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【連載:日本沈没に抗って!(7)】

大阪・関西万博の華であった海外パビリオン
下請け企業への建設費未払い問題の根源

外資系の元請け企業は設計・施工分離発注方式が理解できず
我が国の下請け企業は設計・施工一括発注方式が理解できず


澤田 雅之  
技術士(電気電子部門)  
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画像-1 未払いがあったドイツ館(2025.6.21付YTV NEWS NNN掲載画像) 画像-2 未払いがあったセルビア館(2025.8.25付長周新聞デジタル掲載画像) 画像-3 未払いがあったルーマニア館(2025.9.5付産経電子版掲載画像)

1 万博海外パビリオン建設費の未払い問題

4年ごとに開催される万国博覧会では、参加国が独自に建設する海外パビリオンは万博の「華」であると言われています。昨年開催された大阪・関西万博では、国内外のパビリオンの総数は84館でしたが、その内訳は、参加国が独自建設した海外パビリオンが42館、我が国が建設して参加国が借用した海外パビリオンが15館、国内パビリオンが27館でした。

各種報道によれば、参加国が独自建設した海外パビリオン42館のうちの10館(アンゴラ館、ネパール館、マルタ館、ドイツ館、セルビア館、ルーマニア館、中国館、アメリカ館、インド館、ポーランド館)において、参加国発注による建設を元請けした外資系企業から建設を下請けした国内中小企業への、建設費未払い問題が発生しています。分けても、マルタ館、ドイツ館、セルビア館、ルーマニア館の4館は、参加国から建設を元請した外資系企業が同一(世界最大手のフランス系イベント会社の日本法人であるGL events Japan社)であり、未払い総額は3億円超に上っています。一部の中小企業は支払いを求める民事訴訟を起こしていますが、今日でも解決の目処は立っていません。

ところで、我が国が建設して参加国が借用した海外パビリオン15館や、国内パビリオン27館では、建設を元請けしたのが全て国内の大手建設業者でした。それゆえ、下請けした国内中小企業への建設費未払い問題など、発生する余地も無かったところです。このことから、海外パビリオン建設費未払い問題の根源は、元請けした外資系企業と下請けした国内中小企業との間において、契約上の齟齬が生じたことであると推察されます。

そこで、どのような齟齬がなぜ生じたのか、どうすれば齟齬無く済ませられたのかを明らかにするため、以下に、大阪・関西万博のパビリオン建設に係る経緯、国内外での発注方法の違いや問題点などを記載します。

2 海外パビリオン建設だけが難渋した大阪・関西万博

(1)国内大手建設業者との建設工事契約が締結できた国内パビリオン

全ての国内パビリオンが、地質調査を含めた設計委託を発注して、その成果物に基づき建設工事(施工、詳細設計付き施工)を発注しました。建設予定地は地盤が軟弱な埋立地でしたが、地質調査結果を踏まえた構造計算に基づく設計による施工ができたのです。それゆえ、2023年の8月までに全ての国内パビリオンが、ゼネコン等の国内大手建設業者との建設工事契約を締結することができました。

(2)国内大手建設業者との建設工事契約が締結できなかった海外パビリオン

大半の海外パビリオンが、地質調査を事前に実施しないまま、デザインビルド方式(コンペ等で選定した建築デザインに基づく設計・施工一括発注方式)により建設工事を発注しました。地盤が軟弱な埋立地の地質調査をせずに設計・施工一括で発注しようとすれば、ゼネコン等の国内大手建設業者から設計・施工一括の見積もりを徴収することは困難でした。このため、42館の海外パビリオン建設工事の契約締結は難渋し、2023年12月末時点で25館の建設工事契約が締結できておらず、2024年9月の時点でも4館の建設工事契約が締結できておらず、最後に建設工事契約を締結できたマルタ館が着工したのは2024年12月でした。しかも、海外パビリオン42館の建設工事契約について、ゼネコン等の国内大手建設業者と直接締結できた事例は見当たりませんでした。

その結果として、我が国独自で他国に類を見ない「設計・施工分離発注方式」が理解できていない外資系企業が元請けとなり、「設計・施工一括発注方式」による契約条項がよく理解できない国内中小企業が下請けとなり、万博開幕までの限られた工期の中で全力を尽くしたものの、外資系企業が示した契約条項に違背する事柄が、意図しないままに生じてしまっていたと推察されます。

3 海外パビリオン建設だけを難渋させた要因

(1)海外では全く通用しない「設計・施工分離の原則」に基づく建設工事の発注

我が国で建設工事を発注する際には、「設計・施工分離の原則」(設計を請け負った業者は施工を請け負ってはならないとする原則)を体現した、「設計・施工分離発注方式」(詳細仕様を確定させた工事仕様書に基づき、緻密な積算により予定価格を策定して、施工業務のみを発注する方式)とすることが、我が国の常識です。このため、工事請負契約書の雛型である「公共工事標準請負契約約款」と「民間建設工事標準請負契約約款」のいずれも、「設計・施工分離発注方式」を前提としています。

ところが、「設計・施工分離の原則」や、「設計・施工分離発注方式で建設工事を発注すること」については、会計法、予算決算及び会計令、地方自治法、地方自治法施行令といった関係法令の中に、その根拠となる規定がどこにも見当たらないのです。唯一の根拠は、昭和34年1月に発出され今日では効力が失われた建設事務次官通達「土木事業に係わる設計業務等を委託する場合の契約方式等について」の中で、「原則として、設計業務を行う者に施工を行わせてはならない。」という「設計・施工分離の原則」が示されたことだけなのです。

実は、このような「設計・施工分離の原則」に固執しているのは我が国だけであり、海外では、「設計・施工分離の原則」や「設計・施工分離発注方式」のいずれについても、その概念や用語すら存在しません。その理由は次のとおりです。

戦前に「官庁直営方式」であらゆる建設工事を実施していた我が国の官庁の技術力は、昭和30年代においても民間企業と比べて圧倒的に上でした。それゆえ、この詳細仕様のとおりに施工せよといった「設計・施工分離発注方式」は、発注者の技術力が受注者よりも格段に優っていた昭和30年代の状況を前提として編み出された発注方式なのです。しかし、海外では昔も今も、発注者となる官庁の技術力が受注者となる民間企業よりも優っているような状況は見られず、その結果として、海外では「設計・施工分離発注方式」が編み出される素地すら無かったと言えるのです。

また、「設計・施工分離発注方式」では、発注者が示した工事仕様書のとおりに受注者が施工した結果、問題が生じた場合には、発注者はその責任を免れることができません。これは、「設計・施工分離発注方式」がそもそも、発注者の技術力が受注者よりも優っていることを前提としているためです。このことから、国内の大手建設業者と比べて技術力が優っているはずがない外国政府のパビリオン建設関係者に、「設計・施工分離発注方式」による海外パビリオン建設を求めること自体が大間違いなのです。

ところが、国内の大手建設業者は、最初から最後まで、「設計・施工分離発注方式」でなければ海外パビリオンの建設工事を受注することは難しいとして、見積書すら提出しようとはしなかったのです。その結果として、参加国が独自建設した海外パビリオンについては、国内の大手建設業者が元請けした事例は皆無となってしまいました。

そこでタラレバの話となりますが、国内の大手ゼネコンは、海外では普遍的な「設計・施工一括発注方式」で、海外での建設工事を受注しています。このことから、海外パビリオンの建設工事を国内の大手建設業者が元請けできるようにするには、「万博協会のサポート」により、大手ゼネコンの海外での「設計・施行一括発注方式」による受注の経験と実績を活かしていくべきであったと言えます。国内の大手建設業者が海外パビリオン建設工事を元請けしていたならば、1節に記載した海外パビリオン建設費未払い問題は生じなかったと推察されます。

(2)海外ではあり得ない「組織対応によるプロジェクト運営」の大きな弊害

前記3節(1)項では「万博協会のサポート」に言及しましたが、実は、このようなサポートを実施しようとしても、我が国で普遍的な「組織対応によるプロジェクト運営」では困難なのです。

「組織対応」と称するプロジェクト運営(マネジメント)は、「設計・施工分離発注方式」と同様に、他国に類を見ない我が国独自のやり方です。ボトムアップによる部分最適化の徹底を旨とする「設計・施工分離発注方式」の考え方や取り組み方が、「組織対応」の取り組み方の根底にあると言えます。ちなみに欧米諸国では、そもそも「組織対応」という概念や用語が存在しません。欧米諸国では、トップダウンにより全体最適化を図る権限を有する「真のプロジェクトマネージャ」が、責任を持ってプロジェクトを運営(マネジメント)するのが常識であるからです。

我が国では、万博のような大規模プロジェクトは「組織対応」により運営(マネジメント)されるのが常です。ここで、「組織対応」におけるプロジェクトマネージャの役割についてですが、関係する組織間の「まとめ役や調整役」に過ぎません。つまり、コーディネーターの域に留まってしまっているのです。しかしこれでは、大規模なプロジェクトの全体を司る「真のプロジェクトマネージャ」が不在となるため、プロジェクトを誰一人として責任を持ってマネジメントしていないも同然となります。それゆえ、「組織対応によるプロジェクト運営」には、次のような弊害が生じやすいと言えます。

  • 「真のプロジェクトマネージャ」がどこにもいないため、プロジェクトを運営する上での責任の所在が不明確になりやすい。
  • 組織として意志決定された事項については、状況の変化に応じた柔軟な軌道修正が困難であるため、プロジェクトの運営が硬直化しやすい。
  • 「組織対応」の本質は関係する組織ごとの部分最適化を図ることであり、「真のプロジェクトマネージャ」がどこにもいないことと相まって、プロジェクトの全体最適化を図ることが困難である。

要するに、「組織対応によるプロジェクト運営」には、責任の所在が不明確、運営が硬直化、全体最適化が困難といった大きなデメリットがあるのです。このため、企画段階における「ニーズとシーズのベストマッチング」と、実施段階における「トップダウンによる全体最適化」を旨とする「設計・施工一括発注方式」とは、相性が極めて悪いのです。それゆえ、「組織対応によるプロジェクト運営」に終始した万博協会では、国内の大手建設業者が海外パビリオン建設工事を元請けできるようにするための、「設計・施工一括発注方式」による契約締結に向けたサポートなど、できるはずも無かったと言えます。

《著者のプロフィール》

澤田雅之技術士事務所所長、技術士協同組合理事、元警察大学校警察情報通信研究センター所長
2001年〜2011年、情報通信部長(発注の元締めである工事請負契約書上の「甲」)として勤務した神奈川等の5県警察で、土木・建築工事を含む数百件の警察情報通信施設整備事業の全てを性能発注方式で完遂
2022年、書籍【「性能発注方式」発注書制作活用実践法】を(株)新技術開発センターから出版




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