の石工に尋ねたところ「石工の技術を高めるためだ」と答えた。さらに3人目に同様の質問をしたところ「教会を建てている」と答えた。という逸話(注1)がある。
技術者は放っておけば第二の石工にはなる。放っておくとは「マネジメントしない、されないこと」を意味している。これでは組織で仕事をすることにならない。複数の人間が一緒に教会を立てているはずなのに、このような働き手のところで組織力は減衰される。最近、KY(空気が読めない)という言葉が流行ったが、組織内の働きについて「教会を建てている」という空気を読み感じて仕事をしないKYさんは少なくてもMOTリーダーにはならない方が良い。

■イノベーションはどこからくるのか

イノベーションについてはいくつかの考え方があるかと思うが、現場ごとに行う改善活動もイノベーションの一つだとの立場を筆者はとる。これは時代を動かす発明や発見も日々の仕事の積み重ねであり、多くの成功者が共通に「いつもそのことを考えていると、ふっとひらめくときがある」と言うがごとくである。
とするとイノベーションを起こす前提となるべきは、目的意識とその目的を実現しようとする意志の強さ、それを継続的に言動に表現する働きぶりにあるのではないか。やはり先に述べた3人目の石工の仕事振りがイノベーションを引き出す仕事振りに近いのだと思う。
もう少し具体的に考えてみよう。目的意識つまり「協会を建てている」に相当するのは実務的にはマーケティングのことであり、技術者が事業ドメインを自覚して仕事をしているかという話になってくる。
次の図を見てほしい。この図は事業ドメインを構造的に示したものである。対象顧客と対象顧客ニーズに合わせて保有している技術を具現化できているか。対象顧客と対象顧客ニーズ(知るべきこと)を知り、「要求を満たすこと(成すべきこと)を知ること」は、事業ドメインを形成しイノベーションに必要な発想と言動を生み出す前提を整えることにつながるといってよいだろう。

■MOTリーダーの成果/ダイハツ工業「ミラココア」

8月17日に発売した低燃費車「ミラココア」のTVコマーシャルが最近は目に付く。これは、MOTリーダーが開発チームを率いた成果である。紙のスケッチ段階からインターネットでターゲット層をモニターとして募集しアンケートを徹底し商品に反映させたという(注2)。初購入の20代女性を対象にしたというこの製品の特徴で目立つのは、
(1)ロゴの「D」を「Cocoa」に替えたこと、(2)ルームミラーにバックモニターを内蔵したこと、(3)背の低い人も最適な運転席を確保できるシートリフターやシートベルトの工夫がある。
この事例を図で説明することができる。この新製品を世に出すというイノベーションは、対象顧客(初めて車を購入する20代の女性)の対象ニーズ(運転歴の少ないのを補いたいという欲求)と独自技術・製品・能力(昨年8月に発売した「ムーブ・コンテ」車で培ってきたもの)とを経営(事業の)視点で纏め上げた成果だと説明できる。
このMOTリーダーのとった姿勢と仕事ぶりが第三の石工である。

■MOTリーダーが最初に「知るべきこと」

この事例からもわかるようにMOTリーダーが最初にする仕事は、図にある事業ドメインを運営する経営(事業)の視点でものを見ることである。これは経営者の視点と同じだ。この事が即座に経営者の仕事をするということを意味していないが、製品・能力のイノベーションが新市場(新しい標的市場)を開発したとき、ベンチャー企業として一人立ちする道を歩まないとも限らない。このとき嫌でも経営者の仕事をさせられる。そこから逃げればMOTリーダーの機会を放棄したことになる。放棄する理由があるなら組織の一員としてリーダーの精神を持って仕事をするということのはずだ。MOTリーダーを支えることは許されても足を引っ張ることは避けなければならない。 次に現在の標的市場を見直してみることだ。標的市場は2つの要素から成り立つ。お金を払ってくれる顧客(人)とその顧客が求めている何か(便益、価値、欲求、ニーズなどさまざまな言い方がある)である。この2つの要素を同時に満たすことのできる我が社(我が技術部門)の独自技術・製品・能力を提供できればイノベーションが起こる、新市場が創造され、顧客が創造される。 現実は厄介である。対象顧客と対象顧客のニーズは生活環境と時間の変化に左右されやすいにも関わらず、独自技術・製品・能力の提供には人手と時間がかかるからである。過去のそれにしがみついていれば標的市場は無言で去っていく。 対象顧客は1年ごとに年を重ねライフステージが変化する、ライフスタイルが変化する場合もある。対象顧客のニーズも長期的に変化しないものがある一方、食材ニーズを例にすれば午前と午後で好みが変わり天候によって好む量も変わる。 これらのことはMOTリーダーとして「知るべきこと」の一部でしかない。

■技術者の仕事能力を伸ばす特効薬/「成すべきことを行う」

ダイハツ工業「ミラココア」の開発過程でも何度も繰り返されたであろうこと。開発に携わる技術者が将来顧客と直接会い意見を聞く、要望を聞く、そのとき表情と一緒に意見を聞き、要望を聞き、質問をし、説明を聞くこと。これらは「成すべきこと」の一部でしかないだろう。それでも実行しなければならない。標的市場とするからには対象顧客の声を聞きそのニーズに応える事は、お金をいただく以上ともに「成すべきこと」だからだ。 技術者が考えるデザインを対象顧客にストレートにぶつけてみるのも良い。頭から否定されるかもしれない。その逆かも知れない。結果を案じて何もしないことよりも「今、成すべきこと」に集中するとき、仕事能力は伸びる、ということも知っておくべきだろう。
<注の説明>
(注1) 3人の石工の話。(p70、ドラッカー名著集「マネジメント(中)」P,F,ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注2) ダイハツ「ミラココア」開発チーフに聞く(日経産業新聞、2009年8月18日付)

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