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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (2)】

仕事の意味と目的(前編)
〜「顧客は誰か?」の問いから始める 〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
協働して目的を実現したい、仕事を通じて自己実現したいという人の熱意を前提としてマネジメントがあるために、マネジメントは仕事抜きに存在できない。無目的で自己実現の意欲も伴わない仕事が如何につまらないものかを、人は直感的に判断できるのではないだろうか。だからこそ、技術者も「仕事の意味と目的」を知らなくてはならない。

■人は機械ではない

毎日、起き、朝食を食べ、出社、仕事して帰宅し就寝するまでの時間が分単位で何年も計画的に継続して生活している一般人を知らない。極めて特殊な生活環境でかつ強制的な制約でもない限り難しいに違いない。
「人は機械ではなく、機械のように働きもしない」(注1)とは、ドラッカーの言葉であるが、誰でも知っているはずだ。心身の条件によって出来栄えが変わるのが人間の仕事であり、機械のように計画や設計どおりには動かない。ホーソン実験(注2)という有名な実験から得られた教訓もこのことを説明した。仕事に意味(何故、働くのか、何のために働くのか)を見出すことが、人が仕事をする動機であり成果をあげる大前提となる。人は機械ではないのだから、自分が意思決定して身体を動かす意味を仕事に見出す必要がある。
例えば、生活のため、自分の技術力の向上のため、組織の目的達成のためなどがある。マネジメントは一技術者であったとしても組織の目的達成を意識して働く者だと、ドラッカーは言う。(注3)二人で仕事をするのであれば、もはやマネジメント抜きに仕事はできない。

■自分の仕事はどこに通じているのか:事業の目的

研究テーマの選定は、わが社の事業と全く無関係であろうか。組織で仕事をするからには協働の目的が必要なことはいうまでもない。野球をしたい人とサッカーをしたい人と柔道がしたい人が集まった場合、少なくてもラグビーはできないだろうし、同じスポーツだからといって無理に実行すれば脱落者や怪我人が出るに違いない。こんなことでは組織として仕事ができない。そもそも野球もサッカーも柔道もラグビーも一人ではできない。
組織の成果が外部の人(スポーツであれば観客)に認められるところに、組織の目的が満たされる一面があることを否定できない。ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造である」(注4)と言うが、現実の企業では如何にして技術者の仕事が所属する企業の顧客創造に通じるのだろうか。自らの研究活動や技術的活動の成果は、ある事業活動や未来の事業活動につながる期待として、企業目的である顧客創造に通じることになる。

■事業の目的と一人ひとりの仕事

製造業の品質管理部門に所属するM氏は、自分の仕事にマンネリ感を捨てきれずにいた。 製造ラインから工程別の仕掛品をサンプル取得し測定器で測った後、グラフを作成する。統計的な分析をした後、製造機械の調整のためのコントロール値を算出する。1年で飽きてしまったが、その後、5年も同じ職場から動いていない。部下というか後輩を指導することもあるが、どちらかというと淡々と自分の仕事をこなすタイプである。
このM氏は、私の「貴方の仕事の目的は何か」の質問に答えて「顧客創造など身近に感じない」という。実際にこの職場で、顧客創造という言葉より、「品質管理を目的にしている」という答えが全員だった。この職場での仕事の意味は、ある製品の品質管理を毎日行うというものであり、一人ひとりもそのことは自覚している。
このような技術者が顧客から製品の不具合を指摘されたとき、「品質管理には万全を尽くしている」とは答えられても「製品に不具合がある」ことは、認め難いという態度をとりがちである。この「顧客と技術者の認識の違い」は、放置しておけば顧客にも企業にも良い結果をおよぼさないことは明らかである。
事業は顧客から対価をいただき成り立っていることから考えれば、事業の目的が顧客創造であることを否定する人はいないはずだ。しかし、職場で一人ひとりがこの自覚を持つにいたり、先の「顧客と技術者の認識の違い」を放置しない組織をつくるには、何かが足りない。マネジメントが足りないのである。

■事業目的を達成するための8つの目標領域

所属している職場の仕事だけを自分の仕事と自覚していることで、組織として良い仕事ができるのであろうか。「顧客と技術者の認識の違い」を放置しないで解決する組織に成り得るのであろうか。それには、事業の目的である顧客創造と自分の職場とをつなぐ必要がある。すなわち、「顧客創造」という目的を実現するための職場の目標設定である。
ドラッカーは8つの目標領域を提案する。次図を見て欲しい。
その8つの目標領域とは、(1)マーケティング、(2)イノベーション、(3)人的資源、(4)資金、(5)物的資源、(6)生産性、(7)社会的責任、(8)条件および制約としての利益である。

■「顧客は誰か?」の問いから始めることで事業を定義する

事業の目的が顧客創造であり、その目的を職場の仕事と結びつけるものが「8つの目標領域」であるとしても、現実の「仕事の意味と目的」とは言えまい。経営は現実であり、仕事も現実に成果を求められるものである。何かが足りない。それは「顧客は誰か?」という現実の問いである。ドラッカーはこの問いを「事業の目的とミッションを定義するうえで最初に考えるべき重要な問いである。」(注5)という。確かに、顧客を想定しないで顧客創造もないだろう。顧客が想定できなければ、マーケティングをはじめイノベーションなどの方向も定まらず、8つの目標は空転するに違いない。
顧客を明確にすることから事業の目的の定義が始まる。すなわち、誰のどのような求め(顧客が求める価値)に応えようとするのか、そのためにわが社の事業は何であるべきか、何でなければならないか。これらの問いを最終需要家としての顧客だけでなく、メーカーであれば卸や小売についても、繰り返しながら、事業を定義していくのである。顧客と顧客が求める価値、わが社は何を成すべきかという事業の目的とミッションが定義できれば、8つの目標の設定に入る。

■マーケティングの目標の設定に入る前に

次にマーケティングの目標設定に入るのだが、ドラッカーは、安易に目標設定することを戒める。「集中の目標」と「市場地位の目標」を先に決めよ、というのだ。(注6)
既存市場、既存製品、新市場、新製品、流通チャネルについて、投入と廃棄に関する集中の目標を設定する。対象セグメントやトップを狙う製品およびサービスや提供価値を決定するなど市場地位の目標を設定する。
経営環境が変化すれば、「集中の目標」と「市場地位の目標」は当然のこと、変化させ経営資源の投入と活用をマネジメントする必要が出てくる。その上で、既存市場、既存製品、既存市場、新市場、流通分野、広告宣伝や販促などのマーケティングに関する目標を設定する。

■イノベーションの目標

ドラッカーはイノベーションを広く捉える。資源に付加価値を与える行為をイノベーションと捉えているからだ。すなわち、新製品の開発活動だけでなく、既存製品による新市場の開発活動、業務プロセスの改善活動までもイノベーションとしている。(注7)
トヨタ自動車などで行われている継続的な改善運動、ユニクロが行っている新聞の折込チラシによる新規顧客開拓やヒートテックのたゆまない製品改良活動、アップル社の電子書籍iPadという新製品開発と市場投入、などが具体的なイノベーションの例である。

■人的資源の目標

8つの目標領域のうち、ドラッカーは、マーケティングとイノベーションを企業家的な機能であるとしている(注8)ことから、人的資源他の目標設定は、このマーケティングとイノベーションの目標を実現するためのものである。
どういう人材を、いつ何人必要か、経営管理者の仕事ぶりと行動、一般従業員の仕事ぶりと行動などが具体的な目標設定の領域となる。米国企業の場合だが、リッツ・カールトン、ハーレー・ダビッドソン、ディズニーなどには、企業内大学とも呼べる充実した人材育成機関を有している。また、これらの企業においては日常業務においても、社員同士による仕事の助け合いを支援するような制度もあるという。

■MOTリーダーの取組むべき課題

組織は人が協働する単位である。組織は事業を営むから所属する個人は事業自体に関心を持つ。その事業に向かないと思えば、辞めてしまうという行動をとるのが人である。目的とミッションを定期的あるいは必要に応じて見直し、8つの領域の目標設定を現場参画型で行うことで、個人の自己実現欲求の方向性と事業の目的とのズレを最小限にする組織的な機能が必要であり、これもマネジメントの仕事である。さらに、職場単位では、上司と部下の目的と目標意識を一致させる“絆”を形成することができれば理想的である。このための特別の方法として、マネージャーズ・レター(注9)をドラッカーは提案している。(次号に続く)

<注の説明>
(注1) 「マネジメント」(上)ドラッカー名著集、p234、(P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注2) ホーソン実験;1924年から1932年にかけて心理学者レスリスバーガー等がホーソン工場で行った実験のこと。
(注3) (注1)の参考文献(中)「3人の石工の話」p70、
(注4) (注1)の参考文献p74、
(注5) (注1)の参考文献p100、
(注6) (注1)の参考文献pp135-140、
(注7) (注1)の参考文献pp140-142、
(注8) (注1)の参考文献p74、
(注9) 「現代の経営」ドラッカー選書、p294、「経営管理者の手紙」のこと。(P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)

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