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【連載:世界一の品質を取り戻す26】

検証・日本の品質力
加速する中国資本の日本企業へのM&A攻勢
−新興国から狙われる日本の品質・技術・ノウハウ−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

今年中に中国のGDP(国内総生産)が日本を抜いて世界第2位に躍り出ることが確実視されている。また、米国の中央情報局(CIA)など16情報機関で構成する国家情報会議(NIC)が15年後の世界情勢を予測した「世界潮流2015」によれば、日本はインドにも抜かれ、第4位に転落するとしている。その時、より多極化が進み、中でも「中国は今後20年間、最も影響力を増す国になる」と位置付けており、世界の不安定化は一層増大すると予測している。
日本がバブル経済の崩壊の1990年代初めからの経済停滞「失われた20年」脱却に苦しみ続けている間に、中国を初めとする新興国(BRICs)は目覚しい経済成長を続け、世界の工場から魅力あるマーケットから潤沢な資金を背景とした資本攻勢に転じ始めている。中でも中国は国内消費の急速な増大を賄うため、国策として石油、石炭、レアメタルなど資源の確保、遅れがちな技術、品質の向上を目的に世界中で買収交渉を強めている。特に品質面でターゲットになりつつあるのが日本というわけだ。
M&A(企業の買収と合併)は時間を買う経営手法と言われている。自前で人材を確保し、技術力を地道に強化し、市場での評価を高め、シェアを伸ばしていき、ブランド力を高めるためには時間とコストがかかる。それを一挙に解決してくれる手法がM&Aだと言われている。大和総研の調査によると、アジア・太平洋地域における国境を越えたM&Aの案件が今年度に入って増え始め、リーマンショック以前の水準へ。そして来年度以降もそのトレンドはさらに高まるものと予想している。その中核にあるのが中国、インド、日本、韓国だが、特に強まっているのが中国、インドの存在。アジア・太平洋地域におけるリーマンショック前の07年の対外M&Aは約2850件(約2380億ドル)だったものが今年度のM&Aは約2800件(約2400億ドル)に達すると予測しているそのうち中国の企業によるM&Aが約350件、インドによるものが約250件。しかも最近の中国によるM&Aの1件当たりの買収金額がより大型化して傾向が伺える。しかもターゲットとなっているのが日本企業。国内市場の売り上げ増で貯えた潤沢な資金を武器に、日本企業に対するM&A攻勢をかけている。その狙いは何なのか。最近のM&A事例を見ながら検証してみたい。

1.中国による日本企業買収に見られる特徴

中国の日本買いは10年ほど前から始まっていた。しかも毎年6〜8件で推移し、急激な案件の増加は見られなかった。帝国データバンクの調べによると、これほどまで中国企業に買収された日本企業の数は300社余。だが08年頃から急増し始め、ここ2年間で毎年10数件、この今年だけで17件にのぼっている。最近5年間では合計200件に近づきつつある。しかも1件当たりの買収金額も徐々に大型化しつつあり、年間の合計買収金額も08年以前は毎年計100億円程度で推移していたものが、最近は2倍〜3倍と急増している。最近報道された中国企業による日本企業のM&A事例を列挙すると次のようになる。
  • 上海電気集団(上海市)による池見(工作機械)の買収(2004年)
  • サンテックパワー(江蘇省)によるMSK(太陽電池)の買収(2006年)
  • 中国動向集団(北京市)によるフェニックス(スポーツウェア)の買収(2008年)
  • 蘇寧電器(南京市)によるラオックス(家電量販店)の買収(2009年)
  • デジタルチャイナ(北京市)によるSJI(システム開発)の買収(2010年)
  • マーライオンHD(英領バージン諸島)による本間ゴルフ(ゴルフ用品)の買収(2010年)
  • 寧波韻昇(浙江省)による日興電機工業(自動車部品)の買収(2010年)
  • 比亜迪気車(BYD=広東省)によるオギワラ館林工場(金型)の買収(2010年)
  • 山東如意科技集団(山東省)によるレナウン(アパレル)の買収(2010年)
これらのM&A事例の中から透けて見える中国の狙いを検証してみたい。まず日興電機工業の例だが同社は東京・城南地区で創業(1933年)、トラックメーカーいすゞへの部品納入企業として業容を拡大してきた。特にダイナモなどのディーゼルエンジン用電装品の技術には定評があった。しかし東証2部に上場後、事業拡大に納入先の不振が重なって急速に資金繰りが悪化。1999年に会社更生法の適用を申請して上場廃止、以後、大和証券SMBCプリンシパル・インベストメントなどが出資し経営再建を目指してきていた。一方、寧波韻昇はオルゴール製造では世界首位クラスの企業。その余力を買って業容の幅を現在、急拡大させている。特に最近、力を入れているのが自動車部品分野。その中で電装品を中核としたハイブリット車向けの部品の開発に力点を置いていた。古い歴史を持ち、それなりに技術の蓄積があるが、現在の苦境から抜け出せないでいる日本企業はM&Aのターゲットになり易いという典型例である。昨年度末、買収話が持ち込まれ、最終的に日興電機の発行済み株式の約79%を11億7000万で買収することで合意した。寧波韻昇は買収資金の50%を自己資金で残り半分を借入金で調達した。一般にはこの買収劇を先進技術の入手を目的と見ているが寧波韻昇のトップは「サプライチェーンの整備のほか、製品の研究開発、生産コストの低減にプラスにしたい。また経営管理、市場開拓の面でも互いに補完しあいたい」としている。
今年4月初旬、電気自動車メーカー、比亜迪気車(BYD)が有力金型企業オギワラの工場のうちの1つを買収したと発表した。群馬県に本社を置くオギワラはトヨタやホンダ、ゼネラルモーターズ(GM)などにも金型を供給している世界最大規模・品質・技術を持つ日本を代表する金型メーカーの1つで米国、英国、タイ、メキシコ、中国などにも工場を持つ。BYDが買収したのはオギワラの国内5工場の1つである館林工場(群馬県館林市)で、主にエンジンフードをはじめとする自動車ボディーの金型を生産していたが、BYDは同工場の土地や製造設備のほか約80人の従業員のすべてを引き継ぐ。また同社は今後の方針として、生産ラインをメインの北京工場に移す計画があり、その前段として、まず中国の従業員を館林工場に派遣して、技術の修得に注力させたいとしている。
BYDは著名な投資家W・バフェット氏が同社の電気自動車事業の将来性を高く評価。10%の株式を取得したことで名を馳せた企業で、事業内訳は自動車関連55%、携帯電話関連33%、電池関連12%、リチウムイオン電池での将来が期待されている。一方のオギワラは近年の各自動車メーカーの下請け数の縮小のあおりを受けて設備、従業員の過剰感が増し、コスト削減の重しになっていた。BYDのCEOは今回のM&Aの狙いとして「供給側をコントロールすることで車両全体のコスト引き下げに有利にしたい」と語っているが、設備、優秀な技術者を丸抱えすることで今後発展が予測される電気自動車の技術・価格競争を有利に運びたいというのが本音のところ。
今年5月下旬、中国の繊維大手の山東如意科技集団が経営再建中のレナウンの株式41.18%を取得、筆頭株式になったと発表した。投資額は約40億円。山東如意科技集団は1972年創業で山東省を拠点とする大手繊維メーカーで羊毛、綿などが主力。近年は繊維だけでなくアパレルメーカーとして中国国内でブランド品の育成に注力しだしていた。昨年の連結売上高は約1400億円。
レナウンは高度成長時代、自前のブランドを育成すると共に海外ブランドとも提携し、業容を拡大、所得中間層の取り込みに成功、一次はアパレル業界のトップの座を占めたこともある名門企業。しかし、保有ブランドの消費者離れもあって、特に主力相手先である百貨店の業績低迷も重なって2005年ごろから急激に悪化、最近4年間は赤字続きだった。この間、有力ブランドを次々売却、併せて2年前から投資ファンドも入り(約25%株式保有)再建待ったなしに追い込まれていた。レナウンは今後、自社ブランド商品を山東の販売網を通じて中国全土で販売、製品の共同開発を行う。また三等の製造拠点を使って現地生産を強化、大幅なコスト削減を図る。山東は高まりつつある日本ブランド商品に着目、レナウンの女性向けカジュアルブランド「シンプルライフ」などを販売し自社の衣料品原料の大口購入先を確保する。だが真の狙いは日本アパレルの品質の高さにある。長期間着用しても型崩れしない、糸のほつれがない縫製技術、洗濯を重ねても色落ちしない染色技術などアパレルの基礎技術は世界的定評があった。しかしレナウンの場合は近年のユニクロなどのファストファッションの盛り上がり、欧米の高級ファッションの谷間に落ち込み、この二極に対応できずにあったのが低迷の要因。山東にとってはまだ育っていないアパレルの技術の早期に獲得するのが狙い。中間層が急拡大しつつある中国市場においてはレナウンの技術は当面の間、相当威力を発揮すると判断したことによるもの。
マーライオンHDが本間ゴルフを傘下に収めたM&A事例は本間の手づくり技術に着目したもの。中国のゴルフ市場もセレブ層にはオンリーワン商品や、差別化された商品に人気が高まっており、いずれ中国にも訪れるであろう成熟化された消費者市場(多品種少量生産ニーズ)において先手を打つ必要があると判断したもの。

2.世界のM&A市場で中国が日本を抜く

米国発の金融危機からいまだ抜け切れずにいる日米欧がM&Aでもその存在感を薄めているのを尻目にいち早く経済回復を成し遂げた中国は世界M&A市場(金額ベース)でも日本を抜き存在感を増している。
09年4月〜10年3月(09年度)の世界M&A市場の買収額を見ると、総額は2兆4503億ドル(約230兆円)、前年度比16%減で2年連続の減少。米国は2%減り、欧州は46%減と大きく落ち込んだ。対照的に急拡大しているのが中国で、企業・政府系ファンドを中心に前年度比36%増の2092億ドル。日本は同7%減の1548億ドルにとどまり、年度ベースで初めて中国が日本を上回った。中国企業・政府系ファンドによる最近の欧州企業に対する大型M&A案件を見ると次のようなものがある。
  • 2009年6月、中国石油化工集団(シノペック)によるスイスのアダックス石油の買収(買収規模=89億ドル)
  • 同年7月、中国投資(CIC=政府系ファンド)がカナダの資源エネルギー企業のテック・リソシーズ(同15億ドル)、カザフスタンのカザフスタン石油天然ガス開発会社(同9億ドル)と相次いで買収。
  • 同年8月、中化集団(シノケム)が英国のエメラルド・エナジーを8億ドルで買収。
  • 同年11月、CICが米国のAES社を15億ドルで買収
  • 今年3月、浙江吉利控股集団がスウェーデンの自動車メーカー、ボルボを18億ドルで買収。
アジアのM&A市場における買い手側として存在感が顕著になっているのは中国企業ばかりではない。インドの携帯電話最大手のバルティ・エアテル社が今年3月末、クウェートの携帯電話会社ザイングループのアフリカ事業を総額170億ドルで買収している。
一方で韓国企業も日本の中小企業に熱い視線を送りつつある。ターゲットになっているのは基幹技術を持つ中小企業。直近では同国最大のポータルサイト「ネイバー」を運営するNHMが日本市場での競争力や信頼度の向上を狙って、同業のライブドアを買収したケースがある。また、プラスチック射出金型およびIT部品メーカーのジェヨンソリューテックが日本の同業2社を、サムソン物産がステンレス加工大手の明道メタル(新潟県)を買収したケースが挙げられる。
韓国が日本企業に触手を伸ばし始めたのは、中国の企業が日本企業の品質づくり、技術の獲得を目的にM&A攻勢をかけていることへの対抗手段。警戒心の現われと見るほうが正しい。

3.M&Aを逆手に取った中国市場拡大を武器に

従来、M&A分野において日本市場は言葉の壁や日本市場に対する知見のなさ、日本企業に対する閉鎖的イメージもあり、あまり関心を示さず、進出した企業も壁を克服できずに頓挫したケースが多かった。
しかし中国企業による日本企業の買収の事例に見られるように、傘下に収めることで技術、ノウハウ、マネジメント手法を自国に持ち込むことで、先進国との差を早期に詰めることを容易にする戦術に活用する考え方もある。
中国の消費者市場は日本の30年前と同じ道筋を歩んでいる。日本市場で存在感を失っている技術、管理手法でも中国の経営者にとってはまだまだ有力な武器になる。その上現在の日本市場は失われた20年と言われるほどの苦境にあり救済の手を待っている。中国は現高に移りつつある現在、影は薄いがまた有用とされる日本の中小企業の品質、技術は今が買い時と判断している。敵対的M&Aは両国にとってマイナスだが、品質づくり、技術が中国でも引き継がれていくことは指向すれば意義があるし、日本企業も中国市場への食い込みの1つの方策とみればM&Aも使い様だといえる。



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