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【連載:世界一の品質を取り戻す45】

検証・日本の品質力
電子書籍は出版不況の救世主となるか
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

専用の端末などで読む電子書籍が、今年から来年にかけて本格的普及期に入る可能性が強くなってきた。その背景には、複数の専用端末メーカーが安価で市場投入され、それに合わせて単行本などのコンテンツ(書籍)も多数配信される環境が出来上がってきたことが挙げられる。
出版関連業界では2010年、「電子書籍元年」と言われた。2年近く経って、普及が加速度的に拡大しつつある。世界的に見れば、リードしているのは米国、日本、欧州の一部だが、まだまだ、それぞれに課題を抱えている。ここでは本格普及を前に、ネックを抱える各国事情とその将来像を探ってみる。

1.3回目のチャレンジでようやく本物になりつつある電子書籍市場

電子書籍を「電子機器で読む本」と定義するなら、わが国の歴史は古い。最初はCD-ROM版で書籍を電子化し、パソコンで読めるようにしたのが始まり。CD-ROM版の広辞苑が発売されたのが1987年であり、ソニーが電子ブックプレーヤー「DD1」を世に送り出したのが1990年のことである。これを第1次とするなら、第2次の挑戦は2000年代初めのこと。家電各社がより小型の電子ブック端末を相次いで発表した。NECのデジタルブックプレーヤーや「DB-Pシリーズ」などがそれだ。
しかし、メーカー側の思い入れも通じず、2、3年で火は消えてしまった。その理由は日本の著作権の重さだった。日本の年間出版点数(新刊)は6万点以上に達するが、1次、2次ブームとも、年間電子化点数は数千点にとどまった。読者に選択の余地が無いとするなら、だれも興味を示さない。あっという間にブームは下火になってしまった。ハード面にも問題があった。現在のタブレット型情報端末やスマートフォンに比べて、まだゴツくて、重い、まさに機械だった。コンパクト、スタイリッシュ、使い易さも流行の大きな要素となる。
そして、2010年が「電子書籍元年」と言われるようになったのには、幾つかの理由がある。第1の理由がアップル社の「iPad」の出現である。大容量、多機能、携帯性の追求は、電子書籍の可能性を大幅に高めた。また、その前段にはスマートフォンの普及と、書籍ネット小売り最大手アマゾン・ドット・コムの専用端末「キンドル」の発売が挙げられる。日本のスマートフォン市場ではマンガの配信が拡大期を迎えていたこと、米国ではキンドル、アイパッドを通じて100万点以上の電子配信と、一気にデジタル化の波が拡大した事情がある。アイパッドは発売1年間で1550万台以上売れ、大ヒットとなった。
わが国では東日本大震災以降、デジタル化の流れが加速、種々のタブレット端末が市場に出回り電子書籍への取り組み、制度の整備などが急速に進んでいる。これを受けて、多機能情報端末の国内市場は昨年末から各種機種が参入、激化している。ソニーが昨年10月、ソニータブレット「Pシリーズ」(価格1万円台後半)を投入、東芝がレグザタブレット「AT700」(同5万円台)を昨年末投入、今年1月には富士通が「アローズダブ、ワイファイ」(同6万円台)を発売している。
そして話題になったのがアップルの「新アイパッド」(同4万2800〜6万9800円)の日本市場投入である。また米国市場では、アイパッド、キンドルの好調を受けて、パナソニックが「ビエラ・タブレット」、シャープが「ガラパゴス」を、米モトローラが「ズーム」を投入、米ビジオ社、韓国、台湾メーカーも参入を計画し、タブレット戦国時代を迎えつつある。
日本国内のタブレット端末市場は2010年にアイパッドが発売されて以降、急激に拡大している。矢野経済研究所の調査によると2010年は96万6000台だった同市場(出荷台数)は12年には5倍近い454万台に達すると予想している。
今後も電子書籍市場に向けて、新しいビジネスモデルで参入を計画している企業が相次いでいる。狙いは安価な端末の投入とコンテンツの拡充だ。楽天は今年1月、世界100カ国以上で電子書籍事業を展開しているカナダのコボ社を買収した。その狙いはコボ社の安価な電子書籍端末を日本市場に投入すること。同端末は日本語の縦書き表示機能を搭載し、今夏にも1万円未満で販売する予定。購入できる電子書籍は3万5000冊以上、他社の電子書籍も利用できるようにする。同社は昨年8月、電子書籍の販売サイト「ラブー」を立ち上げている。また品揃えを増やすため、出版側に十分利益が得られるような内容の契約を提示、電子化の交渉を鋭意進めている。
楽天は当面のライバルを日本の端末メーカーではなく、米ネット通販最大手のアマゾンと見て、その動向を警戒している。
アマゾンはキンドルの海外モデルとして、最も安いタイプで1台79ドル(約6300円)の機種を投入、各国でシェア拡大を狙う。すでに米国では同社のサイトでの書籍販売部数は電子書籍が紙の書籍を上回っている。同社は日本市場に同109ドル(約8400円)のモデルを投入、主に英文書主体に約100万冊購入できる体制づくりを進めている(ただし他社の電子書籍利用は不可)。
だがアマゾンの日本市場における電子化点数の拡大策は難航している。同社の出版社との交渉の内容は電子書籍の販売価格の決定権はアマゾン側が持つ契約を主張しているが、出版各社は「著者へ印税などの支払いもままならなくなる」と反発している。また同社側は電子書籍化を加速させるためには著作権を出版社側が管理すべきだと主張している。日本の著作権事情は米国と異なる。日本では著者が著作権を保持しており、出版社は出版権を持っているにすぎない。「米国流を押し付けすぎる」との不信感も生まれつつある。アマゾン側も日本事情の理解、摩擦を防ぐ意味から「契約条件の大幅譲歩し始めている」という。背景にはライバル楽天の出版社側「共存共栄」策に危機感を抱いていると見られている。
一方、先行する端末メーカーも新しいビジネスモデルの開発を迫られている。ソニーはWi-Fiモデルの「Reader」(価格2万円前後など)を投入、約3万6000冊と契約、他社の電子書籍利用可の新しい販売システムで市場拡大を目論む。パナソニックは新しい電子書籍タブレット「UT-PB1」(価格約3万円)を投入、自社サイトは持たないが、他の電子書籍を利用できる方向で独自地位の確立を目指す。このように柔軟な対応を進め従来端末によって特定の電子書籍を読むことのできなかった不都合を解消しつつある。
紀伊国屋書店(約3万1000冊)やブックライブ(約4万5000冊)など、書店サイドも独自サイトを開設、版元の囲い込みを進めている。

2.電子書籍市場の拡大を目指してコンソーシアム続々誕生

電子書籍の普及を促進する為、国内の出版社が共同出資して新会社「出版デジタル機構」(通称:パブリッジ)が4月設立された。講談社、小学館、集英社の版元大手3社が3億円ずつ出資(官民合同ファンドの産業革新機構も150億円出資)し、各社の社長が取締役に就任した。さらに大日印刷、凸版印刷の印刷大手2社にも出資を要請し、出版界を挙げて新会社を支える体制を整える。国内で流通する書籍は今後の刊行分を含めて全点を電子化し、早期に100万点確保を目指す方針。社長には東京電機大学出版局長の植村八潮氏が就任した。新会社の設立には200社以上の出版社が賛同しており、各社が電子化したデータを一括管理し、電子書店に配信するほか、経営資源の乏しい中小出版社の電子化作業も初期費用なしで請け負う。配信手数料や売り上げの一部から収益を得る仕組みで日本語の電子書籍が約22万点と、(数百万点と言われる)米国に大幅に遅れている書籍の電子化を早急に加速させる方針。「パブリッジが懸け橋になることで、あらゆる端末、あらゆる出版社を結ぶインフラを整備し、5年後に電子出版物100万タイトル、約2000億円市場の創出を目指す」(植村社長)と抱負を語る。
紀伊国屋書店、ソニー、パナソニック、楽天の4社は昨年春、電子書籍サービスで連携している。その目的は4社がそれぞれ提供・運営する電子書籍端末や電子書籍ストアが相互に接続可能な仕組みを実現させるのが狙い。前述のように紀伊国屋書店はオンラインストア「ブックウェブ」で電子書籍を取り扱っており、楽天はカナダのコボ社を買収し、同社の端末を日本市場に投入、近くオリジナル書籍サイトを開設、電子書籍市場に参入、ソニーとパナソニックも電子書籍専用端末を市場投入済み。4社は共同で利用者の利便性を追及する方針。
印刷会社や版元も出版不況に電子化で活路を見出そうとしている。電子漫画雑誌6誌を販売しているトッパングループのブックライブは若手ビジネスマンを対象とした日刊漫画雑誌「COMIC LIVE!」を創刊・電子配信を開始した。一方、大日本印刷も「見たい時に見たい形で」をコンセプトに配信ビジネスを展開、傘下に収めた丸善、ジュンク堂書店との相乗効果を狙う方針だ。同社はまたNTTドコモと共同で電子書店「トゥ・ディファクト」を開設している。
その他、シャープとカルチュア・コンビニエンス・クラブは「ツタヤ・ガラパゴス」を、ソニーは「リーダーストア」をKDDIは「リスモ・ブックストア」を次々開設している。出版社も自ら配信ビジネスに乗り出している。主なものを列挙すると、角川グループは「ブック・ウォーカー」を開設、小学館は「小学館eBooks」を、学研グループも「学研電子ストア」を開設、各社とも工夫を凝らし、配信ビジネス大競争時代へ備えようとしている。

3.電子書籍ブームと著作権

電子書籍時代に対応した著作権や出版権のあり方を検討するため大手出版社、作家、国会議員などで組織する「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」は昨年、「出版物原版権」という新たな権利の創設を目指すことで合意した。電子書籍の違法コピーに対し、出版社は訴訟を起こすことができないなどの不備を改め、普及を促すことが目的となっている。これまで著作権法が認める出版社の出版権は電子書籍を想定しておらず、違法コピーが出回っても著作権者である作家が自ら訴訟を起こすしかないのが現状だった。新たな創設を目指す「出版物原版権」は、作家の著作権を100%保護した上で、紙の本や電子書籍という形に加工した「原版」に対する権利を追加的に出版社に付与する枠組みを取る。具体的には、原版を(1)複製する複製権(2)インターネット上に展開する送信可能化権(3)複製物の譲渡によって公衆に提供する譲渡権(4)貸与によって公衆に提供する貸与権――などから成っている。こうした権利を出版社に与えることで出版物原版権のない業者がインターネット上に海賊版を出せば、出版社が削除を求める訴訟を起こすことが可能となる。
現状では既刊本に関しては新たにこの電子化原版権契約を著作者と改めて締結し直さなければならず、大量かつ手間がかかるため電子化が進まず、普及のネックになっている。
また、紙の本を裁断してスキャナーで読み取り、自前の電子書籍を作る「自炊」行為も、その専門業者も出現し、1冊100円程度で請け負う業者もあって訴訟に発展している。「利用者のニーズは高い。読みたい電子書籍がないことが一番の問題」という業者の声も一理ある。
著者への印税についても、印刷物には売価の10%というルールが定着しているが、電子書籍にはまだルールが定まっていない。

4.本格普及に立ちふさがるネック

活字離れが進んでいる。出版科学研究所が発表した2011年の書籍・雑誌の総売り上げは約1.9兆円で、21年ぶりに2兆円を割り込んだ。ピークだった1996年の約2.7兆円の約7割に落ち込んだことになる。書店の数も全国で2万5000店弱あった店数も毎年1000店ずつ減り続け、現在は1万5000店に減っている。出版業界が構造不況業種といわれる所以だ。
そこに現れたのが電子書籍の波。出版業界の救世主となるのか。そのためには著作権整備のほかに何点かのネック解消が不可欠だ。ここでは3点を指摘しておきたい。
まず第一が規格の問題だ。欧米では電子書籍の事実上の世界標準となっている規格「EPUB(イーパブ)」をもって昨年末、縦書きの日本語に対応させ世界市場をリードする米アップルやアマゾンが日本市場に本格参入してきた。その最新規格「イーパブ3」をソニーと楽天は採用することを決めた。この世界標準の規格を用いることで、日本の強みである漫画などのコンテンツ(情報内容)を世界で幅広く展開する可能性が広がる。中小出版社がこぞって同規格を採用する傾向が強くなりそうだ。なおイーパブは米国中心の電子書籍標準化団体「IDPF(国際デジタル出版フォーラム)」の策定したもの。
2番目がインフラの問題。紙の本では印刷、製本、取次(流通)、書店というインフラが存在するが、電子書籍にはまだない。多様な出版文化を守るため誰もが参入できる新しいシステム・ルールが必要になっている。
3番目がコンテンツの中身の問題だ。文字、画像、動画、音声を自由に組み合わせられる電子出版は新しい表現方法が魅力だが、紙以上に大変で競争が複雑かつ激しくなる。電子書籍が対象の表彰制度が昨年誕生したがまだ評価は定まっていない。
シンクタンクの予想によると2015年の電子書籍市場は現在の3倍以上の年2500億円に拡大するという。そのためにはネックを早急に解消する必要がある。


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