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【連載:世界一の品質を取り戻す39】

検証・日本の品質力
非在来型天然ガスの開発動向を探る
−エネルギー市場を変えるシェールガス、メタンハイドレート、炭層メタン−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)はこのほど米国のエネルギー開発会社コノコ・フィリップスと共同で、米国アラスカ州北部の海底1000mからメタンハイドレート採掘実験を近く開始すると発表した。
先の臨時国会の冒頭で野田首相は、東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえて、「エネルギー政策を再構築する」とし、2012年頃を目標に「新しい戦略を計画」を打ち出す意向を表明した。エネルギー新計画は原子力発電の比率引き上げを柱とする現行のエネルギー基本計画を全面的に見直し、再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱、バイオマス等)の普及促進を柱とする内容となる見直しだ。中長期的には「原発依存度を可能な限り引き下げる」とも述べている。
しかし再生可能エネルギーが原子力の代替エネルギーに安定成長するまでにはまだ時間とコストがかかる。一方、現存の石炭、石油、天然ガス(LNG、LPG)などは新興国の旺盛は需要増に伴って資源争奪戦の熾烈化、価格大幅上昇は避けられない見通しにある。そこで今注目されているのが、非在来型天然ガスの存在だ。非在来型天然ガスとはシェールガス、コールベッドメタン(CBM=炭層メタン)、メタンハイドレート、タイトガスなどの総称で近年、埋蔵探査の技術向上に伴って、世界各地でその存在が大量に多く確認されている。先進各国はその採掘・利用技術の開発に余念が無く、採算ベースに乗ってきたものもあり、この新エネルギーにかける期待は大きい。そこで今回はこの非在来型天然ガスの将来展望と技術向上についてレポートしてみたい。

1.シェールガス確保に乗り出した日本企業

三菱商事、東京ガス、大阪ガス、中部電力、JOGMECの日本企業5社は、カナダのエネルギー大手、ペン・ウェスト・エクスプロレーション社と共同で、カナダ太平洋岸に液化天然ガス(LNG)の大規模プラントを建設する方向で調整に入ったとマスコミ各社が伝えている。協議内容によると、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州内陸部に確認済みのシェールガス田で開発、採取したシェールガスを1000km離れた太平洋沿岸までパイプラインで運び、プラントで液化して日本に輸出することを骨子としている。このプロジェクトの総事業費はガス田開発が約4000億円、プラントの建設費が約1兆円の計1兆4000億円規模に達するものと見積もられている。目標として2010年代後半から日本向け輸出が開始されるとしている。
シェールガスとは、シェール層という硬い岩盤に含まれる天然ガスの一種。湾曲した地層の隙間に溜まる在来型の天然ガスとは異なり、採取が難しかった。だが、地底の岩盤に高圧で水を注入しヒビを入れて、しみ出したガスを取り出す技術が開発され、採算ベースに乗った。この結果、世界の需要に対する天然ガス資源量は、従来の60年分から160年分に急増するだろうと言われている。
このカナダのシェールガス田の権益割合は、ペン・ウェスト社が50%、日本勢(三菱商事など4社とJOGMEC)が45%、韓国ガス公社が5%を取得している。合意した計画案によると、今年中に生産開始し、2014年までにLNG換算で年約350万トンに生産を拡大、米国向けに販売を開始し、次いで日本向けにも生産する。関係者によるとこのガス田の近くで開発中の、別のエネルギー大手のプロジェクトへの参加も前向きに検討中で、2010年代の後半には、日本向けのシェールガス量は最終的にはLNG換算で年間1000万トン規模を確保できるものと見込まれている。これは日本の現行のLNGの年間輸入量の約1割に相当する。
シェールガスは地下100〜200mに眠る硬く薄片状に剥がれ易い頁岩(けつがん=シェール)に含まれるガスであることは前述の通り。その存在は早くから確認されていたが、500〜1000気圧の圧力をかけて人工的に割れ目を作り採取する水平坑井、水圧破砕の技術が確立され、商業生産が可能になったのは2000年代に入ってから。米国が先鞭をつけた。
米国にはテネシー州とアラバマ州にまたがるチャタヌーガ堆積盆地には非在来型天然ガスであるシェールガス、タイトガス、CBMが大量に存在することが分かっていた。このガス田を始め、米国内で次々と開発が進み、商業生産が本格化した。特に契機となったのが2008年のリーマンショック。自国でのガス供給に力を入れ、米国は全天然ガス産出量の非在来型天然ガス産出量は50%を越え、最終的には5%以下にしたいとしている。米国の天然ガス生産量はロシアを上回って世界一の座に躍り出た。これをもって「シェールガス革命が到来した」と呼ばれるようになっている。その契機となったのが2008年のテキサス州バーネット・シェールガスエリアでの開発成功だと言われており、それまで米国のシェールガス開発は2000年の日 3400万立法メートル、それが2008年には同1億3300万立方メートルまで急拡大している。
米国エネルギー情報局(EIA)は今年4月、シェールガスの「原始埋蔵量」(地下に存在する量)と「技術的回収可能資源量」(技術的に地上まで採取可能な量で、ビジネス合理性を持った確認可採埋蔵量はこれより少なくなる)とそれぞれ推定して発表しているが、それによると全世界の原始埋蔵量が717兆立方メートル、確認可採埋蔵量が188兆立方メートルとなっている。これまで全世界で採掘されてきた在来型天然ガスの確認可採埋蔵量が181兆立法メートル(2009年末)、年間の天然ガス消費量が3兆立方メートルであるのと比べ、いかに非在来型天然ガスが膨大に埋蔵されているかが分かる。
2008年までの米国のシェールガス開発は中堅企業によって主導されてきたが、シェールガス革命が喧伝されるようになってから、大手石油会社(オイルメジャー)も続々参入してきている。背景にはシェールガスビジネスがベンチャーから確実に採算ベースに乗ってきたからだ。2008年以降、石油メジャーはシェールガス開発技術の取得を目的に中堅企業各社(チェサピーク、アナダルコ、XTOエナジー社など)との連携を活発化させている。2009年にはメジャーの1社、エクソンモービルはXTOエナジーを約4兆円で買収している。その狙いはXTO社の米国でのシェールガス開発のノウハウを欧州の新規事業へ展開するのが戦略の中心だと見られている。またガス大手のデボン社はメキシコ湾の深海にある優良な油田カスケード、ジャック、セントマロ(埋蔵量3億〜9億バレル)を13億ドルで売却した。「売却益を米国内のシェールガス開発に振り向ける」とデボン社では発表している。

2.「炭層メタン」分野でも力を発揮し始めたロシアの非在来型天然ガス分野開発

世界最大の天然ガス埋蔵量を持つロシアが昨年から、ガス田ではなく石炭層から採取される炭層メタン(コールベッドメタン)の開発に乗り出している。炭層メタンとは油田やガス田で取れる天然ガスとは異なり、石炭層に溜まったメタン成分が9%以上のガスのことを言う。
ロシアのケメロボ州南部にクズバス炭坑と言う巨大な露天掘り炭田がある。クズバズ炭坑は「もう200年以上掘り続けているが、まだ全埋蔵量の15%しか採取していない」(地元業界筋)という世界最大級の石炭層である。そのクズバス炭坑の1キロメートル離れたところに昨年炭層メタンプラントが開設されている。地下約1000mからメタンガスを採取する技術は国営ガス事業体のガスプロムが確立した。メドベージェフ大統領の音頭取りで開設したこの炭層メタンの実際の事業を行うのはガスプロムの子会社。既に10箇所での採掘を始めており、10年後には1500箇所まで施設を増やしたいとしている。そのときの産出量は年間40億立方メートル。クズバス炭坑には13兆立方メートルのメタンガスが埋蔵されており、ロシア全土では84兆立方メートルの炭層メタンが存在すると推定されている。そして、採取された炭層メタンは発電用に活用され、車の動力源として利用されている。
ロシアは天然ガス大国として非在来型天然ガス開発には消極的だった。しかし米国がシェールガス開発のビジネス化に目途をつけ(シェールガス革命)、その生産量を全天然ガスと同等まで拡大させるなど、握っていた天然ガスヘゲモニーが脅かされるまでになった。オーストラリアも炭層メタンを液化し、日本向け輸出する事業が稼動し始めていることから「資源の技術革新で遅れをとってはならない」を国是とするロシアにとって、座視できなくなったことは否めない。
ロシア財務省は今年夏、炭層メタンについて産出税を免除する法改正案を発表して本腰を入れ始めている。また国際石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルなども、クズバズ炭田での炭層メタン採掘事業への参画に強い関心を示している。

3.活発化するメタンハイドレート技術開発

資源貧国である日本を資源大国に変身させるものとして期待されているのがメタンハイドレートである。非在来型天然ガスの一種であるメタンハイドレートとは、水分子が水素結合により形成する籠状の格子の中にメタン分子を取り込んだ固体結晶で「燃える水」と呼ばれるもの。メタンハイドレート1立方メートルが分解すると、0.8立方メートルの水と理論的には172立方メートルのメタンになる。安定的に存在する領域は温度0度では23気圧以上、1気圧では−80度以下の環境が必要とされる(「低温・高圧」が条件)。地球で存在するのはシベリア、カナダ、アラスカなどの永久凍土層の下や海洋では水深500メートル以下の大水深に確認されている。
わが国近海では推定も含めて10箇所以上でその探査が進められている。その中で一番研究が進んでいるのが東部南海トラフ(静岡〜和歌山県沖)で三次元地震探査と施策を実施、併せてメタンハイドレート濃集帯の探査方法を確立している。国策として2001年7月「わが国のメタンハイドレート開発」(経済産業省)が策定されJOGMEC、産業技術総合研究所などで構成された商業化開発計画の「MH21研究コンソーシアム」が組織され、研究が進められている。
日本以外で研究に熱心なのが米国、カナダ、インド、中国、韓国など。冒頭に記したニュースのように米国コノコ社とJOGMECが共同で採掘実験に踏み切ったのは国際協力の現われ。
また、わが国単独でも東部南海トラフで2012年に大規模な第1回海洋算出試験を実施することが計画されている。なお同トラフには原始資源量として1兆1415億立方メートルのメタンが存在すると算定されている。これだけで日本の年間天然ガス消費量(846億立方メートル=2009年実績)の約13.5倍に相当する。
国は開発計画を3つのフェーズに分け、存在分布と特性を明確にするのを第1フェーズ、そこから経済性を検討し、その資源フィールドを確定するのが第2フェーズ、算出基礎試験を行い技術を確立するのが第3フェーズとなっており2018年までを目標としている。
現在は第2フェーズの中間(2015年まで)にあり、最終的にはビジネス化の技術の確立、機器の開発、シミュレーターの開発、環境保全システムの開発まで進めることにしている。

4.「ガス黄金時代」を迎えて世界が動き出す

国際エネルギー機関(IEA)は2011年6月、世界が「ガス黄金時代」を迎えたとするレポートを発表した。そのレポートによれば世界の天然ガスの役割が飛躍的に増大する。それを支えるのが非在来型天然ガスの存在だとしている。
日本の原発事故の世界に与えたインパクトは大きかった。原発継続を発表している国もあるが、脱原発を宣言している国も多い。それを補うのが天然ガスといわれている(CO2排出量も他の化石燃料に比較して少ない)。今後、非在来型天然ガスに期待するところは大きい。既存のLNG価格は原発事故以来30%も価格が上昇している。消費量も中国、インドの経済成長に合わせて、最近2年間で2.5倍に膨れ上がっている。わが国は天然ガスを中東、ロシアなどに依存しており、その政治リスクも大きい。シェールガスなど開発輸入は調達先を分散させる意味からも、資源安全保障上、有力な政策でもある。幸いメタンハイドレートについては、日本は世界フロントランナーの位置にある。その商業開発に全力投球すべき時に来ている。
・参考文献:伊原賢著「シェールガス争奪戦」(日刊工業新聞社刊)


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