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【連載:日本沈没に抗って!(5)】 施工分離発注方式へのこだわりが招いた
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澤田 雅之 技術士(電気電子部門) |
●10月28日「これからの老朽インフラ対策〜ウォーターPPPの要件をみたす包括的民間委託のポイント〜」
セミナー開催
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国道8号線上輪橋の鋼板破断箇所 | 鋼板破断箇所の拡大画像 | 緊急点検で判明した腐食箇所の例 |
(上記3点の画像の出典は、いずれも国土交通省長岡国道事務所のプレス提供画像) |
今年5月14日付の日経クロステック記事【新潟・国道8号で鋼アーチ橋の斜材破断、5年前の点検で「要補修」】と、同6月13日付の日経クロステック記事【鋼材破断の新潟・国道8号上輪橋 補修工事「難航」、通行止め解除見通せず】では、次のように報道されています。
新潟県柏崎市内の国道8号線「上輪橋」(1965年竣工の197m長の上路式鋼1桁アーチ橋)で、5年ごとの定期点検を今春に実施した際に大きな損傷(アーチと斜材を接合する厚さ9mmの鋼板2枚が破断)が見つかり、5月9日から通行止めになりました。そこで、上輪橋を管理する国土交通省長岡国道事務所は、破断した接合用鋼板を取り替えるとともに、橋全体を1カ月かけて緊急点検したのですが、点検の結果、多くの箇所で腐食が進んでおり、通行止めを解除するには、腐食が進んでいる箇所を補強・補修しなければならないことが判明しました。
ちなみに、5年前の2020年度に前回の定期点検を実施した際に、上輪橋は、次回の2025年度の点検までに補修が必要とされる「健全度Ⅲ」と判定されていました。このため、長岡国道事務所は、2023年度に補修工事の実施を計画したのですが、施工業者を募る入札が不調に終わったことから、補修工事を行わないまま今日に至っています。ところが、補修工事を先送りした2年ほどの間に、海岸から約400mしか離れていない上輪橋では塩害による腐食が急激に進行して、構造物の機能に支障が生じており緊急に措置を講ずべき状態とされる「健全度Ⅳ」に悪化したことにより、長期にわたる通行止めを招いてしまったのです。
長岡国道事務所が2023年度に計画した上輪橋の補修工事は、2022年度の設計業務委託を経て作成した工事仕様書に基づき、2023年度に施工業者を選定して発注するといった、従前通りの設計・施工分離発注方式であったとしか考えられないところです。設計・施工分離発注方式では、工事仕様書に示す施工図面に基づく緻密な積算により、施工業務の契約金額の上限とする予定価格を策定します。それゆえ、施工業務を受注しようとする業者は、予定価格の制限の範囲内で、工事仕様書に示された工法と工事用資材を用いて、施工図面のとおりに施工することが求められます。
ここで振り返ってみますと、2023年度は資材価格の高騰がクローズアップされていた時期でした。ところが、設計・施工分離発注方式では、資材価格の上昇リスクを予定価格に反映することができないのです。なぜならば、予定価格の策定に向けた緻密な積算に用いる資材価格は、予定価格策定時点の「月刊 建設物価」の最新号に掲載された資材単価に拠るからです。それゆえ、設計・施工分離発注方式による上輪橋補修工事の2023年度の入札が不調に終わったことは、資材価格が高騰する局面では避け難いものであったといえます。
問題は、会計検査対応の観点から緻密な積算により予定価格を策定する設計・施工分離発注方式でなければならないと考えた長岡国道事務所では、設計・施工分離発注方式による上輪橋補修工事の施工業者を募る入札が不調に終わった結果、施工業者の選定を先送りする以外には打つ手が思い付かなかったということです。
ところが、補修工事の実施を2年ほど先送りしている間に、上輪橋は誰も気付かない内に、塩害による腐食が急激に進んでしまいました。その結果、2022年度の設計業務委託を経て作成した工事仕様書は、腐食が進んだ上輪橋の補修工事にはもはや使えなくなっています。このため、従前通りの設計・施工分離発注方式に拘り続けて上輪橋の補修工事を行っていこうとすれば、改めて設計業務委託して工事仕様書を全面的に作り直した上で、その翌年度の入札により施工業者を選定していくことになります。つまり、このような補修工事発注プロセスでは時間がかかるため、上輪橋の補修工事が完了するのは最速でも今から2年後となってしまうのです。
また、従前通りの設計・施工分離発注方式では、入札により施工業者を選定しようとする際に、2023年度と同様な入札不調が再発する恐れを払拭できません。つまり、入札不調が再発すれば、またもや施工業者を選定できず、補修工事は先延ばしになってしまうのです。接合用鋼板を破断させるほどの腐食が過去2年ほどの間に急激に進んでしまった上輪橋ですから、補修工事の完了までにこの先2年以上の時間を要した場合には、腐食の更なる進行により、上輪橋の広範にわたって取り返しのつかないダメージを与えかねないところです。
上記をまとめますと、補修工事を先送りした結果、腐食による鋼板破断を生じて長期にわたり通行止めとなった上輪橋は、設計・施工分離発注方式への拘りが招いたインフラメンテナンスの大失敗事例である、といっても決して過言ではありません。
我が国ではこれまで、設計・施工分離発注方式による失敗を、設計・施工分離発注方式の更なる工夫や改善により克服しようとしてきましたが、克服できた事例はあまり見られないところです。そのような中で、新国立競技場整備事業は、設計・施工分離発注方式により失敗・破綻(2015年7月に安倍首相が事業計画全体を白紙撤回)した後、直ちに設計・施工一括発注方式に切り替えることにより復活・成功(2019年11月に当初予定した工事費と工期で完成)した、他に類を見ない初の事例であるといえます。
ちなみに、新国立競技場整備事業が設計・施工分離発注方式で失敗・破綻した原因や、設計・施工一括発注方式に切り替えて復活・成功した理由などについては、拙著【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】の「第2章第2節 仕様発注方式で失敗・破綻し、性能発注方式で復活・成功した新国立競技場整備事業」に詳しく記載していますので、参考にしてください。
インフラメンテナンスに話を戻しますと、新国立競技場整備事業での貴重な教訓を活かすことにより、設計・施工分離発注方式で上手くいかない場合には、直ちに設計・施工一括発注方式に切り替えていくことが肝要であるといえます。さもなければ、上輪橋のようなインフラメンテナンスの大失敗事例が、これからも多発する恐れがあります。
そこで、新国立競技場整備事業での設計・施工一括発注方式の取り組み方をベースとして、橋梁の補修工事における設計・施工一括発注方式の具体的な取り組み方について、下記の①から⑥に記載します。このような取り組み方をすれば、全体の工期を大幅に短縮、資材価格等の上昇リスクを予定価格に反映、最先端技術の活用や受注者の創意工夫が自在といった、これまでの設計・施工分離発注方式では成し得なかった大きなメリットが生まれます。要するに、設計・施工一括発注方式には、設計・施工分離発注方式が抱える諸問題を解決できるパワーがあるということです。
① 【点検の実施】点検の方法や周期については、これまでどおりです。
② 【要求水準書の作成】①の点検結果報告書を丸ごと添付するとともに、補修を要する箇所を「健全度T」に改善する内容の要求水準書を作成します。
③ 【予定価格の策定】橋梁補修工事の設計業務や施工業務の受注実績を有する複数の業者を書面決裁により選定して、②の要求水準書を添付した見積依頼文書を送付します。そして、徴収した複数の見積書を査定することにより、予定価格を策定します。
④ 【一般競争入札の実施と契約の締結】橋梁補修工事の設計業務や施工業務の受注実績を有することを入札参加条件に加えた一般競争入札を実施します。
⑤ 【承認図書の作成と承認】④の契約締結後、受注者は、要求水準書に規定された承認図書を作成して、発注者の承認を受けた上で補修工事に着工します。承認図書とは、要求水準書に記載した要求要件を全て満たすことの証明、施工内容や工法についての詳細(つまり、実施設計)、社会資本整備総合交付金の交付申請に必要となる積算、全体の工程、施工時の体制、現場における安全確保策等について記載した図書です。
⑥ 【要求水準書と承認図書に基づく完成検査】完成検査は、要求水準書と承認図書に基づいて実施します。
澤田雅之技術士事務所所長、技術士協同組合理事、元警察大学校警察情報通信研究センター所長
2001年〜2011年、情報通信部長(発注の元締めである工事請負契約書上の「甲」)として勤務した神奈川等の5県警察で、土木・建築工事を含む数百件の警察情報通信施設整備事業の全てを性能発注方式で完遂
2022年、書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】を(株)新技術開発センターから出版