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【連載:世界一の品質を取り戻す31】

検証・日本の品質力
新幹線ビジネスを世界に売り込むには
−ハードを売る前にソフトを売るトータル戦略を−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

リーマンショック以降、世界の主要先進国は押しなべて経済回復に遅れ気味、その対策に躍起になっている。反面、経済好調なのはBRICsを中心とした新興国。特徴はこれらの国々はみな人口大国であるということ。その中間層が所得を増やし、豊かな暮らしを求めて消費を急拡大させている姿は、1960年代後半から90年までの日本の姿を見れば一目瞭然。消費者はより新しいもの、便利なものを求めて殺到し、財布の紐を緩める。そして、人民は政府に対し、より豊かなインフラを要求するようになる。苦境にあえぐ先進国は今、為替安政策をとりながら輸出拡策で何とか自国の経済不況を克服しようとしているが、先進国と新興国の間にさほど技術格差がなくなってきている現在、売り込む品目はそれほどないのが実情である。そこで先進国が気付いたのが、インフラ輸出という新しい戦略である。単品としての技術だけでなく、それに付障するソフトウェア、メンテナンスの技術、マネジメントの方法まで、歴史があるだけに、トータルで一歩も二歩も先を行っている。そのメリットを生かしトータルビジネスを売り込もうという訳である。成約にこぎつければ、一過性の収益ではなく、長期間のビジネスになり、ビジネススケールも断トツに大きくなる。そして次の技術革新も継続してビジネスにもなる可能性が高い。これをインフラビジネスという。
その主なものとして、新高速鉄道網ビジネス、水ビジネス(創水から上・下・中小道網まで)、原子力発電ビジネスをいうがOECDの予測によると今後20年間の世界の総事業規模は41兆ドル(約3600兆円)に達するものと推定されている(このうちアジアだけでも今後10年間で約700兆円)。
わが国政府も昨年度から、経済成長戦略の一環として、この世界市場に向けたインフラビジネスに積極的取り組む方針を打ち出しているが、こうしたトータルにビジネス化戦略は日本の弱点といわれてきたところ。政官財がタッグを組んで、トップセールスを含めて、オールジャパンで取り組まなければならない。
ここでは新幹線ビジネスを中心として、世界市場の現状と技術動向を紹介しながら、日本が競争に勝つためのブレークスルー戦略の一端を示してみたい。

1.高速鉄道に対する世界的需要の高まり2つの側面

今、世界中で高速鉄道の建設ブームが起こっている。主なものを拾ってみると、皮切りになったのが2008年に打ち出した英政府による英国内幹線鉄道車両の高速車内への切り替え計画。この優先交渉権を獲得したのが日本の日立製作所で最大で1400車両の納入、メンテナンスを含め約1兆円の受注が見込める巨大プロジェクトである。しかし、昨年5月、誕生したキャメロン政府は発注の先送りを続けたままに置き水面下で種々の条件交渉が行われている様子。
米国はクリーンエネルギー(脱石油)政策の一環とし、全国に新幹網を張り巡らせる計画をオバマ政権は打ち出している。全国で11計画あり、総延長は1万3700キロメートル。各路線ごとに売り込み合戦加熱している。
ロシアはモスクワ―サンクトペテルブルク間など3路線、総延長約1500キロメートルを計画、ブラジルはリオデジャネイロ―ガンピーナス間約500キロメートルの路線を計画。総事業費約1兆7000億円を見込んでいる。サウジアラビアはメッカ―メディナ間約440キロメートルを計画、1期工事約1700億円はすでに中国の国有鉄道会社「中国中鉄」などの企業連合体が受注に成功している。近く決まる第2期工事も川崎重工業が技術供与した中国の車両メーカー「中国南車」などの連合体が最有力と見られている。
そのほか、すでに決定済みのものとしてトルコのアンカラ―イスタンブール間約530キロメートル、ベネズエラのティナコ―アナコ間約470キロメートル、総事業約7000億円などがある。
中国は日本をはじめとした高速鉄道先進国(独・仏・カナダ等)から技術供与を受けて2008年8月、北京―天津間で初めて高速鉄道を開通させて以来、急ピッチで国内の高速鉄道網整備を進めている。2010年時点での営業距離は3676キロメートルで、日本の新幹線(2382キロメートル)の1.5倍に達している。工事中の区間は1万キロ以上に及び、最高営業速度は時速350キロメートルと世界一を誇っている。また現在建設中の北京―上海間の試験走行で12月初旬、川崎重工の技術供与のもとに中国が自主開発した「CRH−80A」が営業走行に使われている鉄輪式車両としては世界最高速度となる時速486キロメートルを記録したと発表している。北京―上海間路線は最短4時間で結び2012年開業の予定となっている。そして2025年までに総延長1万8600キロの高速鉄道網を構築する計画。
このように各国で多くの高速鉄道網整備に乗り出しているには2つの側面がある。第2のTVA(米国テネシー川流域の総合計画)の成功に倣ったもの。新興国にとってはモータリゼーションの飽和回避の側面と時間の短縮と人・物資の都市間大量輸送、生活の豊かさ感のニーズに対応させる国策(インフラ強化)の側面を持っており、更なる高速新幹線の世界的需要は途上国も含めて拡大するものと思われる。

2.日本の新幹線技術と世界のライバル会社

全世界で高速鉄道ニーズが高まる中、受注合戦も過熱化している。1964年の新幹線開業以来、人身死傷事故ゼロ、運行時間の正確さを誇る日本の技術に対する世界的評価は高いが、国と国とのビジネスシーンにおいては外交力(国の安定感を含めて)など、ほかの要素が複雑に絡み合って勝負が決まる。
日本のライバルは、独高速鉄道技術を支えているシーメンス社、仏TGVの中核企業アルストム社、そして航空機エンジンの技術を生かしてこの分野に参入してきたカナダのボンバルディア社が主な企業となっている。
そこで手ごわい相手として急浮上してきたのが中国。国内の鉄道整備網を呼び水に日独仏から技術供与を受け、その技術をもとに開発に拍車をかけ低コストを武器に輸出攻勢をかけ、日本最大のライバルになりつつある。日本は今から15年前、北京―上海間の高速鉄道計画が浮上した時から、運輸省(現国土交通省)の肝いりで年間100名の研修生を受け入れてきた。当時はその他の衝突防止システムなど付随システムも含めてブラックボックス化していたのが、その後、日欧の受注合戦の中で川崎重工が開示して技術供与してしまった経緯がある。欧州メーカーもその後開示したが、それは「供与した技術は国内での使用に限定」という契約条項をタテに批准し、摩擦になっている。中国側は「供与を受けたのは時速200キロメートルまでの技術」(中国鉄道省技術責任者・張曙光氏)であり、その技術開発は中国のオリジナルと弁明している。
確かに中国の高速化の技術開発のスピードは速く、日本の10年を2年で達成、世界最高時速を次々更新しているのは前述のとおりである。
昨年9月下旬、独ベルリンで世界最大の鉄道見本市「イノトランス」が開催(2年に1度)された。世界の高速鉄道ビジネスの高まりの中で、同見本市も注目を集め、世界先端技術を持つ2242社・組織が出展(前回比20%増)、入場者も10万人以上が集まった。日本企業も初出展の東芝のほか、JR東日本をはじめ車両製造の日立、川崎重工、近畿車輛など、国内の鉄道車輪をほぼ独占している住友金属(安全性や大きさで世界一の定評)、振動や騒音吸収の素材開発でリードしている積水化学、パンタグラフで著名な東洋電機製造、信号システムの日本信号、駅のホームに設置する安全ドアで定評のある京三製作所など26の企業・団体が出展した。
鉄道運行システムにおいては欧州各社が優れているといわれるが、車両全体の日本のキメ細やかな技術力が今後の武器になるとの声が高かった。そのほかにこの鉄道見本市には出展しなかったが、ベアリングのNTN、信号安全装置の大同信号、自動改札システムのオムロン、ICカードのソニーなど関連企業が目白押しで、その総合力を活かし、「オールジャパン」でこの高速鉄道ビジネスを優位に進めることも必要だ。
競争優位のもう一つの側面も指摘しておきたい。「米国にも日本のような高速鉄道網が必要だ」という国民の声を受けて現在、1万キロ以上に及ぶ大計画が進行しつつある。しかし国情、ニーズが異なる。日本の新幹線は専用線を敷設し、固いガードによって、安全が守られているが、米国の場合多くが在来線での高速化が計画されている。踏切が多いことから、FRAと呼ばれる車両の強固な衝突安全基準が設けられており、日本の車両をそのまま持ち込むことはできない。また米国の鉄道はメンテナンスに劣るという弱点も指摘されている。
米国では現在、タンパ―オーランド間に高速鉄道専用線を敷設し実験を重ねている。関係者は「米国の衝突基準だけをもって日本からの調達を排除するものではない。しかし日本の技術そのままという訳にはいかない。修正が必要になるだろう」と言明している。日本政府は米国での高速鉄道ビジネスを優位に進めるために昨年ワシントン、シカゴ、ロサンジェルスなど相次いで「高速鉄道セミナー」を開催、JR首脳、政府関係者が日本の技術をPR。川崎重工は米国ニーズに対応するために兵庫工場において米国衝突基準適合を目指した車両開発を急いでいる。
菅首相、前原外務、大畠国交大臣はじめタイミングを捉えて、トップセールスに余念がないが、受注はそれで決まるものではない。常日頃のロビー活動や、中国のような輸入とのバーター取引、財政の苦しい国や組織には長期間の融資(時として無利子も)など、ファイナンスサービスを付けるなど、あの手この手の戦術が必要になる。そのためには政策投資銀行や各金融機関の支援、柔軟な対応も必要だ。またコンソーシアムを組んで受注に乗り出す場合、体力のない企業のために、カントリーリスクに対応するため独立行政法人日本貿易保険(NEXI)を用意しているが、補償拡大など柔軟な対応も不可欠となる。

3.次の目標はリニア新幹線

日本政府は世界の鉄道事情に詳しい国鉄(現JR各社)OBを活用し、世界112カ国にアドバイザーを派遣し、日本の技術のPR、各国鉄道状況の情報収集を進めている。鉄道はその文化と密接に関係している。国民性、社会通念に対応した高速鉄道システムをキメ細やかな対応しながら開発しなければならない。
現在では競争標準で速さは時速350キロが基準となりつつある。中国は速さとコストを前面に押し出して受注を優位に進めているが、日本は安全・安心・デザイン・保守管理・正確性・環境対応(省エネなど)等の総合力で国別ニーズにキメ細やかな対応策を十分練る必要がある。
速さが次の決め手となるなら、リニア新幹線開発競争が浮上してくる。中国はいち早く2年前、上海市の浦東空港―上海駅間の短距離に営業開業しているが、独の技術を導入した。このリニアはまだ営業実験の域を出ていない。
JR東海が進めているリニア中央新幹線構想の概要が固まりつつある。2013年以降、山梨実験線で有料試乗スタート、2020年頃山梨―神奈川で区間運転開始、2027年東京―(品川)―名古屋間開業(目標)、そして2045年大阪までの延伸の計画が発表された。「直線ルート」を採用、東京から名古屋まで40分、大阪まで67分で結ばれることになる。その経済効果は名古屋開業後50年で約11兆円が見込まれる(三菱UFJリサーチ&コンサルティング予測)という。ここで実績を積み、次のリニア試乗で日本優位を形成したい(日本型リニア鉄道システムの国際標準化を視野に)という国家戦略がある。


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