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【連載:日本沈没に抗って!(4)】 埼玉県八潮市の下水道管破損に起因する道路陥没事故
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澤田 雅之 技術士(電気電子部門) |
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出典は2025年1月28日付の東京新聞デジタル記事 | 出典は2025年1月30日付の産経新聞デジタル記事 |
今年の1月28日、埼玉県八潮市内の県道交差点で突如として道路が陥没し、直後に通りかかったトラックが転落しました。その後、時間の経過につれて道路の陥没は幅と深さが拡大し、トラックの運転手は行方不明になってしまいました。(5月2日に遺体を発見して搬出)
これほど大きな陥没を引き起こした主因は、事故現場の直下10mに埋設されていた口径4.75mのコンクリート製下水道管の破損以外に考えられません。破損箇所上部の土砂(砂とシルト)が、破損箇所から下水道管内に落ち込んだことにより、道路下の地盤に空洞が生じていたと推定されます。道路の陥没発生後も土砂が下水道管内に落ち込み続けたため、道路の陥没が拡大してしまったのです。
破損した下水道管は、埼玉県が設置して運営する「流域下水道」として使用しているものです。この流域下水道は、県東部の12市町がそれぞれ設置して運営する「公共下水道」が接続されているので、12市町からの下水を大規模下水処理場に送り届ける「背骨」のような役割を担っています。このため、人口約9万4千人の八潮市内で発生した流域下水道管の破損は、県東部12市町の約120万人の下水処理に支障をきたす結果を招いてしまいました。
八潮市の下水道管破損に起因する道路陥没事故は、劣化した下水道管の予防保全的な改築工事が行き届いていない結果であるといえます。
ちなみに、暗渠構造のコンクリート製下水道管の劣化要因としては、空気中の二酸化炭素によるコンクリートの中性化が深部に及んで鉄筋が錆びる経年劣化の他に、下水中の嫌気性細菌により生成された硫化水素が空気中に放出されて、好気性細菌により生成された硫酸によるコンクリートの腐食劣化があります。例えば、下水道管からマンホールに流入する下水が滝のように流れ落ちている場所では、飛沫中の硫化水素が空気中に放出されやすく、その硫化水素が滞留しやすい場所で硫酸が生成され、コンクリートの腐食劣化が進むのです。
ところで、流域下水道や公共下水道をメンテナンスしていく上での始点となる点検は、2015年の下水道法施行令改正による規定に基づき、下水の貯留その他の原因により腐食するおそれが大きい下水道管路施設については、5年に1回以上の適切な頻度で、目視その他の適切な方法により行うこととされています。
八潮市の道路陥没事故で流域下水道管の破損が疑われる箇所は、上記の5年ごとの定期点検の2巡目を2021年度に目視確認で行った際に、「直ちに修繕が必要な状況ではない」と判定された箇所でした。また、当該下水道管は1983年に新設されたものであり、その供用期間がコンクリート製下水道管の標準的な耐用年数とされる50年に満たないものでした。
このため、当該下水道管の破損は、硫酸によるコンクリートの腐食劣化が、2021年度以降の数年間で急激に進んでしまったことが原因であるとしか考えられないところです。それゆえ、下水道管路施設の点検周期や点検方法について、従前通りで良いとはいえなくなってしまいました。
国土交通省の調査(2021年4月時点)によれば、下水道管路施設のメンテナンスに包括的民間委託を導入した自治体は33団体に過ぎません。ちなみに、包括的民間委託とは、下水道管路全体のメンテナンス(点検・調査業務、修繕業務、改築業務など)を包括して、性能発注方式による複数年契約で委託するものです。
ここで見方を変えますと、上記の33団体以外のほとんどの自治体は、個々の下水道管路ごとのメンテナンスを、業務ごとに仕様発注方式による単年度契約で委託しているのです。このような取り組み方では、改築工事の実施に至るまでに、次の3段階(①点検・調査、②設計、③施工)の業務発注手続きが必要となります。
① 【点検・調査】5年を周期とする点検・調査計画に基づき、今年度に点検・調査すべき下水道管をリストアップして、点検・調査方法を規定した業務委託仕様書を作成する。そして、一般競争入札等により点検・調査業者を選定して、単年度契約により点検・調査業務を委託する。
② 【設計】 ①の点検・調査の結果、改築工事が必要と判明した下水道管については、個々の下水道管ごとに、改築工事に必要となる工事設計図書を作成するための業務委託仕様書を作成する。そして、一般競争入札等により設計業者を選定して、単年度契約により設計業務を委託する。
③ 【施工】 ②で作成した工事設計図書の施工図面等に基づき工事仕様書を作成するとともに、工事設計図書の設計価格に基づき予定価格を策定する。そして、一般競争入札等により施工業者を選定して、単年度契約により改築工事を施工させる。
ところで、八潮市で破損した流域下水道管のメンテナンスは包括的民間委託ではなかったため、改築工事を行う場合には、上記の①から③までの業務発注手続きを数年かけて順次実施していく必要がありました。問題は、①の点検・調査を2021年度に実施した際に、流域下水道管の破損が疑われる箇所は「直ちに修繕が必要な状況ではない」と判定されていたため、2026年度に次回の点検・調査を実施するまでの間、腐食劣化の急激な進行に誰一人として気付くすべが無かったことです。また、2026年度の点検・調査業務受託業者は2021年度と同じ業者になるとは限らない上に、委託元自治体への書面での点検・調査結果報告に盛り込むことが難しい暗黙知である「プロの経験と勘に基づく現場状況の変化・推移の見通し」を、委託元自治体側の判断材料として残しておくことも困難です。
包括的民間委託ではなかったことに起因する上記の問題は、包括的民間委託により解決することができるといえます。中でも、千葉県柏市の「柏市公共下水道管路施設包括的予防保全型維持管理業務委託」の事業では、上記の問題が合理的に解消されています。また、下水道管の改築工事についても、性能発注方式による点検・調査などと包括して、性能発注方式により合理的に委託されています。ちなみに、改築工事を性能発注方式で実施すれば、設計を含めた工期の短縮と工事の全体最適化が大いに期待できるようになります。そこで、柏市の事業の全体的な枠組みや、性能発注方式による改築工事の取り組み方について、次の第4節で記載します。
柏市は、市内全域の公共下水道管路施設を対象とした包括的民間委託事業を、「柏市公共下水道管路施設包括的予防保全型維持管理業務委託」の第二期(2022年12月〜2027年11月)として実施しているところです。ちなみに、約33億円の総事業費による第一期(2018年10月〜2022年9月)の実績は、点検約487km、調査約97km、改築工事約2.7kmです。
柏市の包括的民間委託の特徴は、年単位のアウトカム指標(道路陥没箇所数などの達成目標値)を掲げた上で、性能発注方式による下水道管改築工事を含めて、公共下水道管路施設に係るほぼ全ての業務を委託していることです。
そして、性能発注方式による下水道管改築工事の具体的な取り組み方については、要求水準書で次のように規定しています。
【設計業務】 設計対象、施工方法の比較検討による最適工法選定、設計方法、関係機関との設計内容協議を規定している。設計図書は、委託者との協議の上で完成させる。設計対象管路の最終選定、出来形管理・品質管理方法は受託者提案とし、委託者の承諾を得る。
【施工業務】 受託者が選定した改築工法は、委託者の承諾を得る。改築工事の施工管理と品質管理は、受託者の責任で行う。品質管理は、その結果が確認できる資料を作成して委託者に報告する。改築工事完了時に、工事記録写真等を委託者に提出する。
国土交通省によれば、ウォーターPPPとは、水道、工業用水道、下水道について、コンセッション方式に段階的に移行するための管理・更新一体マネジメント方式(つまり、改築工事を含めた包括的民間委託)の導入を、コンセッション方式と合わせて促進することとされています。ちなみに、コンセッション方式とは、公共施設の所有権を自治体が保有したまま、運営権を長期間にわたって民間事業者に委託する方式であり、運営権の対象に下水道管路施設を含めたコンセッション方式は、高知県須崎市と神奈川県三浦市が実施しています。
ここで、ウォーターPPPにおける管理・更新一体マネジメント方式としての要件は、次の4点です。
① 原則10年の長期契約であること
② 性能発注方式であること
③ 維持管理業務(点検・調査など)と更新業務(改築工事)を一体的にマネジメントすること
④ プロフィットシェアの取り組みを導入すること
このようなウォーターPPPは、令和9年度以降、社会資本整備総合交付金交付要綱の交付対象事業の要件に追加されます。つまり、自治体が下水道管の改築工事を実施する場合には、令和9年度以降については、コンセッション方式またはウォーターPPPの要件を満たす管理・更新一体マネジメント方式の導入を決定済みである場合のみが、社会資本整備総合交付金の交付対象事業となるのです。
そこで、自治体がウォーターPPPの要件を満たす管理・更新一体マネジメント方式を的確に導入していくには、第4節に記載した柏市の事業の全体的な枠組みや、性能発注方式による改築工事の取り組み方を参照することが効果的かつ効率的といえます。その理由ですが、柏市の事業は効果的かつ効率的に運営されていることに加えて、ウォーターPPPにおける管理・更新一体マネジメント方式としての要件を、契約期間の他は既に満たしているからです。
澤田雅之技術士事務所所長、技術士協同組合理事、元警察大学校警察情報通信研究センター所長。
2001年〜2011年、情報通信部長(発注の元締めである工事請負契約書上の「甲」)として勤務した神奈川等の5県警察で、土木・建築工事を含む数百件の警察情報通信施設整備事業の全てを性能発注方式で完遂。
2022年、書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】を(株)新技術開発センターから出版。