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【連載:世界一の品質を取り戻す43】

検証・日本の品質力
タブレット型端末の市場・技術動向を探る
−スマホと並ぶ「ポストPC革命」大競争時代の一方の旗頭に−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

最近、目を引く調査結果が発表された。米国のITC(情報通信技術)専門の調査会社IDCが発表した2011年の世界パソコン出荷台数は3億5330万台(前年比1.8%増)にとどまり、先に発表されたスマートフォン(スマホ)の同年実績4億9140万台(同61.3%増)の調査結果から初めて通年ベースでスマホがパソコンを上回った事が判明した。四半期ベースではすでに2010年10月〜12月期にスマホが出荷台数でパソコンを上回っていた。
高機能・大容量のビジネス用PCはさておきノートPCは、多機能化が著しいスマホ、多機能性情報端末(タブレット型端末)に置き換わりつつある。つまり、“ポストPC革命”を当面リードするのがスマホとタブレット端末という訳である。
そのポストPC革命の最先端に君臨するのがアップル社。同社は2枚看板(スマホの「iPhone」とタブレット型端末の「iPad」。それに音響専用端末「iPod」を加えて3本柱が経営の核となる)で、業界の独走体制を築いている。アップルは3月16日、タブレット端末「iPad」(アイパッド)の新機種を日米欧で販売開始した。同社の発表によると発売後3日間の販売累計は300万台を超え、前モデル「iPod2」の売り上げ100万台(発売から3日間)を大きく上回った。一週間後の23日からはイタリアなど24カ国で販売開始されており、更に人気が加速すると見られている。立ち上がりの好調を受けて、米調査会社は、今年のタブレット型携帯端末の出荷台数を従来の予測から20%強上乗せし、1億610万台に修正した。また米投資会社は新型アイパッドの需要加熱状況を受けて今年の同機種の売り上げ予測台数を556万台から656万台へ、来年の予測も7970万台から9060万台に販売予測を引き上げている。アップル社はアイフォン・アイパッドの世界的なヒットで業績拡大が続いており、今年第3四半期から株式配当を再開する発表した。配当は1995年12月以来、17年ぶりのこと。当初1株当たり配当は2.65ドル(約220円)とし、今後3年間で合計450億ドル(約3.7兆円)の株主還元を実施する方針。同社は最近の業績好調で、昨年末時点で内部留保キャッシュ約976億ドル(約8.1兆円)まで積み増しており、株主への利益還元を求める強い要請に応えたもの。配当再開は昨年死去したカリスマ創業者スティーブ・ジョブズ氏から経営を引き継いだティム・クック最高経営責任者(CEO)ら新経営陣が独自の路線を打ち出すため決断したと言われている。
わが国最大の半導体メーカー、エルピーダメモリ社(世界第3位)の経営破綻は、モノづくり日本の将来に影を落とす大きなニュースになったが、その原因は「PC用DRAMは価格が大暴落したが、スマホ、タブレット用半導体は十分収益を上げていた。エルピーダは旧来のPC用半導体生産ラインのままにこだわり、スマホ時代に取り残された。戦略ミスが倒産の最大の要因になった」(業界関係者)との声が大きくなるほど、ICTの主役機器にスマホ、タブレット端末が躍り出た。タブレット型端末業界は現在、世界的に見れば100社以上が参入し、大競争時代に突入している。そこで今回はこのタブレット型端末の市場動向、技術動向の現在、未来を概観してみたい。

1.参入相次ぐも米国勢の劣勢に立つ日本メーカー

情報端末の歴史は古い。しかし、現在のように飛躍的人気を博するようになったのは2010年アップル社が「アイパッド」を市場に投入してから。通信機能を有し、大容量化を実現、それに伴って多機能化を飛躍的に向上させた。加えて同社の得意とする操作性の良さがユーザーの多大な支持を得た。その後、アイパッドの人気を受けて国内メーカーが同様の機種を開発、タブレット型端末分野に相次いで参入した。
アイパッドの製品コンセプトは2年前の販売開始以来、一貫して変わっておらず、他社の追随を許していない。現在に至るまで圧倒的な支持を得て、販売は絶好調。昨年10〜12月期だけでも約1550万台売り上げ、同時期のタブレット方端末の世界シェアは58%にも及んだ(米国ストラテジーアナリティクス社調べ)。
昨年11月、アマゾンが低価格タブレット端末「キンドル・ファイヤ」を市場投入したことからシェアを10%ほど落としたが、依然として50%近くのシェアを維持しており、100社以上がひしめく同市場での独走態勢は変わっていない。新アイパッドの投入による好調度を見る限り、当面競合各社との差は拡がるばかりだ。
国内勢のタブレット型端末の動向とシェア(国内)を見てみると、ソニーは11年9月から画面を2つ備えた折り畳み型の「タブレットPシリーズ」(5.5型2面・372グラム=実売価格1万円台後半、ただし別途NTTドコモとの通信契約必要)を含む2機種を発表した。同社はゲームなどの配信サービスを強化して差別化を図っており、2月末からは購入後2週間以内なら、返品可能とするサービスも始めている。富士通は今年1月「アローズタブ・ワイファイ」(10.1型・599グラム、実勢価格6万円台)を市場投入した。同社のタブレットの特徴はワンセグTVが視聴できる事と、防水対策、指紋センサーなどの機能を搭載しセグメント化している。東芝は昨年12月「レグザタブレットAT700」(10.1型・535グラム、実勢価格5万円台)を販売している。同社の特徴は10.1型で世界最薄、最軽量を実現、携帯性を強化したという。
3月16日販売開始したアップル社の新型「iPad」(9.7型・652〜662グラム、実勢価格4万2800円〜6万9800円)3機種は液晶画面の解像度を従来の4倍に高め、ハイビジョンTVを超える水準にしているのが最大の特徴。また日本語音声で入力できる機能も初めて搭載しており、ハイビジョン動画を撮影できるカメラも内蔵している。前バージョンより性能が向上して用途も広がり、タブレット型端末の普及に拍車がかかると見られている。
調査会社BCNが2月時点で調べた国内市場のメーカー別シェアは、アップルが45.8%で半分近くを占め、2位のソニーが8.7%、3位富士通7.0%、4位東芝6.0%と続いており、国産勢は大きく水をあけられている。また下からはパソコン大手の中国のレノボや台湾メーカーが低価格を売り物に続々参入してきており、競争は益々激しくなっている。
「新アイパッドにはサプライズが無い」と批判的な論評も広がっている。それはジョブズ氏亡き後、どんな新機軸が打ち出されるか期待する声が多かったのに対し、サイズや概観はアイパッド2と同じ、「アイフォン4S」の発表時と同様な反応が見られた。しかし、アップル側にしてみればアイパッドの製品コンセプトを変更する必要がない。
まだ後続メーカーとの差は絶対的に開いており、完全独走態勢が続いているからだ。クックCEOらの新経営陣の真価が問われるのは次のバージョンの新製品。技術・性能差が縮まったとき、アップルらしさが出せるかにかかっている。追撃する日本メーカーに対して「アップル社はアイパッドを足掛かりに映像サービスを強化しようとしている。日本勢は先を見据えた技術開発、勝負しないと勝てないのではないか」(アスキー創業者・西和彦氏)とアドバイスを贈る。

2.新タブレット型端末を支える技術・部品群

新アイパッドにはデザイン上の新鮮味はなかったが、中身の充実には相当力を入れている。これはジョブズ氏の最後の仕事だったと言える。その主なものをまず紹介してみたい。
新アイパッドは液晶画面の解像度を従来の4倍に高め、ハイビジョンTVを超える水準に大幅アップさせている。画素数4倍を実現した技術が「網膜ディスプレー」の採用。文字や写真を拡大して表示すると、まるでグラビア写真のように鮮やかだ。高精細になれば、アプリケーションの容量は巨大化し、より高い計算能力が求められる。そこで、従来のプロセッサー「A5」を改良し、4つの処理エンジンを持つ「A5X」に切り替え、この課題を克服している。2番の性能アップが通信速度の問題。通信システムには次世代通信の「LTE」に対応できるよう対策を施している。この大容量の高速通信システム搭載によって、サイズの大きいアプリもスムーズにダウンロードできるようにしている。3番目がカメラの進化。写真や動画を編集するソフトウェアもリリースされている。更に音声認識ソフト「シリ」も組み込まれているなど新機能は多彩だ。しかし、事前に想像された範囲内のものばかりで、昨年10月「アイフォン4」から「4S」へ進化した状況と同じ。そのため「アイパッド2S」と呼ぶにふさわしいと評価する人が多い。
東芝は今年半ばにも鮮やかな写真や動画を楽しめる業界初の有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)のタブレット型端末を日米欧で発売を予定している。爆発的ヒットは期待できないが、技術的先行メリットは大きいと業界での評価は高い。また同社は昨年12月7インチ型液晶のタブレット型端末をインドネシアで販売開始したほか、今年4月にはインド、ベトナムでも発売を予定しており、新興国市場に小型・低価格品を投入、シェア拡大を目指す方針。
スマホやタブレット型端末の機能が高度化するにつれ、日本製部品や素材の存在感が増している。アイフォン4Sや新型アイパッドには40%以上の日本製品部品が使われているといわれ、日本の独壇場が続いている。スマホやタブレット型端末に搭載されている積層セラミックコンデンサー(電源の安定化など行う部品)で村田製作所の製品は世界シェア約40%でトップ。しかもますます端末が高機能化する中で、積層セラミックコンデンサーの搭載数は増加している。3G携帯での搭載数は1台当たり100〜200個だったが、スマホだと400〜500個、タブレット型端末だと500〜600個と大幅に増えている。
スマホやタブレット型端末は画面をタッチするだけで様々な操作が可能になる事が売りだ。タッチパネルは33年前、帝人の技術者だった三谷雄二氏が最初に開発したもので、ガラスに通電性のある酸化インジウムスズをコーティングしたフィルムを貼ったもの。現在では4000億円市場に成長している。このタッチパネルの表面を覆うカバーガラスを生産しているのが旭硝子である。
この分野で世界最先端を行くのが、同社が昨年1月世界同時発売した電子機器用カバーガラス「ドラゴントレイル」。薄いながらも衝撃に強く、しかも質感が極めて高いと言う特徴を持つ。従来、モバイル端末のカバー財には一般的なガラスやアクリル樹脂のフィルムが使われていたが、強度における弱点や傷つきやすさ、質感の悪さなど使い勝手で課題を残していた。しかし同社のドラゴントレイルは最適な材質の開発は勿論、ディスプレー用パネル基盤の大量生産に向くフロート法という生産プロセスに改良を加える事で、その課題を克服した。
素材には一般的なソーダライム系ガラス素材ではなく、アルミノシリケートガラスをベースとし、アルミナなど各種添加成分を用いて強度アップに必要な層を短時間で深く形成する事を可能にしている。他社が真似できない知見を生かした生産ラインを構築、従来品の数倍の強度を持つガラス製カバー材を短時間で生産できるようにしている。加えて、原材では鉛、砒素、アンチモンといったいった有害物質を一切使用せず環境面にも配慮したカバー材に仕上げている。
ドラゴントレイルはライバルメーカー米国液晶ガラス基板最大手コーニング社が一昨年、静岡工場で生産開始した「ゴリラ」の対抗品として開発したもの。ゴリラはスマホの世界的大ヒットに支えられて、現時点まで6億台以上のデバイスに使われている。またゴリラはスマホだけで世界11のブランドに採用されている。しかし、ドラゴントレイルはどのスマホ、タブレット型端末に使われているか明らかにしていないが、中国、台湾、韓国の関連メーカーに幅広く使われているのは明らか。旭硝子、コーニングはこの分野でトップを走るメーカー。次いで日本板硝子、サンゴバン、日本電気硝子などが続いている。

3.今後期待される応用分野

アップルの「アイパッド」を語る上で中国(同社の中国の売り上げは約130億ドル)での商標登録問題は欠かせないが、ここでは紙数の関係で割愛する。
米国ではアイパッドに加えてアマゾンの「キンドル」の出現によって、出版業界に革命が起きている。すでに400万点以上が電子書籍(デジタルブック)化されていると言われるが、わが国では厳しい著作権の問題もあって、電子化の歩みは米国よりも相当遅れている。日本ではかつて2度の電子書籍ブームのチャンスはあったが、全て花が咲くまでには至らなかった。しかし、業界では今回は本物になると期待の声は強い。予想では2015年には電子書籍の売り上げは現在の20倍の3000億円にまで拡大すると期待している(昨年が電子書籍元年と言われている)。
タブレット型端末の応用の分野は急拡大しているが、ここでは医療・教育分野への期待を提言しておきたい。
医療分野では電子カルテ化が全国病院に普及しようとしている(現在の普及率は40%程度)が、個人が電子カルテをデータ化して保存すれば、医療費の削減に大きく寄与する事間違いない。もう一方が教育現場への普及である。つまり、教科書を電子化、バックデータに動画、音声を入れておけば、教育効果は大幅に向上する。近く小学校での英語教育が本格化するが、映像と音声で楽しい授業になる。併せて教材の開発にも弾みが付くことが期待できる。


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