前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:世界一の品質を取り戻す38】

検証・日本の品質力
地熱発電を進めるにはまず規制緩和から
−日本のポテンシャルは世界第3位(2347万kW)−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

東北復興の一助に、と出光興産や三井金属などで構成する「日本地熱開発企業協議会」は9月下旬、東北地方の17地点で地熱発電の設備の新規開発が可能で、総出力は計74万kWに上るとの試算結果を発表した。同協議会は大震災後、東北復興を後押しする為、地熱発電に適した地域が多い東北6件で開発の可能性を調査した結果、最大で546万4000kWの地熱資源量を得られることが分かった、としている。このうち(1)急な地形で発電所が立てられない(2)道路まで遠く交通の便が悪い―など条件の悪い地点を除いた出力は74万kWだった。ただ17地点・74万kWのうち57万kWは開発が規制されている自然公園の中にあり、開発を進める為には規制緩和が必要になることから、現時点で開発できるのは下北(青森県1万kW)や松尾八幡平(岩手・青森県、3万kW)など6地点・14万kWにとどまっている。
原発事故(現在54基中34基が休止)を受けて、政府は急遽、再生可能エネルギー特別措置法を8月末成立させた(施行は来年7月)。同法に包含されるエネルギー源は太陽光、風力、地熱、バイオマスの4種だが、地熱発電は太陽光や風力に比較して高品質(高い稼働率で長期安定期)の電力が得られることから「原発に代わり得る電源は地熱しかない」(出光興産会長天坊昭彦氏)と期待する声は高いが、飛躍的に普及させる為には高い壁が存在している。ここでは地熱発電の現在と将来展望、ブレークスルーのポイントについてレポートしてみたい。

1.最近15年間の新規開発なし

地球の中心温度は4000度に達し、体積の99%以上は1000度以上といわれている。地球誕生以来、40億年以上も絶え間なく地上に流れ出している地熱エネルギーを生活に役立てる技術は温度別に大きく3つに分類されている。地表の極めて浅い部分は夏涼しくて、冬暖かい恒温状態(15度前後)を利用して冷・暖房に役立てる技術が一般的に知られている。その代表がヒートポンプ。80〜100度の温水帯は温泉に利用されるだけでなく、余り高くない温度でも発電できるように水よりも蒸発しやすく流体(ペンタンやアンモニア水)に熱交換し、タービンを回して発電する(バイナリー発電)システムが開発されている。一般的に地熱発電といわれているのは150度以上高温の地熱貯留層(500〜1500m以上の地下)までボーリングし、高温蒸気を汲み上げ、セパレーターで蒸気を熱水に分離、蒸気でタービンを回し、発電するシステムのことをいう。熱水の方は還元井で地中に戻され、余った蒸気も冷却塔で水にし、地下に戻される。特に地熱発電には地上に噴出する300度程度の水蒸気(フラッシュ)が最適とされている。
日本の地熱発電の取り組みは早く、30年以上の歴史を持つ。30年前、九州電力が約300億円投資して稼動開始した八丁原地熱発電所(大分県)が本格的発電所の最初。現在、全国17ヶ所で総発電能力54万kWが稼動しているが、すでに15年間、新規地熱発電所は開発されていない。
九州有数の温泉地帯である阿蘇くじゅう国立公園の隣接地の山間に立地する九州電力滝上地熱発電所(大分県九重町)は、地下1000〜2700メートルまで掘った6本の井戸から130〜180度の高温高圧の蒸気を取り出してタービンを回す。出光興産の子会社と九州電力が共同運営し、9,200戸分の電力を賄える2万7500kWの発電をしている。地熱発電は地球がボイラーの役割を果たしているので燃料は不要。計画通り蒸気が出続けている滝上地熱発電所は稼働率が95%と高い。天候に左右されやすい太陽光や風力(稼働率10〜20%程度)とは異なり、17箇所の平均稼働率は約66%といわれている。
発電コストは1kWh当たり8〜22円で平均13円程度といわれ、火力発電と同等のコストがかかる。しかし、再生可能エネルギー特別措置法で1kWh当たりの買い取り価格が20円に設定されれば、新たに30万kW分の地熱発電が採用ラインに乗ってくるという試算も出ている。温暖化対策(CO2削減)としても有望だ。1kWhの発電から排出されるCO2は石炭火力が860グラム、LNG火力(複合)が430グラム。太陽光が36グラム、風力が26グラム、原子力が20グラム、地熱13グラム、水力11グラムと極めて低い。
温泉大国でありながら、また技術開発力もあり歴史も古いながら、日本の設備容量は世界8位に甘んじている。上位国は以下の通り。(1)米国309万kW、(2)フィリピン190万kW、(3)インドネシア120万kW、(4)メキシコ96万kW、(5)イタリア84万kW、(6)ニュージーランド63万kW、(7)アイスランド56万kW―の順。
また、これら上位国の2015年での設備要領の見通しを見ると(1)アメリカ540万kW、(2)インドネシア350万kW、(3)フィリピン250万kW、(4)ニュージーランド124万kW、(5)メキシコ114kW、(6)イタリア92万kW、(7)アイスランド80万kWとなっている。
地熱発電は以下のような特徴を持つ。(1)純国産エネルギーであることから、諸外国の事情に左右されずエネルギーセキュリティーに寄与できる、(2)CO2排出量が少なくクリーンエネルギー、(3)安定供給電源。つまりベースロード電源として安定供給に寄与する、(4)地域産業、地産地消エネルギーとして過疎地の活性化に貢献できる、(5)各国が新規開発に力を入れており世界的成長産業として位置づけられる、(6)地熱発電用蒸気タービン世界シェアは日本メーカーがトップを占めている、(7)地下開発・評価技術でも日本はトップクラスという定評を得ている―などが主なものとなっている。
これだけのメリットがありながら前述のように1万kW以上の地熱発電所の新規開発が1基も無かったのは何故か。以下、その問題点を拾ってみる。

2.日本の地熱発電停滞の理由と課題

世界各国の地熱発電資源量はほぼ火山の数に比例する。産業技術総合研究所がまとめたデータによると、各国の地熱エネルギーポテンシャルは(1)米国3000万kW(活火山数160)、(2)インドネシア2779万kW(146)、(3)日本2347万kW(119)、(4)フィリピン600万kW(47)、(5)メキシコ600万kW(39)、(6)アイスランド580万kW(33)、(7)ニュージーランド365万kW(20)、(8)イタリア327万kW(13)―の順となっており、日本は三大地熱資源保有国の一つ。
わが国の地熱潜在資源量は世界第3位ながら、現状の設備容量が第8位に甘んじてきたのには訳がある。第1は近年原子力政策ばかりに力が入れられ地熱発電には開発当初ほどの熱意が失われてきたことが挙げられる。その証拠に、当初は年間50〜80億円の予算(資源エネルギー庁)が投じられていたが、現在は10億円未満に減額されている。それが地熱開発の停滞、世界との乖離を生んでいる。
それから地熱発電の立地場所が自然公園内に多く存在していることが挙げられる。開発する為には規制緩和が必要となり、また多方面との調整が不可欠だ。
前述したように国内の地熱発電ポテンシャルは2347万kWあるが、その内訳を見ると、(1)自然公園特別地域内が49%(1142万kW)、(2)自然公園特別保護地区内が33%(780万kW)、(3)自然公園外(未開発地域)16%(372万kW)、(4)既開発地域2%(54万kW)となっている。そのうち(1)と(3)が公園や温泉のゾーニングなどで開発が期待できる領域となっている。有望な地熱資源はその82%が国立特別保護地区・特別地域内にあり、その利用が制限されている。
地球環境問題とエネルギー危機という時代の新しい局面を打開する為には、時代に即応したエネルギー開発と自然景観保護の両立を検討しなければならない。現在国立公園を含む開発可能地域の見直し(ゾーニング)が行われようとしている。結果として公園内の景観と両立した開発地域が広がることが期待されている。
開発規制が無い地域でも、近くの温泉の湧出量が減るかもしれないなどという理由で反対運動に遭うことが多い。群馬県嬬恋村での建設計画では、草津温泉を抱える隣の草津町が反対運動を起こし、現在休止状態に陥っている。温泉業は観光業であり、イメージを大切にすることから風評被害を嫌う。その多くは理解不足や誤解によるもの。適切な規模の発電を行うことによって地熱発電と温泉地の共生は可能であり、「地域が地熱エネルギーの特性をよく理解し、地産地消エネルギーとして開発に取り組む動きが広がれば良いと考える」(産業技術総合研究所地域資源環境研究部門顧問野田徹郎氏)と言う。
また地下資源特有の開発リスク・初期開発コストが価格を引き上げていることへの対策が不可欠。再生可能エネルギー特措法では1kWh当たり15〜20円のFIT(フィードインタリフ=固定買い取り制度)期間15〜20年が想定されているが、ビジネス的魅力を高める為にはあと少しの上積みが必要だ。同時に開発リスクの軽減の為に、大きい初期投資に対し国による一定程度の支援が欠かせない。

3.地熱開発をグリーンイノベーションの柱と位置付けて

政府は2010年6月に閣議決定した「新成長戦略」に地熱や風力発電などの普及拡大支援策を盛り込んでいる。これを受けて環境省は国立公園内などでの発電所建設を事実上禁止していた方針を弾力運用する方向で検討していた。今後は再生可能エネルギー特措法のキメ細やかな制度設計を鉱業法、温泉法など関連法の規制緩和、弾力的運用が必要になってくる。
地熱発電は3つの大きなメリットが期待できる。第1が市場の拡大。1万kW級地熱発電所の建設コストは約50億円。2020年までに見込まれる53万kWの新規建設は2650億円の市場規模となる。設備稼働率を70%と仮定すると年間3259G(ギガ)Whの電力を新たに生みだし、1kWh20円のFITが実施されれば年間650億円の売り上げとなる。
2番目が雇用の拡大。地熱発電は調査、掘削、発電所建設、タービン、発電機の製作、設置に多くの雇用機会を創出する。試算によると1万kW級発電所1基当たり総計250人(年)、53万kWの新規建設では1万3259人(年)となり、運転開始後は約20人が固定的に操業に従事し点検時には延べ1ヶ月千数百人が、補充井掘削時には延べ千数百人が数ヶ月従事すると試算。
3番目がCO2削減効果。前述したように電源別ライフサイクルCO2排出量を地熱発電が1kWh当たり13グラムで風力発電の2分の1、太陽光発電の3分の1、化石燃料発電の36分の1〜73分の1と極めて低い。53万kW発電所の稼動により年間290万トンのCO2削減が可能と試算されている。
一方、地熱発電をインフラ輸出の一翼を担わせることも有望だ。世界の地熱発電用蒸気タービンの世界シェアを見ると、(1)富士電機34%、(2)三菱重工30%、(3)GE13%、(4)アルストン7%、(5)東芝2%、(6)その他―となっており、日本企業が3社合計で66%のシェアを持っている。
だが、世界の地熱発電ビジネスの応札状況を概観すると、主流は水ビジネスと同様にフルターンキー、つまり地下探査、ボーリング(掘削)、パイプライン敷設、発電所建屋建設、蒸気タービン発電機、維持管理(運転・メンテナンス)などを単体で売るのではなく、システム全体を複合・連結化して売り込む時代になっている。よって国内のノウハウの蓄積によって総合力を磨くことが重要なカギとなる。今後は地熱発電産業も重要な成長産業の一つとして位置付け、イノベーションの連鎖を指向する土壌作りが重要となるだろう。


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト