前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:MOTリーダーの仕事と責任 〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 (6)】

MOTリーダーによる「情報リテラシー」教育
〜情報マネジメントなくして「品質神話の復活」はない〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
「ものづくりの技術」だけで「良い製品」は出来ない。製品クレームをめぐっておこり得る技術側の論理と消費者の言い分がかみ合わなくなる場面は、自動車業界に限ったことではない。「社内でテストしたときは正常に稼動した。」と説明しても、現実に製品による事故を体験した消費者が複数現れれば、黙っていても「良い製品」の品質は揺らぐ。この連載で一貫して述べていること、「もうひとつの技術」が「新製品の開発」や「製品品質の確保」にとって不可欠である。

■「もうひとつの技術」とは

「もうひとつの技術」とは、情報マネジメントのことを指す。これは第一に「製品をつくる技術」を経営成果に結びつけることが出来なければならない。それは、一人だけでなく何人かのチームをして共通の目的を実現することを意味する。チームで仕事をするからには、コミュニケーションが必須となる。従って第二に、自分の意志を第三者に正しく効率よく伝達することが出来なければならない。よくあることだが、自分の意志を伝えたつもりでいたが、当てがはずれたというような場合である。これを無くすためには、第三として、チーム力を高めることが出来なければならない。自分の意志を正しく伝えると同時に、相手方の理解と共感を得て、目的を実現しようとする行動について合意を得なければならない。このような情報マネジメントは、MOTリーダーの仕事として重要である。

■情報リテラシーとは

情報マネジメントとは、「情報」というものを理解した上でそれを活用して「マネジメント」力を発揮することである。次図を見て欲しい。これは情報リテラシーの内容を図解したものである。情報リテラシーの内容は3つの知識・技能分野とマネジメント分野から成り立っている。すなわち3つの知識・技能分野には、コンピュータ・リテラシー、データ・リテラシー、ビジネス・リテラシーがある。また、マネジメント分野では、システム思考とマインドがある。

■コンピュータ・リテラシー

情報リテラシーの大きな特徴はIT機器を使いこなすことである。一昔前であれば算盤(そろばん)といったところだ。いろいろ有益かつ難しい知識を持っていたとしても情報社会に相応しい道具であるITを使いこなせなければ仕事ができない。算盤を使えずして商売が出来なかった時代は、今日でこそ道具がIT機器になったものの状況はあまり変わってはいない。IT機器で身近なものは携帯電話である。昔の電話機とは形も値段も機能も大きく様変わりをした。アップルのiフォンで火がついたスマートフォン(注1)の市場は、グーグルはじめ既存の携帯電話会社までも巻き込み(注2)伸張著しい。一方仕事場ではまだまだPCが主役である。中高年者にはパソコンが苦手であるという人がかなりいると聞く。しかし、交通費の清算から業務報告、給与明細までPCで見る時代となっては苦手では通らない。しかも会社には特有の業務システム(販売管理、生産管理、研究開発管理、物流管理、財務管理など)があり、任せられた職務がこれを使用するのであれば、PCが操作できないということは従業員であることさえ許されない。その他にも、職場でのデータ処理を助ける表計算ソフトや文書作成ソフト、会議や客先、学会での提案や発表では、プレゼンテーションソフトを使用するのがビジネスマンの習慣にまでなっている。

■データ・リテラシー

データ・リテラシーはデータを入手し情報を作り出す能力をいう。例えば、実験データの処理を考えてみよう。実験データの記録に日時の情報だけで済むはずはない。天候や温度、湿度、実験室の地球上の位置情報さえも場合によっては記録する必要がある。このことはIT部門の人間では知る由もない。現場の人間がそれぞれの立場と役割の中で自ら考え定義しなければならないことである。データを記録するには書式が要る。これを設計するのが書式設計である。データの項目や文字数までも定義する必要もでてくる。次にそのデータをどのように入手するのか。観測機器に伝送機能をもたせて電話回線か専用線でデータ入手し、自社のコンピュータでどのように統計処理するのかなど。情報処理の方法についても実験データを管理しようとする人間やそれを活用しようとする人間が主体的に考えなければならない。データマイニング(注3)などの情報解読もそうだ。QC7つ道具や統計処理によってデータを解析するにも、漠然と機械的に処理するだけで終わらない。仮説を立てそれを検証しようとする現場の計画性が前提となる。

■ビジネス・リテラシー

技術者であれば、前述のコンピュータ・リテラシーやデータ・リテラシーの重要性は理解しやすいだろう。それは「ものつくりの技術」に近しいからである。技術者にとってビジネス・リテラシーこそ「もうひとつの技術」つまり情報マネジメントの基礎だと考えても良いだろう。ビジネス・リテラシーとは、情報とIT機器を活用して業務改革を行なう能力のことである。実験をする、設計をする、品質管理をするなど、自分が担当している業務について必要な知識をもち合わせていることは当然である。また職務を遂行する手順だけでなく、会社の規定、業界の規程、特許や著作権法、不正競争防止法などの法規則も知らなくてはならない。それから、チームやプロジェクトで仕事をするには、互いの仕事の連携をプロセス・フローで表現する手法も知っておく必要がある。プロジェクトということになれば、プロジェクトマネジメント(注4)の知識や技能が必須となる。さらにこれらの知識や技能は、業務の成果をあげることに活用されなければ意味がない。経営課題が変化すれば研究開発テーマも技術課題もそれに沿って変革を要求される。この変革を進めるためには、ITを使って有効かつ効率的に行う知識や技能を習得すべきである。外部の委託会社とどのように連携するのか、法的、手続きに関する知識以外に、いわゆる外注管理のノウハウも必要となる。

■マネジメント

情報リテラシーとして、マネジメントが欠けていれば、コンピュータ“お宅”が生まれ、専門“お宅”が生まれるに過ぎない。「もうひとつの技術」は、「ものつくりの技術」を経営成果に結びつけることが出来なければならない。ある新製品を開発するという目的や仮説を検証する目的を実現するために、作業を設計しプロジェクト計画を立てなければならない。これには、システム思考が要る。コンピュータ・リテラシーやデータ・リテラシー、ビジネス・リテラシーの3つのリテラシーを関連付けて統合的に用いる智恵や思考方法が必要でありこれをシステム思考と著者は呼ぶ。さらに、チームで成果をあげるためにマネジメントの知識と手法が要る。ユニクロの柳井社長が「服を変え、常識を変え、世界を変える」(注5)と表現した「顧客創造を実現しよう」(注6)という意思、一人ひとりが社長であるという意識付けがなければ新市場の開拓はおぼつかない。職場の業務改革ですら自らリーダーシップを執れないのではMOTリーダーは務まらない。研究開発にも製品を営業するにもマーケティングが不可欠である。新製品を開発したり、業務改革できるイノベーションの知識を有しそれを行動で示すこと、これが企業家精神(アントレプレナーシップ)である。

MOTリーダーたるもの情報リテラシーを自ら身につける努力を惜しんではならない。部下の育成に時間と心を注がなくては、新製品もなければ品質神話の復活もない。

<注の説明>
(注1) 携帯電話にインターネット閲覧機能、ビジネスで使うメールのやり取り機能などを組み込んだ多機能型携帯電話のこと。
(注2) グーグルの「Android」という基本ソフトを搭載した携帯電話などを指す。
(注3) データマイニング(Data−Mining)データの山から有益な情報を探し当てることを、鉱脈を見つけ目当ての金を掘り当てることになぞらえた。統計手法を駆使してデータ分析をしたり仮説を検証する、データや情報処理の手法の総称のこと。
(注4) プロジェクトマネジメントについては、[連載:MOTリーダーの条件−4]「プロジェクトを成功させる『もうひとつの技術』」(TECHNOVISION.2009.05)に詳しい。
(注5) 「FAST RETAILING WAY」のステートメントになっている言葉。「成功は一日で捨て去れ」(柳井正著、新潮社)
(注6) 「顧客創造」と言う言葉そのものは、ドラッカーが「現代の経営」(1954)で述べていることであるが、ユニクロの柳井社長はこれを引用し(注5の書籍に同じ)、「この言葉は、企業は、自分たちが何を売りたいかよりも、まず、お客様が何を求めているかを考え、お客様にとって付加価値のある商品を提供すべきである、ということを意味している。洋服屋は質の高い洋服を売り、青果店は安くて新鮮な野菜や果物を売る。それぞれの事業を通じて、社会や人に貢献するからこそ、企業はその存在を許されているのだ。」と述べている。

前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト