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【連載:世界一の品質を取り戻す29】

検証・日本の品質力
進み始めた「モノづくり資格・検定制度」の
グローバル化
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

「最近の急激な円高に耐えることが難しい」―これは中小企業ばかりではなく、日本の基幹企業である自動車業界や関連業界や他産業にも波及し始めている。大手企業の中には緊急避難的に生産拠点を海外に移すところも出始めている。コスト削減(世界的視野におけるコスト競争の強化)が最大の眼目だが、危惧されるのが人材(雇用を含む)と技術の空洞化。早くからインドをはじめ海外生産に熱心に取り組んできているスズキの鈴木修社長は「(生産コストを)計算したら海外で作って日本に持ってくるやり方が正しい」と言い切る。幸いなことに、バブル経済の崩壊後の生産拠点の海外移設から取り組んできた部品産業などの産業の裾野分野のQ(品質)、C(原価)、D(物流)や現地人材教育など相当力を付けてきている。国内の雇用や法人税の問題など政治的課題は残るが、やむを得ない措置として海外移転の動きは止まりそうにない。
「モノづくりは人づくり」とよく言われるが、中国の企業経営者が最近よく口にするのが、「もちろん日本の技術力の高さに期待するが、今欲しいのはマネジメント力とブランドの早期育成法だ」と声高に言う。これは突き詰めると人材育成と組織力の強化に他ならない。その両輪がかみ合って競争力がついてくる。欧米企業がこの2点に弱点があることは2000年頃評判になった「メイド・イン・アメリカ」(MIT編集)が指摘しているところでもある(筆者もこの調査プロジェクトに参画)。
筆者は「マネジメントのガラパゴス化現象」と呼んでいるのが、社歴が長い企業が多い日本だけに企業独自の文化、風土、制度と合わせマネジメントも独自の発展をしてしまっている。その良いところを抽出し、整理し直し、一味加えながら理論武装したのが逆輸入したのが最近のアメリカ流マネジメント方法である。ZD(無欠陥)、シックスシグマ、リーン生産方法(トヨタ生産方式)、BSC(バランス・スコアカード)、SCM(サプライチェーン・マネジメント)などがそれである。
最近、中国をはじめとしたアジア地区にこの米国生まれの製造現場におけるマネジメント能力を問う資格・検定制度が進出し始めている。わが国もこれに相乗りする、あるいは日本発の検定制度を実施する団体もある。そこで内外のモノづくり資格・検定制度の最新動向をレポートしてみたい。

1.APICSの世界戦略

今から45年程前、企業経営の中にコンピュータ活用が叫ばれ出した頃生まれたのがMRP(Manufacturing Resouce Management=資材所要量計画)がある。製品を構成する部品を最小単位まで分類し、コスト計算し、計画を立てる生産管理の手法である。その研究・普及団体がAPICS(Advancing Productivity, Innovation, and Competitive Success 本部シカゴ市)である。日本にも同時期、カウンターパートナーとしてJPICSが誕生したが現在は活動を休止している。
そのAPICSが20年程前から行っているのがCPIM(Certified in Production & Inventory Management =生産管理・在庫管理資格)でサプライチェーン・マネジメントの国際認定資格となっている。
CPIMの認定資格者は欧米を中心に(米国、カナダ、メキシコ、英国など)約8万5000人、アジア太平洋圏でも数年前から、韓国、中国、豪州、インド、ニュージーランド、マレーシア、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾など33カ国・地域で実施されており(すべて英語)、資格認定者は約5000人(最大は韓国で約3000人、日本人は米国で取得した人が中心で30名程度)。日本では今年初めて公益財団法人・日本生産性本部がこのCPIM試験を実施する(12月4日、英語で)。生産性本部が今回行うCPIM試験は世界共通で(1)サプライチェーン・マネジメントの基礎、(2)資源のマスター計画策定、(3)スケジュールと生産計画の詳細設計、(4)実行と運営コントロール、(5)資源の戦略的管理―の中から一科目選択するもので、すべて英語・マークシート方式になっている。受験費用は1科目300ドル。
生産性本部では試験を今年10月と来年3月の、とりあえず2回行うこととしているが、これはパイロット試験。APICSは各国別機関としてすでに19カ国にインターナショナル・アソシエイツ連合体を順次設立しているが、日本もそれに参加し、そこに試験の実施母体を移管する予定になっている。なおAPICSは全米に250支部、海外44機関と提携している。個人会員は現在3万3000名(会員は年間85ドル)、米国地域ボランティア500名で構成されている。本部スタッフは85名。認定試験はCPIMのほか、その上級資格のCFPIM、MRPUのCIRM、サプライチェーン・マネジメントの上級認定のCSCPY、物流のSSCPなど計5種が用意されている。
また米国にはこのAPICSから分離したモノづくりの教育機関としてAME(American Manufacturing Excellence)がある。この団体は生産管理・サプライチェーン・マネジメントにトヨタ生産方式(米国ではリーン生産方式のJIT=Just in Time)、改善を加味したもので大企業を中心に普及が進んでいる。設立は1990年、会員数は米国だけで約3000名。AMEはリーダー育成のための資格制度を実施しており(クラスター制)、現在は製造現場だけでなくサービス部門、デザイン部門、ヘルスケア部門、教育機関等を対象とした6分野で試験を実施している。各分野とも金、銀、銅の3段階があり、習熟度によってレベルアップできる制度となっている。試験は全米だけでなくカナダ、メキシコ、オーストラリアのほかヨーロッパでも受験できる制度となっており、そのための教育活動も米国機械学会等と連携しながら活発化させている。米国以外の会員数は約4000人。
モトローラで体系化され、ジャック・ウェルチ氏のリーダーシップでGEの経営を強くした品質経営手法として名を馳せたシックスシグマにも資格制度が存在する。それが「グリーンベルト」と「ブラックベルト」。グリーンベルトはシックスシグマ全体についてある程度理解した人に与えられるもので、ブラックベルトはその免許皆伝ともいうべき上級資格。GE内では経営幹部(チャンピオン)が設定した戦略プロジェクトを実施・運営(原因を究明し課題解決に結び付は成果を図る)するリーダーを指す。よって、その実績により外部コンサルもできる人材のことをいう。シックス・シグマの理論体系は日本のQC活動(全員参加型の改善活動)を基本とし統計的管理手法と米国型経営手法を組み合わせたもの。一般的なマネジメントサイクルのP(計画)、D(実施)、C(改善)、A(それに基づく行動)ではなくDMAIC(Define−Measure−Analyze−Improve−Control)による課題解決サイクルを有していることに特徴がある。1990年代以降、GE等でブラックベルトの修行を積んだ人材がスピンアウトし、その教育組織を作って独立したことから急速に資格取得者が拡大した。日本にも米国でブラックベルトの資格取得者が同手法を持ち込み、東芝、ソニー、信越化学工業、日立マクセルなど150社以上に普及が進んだ。

2.日本のモノづくり資格・検定制度

日本に現在、資格・検定制度は国家資格、公的資格、任意資格は4000種以上あるといわれているが、モノづくりに関しては意外と少ない。
日本科学技術連盟(デミング賞を主催)、日本規格協会(JISやISOを扱う)が共同で開発したQC検定(実施は規格協会)があるが、これは1〜4級があり、4級を基本とし、1級はQCサークル活動のリーダークラスのためのもの。QC活動への参加が決まった人に身に付けて欲しい要素を測る検定制度となっている。
日本能率協会(JMA)は3年程前から以下の3種のモノづくりの関連資格制度を実施している。
  • CPE(Certified Production Engineer=生産技術部門)
  • CPP(Certified Procurement Professional=購買・調達部門)
  • CPF(Certified Production Foreman=第一線監督者部門)
CPE資格は生産技術者として5〜10年程度のキャリアを持ち、上流の開発部門、下流の生産部門とのスムーズな連携を取り持ち、設備開発、工程設計など新製品立ち上げ等、一連の業務の中で自分の役割をスケジュール通りに遂行するとともに全体のコーディネート役も十分にこなせる知識・力量を備えていることが要求される。
同資格にはその上級のCPE−MEも用意されており「生産技術部門のマネジャーおよびこれからの管理人を目指す人」を対象とした試験になっている。
次のCPP資格は企業において購買・調達業務に携わる人材を対象としており、購買・調達分野における専門知識を身に付けていることを証明するもの。同資格にも調達経験3年以上の担当者を対象としたCPP−B級と、その上位資格であるマネジャークラスを想定したCPP−A級が用意されている。
CPE資格では今年秋、初めて新設されたもので、製造現場において設定された目標であるQ(品質)、C(原価)、D(納期)、E(環境)、S(安全)などの要素を達成するため生産性向上などの改善活動を中心とした現場のマネジメント、管理・監督・指導を計画、遂行する能力、力量全般を要求される。第一線監督者とは係長、班長、工長、職長、作業長、グループリーダー、ラインリーダー等と呼ばれている立場の人を指す。なお、JMAでは来年早々にもCPE試験の中国での実施も計画している。
また、少し色合いの変わった制度として東京大学モノづくり経営研究センターが5年前から実施している「ものづくりインストラクター制度」がある。これは経済産業省の産学連携製造中核人材育成事業として始まったもので、東大の「モノづくり経営研究コンソーシアム」に参加した企業の50歳以上の現場管理経験者を対象としたもので、ベテラン人材の再活用の施策のひとつである。大企業の現場管理経験者を1社2名以内推薦してもらい、センター内で再教育しインストラクターとして、中小企業の指導に当たってもらおうという狙いがある。
過去5期にわたり60名以上のインストラクターが輩出しており、現在では地方自治体や地方の大学との連携により、これらインストラクターによる地方中小製造現場での指導、教育での広がりを見せている。「大企業のベテラン指導者が中小企業を上から目線で指導するのではなく、協働して現場を強くするインストラクターとして存在感を示して欲しい」(東京大学ものづくり経営研究センター長藤本隆宏教授)と期待を寄せる。
その他、日本技術士会が実施している国家試験技術士制度(21分野)に、モノづくり分野として経営工学分野などがある。
今後、中国を中心としてアジア諸国への日本企業の生産拠点作りがますます活発化する。つれて日本流モノづくりマネジメントの必要性・要望は増すものと予想される。日本生まれの資格・検定制度のアジア進出も今後ますます活発化するものと期待されている。



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