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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (28)】

経営者(トップマネジメント)の仕事(1)
〜組織全体に貢献する働きとは何か〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
マネジメントとは、働き方である。それは、すべての従業員の働き方を意味している。新入社員であろうと初めて部下をもった20代の従業員であろうと、ある製造ラインの班長であろうと、生産技術担当や品質保証担当であろうと、マネジメントとはそれぞれの働き方のことである。従業員は誰でも、それぞれの働き方を的確に行ったとき、組織の成果に最大の貢献をもたらすものと考えられる。綱引きで勝つチームは、全員が綱を引くことに集中する。

■ジーメンスから得た教訓

組織の頂点に立つ者の働き方は、全従業員の働き方に影響を与える。ドラッカーは、『マネジメント』(1973)の中で、1870年から1880年にかけてジーメンス(1839-1901)がドイツ銀行のために行った「経営者の働き方」を例示している。(注1)
  1. 経営者には、特有の仕事がある。
    組織全体を見渡す立場だからこそ理解すべきことがあり、その理解から組織の成果を生み出すために経営資源を活用するには、他の従業員とは違った経営者としての仕事がある。
  2. 経営者には、独自の組織構造が必要である。
    人事や経理などの組織全体の管理活動、取引先との関係、業界との関係はじめ、様々な経営者としての活動を、自分以外のメンバーにそれぞれの個性や能力に応じて責任を持たせた。これらの仕事を受け持つ中核的な組織として、経営チームを組織した。
  3. 経営者には、独自の補佐機関、情報を発信すべき独自の機関が必要である。
    セクレタリーアート(企画部)をつくって、その任に当てさせた。経営チームを補佐するだけではなく、有能な人間に全体を見る機会を与える人材育成の役割も持つ。

■子会社の社長経験者を親会社の経営者に抜擢する傾向

一方日本を見てみよう。子会社の経営者を経験した後に、親会社の経営者に就く例が増加しているという。(注2)2008年から12年までに以下の例がある。帝人(帝人ファーマを経験した大八木成男氏が2008年就任)、日立製作所(日立グローバルストレージテクノロジーズを経験した中西宏明氏が2010年に就任)、富士電機(富士電機画像デバイスを経験した北沢通宏氏が2011年に就任)、オムロン(オムロンヘルスケアを経験した山田義仁氏が2011年に就任)、パナソニック(オートモーティブシステムズを経験した津賀一宏氏が2012年に就任)、ソニー(ソニー・コンピュータエンタテイメントを経験した平井一夫氏が2012年に就任)と数多くある。中小企業においても、経営チームの一員として実績をあげさせたり、他社にて一定の管理職を経験させるなどのキャリアパスを、後継者の登竜門としているケースが多いように思われる。組織は、経営者に必要な体験を積ませることを管理者であるMOTリーダーに要求している。

■経営者の仕事

ドラッカーは、経営者の仕事について以下のように説く。(注3)下図を見て欲しい。

  1. 組織のミッション(使命)を考える。
    経営者は「我々の事業は何か、何であるべきか?」の問いを自らに投げかけ、自ら答える必要がある。これらのことは、事業全体を見渡した上での目標の設定、戦略と計画の策定、明日の成果につながる意思決定を今日行うことができ、今日だけでなく明日の目標とニーズのバランスをとることができ、人と資金を重要な結果に割り当てることができる働き(経営者)によってのみ成される。
  2. 組織に道義を判断する働きを構築する。
    基準や例を示すことで組織の道義(組織における善悪)を判断する働き(組織の風土や規範、制度など)を構築する必要がある。これもまた事業全体を見て理解する経営者が行うべきことである。組織が従うものと現実とのギャップに取り組むことが大切である。例えば、重要な領域(それぞれの事業領域およびマーケティング、イノベーション、人的資源に関するマネジメント領域についてなど)においてビジョンと価値基準の策定に取り組むことなどである。
  3. 人的組織をつくりあげ、それを維持する。
    経営者には、人的な組織を作り上げそれを維持する責任がある。明日のために人的資源を開発する必要であり、特に将来経営者になるべき人材を組織に供給する必要がある。組織風土をつくりあげることも経営者の仕事である。経営者の行為や価値観や信条は、組織全体の事例となり従業員の働く自信となる。組織構造の設計はその後だと云う。
  4. 事業に必要な関係を構築する(渉外活動)。
    経営者は主要な関係を構築しそれを維持することが重要である。その関係性は、顧客や仕入先との関係である。また産業や銀行や金融機関との関係性や政府や外部研究機関との関係であり、いずれも事業にとって大きな影響を与える相手と関係の構築である。
    このような関係が日頃から構築されていることから、事業が与える環境問題、社会的責任、雇用方針、法律上の位置など、経営者の方針やとるべき行動が明らかになる。
  5. 公的行事など儀礼的な役割を行う。
    地域や業界で行われる夕食会や公的行事への出席という仕事である。これは大企業より、副社長などの代りがいない中小企業の経営者であれば、なおさら避けられない。この儀礼的な行事は、数限りなくある。必要な行事に出席しないことは、経営者個人だけでなく組織の信頼を失うことになりかねない。これも経営者としての仕事として考える必要がある。
  6. 重大な危機に際しては自ら出動する。
    ドラッカーは、マネージャーの資質として、誠実さ(真摯さ)を第一に説く。不幸にして組織が重大な危機に直面した時、最も経験が有り、聡明で、最も能力のある者が、身を投じる必要がある。マネージャーの模範となるべき経営者は、このようなリーダーシップを自ら執る必要がある。法的な責任だけでなく、知識の責任、放棄できない責任がある。

■経営者の仕事の特徴

このように経営者(トップマネジメント)の仕事として、6つをあげたドラッカーだが、現実にどのような行動をとるべきかは、個々の組織において変わると云った。具体的には、組織が掲げるミッション、目標、戦略、活動によって行うべき行動は変わる。
これらの仕事は、経営者に特有の仕事であり、重要であることを意識して取り組まなければ、行われることはないとドラッカーは云う。そして、経営者の仕事の特徴を以下のように説明する。(注4)
  1. 経営者だけができる仕事を行う
    経営者以外ができること、例えば、郵便物の整理などは、行うべきではない。経営者の一員になったら、このような現業の仕事をしてはいけない。ただし、イノベーションに関する仕事は、「明日をつくるための経営者の仕事」である。
  2. 経営者の仕事は組織化が困難である。
    経営者が行うべき仕事は多種多様であり、繰り返すことはあっても、全てが継続性がある訳でもない。従って、日常業務として担当者に割り当てることが困難である。従って、フラットな組織形態であるチーム型組織ふさわしいとドラッカーは云う。
  3. 多様な能力を必要とする。
    人間的な面をもち、冷静な分析、調整、細心かつ大胆であること、組織を代表して行うこととにはじまり一人で行うことまで行う必要である。それには、4種類の人間が要る。「思考する人」「行動する人」「人間的な人」「代表する人」であるという。経営者人のではできないことが解る。

■MOTリーダーの役割

MOTリーダーには、「経営者になるという気概」が必要である。ドラッカーが述べた以上に現実は複雑であり理が通らない職場でもある。年金は当てにならないと云う社会的な風潮も今に始まったことではない。自ら将来を築く働き方を勧めるのはドラッカーだけではないだろう。

<注の説明>
(注1)(1)pp4-7.
(注2)日経産業新聞、2012年11月15日付。
(注3)(2)pp611-612.
(注4)(1)pp9-19.
<参考文献>
(1)『マネジメント』(下)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)『Management: Tasks, Responsibilities, Practices』(Harper & Row, Publishers Inc.)



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