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【連載:世界一の品質を取り戻す49】

検証・日本の品質力
今こそ求められるホワイトカラー・イノベーション
−トヨタの全社的品質管理「自工程完結」活動から−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

日本のホワイトカラーの生産性が低いと長い間指摘されてきた。それを放置してきた経営者責任は重い。世界の常識は1日の残業時間は2時間以下で、月間総残業時間数は40時間以内となっている。それに比較して日本のホワイトカラーの残業時間は長すぎる。これが日本全体の高コスト体質の一因にもなっている。超円高も相まって国際ビジネス間競争でこのコスト高が足かせになっているのは間違いない。古くて新しいテーマだが、マネジメント層も含めて早急の、より高い、ホワイトカラーの生産性、その結果としての仕事の質の高度化の構造改革を進めなければならない。ICT(情報通信技術)が高度に発展しつつある今、これを活用したホワイトカラー・イノベーションにただちに取り組む必要に迫られている。
国際的に見てわが国製造現場の生産性の高さは定評がある。しかしホワイトカラーの生産性はOECD(経済開発協力機構)の調査によると、加盟34カ国中、12位に甘んじている。同調査によると欧米の上位国と比較して、その生産性は20〜30%劣ると推計されている。わが国の製造現場は必要最低限の人員で最大のパフォーマンスをあげているのに比してホワイトカラー、特に本社部門には隠れた余剰人員がまだ多い。経営者もそれに気付き始めている。最近のリストラのターゲットはこの本社部門に置かれるケースが多い。現在ではホワイトカラーも高い知識、技能(スキル)、ノウハウ、戦略性、リーダーシップを持った者しか生き残れなくなりつつある。
高い生産性で定評のあるトヨタ自動車は、そのノウハウ・仕組みを生かし、事務・管理・間接部門の質的・生産性向上に近年力を注いでいる。今回はその狙い、仕組み、今後の課題などについてレポートしてみたい。

1.全社的品質向上活動「自工程完結」の狙い

トヨタの監査規定(改定版)に「消費者の要望を直接把握し、これを商品に反映する」、「製品の品質と業務の運営を監査し、これを改善する」というのがある。これをリバースさせたのが同社のTQM(全社的品質経営)活動である。基本理念として、(1)お客様第一、(2)絶え間ない改善、(3)全員参加を3本柱として、品質・仕事の質(生産性向上=原価低減)の向上を図り延長線上として個人と組織の活力(パフォーマンス)の向上を実現することにある。同社では「トヨタ生産方式」等で培ったノウハウを生かし、事務部門にまで横展開した全社活動を実施してきた。現在(2007年から)行っているのが「自工程完結」活動である。その前段が「TPK(トヨタ・プロダクト・カイゼン)」活動。製品・サービス・仕事の欠陥・不具合・トラブルを得意とする改善活動で撲滅しようとする運動だった。現在展開中の自工程完結活動は2000年代初め急速に進展した。同社のグローバル化に対応したもので、サイエンスSQC(数値的品質管理)、CS(顧客満足)、向上活動、グローバルQCサークル活動を有機的に連携させることで、グローバルトヨタの品質、仕事の質を極限まで高めていこうという活動である。拡大する国際化、HV(ハイブリット)車などの技術進化、ICTの高度化など激変する事業環境変化に柔軟に対応するため社員の意識改革、仕事のやり方を見直すBR(ビジネスリフォーム)活動と自工程完結運動を2010年に融合、今年度には新たにカスタマーファースト推進本部(統括者は佐々木眞一副社長)を創設、TQM推進部をその下に移し、TQM推進の一環として「自工程完結」推進活動を展開している。自工程完結の考え方のルーツは創業者豊田佐吉の豊田G型自動織機の開発思想にある。動機には糸が切れたら自動的に止まる仕組みが施されており、問題を顕在化させ、その真因が解かれるまで改善を施す。「品質は工程内で造り込む」ことであり、お客様である次工程には無欠陥品しか送らない。そのためには「任された自分の仕事に誇りと責任を持ち、他責にせず自らが改善し、自分の仕事を完遂する」こと、つまり「Built In Quality With Ownership」(オーナーシップ精神で品質は自分の仕事で造り込む)ことである。
「モノづくりは人づくり」とよく言われるが「会社経営は人づくり」を基本と考えても良い。自工程完結活動はその考えを基本とし、「自らの仕事の良し悪しをその場で判断でき、行動できる」人間を育てることでもある。自立(自律)型人間の育成であり、他者に絶対迷惑をかけない人材教育活動にもなっている。活動推進の背景には大きな2つの環境変化がある。1番目が技術の高度化・複雑化である。その影響で仕事の分業化・細分化が進み、業務プロセスが複雑・多様する。結果として業際を見落とす。見合ってしまったまま流れてしまう、仕様の不整合が生じる。2番目がビジネスの急速な拡がりである。仕事が繁忙となり働く人材も多様化、ノウハウの伝承、活用も不十分となる結果、本来やるべきことを飛ばしてしまったり、省いたり、あるいは知見が埋もれ生かされない。こうした事態の解決を同社は原点回帰(創業の精神)に礎を置きながら最善の方法として自工程完結を選択したのである。

2.自工程完結の進め方とその成果

基本はデミングサイクルを回すことによってスパイラルアップを目指すことになる。
P(計画):仕事の目的・目標を明確化する。つまり誰(次工程=お客様)のために、どんな価値(ニーズ)を織り込んだ何を、いつまでに提供するかを自主的に判断する。そしてそれを達成するためのプロセスを明確化、段取りを整理する(関連部署を含めた全体のプロセス)。次に要素作業に分解、必要条件(良品条件・判断基準)を明確化する。つまり整備した仕事のプロセスを「担当者が仕事の良し悪しをその場で判断でき、対処できる状態」まで分解することである。そして履歴、蓄積使える環境の整備をする。
そしてD(実践)→C(評価)→A(改善)と回していく。
この実践例(良品条件・判断基準)として「車の仕様書の翻訳作業」を取り上げる。
仕事の流れは(1)翻訳用車種の仕様書(日本文)を確認・用意する(2)仕様を英訳する(3)仕様書用に構成する(4)印刷依頼をする―という流れになる。
作業を始める前に必要なこと(良品条件)はすべて揃っているかを確認する。ここでいう良品条件とは次の5つの領域のことを言う。

  1. インプット:翻訳車種の仕様情報。過去の類似車種の仕様情報など。
  2. 能力:英検2級以上、自動車専門用語を理解していることなど。
  3. ツール(道具):翻訳システム、専門用語日英対比表。辞書・英訳機など。
  4. メソッド(方法):専門用語をピックアップし、最初に自動車専門用語集で翻訳する。
  5. 注意点・理由:過去の失敗例(専門用語の訳が悪く正しく伝わらなかった、など)を取り上げ、対策を用意する。
こうしたことを全て用意・認識した上で要素作業(英訳)を進め、作業を終える前に判断基準(全仕様項目が翻訳されていること、専門用語が日英対比表に合致していること、お客様の不満点にないか、次工程に不足はないか、など)を確認した上で次工程(印刷依頼)に回す。
活動の成果として、ある工務部の例を挙げる(09年から2年間)。同部のスタッフ数は管理・間接部門合わせて128名。同部では活動を進める上で以下の6点を重要視、常にアンケートを実施、その結果を「見える化」し、共有するようにした。その6点がKPI(重要評価指標)ともなっている。6点とは(1)仕事の目的の理解度(2)仕事のモノサシの明確性(3)顧客満足度の把握(4)仕事の見える化(5)成果の定着化(6)組織的なノウハウの蓄積―をレーダーチャートで示し、進捗度を測った。結果として約18%=23名の人員削減に成功している。
この活動の推進責任者(TQM推進部自工程完結推進室長)である鈴木浩佳氏はその主な課題・留意点として「自部署(自工程)外に問題を送り出さないためには検査を強化する。マニュアルを作り、厳守を強要する―結果として考えない人を生み出す事になる。また自工程完結は最初に工数が必要になる。となると誰もが躊躇してしまう。短期的には検査を強化する方が量用対効果が高くなる。そうではないことを理解してもらい、実証することに心掛けた」と述懐する。
その上でいくつかのポイントを指摘する。時代とともにアウトプットは変化(複雑・高度化・多様化)する。常に意識として付加価値のないものはムダという認識を定着化する。プロセス全体を見える化し、シンプル化する。その間のやり直しの多さなどミスを完全につぶしていく。前後工程、関係者との段取り、調整も必要だ。業際で問題が多発する場合は複雑化しないようにモジュール化も必要となる。個人の意識・行動を高めることが、結果として会社全体の不良、ミス、トラブル、不平不満(顧客への)撲滅に直結することを動機付ける。レベルアップを図るためには類似業務をベンチマーキングし、ベストプラクティスを目標とする。非定型(クリエイティブ)業務にも自工程完結の思想を応用する。
そして現在は次の課題として新規業務等への適用を指向している。それを円滑化するため、階層別問題解法を幅広く活用してもらうためテキスト開発を急いでいる。

3.基本施策である「事務の5S」と「TPS」(トヨタ生産方式)の応用

5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の目的は(1)業務の質の向上と効率化を図る(2)仕事の正確性とスピードアップ(3)ムダ(プラスしてムリ、ムラの3ムも)の排除(4)経費削減(5)スペースの有効利用(6)快適職場の醸成―を同時追求することであり、狙いは各人の自主性の向上、良好なチームワーク、リーダーシップの養成を図り結果として質の高い人づくり、マネジメント力向上、組織の活性化、すべての管理改善活動を着実に遂行する組織体質の強化につなげる狙いを含んでいる。
トヨタの場合、5S活動重要な基本と位置づけられているが、前面に打ち出す施策ではなく、現在は次の3点に絞って推進されている。

  1. 職場安全:従来は製造現場の活動が主であったが、最近は事務職場の安全確保・歩行災害防止などの観点で整理・整頓のキャンペーンや不安全箇所の点検など様々な活動が全社あるいは各部署単位で実施されている。
  2. 機密管理:機密漏洩防止の観点(情報セキュリティ)から「クリアデスク」(机周りの5S)、「クリアスクリーン」(不在時のパソコン画面の非表示)、サーバーなどの整理や適切なアクセス権限の付与など、組織の情報管理の規律化(規定強化)、ヒューマンエラーの撲滅化を進めている。
  3. ノウハウの蓄積(知見や情報の5S):自工程完結の一環として、過去のデータや報告書、知見や勘どころの整理、その上での業務プロセスの紐付け、ICTなどを活用した利用しやすい環境づくりにも取り組んでいる。
これらはすべて押しなべて全社的取組みとはなっていないが、複数の部署が意欲的に取り組んでいる。TPSの援用の事例として、事務・マネジメント部門のJIT(ジャスト・イン・タイム)の事例を紹介する。
自工程完結推進のひとつとして「プロセスリング」の活動に援用、実施している。たとえば開発部門では多くの関係者が同業務に関与し、まず複雑なプロセスの紐解き活動から始めなければならない。そこで「TLSC(トータル・リング・システム・チャート)」と称する記載方法を考案し、その記載方式に基づいてプロセスをインプット、アウトプットの連鎖を可視化し、日程が整合しているか、していないとするとどこにボトルネックがあるか、そのボトルネックをどう解消するか検討を重ねている。また、ボトルネックの解消手段として人的リソーセズの確保、プロセスの並列化、レビューの設定条件の早期合意などに役立てている。
同社では自工程完結を補強する活動として、「見える化」(ビジュアルマネジメント)にも取組み、なるべく可視化し、全員の目的、ノウハウ、知識の共有化を進めている。

ここでは生産準備のプロセス例を紹介する。その流れは(1)現状のプロセスと、インプット、アウトプットの実際を帳票ベースに整理、(2)関係者で問題点や課題を洗い出し、(3)問題点の真因追究と対策案を検討し、(4)対策案を織り込んだプロセスと、インプット、アウトプットの整理を実施し、(5)重要なプロセスに関しては要素作業に分解し、判断基準や良品条件を明示する、といった手順と流れを職場に表示、今どの部署でどんな問題に取り組んでいるのかがわかり、いつまでに達成すればいいかの重要点を全員把握できるようになっている。特に同社にとって現状把握と見える化は重要な施策となっている。
こうした活動は同社が今、どんな問題を抱え、どんな方向に進んでいるかを全社員が共有し、それに沿って各人がどんな次の一手に取り組めばよいかを自問自答する自立(自律)自尊活動でもある。それがひいては日本経済界の喫緊の課題でもある。スピード経営(意思決定・行動の迅速化)、真のグローバル経営に直結することは間違いない。


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