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【連載:世界一の品質を取り戻す36】

検証・日本の品質力
原発事故から浮かび上がった
「ロボット大国・日本」の弱点


山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

3月11日、東北地方を襲った東日本大震災はわが国の産業、技術力の強さ、弱点を浮き彫りにした。前回はわが国の部品産業の全世界への影響度の広がりとそれに比較してのBCP(事業継続計画)の備え不足の実態をレポートしたが、今回は世界最大のロボット大国と喧伝されてきた日本のロボット技術力の震災から見えてきた意外な弱点、今後の課題を検証してみたい。

1.原発大事故に対応できるロボットが日本には無かった

被災した東京電力福島第一原子力発電所。その高濃度放射能物質、瓦礫が散乱し、作業を阻む原子炉建屋構内に最初に投入されたのは意外にも米国製ロボットだった。日本人の多くがその役割を担うのは当然、ロボット大国・日本製ロボットだろうと期待を寄せた。しかし最初に構内に入ったのは、米国アイロボット社が無償提供した2台の多目的ロボット「パックボット」だった。
パックボットは同原子力発電所の2号機の構内に入り、約50分かけて放射線量のほか温度、湿度、酸素濃度などを測定した。2号機内部のデータ測定は燃料棒が完全に露出する危機が起きた3月14日以降約1ヶ月が経過してからだった。同ロボットは延ばすと1.8メートルになるアームで、建屋の二重の扉のハンドルを回して内部に侵入、オペレーターは建屋の外からロボットに搭載されたカメラで撮影された映像を見ながら遠隔操作し、求めるデーターを得るもの。原子炉の安定化には建屋内の配管や配線の修理作業が欠かせない。東京電力はロボットが計測した放射線量や酸素濃度などを精査し、作業員が建屋内にどのくらいの時間滞在できるかの判断する考え。2号機が最初に選ばれたのは、同機構内が49〜57ミリシーベルト(毎時)と最も高い放射線量を示していたためで、得たデータ・映像などを元により効率的な作業の進め方を検討する。アイ社はこのほか屋外の瓦礫処理などにも運搬用ロボットの2台を提供してくれたし、仏企業もロボット提供を申し出てくれている。
福島原発事故で海外のロボットが活躍する反面、「ロボット大国」を標榜する日本の影が薄いのはなぜか。ひと言で言うと、真に使えるロボットが無いことが原因と言える。欧米では原発災害現場などでロボットが不可欠であるとして長年、実践的な研究を進めてきた。アイ社の各種ロボットはアフガニスタン、イラクなど世界の紛争地域で地雷、爆弾処理、米同時多発テロなどの人命救助など活躍、世界に3000台以上投入されてきた。作業員の訓練も含めて経験は極めて豊富だ。
それに対して日本の原発事故に対するロボットの状況だが、極めて貧しい事が判明した。実は過去2回、原発ロボットが研究されたことがある。最初は約30年前の1979年、米国スリーマイル島の原発事故直後に「極限作業ロボットプロジェクト」が始動、さらに99年東海村JCO臨界事故を受けた「原子力防災支援システムプロジェクト」が組織され、研究されてきた。
最初のプロジェクトは通商産業省(現経済産業省)が予算を組み、原子炉の中に入って点検するロボットの開発に着手、約8年かけてロボットが作られたが結局実用化しなかった。その後日本は自動車製造などの現場で3K(危険、きつい、汚い)解消の観点などから産業用ロボットのブームが進展、全盛期を迎えることになる。90年代後半になるとホンダの「アシモ」などに代表される2速歩行ロボットやソニーの「アイボ」のようなペットロボットなどの研究開発が盛んに進められた。同期間には民間のコンソーシアム「R3」(アールキューブ)プロジェクトも始動し、各種の遠隔操作ロボットの研究が進められていた。
2度目に原発事故作業ロボットが注目されたのが東海村の核燃料工場「JCO」で起きた臨界事故。これに対応したのが旧科学技術庁(現在は文部科学省に組み込まれている)と通産省それぞれ約15億円、約30億円をかけて、放射線測定ロボットや原子炉建屋内のドアの開閉、スイッチ操作などを行うロボットを開発した。
だが世間の関心も薄れるに伴い、予算が使い果たされると自然消滅してしまった。結果、ロボットは能力不足のまま、これらロボットは防災訓練以外に登場する機会も無く、維持費もかさむことからお蔵入りになった。
福島原発事故を受けて、これらの開発済みのロボットを再稼動させる案が当然検討された。しかし4機種5台投入されたこれらのロボットはうち4台が廃棄・故障していて動かず残った1台も対応できないことが判明した。その要因は今回の大事故の現場では高温、水中、瓦礫の山の中の作業では積載されている半導体が誤作動する可能性があることが分かった。もう一つの欠点がロボット自体が重たすぎて構内を動き回ると仮設電源ケーブルを切断してしまう恐れがあることも判明した。結果、現在は施設内に入れず、待機中となっている。実践に次々投入される海外のロボットと、訓練どまりの日本の貧弱なロボット。過酷な条件化での災害ロボットの彼我の差が広がる一方だ。その差はどこから発生してしまったか、検証する必要がある。最大の要因は原子力発電「安全神話」の官民挙げての醸成である。今回の事故が起きるまで国は、2030年までに全発電量の53%まで原子力発電を引き上げる「新エネルギー基本計画」を推進しようとしていた。そのため原子力は「クリーンで安全・安価」というPRに多く経費をかけてきた。税金も電力会社の予算もこの経費と発電所地元の推進反対を押さえ込むために費やされてきたといっても過言ではない。今となってはむなしいが事故対応の万全のために活用して欲しかった。

2.使えない日本製ロボットの背景

ロボット本体(ハード)の過酷な事故現場での対応不足ばかりでなくソフト面の脆弱性も露呈した。ロボットを操作するオペレーターの人員・訓練不足の問題だ。予算を大幅にカットされたことにより、操作員の教育訓練にも支障をきたし、トレーニングもストップしたままになっていた。こうした貧しいロボット状況を醸成してしまった背景には何があるのか。そこには「平時には強いが有事には弱い」というわが国特有の技術開発体質と、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」という国民のメンタリティに起因している。本来、日本の技術に関しては、目配り・気配りの効いた開発思考という特性があった。難作業ロボットに関しては長期的視野に立った目標設定の欠如があった。国は事故が起きると、災害ロボットの予算を大盤振る舞いするが、出来てしまえばそれでおしまい、実践を重ねながら完成度を高めていく視点が欠如している。日本の役人の欠点だが、初期の予算取りには熱心だが、それを継続し、発展させていくことに関してはエネルギーを割かない。ロボット工学の専門化も「事故現場などの厳しい環境で万全に使えるようにするには、小型軽量化や耐久性など地道な試験や改良の積み重ねが不可欠だ」と継続の重要性を力説している。
企業側や開発者にも問題がある。高度で少量のロボット開発は多額の投資を必要とする割には収益に結びつかない。研究開発者も自分たちの関心のあるものを作ることだけに目を向け、どう利用するか頭が回らない。それを解決するためには、自衛隊や消防庁、警察庁・電力会社など利用者側が主導し絶えず研究開発者と協力して必要な機能を明確にすることが必要になろう。真の底力とは不要不急でも備えが万全でいざという時に力を発揮する技術力を指す(ハード/ソフトの双方で)。

3.投入され始めた他の国産ロボット

福島第一原子力発電所事故現場への国産ロボットの対応不適が判明する一方で、他の災害現場では国産ロボットが活用され始めている。災害救助支援ロボットを開発するNPO法人「国際レスキューシステム開発機構」(会長田所満東北大学教授)は4月下旬、津波で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市、宮城県南三陸町、同亘理町に水中探査ロボットを派遣し、沿岸の海底での遺体捜索を開始した。投入されたのは東京工業大学広瀬茂男教授が開発した水難救助活動用ロボット「アンカーダイバ3号機」と米国の同ロボット「マイクロROV」の2台。アンカーダイバ3号機は胴体の長さが60cmの円筒形で、ボートで引っ張って海底を捜索する。水中音波探知機(ソナー)で捕らえた対象物をハイビジョンカメラで遺体かどうか識別する。
また東京電力福島原発事故対策総合本部は、5月から作業員の被爆低減のため、国産技術を活用した無人放水車や放射能測定ロボットを相次いで投入する計画を発表した。無人放水車は使用済み核燃料一時貯蔵プールへの注水に使われるドイツ社製の生コン圧送機に東芝や日立製作所の遠隔操作システムを搭載したもので、作業員が圧送機に乗って操作する必要が無く、被爆を避けることが出来るもの。また放射性物質で汚染された瓦礫探しにも遠隔システム「チームニッポン」(日本原子力開発機構の所有)が導入された。チームニッポンはトラックの荷台に、ガンマ線を測定するカメラ、機器を搭載したもので、放射線を遮蔽した荷台の中に人が入り10~100m離れた場所から瓦礫のガンマ線を測定する。また米エネルギー省から提供された全地球測位システム(GPS)搭載の小型ロボット「タロン」を荷台から遠隔操作して放射線量の分布を示す「汚染マップ」を作成する。タロンは当初、構内での測定用に活用しようとしたが周波数が合わず断念。その後改良したものを使用する。
そして6月下旬、遅ればせながら福島原発の事故現場の建屋内に国産ロボットが初めて投入された。それは国際レスキューシステム研究機構と千葉工業大学が共同開発した災害救助支援ロボット「クインス」。クインスは地下街の科学テロ現場などで情報収集を行うロボットとして開発されたものだが、今回の事故現場では原子力建屋地下の汚染水を調べるため水位系の設置や採水を行う。クインスは全長66cm、幅48cmの車体で、全体が戦車のような軌道(クローラー)で覆われている。別に小型クローラー4個も備えており、瓦礫が散乱する建屋内でも自在に動き回れる。今回、採水などを行う腕や放射線量の測定装置などを取り付ける改良を加えた。「瓦礫内の走破性能は世界一」という評判の機種で成果が期待されている。

4.真の「ロボット大国・日本」を目指して研究体制の再構築を

日本学術会議(会長金沢一郎氏)は4月中旬、東京電力福島第一原子力発電所大事故の早期収束と安全な廃炉作業に向け、ロボット技術の結集と国、研究機関、企業が参画する横断的な支援体制の確立を盛り込んだ行動計画を発表した。
同行動計画によると、事故対応を(1)現在から原子炉の冷温停止、(2)冷温停止から廃炉完了、(3)周辺地域の放射能除染完了―の3つの期間に分け、それぞれの目的に合わせたロボットを開発する。冷温停止までの第1ステップの期間は現場での放射線量の監視、撮影、資料の採取、人の作業の補助などで、国内外の既存のロボットの活用、第2ステップの放射線量が高く困難な作業が多くなる廃炉完了までは自律知能ロボットなどを投入し、一部作業の完全自動化を目指すとしている。そして最終段階では連続巡回が可能なモニタリングロボットと自律作業による除染を連動させる。この行動計画を実現するため国や学会、企業が横断的組織を作り、活用方法の立案などを行うよう提言。「日本学術会議はこれを積極的に支援する」と結んでいる。
日本は産業用ロボットでは世界の出荷台数でダントツのシェア1位。「ロボット先進国」と言われてきた。しかし今回の原発事故で分かったことは日本の得意としていたのは平和ロボット。米国が強いのは軍事ロボット。対応するロボットの開発は国も民間も後回しにされてきた。今回の対応で日本のロボットの底の浅さが白日の下に晒された。平時からこうした事態に備えておくのが国の責任であり、国のイニシアチブの下に民間の知恵のノウハウを結集する。幸い半導体、材料、人工知能、センサー、カメラなどどれを取っても高い水準にある。介護ロボットなどでも世界最先端のレベルにあることは誰もが認めるところだ。
あとは政策の問題であり、国民の生命を最大限守り通すという姿勢でロボット開発にも取り組むというのが国の責務ではなかろうか。それを全うして初めて「ロボット大国・日本」を標榜すべきではなかろうか。


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