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【連載:世界一の品質を取り戻す23】 検証・日本の品質力 電気自動車(EV)の本格普及を目前に開発競争が 激化するリチウムイオン電池
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「電池を制するものが今後100年の産業を制する」――3月初旬、東京ビッグサイトで世界最大級の電池ショーが開催された。電力の世界も石油、石炭、天然ガスなど限られた資源の火力(炭素系)発電から水力、原子力の有効利用、太陽光、風力、波力、地熱、水素など電力源の多様化が活発かしている。ここにもフローからストックの波が押し寄せてきている。いかに有限な電力をストックし、無駄なく有効に使用するか、その技術力が今後の勝負を決める時代に突入している。 1.日本人が産み、育てたリチウムイオン電池ひと口に電池といっても正極(プラス)と負極(マイナス)の電極材料をどう組み合わせるかの違いだけで、現在までに約140種類の構造のものが開発されている。現在、電池と呼ばれるものを大別すると、化学反応を使って直流の電気を作る「化学(反応)電池」、熱や光などの直接直流の電気に変換する物理エネルギーを利用した「物理電池」および「生物電池」の3つが存在している。その中で主力である化学電池も、使いきりの一次電池と、充電して繰り返し使用できる二次電池、そして同じ化学反応だが水素と酸素を使って水の電気分解とは逆の化学反応で電気をつくる「燃料電池」の3つに大別される。電池が実用化されだして約140年。その形状の違いや大小の違いなども数えると世界中に約4000種類あるといわれている。日本に電池がもたらされたのは幕末、ペリー来航の際の幕府への献上品の中にあったとされている。限りある資源をいかに有効活用するか、またいかにCO2の排出を抑制するかの課題を押し付けられている現在、二次電池の当面の本命とされているのがリチウムイオン電池。そのリチウムイオン電池の発展の過程を見ると日本人が開発し、育ててきたといっても過言ではない。リチウムイオン二次電池は1981年、負極材にノーベル賞を受賞した白川英樹博士が発見したポリアセチレンを使用、非水素系電解液と正極にはコバルト酸リチウムを使う二次電池としての基本概念を吉野彰氏ほかが確立したのに始まる。その後、負極にグラファイトと炭酸エチレンの電解溶媒を組み合わせて、より安全な二次電池として完成させている。1990年代に入って実用化が始まり、量産化を本格化させたのがソニー。このときから二次電池の本命としてリチウムイオン電池が普及しだしている。 二次電池はまた、その充電容量によって、ノートパソコンや携帯電話、デジタルカメラなどの携帯機器に使われる小型のもの、電気自動車(EV)やアシスト自転車などに使用されている中型のもの、そして水力、風力、バイオ、太陽光発電など自然エネルギーを貯める大型の二次電池に大別される。需要も小型のものから普及に弾みがつき、大型のものへとどんどん開発が進んでいる。08年の日本の電池の生産量は約54億個。そのうち二次電池は33%で、その中の3分の2をリチウムイオン電池が占めている(そのほかにニッケル水素二次電池は、アルカリ蓄電池、鉛蓄電池などがある)。それを販売額ベースで見ると総額は約8500億円。そのうち二次電池は85%、その46%がリチウムイオン電池となっている。 リチウムイオン電池の構造は正極材と負極材料をセパレータで区切る三層構造。充電容量を高めるにはこの三層構造を多重層にするかにかかっている。初期の頃、ソニーはこのリチウムイオン電池でリコール問題を起こしたが、このセパレータの部分に製造過程で通電性の異物が混入してしまい、これがショートし発熱、発火を引き起こしてしまった。 品質管理では通常、3シグマ(許容範囲を超える確率は1000分の2.7以下)が基準とされているが生産数量が膨大でかつ不良品が重大な事故をもたらす危険性がある場合は3シグマ管理では不十分。このため日本のメーカーは6シグマ(同6億分の1以下)管理に引き上げ、徹底している。現在でもたまに携帯機器などで発熱、発火事故を起こすのは中国産など管理の甘い工場に作られたものが多い。 またリチウムイオン電池ケースの薄型化、低コスト化などに貢献したのも日本人。従来はアルミ板材を電子ビーム溶接して角型形状に仕上げていたが、多大な溶接時間がかかる上、溶接部分の気密テストが必要になるなど生産コストが高くついていた。これを解決したのが東京・墨田区で町工場を経営する岡野雅行氏(岡野工業社長)。アルミ板材をプレス金型で深絞り成形することで電池ケースの製品化に成功。並外れた形状と深絞りの度合いで製作時間は従来の100分の1に、しかも溶接部分がないため気密テストの必要もなく品質も向上、一石三鳥の貢献をした。基本技術ばかりでなく、こうした周辺技術の努力もあって、リチウムイオン電池は日本の独壇場となった。 2.リチウムイオン電池の主戦場はEV用に移行自動車の分野において近年、ガソリン車から、エコディーゼル、ハイブリッド(HV)、そして電気自動車(EV)へと、より省資源化を目指してカテゴリー変換が急速に進んでいる。特に注目を集めているのが「究極のエコカー」と言われるEV車。環境面だけでなく重いエンジンや変速機が不要なシンプルな構造はこれまでの自動車の常識を覆すインパクトを有している。それだけに既存のカーメーカーだけでなく、ベンチャー企業も参入し易く、皆熱い視線でその動向を見守っている。リチウムイオン電池は小型で大容量化が可能であるためEV用電池の当面の本命とされているため、各国、各社とも開発・生産競争を加速させている。 世界で最初にEV車の量産化を始めたのが三菱自動車(車名「アイ・ミーブ」)で、昨年市場投入し、話題性もあって初年度2000台が売れた。今年度の販売目標は企業や官公庁向けを中心に9000台を見込んでいる。現在の価格は459万9000円(政府の補助金を受ければ320万9000円)。今後は輸出も行なう方針で12年度の生産台数目標を、10年度の3倍以上の3万台に引き上げた。近い将来、生産台数を「年間10万台を目指す」としている。三菱自にリチウムイオン電池を供給しているのがGSユアサ。同社は京都市の本場工場で増産するほか滋賀・栗東市でも12年度から新工場を稼働させる。三菱自とGSユアサは合弁会社を設立、滋賀・草津市の工場でも生産、体制を強めている。 日本のその他のメーカーのEV車への取り組みを概観すると、昨年市場投入した富士重工業(車名「プラグインステラ」)が今年末に日米両国で販売開始、ルノーは来年欧州を中心に販売開始、双方で3年後30万台の生産を目指す目標を表明している。 またトヨタ自動車は12年度から米国市場への投入、ホンダは12年度の国内販売に向けて研究開発を急いでいる。 一方海外メーカーのEV生産・販売計画を見ると、GM(米)は今年11月に「ボルト」ベースのEV車生産開始、初年度販売目標8000〜1万台、生産能力で年産5〜6万台を目指す方針。フォード(米)は来年度、新型「フォーカス」ベースのEV発売予定。フォルクスワーゲン(独)は13年度中に「E−ゴルフ」「E−ジェッタ」の量産を開始する計画。プジョー・シトロエングループ(仏)は三菱自からのOEMで今年10月から欧州で10万台の供給を受けて販売開始、ダイムラー(独)は「スマートed」を欧州6カ国に投入、米、カナダでリース販売は計画している。現代自動車(韓)は来年度中に発売する計画(政府発表)。またベンチャー系の電池メーカー、ステラ・モーターズ(米)は来年「モデルS」の生産開始、12年度年産2万台を計画している。フィスカー・オートモーティブ(米)は12年後半に「ニナ」生産開始、年産7.5〜10万台を目指す。米投資家W・バフェット氏の投資を受けたことで注目を集めた電池メーカーBYD(中)は今年3月、1台300万円台の「e6」を深市のタクシーに100台を投入している。 また、自動車各社とリチウムイオン電池会社の主な提携関係を見ると、
一方、日本以外の主要国は国策としてエコカーの普及促進施策を打ち出している。米国は大統領が15年までにEVを含むプラグイン車を100万台普及させる目標を打ち出すと共に政府が電池を中心にEV産業支援策として24億ドル(約2250億円)の助成を決めている。ドイツは20年までにEV車の100万台、30年には500万台の普及を目指すとしている。またフランスは20年までに200万台の普及、中国は来年度までにEVやプラグインハイブリッド(PHV)などの「新エネルギー車」の年50万台の生産(販売量の5)を目指す方針。また韓国は来年度からEVの量産を開始。20年には同内車市場のEV普及率を10%以上にする目標を表明している。 これまで普及させるためには、アナリストの分析によれば、量産効果で価格を現在の半分から3分の1、走行続距離も向こう5〜10年間で2.5倍に伸びることが期待されている。よってEV車に占める電池の価格が50%を超える(ガソリン車に占める一番高価格のエンジンでも10〜15%ほど)。これをどこまで引き下げられるかが課題。また1回の充電で走行距離160キロ(4人乗りでエアコン使用だと100キロ程度)をもう少し航続距離を伸ばす必要がある。そのほか急速充電器の設置(ガソリンスタンドは現在で全国4万箇所)をGS並みにする必要がある。 こうした普及促進、技術開発を目標に、東京電力など関連企業158社がコンソーシアムを組んで国際標準化を目指す方針を打ち出している。またEUも欧州委員会が経済成長戦略「欧州2020」を策定、その中核にEVを据え、国際標準化を目指す目標を掲げている。 またリチウムイオン電池の材料開発を促進するため経済産業省と関連企業16社は大阪・池田市に「リチウムイオン電池材料研究センター」を4月中に設立する方針。 参加企業は独自の材料を持ち寄り、電池の性能向上のスピードアップを図るのが狙い。通常、試作から商品化まで5年程度かかっていたが、今後韓国や中国などのキャッチアップが早まってくることが予想されるため、2〜3年に短縮しなければ競争優位が保てないとの目論見があるからだ。 3.リチウムイオン電池の後継電池も次々と開発が進む造船、鉄鋼、半導体、スパコン、家電、そして工作機械と日本が品質、機能、性能とも世界をリードしてきた(シェアもNo.1)お家芸とする技術も近年、あっという間にトップの地位を奪われ、後塵を拝するに至ってしまった。前述した様にリチウムイオン電池においてもトップランナーの日本をキャッチアップしようと新興国を含めて躍起となっている。日本の独壇場を将来も確固たるものにしておくためには、この分野においても次世代の技術を開発、確立しておく必要がある。 野村総研の研究によると「現在、世界の自動車の販売台数は約5000万台。近い将来、その25%がモーター車に置き換わる」としている。そのためには今のリチウムイオン電池の数倍の蓄電性能が望まれるとする。リチウムイオン電池の性能を大幅に上回る蓄電池を総称して次世代蓄電池といっているが、その有力候補として、このほど大阪府立大学の辰巳砂昌弘教授と林晃敏助教授のグループはリチウムイオン電池の5倍の蓄電性能を引き出せる「リチウム―硫黄電池」(全固体型リチウム硫黄電池)の基盤技術を開発した。この電池は正極に硫化物材料、負極にリチウム金属などを使用し、高いエネルギー密度にすることができる。また電解質に固体材料を使うと安全性が高まるという特徴を持つ。この技術を使って製品化すれば1回の充電でガソリン車並の長距離走行が可能となる。因みに現在の充電1回の走行距離は160キロ程度。 そのほかの次世代電池として有望視されているものに「金属―空気電池」と「多価イオン(カチオン)電池」の2つがある。 「金属―空気電池」は正極に空気中の酸素を利用する触媒材料、負極に亜鉛やアルミニウム、リチウムなどの金属を採用するもので、正極の容量が小さくなり、小型・軽量化できるという特色がある。 一方の「多価イオン電池」は正極に酸化物材料、負極にマグネシウム、アルミニウムなどの金属を採用、ひとつのイオンで複数個の電子が移動するため、同じ大きさの電池で複数倍のエネルギー移動が可能となる特徴を持つもの。 蓄電池の容量や出力などの性能は、電極や電解質にどんな材料を採用するかによって理論限界が決まる。高い性能を引き出すための材料の組み合わせが分かっていても、充放電を繰り返す仕組みや構造をなかなか作り出せず技術的な壁となっていた。これらの次世代電池はその一端を崩した技術として早い製品化が期待されている。 |